2026年9月14日 22:31
晴れ
カーテンに陽はやわらかし法師蝉 正子
青萱を吹く風ありて友の家へ 正子
くらがりに萩の紅こそよく見ゆる 正子
●9月月例ネット句会の入賞発表。
https://suien.ne.jp/getsureikukai
金・銀・銅賞にコメントをつけるが、難しい。
●「俳壇」10月号の特集「秋の野鳥歳時記」は写真がなく、秋の野鳥の俳句と、秋の野鳥に関するエッセイのみ。なぜか、掲載者は11人と言う半端な数。4番目に掲載されている。掲載順に年齢順、ではない五十音順、地域別ではない。編集意図で順番が決まるそうだ。
息子、妹二人に送る準備。晴美さんには、持参し、郵便受けに入れておいた。
●「世紀末ウィーンの知の光景」第5章を読んでを、年頭随想として掲載できるよう、書き変える。著者への応答部分を減らしたので、わかりやすくなったと思う。応答部分を削ったのは惜しいが、3267字。この長さは巻頭随想としてはベスト。一段落。
●『RETURN』を彼岸の休み明けの24日に入稿予定で作業を進める。
18日金曜日は墓参。19日は運動会見物。20日~23日は雨のようなので、『RETURN』の編集作業。詩集の出来上がりが10月8日。10月15日に贈呈先に発送。20日にThe Moth Prizeに2篇を応募予定。
その後「リルケと俳句と私」(五)に取り掛かる。
今日、花冠No.376を少し編集した。原稿が多いので、散漫にならないようにする必要がある。
2026年9月13日 18:45
曇り、一時雨
●9月月例ネット句会
https://suien.ne.jp/getsureikukai
●久しぶりに晴れたと思い、句会の前に少し出かけてみようとした。外に日傘を持って出た。道行く人は雨傘をさしている。家に帰り雨傘に替え、行く場所も四季の森から、日吉に変えて電車で出かけた。帰りは、晴れたので、松の川緑道を歩いて帰った。
道ばたの植物。水引草、むくげ、数珠玉、藪茗荷、ウツボグサなど。あれほど雨が降ったのに、小川には水がない。
慶應のグランドでサッカーの試合が行われていた。応援はメガホンと歌だけ。メガホンを打楽器代わりにして、リズムを打っている。歌詞を聞いていると、青春の応援歌である。若さの「爆発」ではないのがいい。これを慶應ボーイというのだろう。
●俳句における「中八」について、会員から疑問が寄せられた。それを機に「中八」を厳しく避ける藤田湘子の形式主義がどこから来ているかを調べている途中、亞浪の弟子・大野林火のあたりから、系統の記述が事実に基づかないものになっていることに驚いた。生年没年さえも事実と違っている。 俳句史から亞浪の系統が消えている。俳句史が結社中心に書かれていることが原因らしい。 『旧制松山高校と俳句』(大野岬歩・髙橋信之共著)に詳しく記されているにもかかわらず、「 亞浪→梵」の流れで記述が途切れ、亞浪の高弟であった臥風の名も消えている。 したがって、信之の名も消えている。 今、生きているのは私だけかもしれないので、ここをはっきり書き残す必要があると思ったが、 私にはかなり重荷である。
十年ほど前までは、亞浪の孫の幸人さんご夫妻から年賀状が届き、水煙にお祝金が送られてきていた。 知らんふりは出来ぬ感じなのだ。 亞浪は少数精鋭だったので結社を大きくしなかった。 それに大野林火が後に虚子に傾いたことにより、系統が揺らいだ。 俳句の系統をはっきりさせることにどれほど意義があるのか。 亞浪の精神性は、結社は違っても浸透していると言える。 しかし、現状は俳句の精神性にとって憂うべき事態になっている。 テレビなどで俳句が騒々しく扱われることにも遠因があるだろう。
亞浪の精神は、臥風・梵・信之へと静かに受け継がれ、
結社史の記述からは消えているが、
その水脈は確かに存在した。
私はその末端に立つ者として、
この静かな流れを記しておきたい。
(髙橋正子)
曇り
クリムト『ピアノを弾くシューベルト』の焼失を悼む
焼失の名画や画集に秋の夜 正子
●明日は、9月月例ネット句会。8月の夏休み明けには、自由な投句箱
への期待が高かった。今は、落ち着いた感じがする。
●注文の「俳壇」10月号4冊が届く。
●急に句美子の家へ。スーパーの魚売り場を覗くと秋刀魚がある。解凍は細いが130円。生は太目で300円。この値段なら、生でしょう、と買ってみる。この前デパートでちらっと見た時は1尾690円。この値段なら、ほかの魚がいいのではと止めていた。関東ものとのこと。美味しい!というほどではない。食べてよかったと言う味ではない。初物だったが、期待しすぎだった。
●『世紀末ウィーンの知の光景』第5章をめぐっての文章に手を入れる。
原典に当たらないといけないところは、削った。手元に資料というものがない。調べようにも、市民の図書館にはない。一生懸命書いてきたが、いろいろなことが思い出されて落ち込む。書いたことを消さなければならない喪失感の裏にある、いろんなこと。
2026年9月11日 19:32
曇り、時々雨
●よく降る。きょうは9.11。
●『世紀末ウィーンの知の光景』の第5章の感想文を書き上げた。書かなければならない文章ではない。この文章を書き終えなければ次のことへ移れなかった。明日から、Return の編集と、The Moth Prize の応募作を手直しする。これが10月に負える仕事。10月半ばから11月半ばまでに「リルケと俳句と私」を書く。書き終えて、花冠No.376の編集に入る。
2026年9月10日 18:56
曇り、夕方小雨
●「俳壇」10月号が半ばには発行されるので、4冊注文した。秋の野鳥歳時記に特集に出稿している。
●きのう日本の話芸で、桂春団治の『皿屋敷』を視聴した。前にマイクロフォンが立ててある。昭和の時代が見える。最近落語家でこんな芸が見れないのが、残念だ。もう元には戻れないのが、時代だ。
●詩集『帰還』がを7月初めに日本近代文学館に寄贈したが、収蔵されることになった。8月8日付で収蔵番号(9616)をつけて葉書きが届いていたが、記録をしていなかったことを今日思い出し、発行所ブログで皆さんに報告した。報告は以下の通り。
発行所ブログの掲載内容
●この度、6月10日発行の拙詩集『帰還』が、日本近代文学館(目黒区駒場)に収蔵されることになりました。
収蔵番号は9616です。受け入れられたのは8月8日でした。遅ればせながら、ご報告します。
無名の俳人の詩集が日本文学館に収蔵されたのは、名誉なことと思っています。が、それ以上に花冠の精神性が日本文学の系譜のなかに、しずかに組み入れられたことを私は嬉しく思っています。それを深く受け止め、みな様にご報告いたします。
日本近代文学館は、1962年の設立以来、近代文学(明治以降)の資料を体系的に保存することを目的とした、日本初の総合文学資料館です。寄贈された書籍は「受け入れ判断」を経て収蔵されるということです。
副題の「俳句的観照による」の作詩方法を示したことと、徹底的にそぎ落とした装丁が、視覚的に内容理解を補足したと思います。詩集『帰還』は、近代文学館が長く扱って来た日本語の精神史の系譜にあります。 俳句と詩の境界をまたぐような観照の姿勢は、 日本語の表現史のなかで、まだ十分に言語化されていない領域です。そのことを考えますと、身が引き締まる思いがしています。
●なお、神奈川近代文化館(横浜市山手町)にも収蔵されることになりましたので、併せてご報告いたします。
2026年9月10日
髙橋正子
2026年9月9日 19:21
曇り
●雨は上がったが、湿気がひどい。床を素足で歩くと湿りがはっきり感じられる。終日エアコンのドライ運転。
●美知子さんが夏井いつき氏が「中八」の禁止についてにテレビでいつも言っていることへの美知子さんの違和感について、電話で話した。私も中八の禁止は、臥風や信之先生から聞いていないと話す。中八を禁止する話は芭蕉、子規、虚子の誰もそんなことは言っていない。芭蕉は不易流行や風雅のまこと、子規は写生、虚子は花鳥諷詠と俳句の内容につては言ったが、音律のついては述べていない。そのことを話す。
戦後、俳句人口の増加で、初心者の俳句教育の便宜として、中八は禁止ではないが、避ける方が良いと言う言い方があったらしい。それが、最近俳句人口を増やすための便宜として使われている。かなり乱暴なことだが、結社の主宰の間で共有されているとのこと。私は、中八は、俳句にとっては第2義的なものなので、花冠はその立場はとらないとはっきり言った。
テレビだから、こういう言い方が許されると言う考えは間違っている。テレビは公共放送なので、完全に間違っている。許されるのは、個別の場合。
●敬二さんの奥さんに電話。敬二さんは入院中のことで驚く。今日は線状降水帯の予報なので、病院へ見舞いに行くのを止めているとのことだった。昨日は街中の冠水で電車が止まり、大変だったとのこと。久しぶりの電話を喜んで1時間ばかり話し込んだ。私の俳句日記を読むと「ほっこりする」とも言ってくれた。そして、「自分の生活もこれでいいんだと思う」と。それから、N先生から花冠へ感想が寄せられるのは、信之先生が遺してくれた宝ですよ、と言ってくれた。
2026年9月8日 16:19
晴れ
雨あがれば地表に鳴きて朝の虫 正子
今朝は大雨の予報が外れ、静かに晴れた。 外気はすでに秋の気配を帯び、散歩に出てもよいような天気だったが、早朝に目覚めたせいで眠気が残る。横になって休みを挟みながら、『世紀末ウィーンの知の光景』第5章を、読み返した。
2026年9月7日 20:39
雨
●きのう、線状降水帯が関東に発生するというので、わが家の安全をAIで確かめた。家のなかにしずかにしているのが一番安全だと言ってくれた。それで今朝は大雨を予想していたが、晴れたのかと思うような日差がありながら、雨が降っているが、大雨は免れた。
●美知子さんから、角川俳句年鑑の自選5句の相談。1時間ばかり話す。
●線状降水帯の予報の出ている夜中、今日になったばかりの時間、仕事をしながら、マーラーの9番をBGとして聴いた。夜の静かさのなかで、音がちょうどいい具合で自然にで聞こえてくる。いいと思う。仕事が終わった時は、じみじみと美しい。音が夜気に溶けて、かすかに5番のアダージェットの音が聞こえる。
昼から仕事をしながら、マーラーの2番を聞いた。時々、非常に美しい音楽が聞こえる。ほっとして、夕空の向こうへ連れてゆかれる。
●今日は、5章のマーラーの部分だけ、読んだ。1番は、たびたび聞いている。2番を聞いた。マーラーについての記述の疑問に思う表現について、深堀しながら読んだ。世紀末ウィーンの知識人について知るには、時間がかかるとおもった。昨日はヴィトゲンシュタイン、今日はマーラー。
読みながら、思い浮かぶテーマがあったので、合間にマーラーの英詩を作った。この詩を日本語で書こうと思うと、躊躇する。英語だからかける。そして、しばらく考えてまた読んだりした。この章に何日留まるのかと思うが、あわてる必要もない。
2026年9月6日 22:15
雨
●今夜から明日に掛けて線状降水帯の予報。
●ネパールの氷河崩落で大洪水が起きたニュースは、日記には書かなかったが、あまりに大きすぎるニュース。日本人家族が巻き込まれたのではないかと言われている。そうで、ないことを祈る。
●雨。北側の部屋は、窓が位置が北と西。風の通りがわるいので、一日扇風機を一日回す。クローゼットにも風を入れる。ぐずついた天気がずっと続いてダニが心配。
●『世紀末ウィーンの知の光景』第5章のヴィトゲンシュタインのところ。分かりにくい。その分かりにくさは、そこに取りあげられている本の内容を私が知らないからだ。その本はウィリアム・ジェイムスの『宗教的経験の諸相』、ヴィトゲンシュタインの『論理的哲学論考』。これをAIに聞くと内容の概略を応えてくれた。これがわかると、すっとわかるようになる。それに「宗教の可能性」と言う言葉。これもAIに聞くと、わかる。知れば、わかりにくさは解決される。しかし、これをここに詳しく書くのは、面倒なのだ。これらは言い得るものだろうが、私にとっては、言い得ぬもの。書かない方がよいだろう。この5章を考え出すと切がない。疲れてしまう。
気分転換に冷蔵庫の材料でポテトサラダと、人参とこんにゃくの白和えを作った。最近嵌っているのが、胡瓜の即席漬け。胡瓜を漬物用に切り、塩を振り、ポン酢を胡瓜の量に合わせていれる。2本なら大匙1くらいのポン酢。塩の尖った味が消えていくらでも食べれる。
●先ごろ、「精神をだれかにすっかり預けてしまいたいものだ」という話を日記に書いた。これをAIに見せると、「自分の精神を預ける」と言う日本語には恋愛的要素があると指摘する。それは意図と違うのでどうすればいいのだろうと思うが、「預ける」と言う言葉しか思いつかないし、それしかない。このテーマは面白そうなので、英詩にしてうまくできたら、The Moth Prizeに応募しようと思った。まずは、辞書も、AIにも聞かないで、自力で作って、最後AIに見せた。意味が通って、自然な英語だと言う。そして、恋愛的要素はないという。意図したとおりの詩になった。応募候補作にした。3篇できたことになる。
ちなみに英語で預けると言いたいときは、leave, place, set, rest, entrust, depositなどがある。精神のように重いものをあずけるのは、entrust だが、私はleave ~onでいい。軽く置く意味。これが私の意図する預けるの意味。日本語は湿って情的すぎる。要するに、日本には、成熟した人間関係がないのかもしれないのだ。子どものときから、ここで躓いている。英語が得意とかで英詩を書いているわけではないのだ。
2026年9月5日 21:34
曇りときどき晴れ
戸を閉めるときにひと際虫の声 正子
●戸を閉めようと外を覗くと、窓の外は虫の声がはっきりと聞こえる。子供たち家族にも、妹たちにも何事も起こっていないようだ。俳句を作りに出かけるのによさそうな天気だが、体調に不安があるので、家で過ごす。あまり、家事をしない、俳句の仕事も今日の分だけで、週末は本を読んで過ごすことにした。そして、少し気合を入れるために、お菓子を買って来た。何か集中するとき、胃が軽い方がいい。かわりにお菓子とコーヒー。頭の疲れと気分転換のためのお菓子。
●『世紀末ウィーンの知の光景』を読みかけている。序章は、先生の体験が導入となり、感慨深い。序章のつぎに五章「平安の喜びを告げるある表現」を読んだ。「喜びを告げる表現」とは、どんな表現かまず気になった。そして今日は、2章「芸術家たちの日本への関心」を読んだ。この章には、先生の研究の成果の新資料や新事実の発掘があると知った。それが新しいかどうかは、研究者でない私にはわからないが、聞いたことがない、初めての感じが、微細な電流のように神経の端に触れてくる。微細な感応にすぎないが、たしかに感じ取れる初感覚なのだ。そして、2章は文庫本『世紀末ウィーン文化評論集』を読んでいたので、理解しやすかった。
5章の「平安の喜びを告げるある表現」は標準語で言えば、「おまえには何も起こりえない」という、記念像も立てられるほどの劇作家アンツェングルーバーの劇作品『十字で署名する人々』の石割り職人ハンスの言葉として、作家が言わせている。方言であるから、自分の馴染に方言になおして読むとよいと先生は書いてある。明治時代の広島弁なら、「あんたにゃ、なーんもおこったりゃしぇん」とでも言うのだろう。先生は京都弁で「あんたには何(なん)も起こったりなんかせえへん」と婉曲に言われる。「起こったり」は、>kann <の意味からそう変換したが。当時のオーストリア人に広く知られた言葉のようだ。
「…えない」の訳が気になる。英語では、>can +否定語<だが、元の方言が気になる。「起こるはずはない」の意味でいいのか。>Es kann dir nix g’schehn! (標準語化:Es kann dir nichts geschehen!)となっている。(これは、9月3日に調べた言葉と少し違っていて、こちらが本当と思える。)この言葉は、石割りハンスが人生の苦難を経て得た「悟り」のような安心感を語る場面で使われます。オーストリア方言の nix g’schehn は、 「何も悪いことは起こらない」「おまえは大丈夫だ」という、 民衆的で素朴な慰めのニュアンスを帯びています。<と説明されている。つまり、論理的否定表現ではなく、民衆に安心を与える情緒的表現ということだ。だから「大丈夫だよ」の意味になる。運命への静かな受容、苦難の底にある平安、神の摂理への信頼、民衆的な素朴な安心感とも説明されている。
しかし、この言葉は、民衆にはこれで足りるのだろうが、アンツェングルーバーの『十字で署名する人々』では、もっと意味が深いと先生は言われる。この言葉に関心を寄せた象徴的な知識人たちは、ヴィトゲンシュタイン、マーラー、クリムト、バール、マウトナーであると。
① ヴィトゲンシュタイン
民衆の素朴な言葉が、彼の憂い、鬱からの脱却に役立っている。 宗教の可能性のある言葉とも。彼の「語りえぬものについて沈黙する」 という思想の前段階にある、 語りうる平安の言葉となっている。
② マーラー
「不安」と「救済」の間で揺れる音楽が、マーラーを聞いた時の救いの感情をもったという先生自身で実証されている。民衆の慰めの旋律と響くということ。マーラーのところは、身につまされる。
③ クリムト、バール、マウトナー
世紀末ウィーンの「神経質な美」と「不安の美学」を体現した人々。 その中で、民衆劇の素朴な一言が まるで地中から湧き上がる静かな泉のように 彼らを魅了した。
つまり、 この言葉は「民衆の慰め」以上のものとして、 世紀末ウィーンの精神の反照になっていたと言うことが書かれている。私には、先生の読みの結果の深い核心なのではないかと思える。生活の言葉 から、哲学や 芸術の深層、そして、それを時代精神として把握されていることに深く教えられる。
知識人のような人たちにも、生活の基底に平安の静けさが必要なのではないかと思わされる。そして、私は、先生の外側からは、ウィーンの知識人たちと同様に、緊張した精神の高みを感じている。その先生が、生活の言葉をこのように取り上げられることに、先生の違う一面を感じている。
また、5章からは、信之先生の提唱した「よい生活からよい俳句を」は、 静かな生活の場所であり、世紀末ウィーンの知識人たちが求めた“生活の平安”と同じ水脈にあると感じている。私は、俳句をつくることで、平安のよろこびを享受していると言えるかもしれない。俳句は生きている基底の肯定の上に成り立っているから。その証拠に、俳句を作った後、多くの場合、俳人はすっきりした気分になる。俳句の浄化作用とも言われることだ。これこそ「平安のよろこび」と言えるのではないだろうか。
また、世紀末ウィーン文化の研究者が、民衆の言葉である「おまえにはなにも起こりえない」を考察されることは、僭越ながら、この民衆の言葉へのまなざしには、先生が長年の研究を経て到達された静かな境地が感じられるように思われた。
芭蕉の言葉に 「高く心を悟りて俗に帰るべし」は、芭蕉自身の言葉として『三冊子』に記録されおり、今も俳句の核心である。芭蕉は、技巧や奇抜さではなく、 精神の高さと日常性の融合を俳諧の理想としている。高く悟るだけでは「離俗」になり、句が硬くなる。俗に埋もれるなら「通俗」になり、句が浅くなる。その両方を超える地点が、 「高く悟りて俗に帰る」という境地なのである。