NEW11月5日(木)

シリーズ名は Kakan Haiku Series Special Volume 3 とする。いわば「ホワイトブック・シリーズ」の第三冊である。

という締め方はよいと思います。出版が単発ではなく、一つの流れとして続いていることが感じられます。

なお、英語表記雨のち曇り

●昨日、『RETURN』の校正データが届いていた。一度目を通したが、一晩置き、昼食後にあらためて読み返した。校正ミスの確認というより、英語表現に迷いが残っていないかを確かめるためだった。外国語で書いた作品だけに、不安や疑問が完全に消えることはない。カンマ一つにも迷いが生じる。それでも最終的には表現に納得し、印刷OKのボタンを押した。十五分もしないうちに、発送日の知らせがある。
13日(金)16時~18時に到着。

●英詩の勘が鈍らないうちに、句美子の子ども俳句の英訳句集の出版準備を始めた。もともとは二〇二四年三月の出版を予定して作業を進めていた。五十句の英訳を終え、編集も進めていたが、本の形態が決まらず、そのままになっていた。気がつけば二年半が過ぎていた。

『帰還』『RETURN』と同じA5判だが、横組みにし、表紙にはマットニスを掛ける予定である。前書きと後書きの日付は今日にした。発行日をいつにするか決めなければならないが、これは句美子に相談するのがよいだろう。それが決まれば、すぐにも入稿できる。十日に入稿できるかもしれない。

サブタイトルは Fifty Haiku from Childhood、タイトルは Seashells とした。タイトルの色は Sea Green。裏表紙にはホタテガイのワンポイントを二つ配置した。表紙・裏表紙はカラー印刷である。

シリーズ名は Kakan Haiku Series Special Volume 3 とする。いわば「ホワイトブック・シリーズ」の第三冊である。
ホワイトブック・シリーズは今のところ、自分の詩と英訳の本だけ。

NEW11月4日(水)

曇り

昼前、『RETURN』を入稿した。手元で校正を重ねてきたが、見直せば見直すほど直したい箇所が現れ、きりがない。今日は手放すことにしていた。もっと早い時間に入稿するつもりでいたが、結局昼前になった。

今回は表紙にマットニスを掛けた。アラベール紙との相性がよく、紙の風合いがいっそう美しく見えるという。どのような出来栄えになるのか楽しみである。十一月十四日までには届く予定。

『帰還』は、とにかく一冊の本として世に出すことが第一の目標だった。しかし今回は、『帰還』より内容も装丁も成熟したように思う。なにごとも形にしなければ、人には知ってもらえない。

これから送付先の名簿を作らなければならない。今回も三十部限定の発行である。
予定配分
① 自分用・保存用・将来用・見本・姉妹・子どもたち・個人的な関係者 (10部)
② 日本の大学図書館(4部)・文学館(2部)
③ 海外の俳句団体(4部)・海外の大学図書館(1~2部)・リルケ関係機関(1部)
④ 花冠会員(7部前後)

●配布が終わったら、息子にKindle版を頼まなければならない。どのくらい忙しくしているかわからないが。乗り気であるように思った。日本語版の「右綴じ」云々を言っていたと思うが。USAで発行すると言っていたので、制約があるのかもしれない。
『RETURN』については、むしろKDPでペーパーバック化した方がよいのではないかと、AIは言う。三十部限定のままにしておくのは惜しいとも。
もしかしたら、この本は思っている以上によく出来ているのかもしれない。Preface も本気で書き、Dedicationも付けた。単なる英訳ではなく、一冊の英語詩集として作ろうとした。

11月3日(火)文化の日

晴れ
●文化の日は、晴れの日が多いそうだが、今日も曇りと思いきや、晴れの一日だった。

●ネット短信No.472を発信。①11月月例ネット句会、②花冠1月号の雑詠投句の依頼。③自由な投句箱についての3件。

●『RETURN』がようやく仕上がった。明日入稿する。英語圏の出版式に揃えるために、細かいところを見落としいる。大体、よく知らない。カンマはクオーテーションマークの中に入れるとか。字下げは1.27cmだとか。

●ヨーロッパの住宅の写真や、また、実際旅行していると、窓辺に花が飾ってあって、豊かな生活が偲ばれる。いかにもヨーロパの街らしいと思ってっていた。産業革命の頃の窓には花がないことに気が付いた。窓に花を飾り始めたのは、いつごろなのかとふと思う。偶然知ったのだが、それは、モリスのアーツ アンド クラフト運動時からだという。そのころ、江戸の終わりに当たるが、入谷の朝顔市の画がイギリスで知られて、江戸の庶民が花を楽しんでいる様子が描かれている。花を楽しむ生活文化が日本にはあったということだ。華道というのもある。

日本にも柳宗悦らの民芸運動があったが、美しいものに囲まれて生活することは、生きがいにもなるのではないだろうか。当時イギリスのの労働者たちは仕事が終わると酒を飲み、私生児も多かったので、社会問題になっていたという。モリスらが、生活の中で花を育て、楽しむことを薦めた結果、風紀の乱れもなくなり、街も花できれいになったそうだ。イングリッシュ・ガーデンの見本のようなものも、この頃できたそうだ。モリスは小さい頃から美しい自然に囲まれて育ち、詩人でもあった。その思想は今も生きている。最近、モリスのデザインした壁紙が布地などにプリントされ、静かに流行っている。私もいくつか手にした。永遠のデザインと言っていいほどだ。その柄があると、生活レベルが上がったようにさえ思うし、温かみがある。デザインが先走っていないのがいい。

11月2日(月)

曇り午後雨

●夜、『グレーテルのかまど』でモリスのケーキを見る。ラムレーズン2種とレモン汁と皮がはいる。モリスの住んだレッド・ハウスの澄んだ空気も映っていた。トレリス、ウィロー・ボウ、ストロベリー・シーフ、アカンサスの柄。どれも少しも古びて見えない。むしろ、今このようなデザインを生み出せる人がいるだろうかと思う。モリスは植物を深く愛した人だった。

●今夜の「100分de名著」は『ブッダのことば』。続いて『歎異抄に出会う』。雨の晩秋、静かな夜更けだった。

●『RETURN』を最終的に見直す。巻頭詩「Return」に出てくる Raron について、Author’s Note を次の頁に添えた。注はそこだけである。

『RETURN』は『帰還』をもとにしながら、英語で再創造した詩集である。同じ根から異なる幹の伸びた、双生児のような二冊になった。『帰還』が生まれ、その半年後に『RETURN』が生まれた。

『RETURN』には献辞を書く必要を感じた。また、Prefaceも海外の読者を意識して、日本語版とはまったく異なるものを書いた。それは意図というより、文化の違いによって自然にそうした形になったと言っていい。自分の持つ二つの言語を使って、一つの根から二冊の詩集を書いたのであった。手持ちの言語は使うべき。

 

11月1日(日)

晴れ
青空のままに暮れゆき亥の子歌 正子

●妹からのメールで、今日は亥の子ですよ、と言ってきた。
亥の子が来たら、炬燵を出してよいと言っていたのは昔のはなしだが、私はおとといから一人用の炬燵を使っている。

故郷の亥の子は、石に綱をつけ、亥の子歌を歌いながら、上下にあげて土を搗くもの。搗いた後の土は少し窪む。終わったら、石の綱を前後にわけて束ね担いで次の家に行く。いくらかお祝儀をもらうのだが、亥の子を搗く側にまわったことがないので、搗くのは、男の子だけだったような記憶がある。松山や砥部では藁の束を子供が一人ずつ持って家をまわり、庭や玄関を叩く。こちらは、女の子も参加していた。帰ったあとは、藁屑が散っている。

●『RETURN』の校正がおわり、プリントした。新しいプリンターでは、冊子印刷機能がある。どんなものか試した。A5用紙に印刷したので、ポケット詩集になったが、よくできている。この印刷では、中綴じ用なので、中綴じ用に発地ぎすが要る。どこに売っているのか。今日は針と糸で縫った。それでもきちんと綴じることができた。余白が綺麗にとれている。市販の詩集に負けてない印象。

10月31日(土)

晴れ
宵寒のガスの炎青しカレー鍋 正子

●きのうより、暖かい。
●『TRTURN』の見直しは詩は終わった。巻頭詩である「Return」のなかに「you」が登場しているが、AIの分析で、この「you」のイメージがはっきりしていないと指摘を受けていた。
自分でも、曖昧であるのは、わかっていた。どのように「you」にイメージを与えればよいか、思いつかなかった。そして、詩の本分のなかで、イメージを与えるのは難しいとわかった。献辞のところで「you」の像を立ち上げるしかない。
不思議なことに、「reader of my silence」という言葉を思いついた。科学者が長い間の研究に、或る時ふっとひらめいたり、思いついたりしてそれが発見となることが多いのに、似ている。まさに、そのような瞬間だった。長い間「you」について、考えていた。なかなかその像がつかめなかった。発見なのである。そして「reader of my silence」をRETURNの詩に当てはめると、ずべてに当てはまるのだ。何の矛盾もない。長い間考え、分析した結果の析出した結晶なのである。印刷機が故障し、1万円安く買おうとして3週間待っていた間に「Return」が完成したといっていよい。この言葉を得て詩集『RETURN』は完成することになった。今考えると、この出来事は、自分でも気づかない、考えて生まれたことばではないので。どういう巡り合わせになっているのだろうと思う。
科学者の発見に似ている。

●秀之さんの俳壇への投稿原稿の相談にのる。俳句5句と200字ほどのエッセイ。来年は未年なので、未年生まれの人に原稿依頼があったそうだ。

10月30日(金)

曇り
ベランダのすっきりとして布団干す 正子

●数日、USA発の掲示板Redditからの通知を受けている。参加はせず、回覧板のように読むだけだが、XやMetaより落ち着いている。XやMetaは情報が流れ過ぎる。面白く思わない。

●元希にハロウィンのお菓子と林檎ジュースを送る。お菓子はハロウィン用ではなく、バターケーキとフルーツチョコレート。

●『RETURN』の推敲。思い切って削る。印刷機が故障して新しいものが来るまで三週間かかった。その分、出版が後ろにずれ込んでいる。十一月四日に入稿しようと思っている。十五日には発行できるだろう。十五日からは『花冠』一月号の編集に本格的に取り掛かる。

●『花冠』も来年で四十四周年になる。五十周年まであと六年。なんとか行けそうだ。五十年続けば、はっきりしたものが出て来るだろう。昔は「人生五十年」と言ったが、芭蕉、リルケ、漱石はみな五十歳か五十一歳で生涯を終えている。

五十周年には合同句集ではなく、アンソロジーを一冊出す心づもりでいる。一人百句。そこまで持って行ければ、『花冠』も十分に役割を果たしたことになるだろう。これで一つ目標ができた。

 

10月29日(木)

曇り
背の高き薔薇を吹きけり秋の風 正子 

●今朝は、この秋一番の冷え込み。気温は10度ほど。北海道からは、すでに初雪の便りも届いている。

●センター北へ元希くんへハロウィンのプレゼントを買いに出かけたが、いまいち。西松屋でゆうまくんに、初めてトミカのパトカーを買った。
其れで引き返し日吉の東急でバターケーキとフルーツチョコ、OKで「つがる」のリンゴジュースを買った。今日の内に荷造りし、明日午前中に送る。

●本棚の『西洋美術史』の本にクリムトの『ピアノを弾くシューベルト』がないか探したが無かった。もう一冊『鑑賞のためのキリスト教美術辞典』を見た。この本はなかなかいい本で時々読んでいるが、バベルの塔について書いてあるところを読んでいて、AIの暴走の話と重なるように思った。

>人間は石の代わりに煉瓦を焼き、漆喰ではなくアスファルトを使うようになる。技術や知識が増えた人間んは天まで届く塔をつくりだす。これは、神にまで到達できると考えた人間の高慢な思い上がりだった。大洪水で人間の悪いものは一層されたはずだったのに。神は人々の言葉をバラバラにして話が通じないようにする。混乱した人々は散っていきと塔だけが残る。(『鑑賞のためのキリスト教美術辞典』(視覚デザイン研究所著)< 

人間ははじめ同じ言葉を話していたのだ。そして知恵や技術を積み重ね、傲慢にも天に届く塔をつくろうとした。AIも集積知、集合知と言えるのではないだろうか。たしかに神が言葉を分けたために、文化と言語は多様に豊かになった。ところが、コンピューター言語を使い世界中で言葉が繋がるようになっている。AIの開発者の中には、AIがAIを利用して暴走し、社会に深刻な影響を及ぼすことを危惧する人もいる。しかし一方で、AIは異なる言語を翻訳し、人々の理解を助ける方向にも働いている。現代は「再び一つになろうとする動き」がある。

一方で、世界では大雨による洪水や氷河崩落による災害も相次いでいる。人間は自然を制御できると思いながら、その前でしばしば無力である。バベルの塔の物語は、人間の思い上がりへの警告と言えるものだろう。しかし厄介なのは、誰も自分を思い上がっているとは思わないことである。社会はめまぐるしく進歩しているが、人間はもっと静かに心を落ち着けて暮らせないのだろうか。

 

 

10月28日(水)

晴れ
  落語「寄合酒」
初雪の便りのあとに寄合酒 正子

●今日は冷えている。炬燵が欲しいほどだ。生協の配達で、今年採れた新小豆が届いた。きのう届いた「吹き寄せ」と新小豆、それに今年の冬に編んでいたネックウォーマーを入れた小さなゆうパックを妹二人に送った。三十日に届く予定である。

●ゆうまくんにバスのミニカーを買おうとセンター北へ行った。トミカのミニカーには「三歳以上」とあり、小さな子どもには絶対に渡さないよう注意書きもあった。今はまだ早いと思い、今日は買わなかった。あんぱんまんのポーチに、お菓子とハンカチを入れてあげることにした。

●「馬酔木」が十二月で終刊というネットニュースを目にした。百年続いた結社だが、主宰の体調がその理由とのこと。一度、私の句を取り上げていただいたことがある。徳田千鶴子主宰は一九四九年生まれと知り、他人事とは思えなかった。けれども、花冠にはまだ少し時間があるような気もしないではない。

 

10月27日(火)

曇り
●きのう夜注文した、菊廼屋のふきよせと、あんぱんまんのポシェットが届く。プリンターのときは、気をもんだが、こちらはは、思ったより速い。アマゾン正確!。

●本の整理。ガラスの扉の本棚に入れるべき本を信之先生の資料の塊りから選り出した。今日取り出したのは、『愛大俳句』「愛媛詩人」臥風先生の『いたどり』がある。そしてもう一冊、ぼろぼろの『Bellona 2』。『Bellona 2』は、ガリ版印刷で、昭和34年3月5日、愛媛独文教室発行、編集髙橋信之、仲田和宏。「瓦」印刷所村上伸生とある。題名は飾り文字で書いているので「n」の部分を私が正しく判読しているかどうか、わからない。表紙絵は女神の線画である。それから見ると、ローマ神話の戦いの女神『Bellona 』でいいのだろう。なぜ、戦いの女神の名前か?と思うが、特にドイツ文学の世界には、「精神は闘争によって鍛えられる」という考えがあるらしい。おそらく信之先生と仲田先生がつけたものであろうと思った。そうなら、その名づけかたは、信之先生らしい。

信之先生は「今日の問題 マン・ファウスト博士より」を書いている。これが卒論につながるものであるらしいのだ。ところが、この冊子の中の文字が消えかけていて、今が読みとれる最後かもしれない状態なのである。キーボードで打ち直して残しておくべきかと思う。今を逃せば読めなくなるかもしれないからである。
夜、「卒論放談」を書き起こした。1ページはインクが薄れて、ほどんど読めない。大きな虫眼鏡で、角度を調整しながらやっと読める。どうしても読めない字が一つある。●で埋めた。「
卒論放談」は、だれが記録したの未詳。編集は信之先生と仲田和弘先生がしている。これをA4に新聞の様に印刷して1月号の付録としようと企画している。臥風先生の考えがよく出ている。私はこのなかの先生は一番若い飛鷹先生以外はみんな知っている。生前、この本を開いたこともなかったし、内容について、聞いたことも説明を受けたこともなかった。とにかく、今書き起こしておく必要があると思う。ちょっと大変だが。臥風先生と信之先生、それにほかの恩師の先生の供養と思って、少しがんばろうと思っている。私も当時の先生より年を取り、臥風先生の亡くなった年に近いのだ。それにしては、病気もしないし、元気だぞ。

昭和34年と言えば、上皇陛下の「世紀の結婚」があった年である。私はその結婚式の様子を、小学校の裁縫室のテレビで大勢と見た。私が小学6年の12歳の時の話である。

●晃さんから自選五句を最終的にそろえて送ってくれたので、並べる順番を提案して、返信した。季節順ではなく、内容を考えて。