NEW9月24日(木)

晴れ
秋蝶の真青な空へとは飛ばず    正子
彼岸花吹き出し咲けり道あれば   正子
秋晴れてローズマリーの小さき花  正子

●昨日の小雨と打って変わって、午前中は快晴。 病院へ行くバスが定刻より早く来て乗り遅れ、歩いて行く。帰りも歩いて帰る。道脇にローズマリーがよく育ち、花が咲いていた。道脇にある保育所のビオトープも覗く。

医師は「どこも悪くない」と言いながら、小さな不具合を指摘。体もここまで来れば、摩耗している。薬を増やすので、その前に検査が必要。自由が丘のメディカルスキャニングを紹介された。ほかの検査は来月クリニックでするとのこと。自由が丘と聞いて、ちょっと億劫。看護師に話を聞きながら、しぶりつつ、検査に行くことに決めた。自由が丘なので、新しくできたビルの見物と、お菓子道具の店、砥部焼の店を覗き、ついでに、ダロワイヨの本店に寄ってみようかと、物見遊山の気持ちが浮かんできた。

●友人二人と入れ替わり電話。ふたりとも「俳壇」10月号を送ったので、それについて。晴美さんの手紙が今日届いた。「リルケと俳句と私」より、文章が柔らかいと言う。今回はエッセイ。同じエッセイでも違うという。エッセイと言う日本語が正確に使われていないから、こんな感想になるのだろうと思った。
Mさんとは、彼女の俳句先生と、中高時代の先生の話。俳句の話はほとんどしない。

 

9月23日(水)秋分の日

曇り
熟れる前の稲田きみどり広々と 正子

●夜半
昨夜は早く床に就いたわけではないのに、今朝、二時半ごろ目が覚めた。すぐには眠れないので詩集の編集をする。昨日は Preface と “Return” の一篇が済んだので、今日は二篇目から。

詩によって言葉の種類を選ぶ必要がある。今選んでいる語は、やや抒情が入っている。英詩はもっと硬質で、硬質な語を選ぶとネイティブらしくなることに気づいた。たとえば shining leaves ではなく glossy leaves にするなど。カンマ、ダッシュ、ピリオドも慎重に検討する。六時前には疲れて朝食にした。

●墓参。雨の様子をネットで確かめ、もっとも安全と思われる午後一時に家を出る。バスは比較的順調で、いらいらすることもなく道着いた。

電車の窓から見ると雨は降っていないようだが、傘をさしている人がいる。田んぼは黄緑色で、まだ熟れていない。信之先生の葬式の日、六月四日には植田だったから、目の前の田も六月初めに田植えをした田なのだろう。

雨は上がらず、ずっと小雨だった。お彼岸なので花が多く手向けられ、墓参の人もまばらにいた。道脇には名残りの紫陽花と、ていかかずらが咲いていた。往復四時間かかるので、墓参も一仕事になった。

バスの中で『RETURN』の序の文言を思い浮かべていた。書かなければならないのに気づいていなかった。日本語の序とはまったく違い、海外向けなので思わぬミスが出る。

●留守の間にコープの配達。墓から帰ったのは夕方5時。青々とした青蜜柑が届いた。一つ食べる。甘いのに驚く。青蜜柑の酸っぱさがない。期待外れというか、これでいいものか、どうか。それに黒砂糖の水ようかんも届いた。冷えていたのですぐ食べる。黒砂糖がマイルドで、美味しい。仏壇のおさがりの黒糖饅頭も玄米茶でいただく。黒糖ずくし。とらやの「おもかげ」も好きなので、われながら、よほど黒砂糖がすきなのである。わらび餅も黒砂糖を入れて作るし。

 

9月22日(火)

晴れ
台風一過つくつく法師鳴き出だす 正子

●台風は東の海上に抜け、朝からすっきり晴れた。鎌倉はひどい冠水。この冠水のレベルは、わたしも句美子の家を訪ねた日に経験した。雨が止めば一気に水が引く。
●『RETURN』の編集。主にPrefaceの部分の手直し。言葉から沈黙への道を感じるかもしれないの一行を加える。
Perhaps some feel that this collection traces a path from language to silence.
RETURNの詩の多くに言えることなので、これを加えて、読みの方向を示す。

 

9月21日(月)

雨
金木犀の匂い空より降り来る 正子

●台風25号が、近づいている。鎌倉の道路は冠水している。スマホに警報が数度鳴る。

●ゆうまくんのアクリル写真が届いたので、組み立てて仏壇の上に飾った。信之先生の写真と、元希君、侑真君の孫二人の写真と一緒飾った。信之先生も男の孫二人と一緒で、喜んでいるでしょう。

●詩集『RETURN』の編集。
先ず、フォントのやり直し。Palatino Linotype が詩集に向いているのこのフォントと使ったが、黒々した感じで、力強すぎる。次にBook Antique のフォントにするが、現代的な感じがない。もっと軽い方がいい。Cambriaにした。これが一番現代的に思えるので、このフォントにした。
今日の仕事としてContentsの仕上げがある。終わりが揃わないので、揃え方を調べ、タブ設定を使うことを知った。昨日はWord 文書の統合の仕方を知った。また、今日は、洋書の書式スタイルをかなり知った。Contensts が済んだので、Prefaceを見直し、少し書き直した。書き洩らしていることがあった。危機一髪のところだった。日本語の詩集の『帰還』の序とは、全く違うもので、海外向けに書いた。英語ではあるが、考えていることは、基本的に日本語。日本語の考えがはっきりしていると英語に直すのに困ることは少ない。知らない英語はほとんど使わない。結果、Preface はうまくいった。AIに見せると、C1~C2ぐらいの出来で、英詩人の詩集のPreface としても通用するというので安心。英語俳句を作っていたので、意外と英語の構造に強くなった感じがしている。文学の英語は鍛えられたかもしれない。英語全般ではないが、それでも用は足りている。

●先日某総合俳誌の編集長さんからのメールを頂いたが、そのメールから
ひとつ窺えたことは、私がプロの編集長さんの気持ちが理解できるようになったと言うこと。編集現場を理解した人と見なされているように感じた。

9月20日(日)

雨

●日曜美術館を見る。ホックニーの画。鑑賞者のひとりは、作家の小田正嗣。彼がときどき挿入する話は文学者であるせいか、私には面白い。ホックニーがタブレット端末で描いた画が展示されていた。カンバスは光らないけれど、タブレット端末は液晶画面のバックライトが発光している。色があざやかになると言う。

●昨日から連休に入って、しかも台風が来ている。雨がだんだんひどくなっているが、集中するのにちょうどいい。

英詩集『RETURN』の編集。Word で別々に作っている原稿を統合しなくてはいけない。その方法を知らなかったが、やり方を見つけた。コピペの必要はない。詩集『帰還』と同じ体裁にする。表紙アラベール200kg、本文90kgを使用する。本文は48ページになる。日本語は78ページだったが、英語なら、48ページになる。値段は日本語と同じ2200円に。25日に入稿できるかもしれない。

●夜の9時を過ぎたのでパソコンの仕事を止めた。目が疲れれ出した。液晶がいけないかもしれない。これからは、9時以降はパソコンをなるべく使わないことにした。
『マルテの手記』と取りだしてある箇所を探す。探している箇所は、マルテが部屋にこっそり入ってテーブルの上の置物を割ってしまう場面。割ったのはオシドリの置物ではなかったかと思う。割れたかけらの中から、紫の色のかけらを拾い上げる。その場面を探している。

●バイオリンとピアノの知らない演奏家の演奏でうまいと思う人がいるとネットで調べる。ほどんどが、大した人なのだ。耳が肥えたのかと思うがそうではないらしく、俳句と同じで、私は「精神の耳」で聞いているのだとAIが言う。西村先生も私の「リルケと俳句と私」を読んで、「精神の目」と言われたが、「精神の耳」もあるのかしらん。初めて聞いた。

9月19日(土)

曇り
老眼に露草ふたつの青溶かし 正子

●きょうは、ゆうまくんの保育園の運動会に行くため、朝早くから支度。ゆうまくんに、ラグビーボールとあんぱんまんの絵本、ジェリーとジュース。大人には、梨を剥いて、横浜ハーバーのお菓子を持って行く。
ゆうまくんはダンスを披露することになっていたが、立ったまま、皆の様子を観察して、ときどき手を叩いている。ところが、大きい子がトンネルを潜たたり、跳び箱を越えたりするとその中へ行きたがってむずかる。演技が終わったら小さい子は帰っていいらしいので、すぐに帰っって家で遊んだ。家ではかなりふざけてずっこける。疲れたのか昼寝は2時間以上になっている。昼寝の途中抜けて帰った。

9月18日(金)

曇り
松虫草尾瀬をおもえば娘は若し 正子
菊束の小さきを売る秋彼岸   正子

●台風25号が明日からの連休を直撃する予報。お彼岸の墓参りは、24日の月命日に行くことにした。今年は、ひょっとして厳しい残暑になるのでは、という勘が働いて、22日の彼岸法会は欠席の通知を出している。残暑ではなく、台風になった。

●町内会から、敬老の日のお祝いに抹茶入り煎茶をいただいた。三角ティーバッグ入り。

●晃さんから俳句甲子園の愛媛新聞の記事と松教俳句交換会の8月の冊子が送られてくる。晃さんが記事を送ってきた理由は、私の考えが聞きたいということだろう。「私とは方向が違う。」と一蹴する著名俳人もいるが、言葉にすると次のようになる。

俳句甲子園に参加した愛媛県の高校別俳句一覧がある。参加校は4校で、一校あたり5名。俳句はもともと個人のもので、団体のものではない。それに、高校生なら、もっとみずみずしい感性があってよさそうなものだが、それが句にない、といっていいほど。言葉にも詩性があってよいと思うが、それが感じられない。そして大事なのは、対象に誠実で、正直であり、静かである態度のレベルがどうなのか。選者13名は俳句甲子園用の基準で選んでいるのだはなかろうか。俳句甲子園の選者に選ばれることに付加があるように思えた。これらは、俳句の本質から言っておかしい。
もっとも、俳句甲子園が「俳句以外の目的」をもっており、表層的な理解で済ませたければ、話は別となる。俳句以外の目的に俳句を使ってよいか、俳句甲子園が、俳句以外の目的を持つことは許されるのかと言う問題を含んでいる。俳句甲子園が俳句の本質に寄り添うためには、何を捨て、何を残すべきか、であろう。

●『俳壇』10月号の追加注文をきのうしたが、今朝早く届いたので、午前中に注文者6名と、友人1人に送った。到着は連休明けの24日になるそうだ。お礼と送金の案内をした。編集者は多忙なので、やり取りには簡潔さとスピードが必要。

●『RETURN』の編集。作業が途中で途切れて勘が鈍っている。24日に入稿予定だったが月末になりそうだ。余裕を見たつもりだが、ぎりぎりの日程になっている。

9月17日(木)

曇りのち晴れ
秋冷に取りだす句集夫のもの  正子
白萩の庭に家族のみな若し   正子
暮るる道通りすがりに萩の紅 正子

●はっと思い出した。9月3日の句美子の誕生日には庭の白萩が少しずつ咲き始めたことを。白萩のことをすっかり忘れていた。わが家の白萩は枝が塀越しに枝垂れるので、立ち止まって見てゆく人も多かった。

●花冠1月号の表紙裏の信之先生の句を第1句集『水煙』から3句選ぶ。
昭和51年から選ぶ。この年はたくさん句を作っていて、114句。いつもの年の倍の句数。

9月16日(水)

雨のち曇り
夕べの戸閉めてひときわ虫の声 正子

●昼前の電車で、昨日届いたピオーネを句美子の家へ届ける。ゆうまくんは保育園で運動会の練習をしているというので、何をやってるか聞くと、ダンスだと言う。1歳児のダンス? 親子で踊ると言っていた。

●電車のなかで、お昼を何にするか、考えた。途中で巻きずしを買って帰ろうと思った。電車を降りたとたん、早く、家に帰ってくつろぎたくなり、巻きずしは買わなかった。夜になって、ちょっと残念な気がした。

●「リルケと俳句と私」(五)でリルケの色彩について書こうとしている。色彩論というものがあるかと、ネットを調べると『ゲーテの色彩論』があった。文豪ゲーテが、と驚くが、古くから色彩について論じられていることを知る。
色彩論とは違うが、「異言語間の等価性」というテーマが以前からあったことを知る。翻訳の等価性と言ってもいい。

◆異言語間の等価性(翻訳の等価性)のメモ
色彩語は文化・思考の構造を背負うため、
ゲーテの象徴的色彩語彙
リルケの存在論的色彩語彙 は、日本語に「情緒の色」として訳すと等価性が崩れやすい。
ゲーテの色彩語彙=象徴的・理念的
リルケの色彩語彙=存在論的・内的
日本語の色彩語彙=情緒的・感覚的
この三者は、 同じ「赤」「青」「白」でも、背負っている文化構造がまったく違う。

9月15日(火)

曇り
●花冠1月号の編集を少しした。巻頭言は、今年は信之先生の「私の文学」だったので、来年の巻頭言は、正子のにしようと思い、ようやくそれが今日その原稿が出来きた。それを組み込むとどうなるか見るために、早速、組み込んだ。来年の方向が決まったように思う。早め早めの用意が肝要。余裕をもったつもりでも、それで、ぎりぎりとなるのがこの頃。

●有花さんに電話。1月号の特集は有花句集『蒼き氷河』にするので、散文原稿は、来年の7月号からにしてもらうことにした。特集の焦点が散ってもいけないから。

●ゆうまくんの運動会に招待された。1歳児の運動会は、何をするんだろう? ハイハイ競争とかか。お昼はごちそうしてくれるらしい。それで、何か持って行かなくてはと、あんぱんまんグッズを買いに出かけた。あんぱんまんキャラクターのやわらかいラグビーボールを買った。横抱きができるし、持ちやすい。それとあんぱんまん絵本。やなせたかしのあんぱんまんの原作は、お話があって、1歳児には難しい。絵の中からあんぱんまんを見つける絵本にした。見付けると達成感が湧くそうだ。

●中・高の友人から2度目のピオーネが送られて来る。今年2度目。
故郷には昔は特産がなかったと話す。高校のとき農業科の生徒たちがニューベリーAを育て、それを販売し、買っていた話が出た。そして、葡萄はニューべりーAが葡萄らしいと言う話になった。ふるさとに特産と言えるものができてよかった。葡萄の収穫時には、故郷の人は親戚に葡萄をおくるのに、みんな忙しいと言う話も。