10月1日(木)

晴れ
●36日ぶりに晴れたことになる。どの窓も開け放し、風を入れる。窓を開けているので、どこにも行かずに、ひたすら、家に風を通す。活けている小菊がよく咲いている。花はもっばら、小菊ばかり。

●プリンターを新調することにした。2024年の型落ちをアマゾンで見つけた。5年保証をつけても1万円安いが、配達が遅いのが難。10月10日から22日の配達となる。11日の句会に間に合わないかもしれないし、ぎりぎりかも知れない。プリンターの故障は想定外。
『RETURN』 は10月10日発行予定だったので、2週間ぐらい遅れそうだ。遅すぎるわけでもないから、まあ、よしとして。最後は刷り出して確認しないと、思わぬミスがある。

●The Mothが12月31日締め切り。Kenyon Reviewは11月から12月が受付。ものはためし。11月15日からの編集を始めるまでに、済ませる予定。こうなると忙しい。

9月30日(水)

雨
●RETURN の編集が終わり、最後印刷して最終確認の段階になって、プリンターの故障。給紙ローラ―が摩耗しているようだ。取り換えなければいけないだろうが。ずいぶん刷り出したので、使いすぎなのは、確かだろう。残念ながら、入稿を遅らせるしかない。

午後は、プリンターの故障に向き合う。自力で原因を突き止めたのはいいが、給紙クリーナーを5回ほど試すが、改善無し。肩こりがひどくなる。買い替えなくてはならないだろうと思う。

 

9月29日(火)

雨
●今日で東京は、34日連続雨という。東京は、であるが、横浜もであろう。
●頂いた梨を朝は、元希君に送った。句美子の家には、夕方、梨と夕飯をもって夕方出かける。

ゆうまくんはちょうど1歳6か月。10日会わないうちに、言葉が増えて、奥歯が上下一本ずつ生えている。それは大泣きした結果、母親が発見といういきさつらしい。
『100のことば』の絵本と、あんぱんまんの仕掛け絵本が気に入っている。言葉絵本では、「ちょう」を「これ」と指すので「ちょう」と言うと、両腕をひらひら動かして蝶の飛ぶ真似をする。「ちょうちょ」の歌を歌うと、ますます調子に乗る。「さかな」を「これ」と指すので、「さかな」と言うと、両手をあわせてすいすいと言いながら、魚がうねって泳ぐ格好をする。この二つが特に気に入っているようで、何度も聞いてくる。

「ちょうちょ」の歌も知っているようだ。「かえる」のシールをもってきた、「くわっくわっ」と聞こえるが、かたことでいう。「かえるの歌」も知っているようだ。

あんぱんまんのキャラクターの名前も憶えているようで、「ホラーマンは?」というと、「これ」と指さす。

保育園でお絵描きとシール貼りをした作品を持ち帰っていた。シールをはがそうとしてなかなかはがれないので、「おっ!」と言いながら剥す。

「だっこ」をせがむ。抱っこで天井を触りたいのだが、私の背では度にもならない。これは、パパだけの役目。

これが10日間の変化なのだ。私が帰ると言うと泣いて、「だっこ」と言う。かなり情緒が発達している。

●帰宅したのは、10時前。それから『RETURN』の微妙な表現について、再検討。英詩らしくし過ぎると、俳句的観照が崩れるのでむずかしい。英詩らしいというのは、比喩を多く使い、無生物を主語にして、情景を表わすこと。

9月28日(月)

曇り
アスファルト青松虫の声ひびき  正子
雨通す白曼殊沙華のさびつつに  正子
ビニールの袋の中の茄子の艶   正子

●You Tubeのクラッシックを聞きながら、書いたり、読んだり、手仕事をする。なかなか自分にぴったりなのがなかったが、「クラシックの森」というチャンネルを見つけた。これはちょうどいい。「朝」といえば「ペールギュント」、「静か」と言えば「月の光」、というふうではないので救える。

●みよさんが秋月という大きな梨を送ってくださる。あまり大きいので、びっくり。月のような梨。たしかに秋月(あきづき)の名にふさわしい。

●今日詩集『RETURN』を入稿する予定で、実際入稿できる段階になった。目次の余白が開きすぎて気になる。あと1行あるといい。そしてPreface を目次ページに書いてはどうかと思いついた。すると、英詩集では、その形式が多いというから、問題は解決。7回目刷りだしたが、もう一度刷りだした方が良い気がしている。明後日入稿予定。

●先日文部大臣が、東大の教育研究学科長にH教授のSNSでの発言に注意したという記事。東大は文部省の管轄下なのだと、改めて思った。政治家の言語と科学者の言語は構造的に階層が違い、齟齬が起きるている感じがした。その上、SNSでの発言は切り取られやすい。SNSで、誰でも発言できるようになっている。しかし、発話原語には、社会的言語、科学的言語、文学的言語、これらがあるが、すべて一つの人間の言語として一からげにされている。立場による使う言語が違うというころが理解されていないのではないか。

昭和時代は、その句会にはその句会の言語があったと思う。同じ層の言語を使う人たちだ。言語の深度が違う。「違う俳句の考えの人と句会ができますか」という発言も聞かれた。

テレビの俳句も、花冠の俳句も、社会では同じ俳句にされてしまう。別の結社の句友は、主宰に「あれを、俳句と思ってもらっては困る」と宣言したという。俳句は、小さい共同体の言葉である。大衆的娯楽俳句と、真面目に俳句を作っている人の俳句は言葉が違う。それがわかるかな、役所やメディアの人達よ。一緒にしているんじゃないかな。

大衆的娯楽となった俳句こそが民主主義と思うかもしれない。文学への参加は民主的であるが、文学が書く内容は民主主義とは基本的には相いれない。俳句は必ずしも文学である必要はないだろうし、大衆的娯楽である必要もないだろう。俳句にも、使われる言語の階層があるということだろう。

9月27日(日)

曇ったり、小雨になったり
雨ののち虫音路澄むなり濡れし路 正子

●明日『RETURN』を入稿したいので、一日原稿の手直しと校正。
インデントはMarching Band だけにしている。見た目を見ながら。

●俳壇十月号の『秋の野鳥歳時記』の正子の記事について、美知子さんと晃さんから感想のメールがあった。晃さんは臥風先生の「その人の身になって読む」というところを、取り上げていた。これは意外とむずかしいことなので、少し訓練が要ると思った方がいい。

●秋雨が続くので、ダニに気をつけなければいけない。どうすればいいのか。すのこベッドはダニには有効かと思うがそうではなく、敷布団の湿気が下にたまりやすいとのことで、ベッドの下に湿気がたまらないようにしないといけないというので、毎朝起きたら、敷布団を立てておき、羽毛布団は椅子に掛けておくとよいらしい。

9月26日(土)

小雨
月の夜窓辺のベッドに寝むらんと  正子
柿供う薄づく色のしずかにも    正子

●『世紀末ウィーンの知の光景』第5章からの俳句的示唆の文章を書き替え、半分に減らした。題名も「つつましき初光」から、「つつましき炎」に変えた。
力不足の領域は、長く書くか、短く書くかのどちらか。中ぐらいが一番いけないと知る。力不足の領域は、間違いなく印象に残っているところを書き、具体的に書かかない。必ず思わぬところで不整合が見つかる。

●賞に応募しようと思っている英詩3篇を検討。あまり推敲しすぎてもいけない。正子の俳句も、詩も地味なので、賞には合わない。文学館向け。賞の一次審査を通過するのは難しいと分かっている。一次審査に当たる人の質も問題なのだろうが、万一ロングリストにでも残るようなら、これは上出来で、内容が浸透していく可能性はある。運を天に任すしかない。対策は効果的ではなさそう。

9月25日(金)中秋の名月

曇り
中秋の月の下なり曼殊沙華    正子
中秋の月を刷きつつ雲流れ    正子
中秋の月の上がれば雨気はう   正子
虫の音のことに澄むなり菊匂い  正子

●以前には、Facebookと言っていたメータの更新情報がパソコンの右下のポップアップに届く。めったに見ないが、今朝は見た。気になったのは、今大御所と言われる俳人の句について、違和感を覚えた。それは「軽さ」についての疑問である。

これから書くことは、「俳句」を芸術と考えるか、そうでないと考えるかで、コミットは変わってくる。芭蕉を尊敬すれば、俳句を芸術と考えることになる。その立場から言えば、現代俳壇の「軽さ」俳句的には「軽み」と言われることは、それが、軽妙さではなく俗化の寄っているのではないかということを感じている。精神の軽さ・俗語の軽さ・日常会話の軽さに傾いている。

原因と思えることは、多くはない。表面的にはいろいろあるが、それは基本的には一つのことに原因があると思える。句会受け、わかりやすさへの過剰な迎合など、「軽さ」美学ではなく「浅さ」になっている。
なぜ、俗っぽくなるか。

句会中心の文化で共感、受けが優先される。俳句人口の拡大で、言語訓練がない層が多数になり、多数決の気分がある。趣味の共同体となり芸術性が後退した。評論の質が落ちている。言語の高さを評価する回路が百大家している。俗語が新しい、面白い、と評価される。このようにした、俗っぽさが軽さになっている。

60年俳句を作って見てきた世界は、こうも変わったと言う気持ち。こうなれば、私は現俳壇とは関係ありませんとなるのも仕方がない。俳句は最後は「軽み」を目指しているが、それは、深い精神性にささえられていないと、軽くならない。浅いまま。深い精神性は、物事をわざとずらして詠むことは含まない。

 

 

9月24日(木)

晴れ
秋蝶の真青な空へとは飛ばず    正子
彼岸花吹き出し咲けり道あれば   正子
秋晴れてローズマリーの小さき花  正子

●昨日の小雨と打って変わって、午前中は快晴。 病院へ行くバスが定刻より早く来て乗り遅れ、歩いて行く。帰りも歩いて帰る。道脇にローズマリーがよく育ち、花が咲いていた。道脇にある保育所のビオトープも覗く。

医師は「どこも悪くない」と言いながら、小さな不具合を指摘。体もここまで来れば、摩耗している。薬を増やすので、その前に検査が必要。自由が丘のメディカルスキャニングを紹介された。ほかの検査は来月クリニックでするとのこと。自由が丘と聞いて、ちょっと億劫。看護師に話を聞きながら、しぶりつつ、検査に行くことに決めた。自由が丘なので、新しくできたビルの見物と、お菓子道具の店、砥部焼の店を覗き、ついでに、ダロワイヨの本店に寄ってみようかと、物見遊山の気持ちが浮かんできた。

●友人二人と入れ替わり電話。ふたりとも「俳壇」10月号を送ったので、それについて。晴美さんの手紙が今日届いた。「リルケと俳句と私」より、文章が柔らかいと言う。今回はエッセイ。同じエッセイでも違うという。エッセイと言う日本語が正確に使われていないから、こんな感想になるのだろうと思った。
Mさんとは、彼女の俳句先生と、中高時代の先生の話。俳句の話はほとんどしない。

 

9月23日(水)秋分の日

曇り
熟れる前の稲田きみどり広々と 正子

●夜半
昨夜は早く床に就いたわけではないのに、今朝、二時半ごろ目が覚めた。すぐには眠れないので詩集の編集をする。昨日は Preface と “Return” の一篇が済んだので、今日は二篇目から。

詩によって言葉の種類を選ぶ必要がある。今選んでいる語は、やや抒情が入っている。英詩はもっと硬質で、硬質な語を選ぶとネイティブらしくなることに気づいた。たとえば shining leaves ではなく glossy leaves にするなど。カンマ、ダッシュ、ピリオドも慎重に検討する。六時前には疲れて朝食にした。

●墓参。雨の様子をネットで確かめ、もっとも安全と思われる午後一時に家を出る。バスは比較的順調で、いらいらすることもなく道着いた。

電車の窓から見ると雨は降っていないようだが、傘をさしている人がいる。田んぼは黄緑色で、まだ熟れていない。信之先生の葬式の日、六月四日には植田だったから、目の前の田も六月初めに田植えをした田なのだろう。

雨は上がらず、ずっと小雨だった。お彼岸なので花が多く手向けられ、墓参の人もまばらにいた。道脇には名残りの紫陽花と、ていかかずらが咲いていた。往復四時間かかるので、墓参も一仕事になった。

バスの中で『RETURN』の序の文言を思い浮かべていた。書かなければならないのに気づいていなかった。日本語の序とはまったく違い、海外向けなので思わぬミスが出る。

●留守の間にコープの配達。墓から帰ったのは夕方5時。青々とした青蜜柑が届いた。一つ食べる。甘いのに驚く。青蜜柑の酸っぱさがない。期待外れというか、これでいいものか、どうか。それに黒砂糖の水ようかんも届いた。冷えていたのですぐ食べる。黒砂糖がマイルドで、美味しい。仏壇のおさがりの黒糖饅頭も玄米茶でいただく。黒糖ずくし。とらやの「おもかげ」も好きなので、われながら、よほど黒砂糖がすきなのである。わらび餅も黒砂糖を入れて作るし。

 

9月22日(火)

晴れ
台風一過つくつく法師鳴き出だす 正子

●台風は東の海上に抜け、朝からすっきり晴れた。鎌倉はひどい冠水。この冠水のレベルは、わたしも句美子の家を訪ねた日に経験した。雨が止めば一気に水が引く。
●『RETURN』の編集。主にPrefaceの部分の手直し。言葉から沈黙への道を感じるかもしれないの一行を加える。
Perhaps some feel that this collection traces a path from language to silence.
RETURNの詩の多くに言えることなので、これを加えて、読みの方向を示す。