7月18日(土)

曇り
●16日にパソコンを更新中にフリーズしてしまった。理由は?と考えても空き容量が少ない事かもしれないと思うだけ。回復キーを探すが、
アカウントにないと言う。初期化するしかないのかと思っていた。
3時ごろひどい雷なって、ちょうど郵便が配達されるところだった。ひどい雷。郵便配達夫の人も、「落ちましたな」と言っている。

●郵便夫さんから、俳壇8月号を受け取った。祥子さんからだった。彼女の句が載っているが、パソコンが故障しているので、すぐには、みんなに紹介できない。そのことを連絡しようと電話をかけようとしたら、電話がっからない。スマホは遅い。きのうは、土砂降りと雷鳴の中、通信孤立の状態だった。夜、息子ににメールし、パソコンと電話を診てくれる用途飲むと、今朝来てくれた。修復してくれた。電話は今朝は回線が復旧していた。しかり、ここ二日の出来事に疲れてしまった。すこし、休む。

●花冠7月号が文學の森の「俳句界」がら宛先不明で返送された。これまでは、届いていたので、スマホで調べると、4月に倒産し、事業停止となているという。2年間で4000万円の赤字、累積2億円の赤字による倒産という。俳句愛好人口が減っているという。句集出版が減っていること、俳句だけの事業であることが倒産原因であるらしい。

●私は、いつごろがらか、俳句界と距離が開くように感じた。少し用心していた。違和感を感じていた。原因は赤字による倒産だが、遠因は違うと思う。

テレビで、派手に俳句の種まきをし、私は俳句を広げる立派な仕事をしていると豪語する人がいる。。私こそ俳句の顔をしている。そうであるならが、俳句愛好家は増えているはず。おかしいではないか。むしろ、そういう俳句なら、俳句はしないという人がはっきり一線を画したのではないか。こうなると思っていたが、「俳句界」の倒産は、それを証拠付けている気がする。来るべき時が来たのだろう。

7月15日(水)

晴れ
●月例ネット句会のコメントを貼り付ける。

●俳壇の原稿、『秋の野鳥歳時記』俳句と随筆の推敲。ほぼできたが、俳壇に送るのは27日(月)の予定。あと12日ある。

●オレンジジェリーとプリンを作る。これを欲しいときに食べる。

●花冠7月号と、有花さんの句集『蒼き氷河』が出版されたので、読むのが忙しいかもしれない。

●ベランダの植物の鉢を整理。ワイヤープランツ、アイビー、ローズマリーは処分。鉢も少し処分。ほどんど何も無いようにするつもり。

「散文詩1」
七夕星
新暦七月七日。梅雨がまだ明けていないので、今夜の空は曇っている。
七夕の星が見えない。けれども、今夜は七夕なので星は見たいものだ。
つい、星を探している。心の奥に見えるので、その辺りを探している。いったい、この星は何の星なのか。小さく輝いている。自分の心にありながら、ずっと遠いところにある。空の星と同じように何光年も向こうにあるような感じなのだ。
ほんとうの七夕が来て、空に織姫と彦星が見えるときは、もう秋がはじまっているだろう。星が澄んでいるだろう。天の川が白く流れるのが見えるだろう。ここではなく、夜の明かりのない、妹がひとり住む故郷の広い庭から見えるだろう。 そこには、井戸があり、冷たい水が飲めるのだ。裏には竹やぶあり、さらさらと鳴っているのだ。東の山の上の空は街の明かりが空に映って明るい。バスに乗って行く街があるのだ。
心の星の光へ向かい歩いて行くと、きっと故郷の空の天の川に着くだろう。

7月14日(火)

晴れ
まっすぐに青田ひらけり電車の席  正子

●晃さんが7月6日に送ってくれた松山市教育会・俳句交換会の第5回の定期句会の冊子『花の雨』が送られてきた。今日届いたので、8日かかっている。郵便サービスのお客様窓口に電話をし、遅延の原因はなにかと聞くと、台風のせいだと言う。
俳句交換会のメンバーが高齢のため少なくなっているという。晃さんは増やすつもりなのだろうが、私は、無理に増やさない方がいいと言った。よけいな神経と労力がいるからと。花冠も会員は少ない。これを増やそうとしないのが良いと思っている。今の日本の俳句では、無理だと思う。今もう、俳句はだめになっているから、自分の信じることをやればいいと話した。

●花冠が到着したときは、発送のことが頭を占めていたので、中身を丁寧に見る気がしなかった。昨日読んでいたら、花冠7月号(No.375)の校正ミスが気になる。西村雅樹先生の思い出の記事の「銘々名皿」は、確かに「銘々皿」と訂正した記憶がある。「リルケと俳句と私」の「りルケ」は「リルケ」としたはず、フランス語の詩。消したはずの一語が残っている。これは確かな記憶だ。原因はPDFに直したときに、校正が反映されなかったことだと思う。訂正したPDFを確認したと思うが。どう考えても腑に落ちない。校正おそるべしと言うが、PDFおそるべしではなかろうか。

PDFが恐ろしいというのは、編集者の間では、静かに言われているとAIの情報から知った。PDFの書き換えができていなかったのではないかということ。

●俳壇の依頼原稿を仕上げた。ここで問題が起きた。画面では消えている文字が、印刷した段階で現れる。これは花冠7月号でも起きた現象。
原因はキャッシュが内部ソフトに残っているためのようだ。ソフトの不具合ということだ。まさか、こんな原因で。校正ミスと思われたくない。

全く、次々問題が起こる。目次に「・」が残っていたので消したがこれが、pdfの印刷の段階で出て来た。どうすればいいんだ。

7月13日(月)

曇り
夫の名の短冊そよぐ盆風鈴       正子
盆の花桶に並べて売られける      正子
盆の供花ゆり菊りんどうカーネーション 正子

●花冠同人の多田有花さんが、花冠俳句叢書・電子版1 として
第1句集『蒼き氷河』を出版された。電子版で句集の出版は花冠では、はじめてで、画期的なことである。有花さんの句集は視認性と高めるため、横書き。写真が俳句の内容と響き合い、すばらしいものになっている。これはネット上で見られる電子版の詩集などの写真とは次元が違う位置で句集の内容をより濃く、印象的にしている。有花さんは「富士山頂リーディング」の花冠の登山隊の隊長の訳を務めてくださり、花冠の画期的な事業を牽引してくれる力のある人である。ここにまた、花冠の未来が開かれたことに感謝する。

●7月月例ネット句会の入賞発表。今回は原稿がサクサクできた。午前11時頃発表。50代60代が、頑張っている。

●横浜そごうへ花冠に刑させていただいたお礼の品を買いに。先方には、15日の午前中に配達してもらえることになった。これで、花冠7月号の仕事が終わった。

●花冠7月号が届いた知らせが入る。脇坂さんからも到着の電話。

●昨日はこれまで俳句総合誌に掲載された信之先生、句美子、正子の俳句や文章の本を選り出した。めったに掲載されなかったと思ったが、数十回になっている。長く続けているうちにいつのまにか、回数が重なったといえる。

●『澤』の平成24年の分厚い記念号がある。印がしてあるところは、主宰の日記。なぜこの本があるのかすっかり忘れていたが、編集長の押野裕さんがわが「インターネット俳句センター」について記事を書いてくださっていた。すっかり忘れていたが。印が動いたのだ。偶然開けたページに載っていて、なぜ『澤』が手元にあるのか分かった。これは神がかったようなことに思える。

●モーツァルトのピアノソナタのK545の2楽章。ソナチネが弾けるようになった子がたどたどしく、少し下手に弾くような弾き方。これはなかなか魅力がある。1か月前にアップされたYouTubeにそんなのがあった。ピアニストが弾いているのだろうが。

7月12日(日)

晴れ
●7月月例ネット句会。
https://suien.ne.jp/getsureikukai

投句
夕顔のあおき実を売る盆の寺 正子
身内の人たちと面会できる大切な日。人出はあるが、誰もが静かに行き交う。境内にある小さな店には、暑気払いの食材として夕顔の実を売っている。ふと足を止め大きな実を手に取る。酢の物にして仏様に供え、家族も一緒に味わうのだろう。逝きし人を思い浮かべている静かな雰囲気に魅かれる。(吉田晃)

風鈴の短冊夫の名の書かれ  正子
まっすぐに青田の見える車窓なり 正子

●今朝、5時半ごろ近所を散歩。ここ2か月ほど、風邪で近所を歩くこともなかったが、古い家が壊され、新しい家が建ったり、スーパーがこの時間に開いていたり、様変わりしている。広い敷地の家が何件の無住のまま。

●散歩から帰りNHK短歌を見ていた。若い人の短歌を作者自身が説明していたが、俳句に限らず、短歌も表現が独りよがりに感じられた。最近の俳句や短歌に違和感を感じた板が、なぜか、はっきりした。

個人の尊重、その表現の尊重と言う意味合いが含まれているが、良い傾向とは思えない。個人の感情や思い、思想の尊重とは、別問題。個人の説明する権利の尊重ではないはずが。自分の表現を読み手に委ねない。自分の考えをぜひとも受け取ってほしい、というのは、少し未成熟と思える。
これを許したのは誰か。ここが問題。いくつかの層が重なっている。

メディア 作者本人が語る「解説」を番組の構成として重視する。
教育現場 作品より「作者の意図」を読み取ることが評価される。
俳壇・歌壇の共同体 作者の“語り”を作品の一部として扱う傾向。
SNS文化 誤読を恐れ、作者が「意図」を先に提示する習慣。
つまり、 「作者が説明すること」が自然な流れとして受け入れられ、 誰もそれを止めなかった。その結果、 短詩型の本質である 沈黙・余白・観照・言葉の自立 が弱まってしまった。

声明して初めてわかる俳句や短歌。難しいと言う意味ではない。この傾向は、言葉の最小限による世界の立ち上がり」 とは別方向にある。俳句や短歌は、 作者が「声明」しなくても、 作品そのものが世界を提示できる形式のはず。 むしろ、説明して初めて分かる作品は、 短詩型の強みを手放してしまっている。

7月11日(土)

晴れ
夕顔の実の大きさよ盆の寺  正子

●お寺で盆法会。息子と出席。成瀬の駅まで車で迎えに来てくれ、それからお寺へ。境内に入るといつも野菜の直売がある。夕顔の実が売られていて、驚くほどの大きさ。土の野菜も一袋100円だが、夕顔の実は、300円。莢インゲンが美味しそうだったので、買おうと思ったら、先に息子が買ってくれていて、一袋もらった。今日は着くのが遅かったので、お墓へは、法会が終わってから参った。お花も買いそびれたので、途中の店で息子が買ってきてくれた。

救急車で運ばれてから、見た目にも体が弱っているように見えるらしい。
実際、今朝もお寺に出かける前に、体調があまりよくない。十分体調に気をつけて食事をとった。脈が速いので、なぜかと思ったが、脱水気味の時に脈が速くなることが多いらしい。それで、喉が渇いていなくても、麦茶を頻繁に飲むようにした。そのせいか、体調が少し良くなった感じがした。お寺から帰って、少し昼寝。これが良かったのか、少し元気になった。

●お寺の直売で買ったインゲン。ばら寿司に入っているのが好きなので、
インゲンを食べるためにばら寿司を作った。食欲も少し出て来たので、
よかったと思う。

●明日の月例ネット句会の投句を済ませた。

7月10日(金)

晴れ
●本格的な暑さに。エアコンはドライ運転。
●晃さんから詩集の注文。残部はないので、私用の3冊の中から一冊送る。なにかの時にと思って取って置いたものだた、その「なにかの時」がすぐ来たということ。
●自由な投句箱の、明日から10日分の投句らんなどを作る。添削は、希望した句だけにすることにしたが、10日で二人、6句。こう見ると、添削を希望していないのに、こちらが勝手に添削していたように思える。

●明日の、お盆法会の準備。息子に電話し、駅まで迎えに来てもらい、それからいっしょにお寺へ行くことに。

●台所掃除。今週中に終える予定が、あぶなくなった。無理をしないこと。
●クラシックギターが家の隅にある。このギターは、いらないと思いながらも、引っ越しにも耐えて50年以上ある気がする。弾かれないまま。ちょっと弾いてみた。copilotに聞きながら、耳調律をし、開放弦を鳴らす。太い6,5,4弦の指があたるところが錆びている。今日は、これだけ。

7月9日(木)

晴れ
●昨日に続き、晴れ。近畿、中国地方は昨日梅雨明け。

●花冠7月号(No.375)を南日吉郵便局から発送。13日(月)に届く予定。

●ネット短信No.461 を発信。花冠発送の報告。7月月例ネット句会の案内。詩集『帰還』の限定部数が手元にないこと、と感想を寄せてくれた人へのお礼。日本現代詩歌句文学館の蔵書として永久保存の知らせ。

●晃さんから昨日届くはずの送ってくれた冊子が今日も届いていない。
電話で連絡

7月8日(水 )

晴れ
●昨日と変わり、今日は晴れて29度に。
●花冠7月号No.375が夕方届く。『帰還』の時と同じく航空便。
遠方輸送ということらしい。夕食後、封筒に入れ発送の準備ができた。
スマートレターで送る人は夜投函。そのほかは、明日南日吉郵便局から
発送予定。
7月号の表紙色は「空」。すっきりとして透明感がある空色と言えばいいか。夏らしい色になった。88ぺーじなので、A5の封筒できりぎり。
余裕をもたせて、もう少し大きい封筒にするのがいいかも知れない。

●いただき物の高級茶の茶筒が古くなった。巻いてある紙を剥がして、新しく和紙の模様紙を貼った。この作業は15分もかからなかったが、さっぱりした。鳩居堂で、半切りで売っている和紙を数枚買っていたので、役立った。半切りの和紙はプレゼント用の封筒を作ったり、空き箱に貼ったりできる楽しみがある。気に入ったのが見つかったときに買って置くべき。

●『ヴァレの四行詩』25番を翻訳していて、日本人のリルケ理解について、疑問を持った。25番は風景をもとにリルケの光と色彩がドイツ観念的、哲学的に詠まれていると思った。第1連、第2連は風景の光と色の変質として読める。これは、片山訳をたしかめても、私の訳とのずれはない。ところが第3連は色彩が抽象概念で詠まれているので、風景詩と読んでいると理解が難しい。それで、片山訳を確かめると、私の訳と大きくずれている。常識的には、評価を得ている詩人であり学者の訳が正しくて、私の訳が間違っていると指摘されるだろうが、片山訳がリルケの原詩と
大きくずれているとAIが分析した。片山訳は、日本語の詩として完成されており、美しい。問題は原詩と大きくずれていることなのだ。なぜなのか。当時の日本でのリルケ理解が関係していそうである。

片山の訳詩集『果樹園』は1957年の出版である。この時代の日本のリルケ理解はどうであったのか興味深い。当時の日本のリルケ理解に基づいて翻訳がされたと思うのだ。戦後12年経った時期のリルケ理解を調べると、片山訳がなぜそうなるのかわかった。

25番
第3連 正子訳
そばに、 全く抽象的な緑
視界のなかの淡い緑
見捨てられた底に沈む色に包まれている
時代が解体する塔

第3連 片山訳
その脇に、 全く澄んでいる緑
夢のように蒼ざめている緑が
永い歳月に痛んでいる塔を取り巻いて
心置きない背景をつくっている。

copilotが示した応え
1950年代の日本のリルケ像は、抒情詩人リルケである。戦後日本のリルケ受容の特徴は、次の三点に集約できる。

①「感情移入」中心の受容姿勢が支配的だったため。(戦前~戦後)
戦後の日本では、リルケは「孤独・内面・感情の詩人」として読まれ、 詩の言語を心理的・情緒的に解釈する傾向が強かった。 これは、戦後の精神的空白と「内面の深さ」への希求が背景にあるとされる。
この受容姿勢は、
風景=心象
色彩=感情の象徴 という象徴派的な読みを自然化し、抽象的・観念的な構造を読み落とす方向へ働いた。
②文献学的・構造的なリルケ研究が日本に届いていなかった。

1950年代の日本では、リルケの詩を「歴史的・構造的に読む」研究は未成熟で、 詩句の成立背景や観念構造を精密に読む方法は普及していませんでした。
そのため、 色彩=存在論的構造 というリルケの本質的な色彩観(ドイツ語圏で展開していた哲学的読解)は、 翻訳語彙の制約もあって十分に再現されなかったと推測できる。

③「リルケ礼賛」と呼ばれる情緒的読解が強かった。
戦後の日本では、リルケは「永遠の同時代詩人」として愛され、 詩人の心理や感情に寄り添う読みが主流であった。この傾向は、 抽象概念としての色彩(第3連)を、風景的・情緒的に読み替えてしまう という片山訳の特徴と一致している。

◆片山敏彦訳(1957年)の位置づけ
片山敏彦訳は「1950年代日本のリルケ像」に忠実である。
色彩=情緒
風景=心象
抽象概念=心理的象徴
という当時の受容姿勢に沿って訳されているため、 原詩の観念的・哲学的構造(特に第3連の抽象色彩論)を再現していない

これは私が感じた「第1・第2連は一致するが、第3連で大きくずれる」という現象と完全に一致する。
●片山訳は「日本語の詩として美しい」が「原詩の構造からは離れている」。これは研究史的にも説明可能であり、 私の訳が原詩の観念的構造を正確に捉えていることを裏づている。
私の読みは「現代的」であり、片山訳は「時代的」である。戦後の日本ではリルケ研究は長らく「感情移入」中心で、 構造的・観念的読解は1970年代以降にようやく本格化する。
片山訳(1957年)は戦後の情緒的リルケ像に基づいている。
正子訳(2026年)は現代のドイツ語圏研究(フュレボルン。エンゲルら)と響き合う観念的読解で、これは、時間差の問題。

 

7月7日(火)七夕

曇り
七夕というや一日掃除して 正子

●七夕と言えば、今日は七夕。毎日雨。これではいけないだろう。見えない星を見なければいけないのが。

●詩集『帰還』の残部が無くなったので、発行所ブログに、そのことをしらせて、買ってくださった人にお礼を書いた。

●日本現代詩歌文学館から詩集『帰還』の受け入れ目録、会員証、会員調査票、いわゆる3点セットが送られてきた。16日に発送して、7月1日に図書資料として登録され永久保存されるということ。事務処理が速いと思う。返事があると思っていなかったので、少し驚く。
夜、会員証に住所と名前を書き、それから、会員調査票を記入し、情報保護ラベルを貼って投函。もう、80歳になろうとしている人が、と思いながら。これまで、こんな余裕がなかったと言えばなかった。ようやく、自分から動けるようになった。何と長い年月がかかったことだろう。

●台所の掃除。シンクと、引き出しなど。まだこれは、台所の3分の1しかできていない。今週中に台所の掃除を終える予定。疲れやすくなっている。