●随想「俳句の中心が痩せるとき」

●随想「俳句の中心が痩せるとき」

 総合俳誌「俳句界」(文學の森)に送った花冠七月号(No.375)が、宛先不明で返送されてきたのは、発送して八日目のことである。前号までは届いていたので不審に思い調べると、会社の倒産により四月で廃刊となっていた。「俳壇」の倒産理由の一つに俳句人口の減少が挙げられている。これは一誌の廃刊という事実にとどまらず、俳句界全体の構造変化を示す出来事でもあると思える。

 これで総合俳誌は「角川俳句」「俳壇」「俳句四季」の三誌となった。ここまで数が減ると、俳句界の構造が歴史的転換点に来ていると判断してよいだろう。角川『俳句年鑑』に記録される俳誌数は二十年で三百誌減少している。二〇〇六年には八三五誌あったものが、二〇二五年には五三九誌である。主宰の高齢化と後継者不在、会員数の減少が主な理由とされる。

 私自身、信之先生から「水煙」を引き継ぎ、誌名を「花冠」に変更した。会員数は創刊当初や最盛期に比べると、かなり減少している。現在活動している会員は、二十年から三十年以上在籍している人がほとんどである。編集作業はすべて私が担い、経営的にはぎりぎりの線で持ちこたえている。それでも廃刊にはせず、誌面の充実を優先してきた。創刊時の月刊から、今では年二回の発行となったが、ページ数は増え、会員からは「俳誌とは思えない充実と高さがある」と言われている。多くの結社誌が会員作品の発表や添削、吟行や大会の報告を中心とする中で、花冠は作品発表や句会報告、随想や俳句日記を掲載しているが、誌面の中心には常に俳句そのものの精神性が据えられている。その違いが、こうした感想につながっているのだろう。

 総合俳誌は、俳句界全体を俯瞰し、作品・批評・ニュース・新人育成を一冊に統合する「俳句界の公共インフラ」としての役割を担ってきた。作品の現在性の提示、批評・時評による俳句界の思考形成、公共性と記録の維持――その三つが総合誌の核である。弱体化は、とりもなおさず、これらの弱体化である。

 では、総合俳誌や結社誌の減少は俳句の衰退なのか。 そう単純には言えない。いま俳句は、SNS俳句、アプリ俳句、オンライン句会、ライブ形式の一日俳句教室、自治体や企業が行う俳句大会、あるいは俳句を「若年層の競技文化」としての教育への利用があり、俳句人口はむしろ広がっている。しかし、「俳壇」の倒産理由の一つに俳句人口の減少が挙げられている。一方で俳句人口の減少が言われ、もう一方で俳句人口の広がりが言われる。この矛盾は、俳句の中心が充実していないことを示している。その一端には、SNS俳句や俳句甲子園のように、俳句を即時性や競技性で評価する社会のまなざしがある。ここでその詳細に立ち入る必要はない。問題は、個々の現象ではなく、俳句の評価軸そのものが変質しつつある点にある。

 衰退しているのは俳句の本質となる中心部分であり、広がりは俳句の変化として受け止めるべきである。私は、俳句は本来、観照、静けさ、精神性、季語の本義、内的風景といった精神の文学であると思っている。俳句は多様であっていいが、核となるべきところは守られるべきと考えている。
 SNS俳句は五七五の形式を保ちながら、生活の即時性を重視する傾向があるが、花冠はオンライン句会という方法を取りながら、俳句の精神性を守っている。創刊者で、インターネット俳句を先駆けた髙橋信之の『インターネットと俳句』の論文に、すでに、俳句とインターネットの関係が論じられている。
 そして、花冠は、四十三年の俳句活動の持続がある。「明るくて深い現代語による俳句、よい生活からよい俳句を」という信之の高さと、臥風の「細く長く」という精神の持続性を同時に抱えた結社精神がある。その結社精神を守ることが、俳句本来の精神性を守ることにつながっていると思っている。

 花冠は大きな結社ではないが、歴史と精神の高さがある。そして、俳句の本質を守ろうとする志は、臥風、信之へと細く長く受け継がれてきた。俳句界の中心が痩せつつある今、その小さな営みもまた、未来へ受け渡すべき一つの仕事であると信じている。世の中の俳句の趨勢におされ、俳句の本質と精神を守り育てることは、容易な道ではない。静かな困難を抱えている。しかし、その困難こそが、花冠俳句の精神を磨き続けている。
2026年7月20日