曇り、一時雨
●9月月例ネット句会
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●久しぶりに晴れたと思い、句会の前に少し出かけてみようと、外に日傘を持って出た。道行く人は雨傘をさしている。家に帰り雨傘に替え、行く場所も四季の森から、日吉に変えて電車で出かけた。帰りは、晴れたので、松の川緑道を歩いて帰った。
道ばたの植物。水引草、むくげ、数珠玉、藪茗荷、ウツボグサなど。あれほど雨が降ったのに、小川には水がない。
慶應のグランドでサッカーの試合が行われていた。応援はメガホンと歌だけ。メガホンを打楽器代わりにして、リズムを打っている。歌詞を聞いていると、青春の応援歌である。若さの「爆発」ではないのがいい。これを慶應ボーイというのだろう。
●俳句における「中八」について、会員から疑問が寄せられた。それを機に「中八」を厳しく避ける藤田湘子の形式主義がどこから来ているかを調べている途中、亞浪の弟子・大野林火のあたりから、系統の記述が事実に基づかないものになっていることに驚いた。生年没年さえも事実と違っている。 俳句史から亞浪の系統が消えている。俳句史が結社中心に書かれていることが原因らしい。 『旧制松山高校と俳句』(大野岬歩・髙橋信之共著)に詳しく記されているにもかかわらず、「 亞浪→梵」流れで記述が途切れ、亞浪の高弟であった臥風の名も消えている。 したがって、信之の名も消えている。 今、生きているのは私だけかもしれないので、ここをはっきり書き残す必要があると思ったが、 私にはかなり重荷である。
十年ほど前までは、亞浪の孫の幸人さんご夫妻から年賀状が届き、水煙にお祝金が送られてきていた。 知らんふりは出来ぬ感じなのだ。 亞浪は少数精鋭だったので結社を大きくしなかった。 それに大野林火が後に虚子に傾いたことにより、系統が揺らいだ。 俳句の系統をはっきりさせることにどれほど意義があるのか。 亞浪の精神性は、結社は違っても浸透していると言える。 しかし、現状は俳句の精神性にとって憂うべき事態になっている。 テレビなどで俳句が騒々しく扱われることにも遠因があるだろう。
亞浪の精神は、臥風・梵・信之へと静かに受け継がれ、
結社史の記述からは消えているが、
その水脈は確かに存在した。
私はその末端に立つ者として、
この静かな流れを記しておきたい。
(髙橋正子)
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