- 7月31日(3句)
★昇る陽や西に土用の月沈む/多田有花
昇る陽と、沈む月を同時に見ることはあるが、「土用」という最も暑い季節が、陽と月を力強く、ゆるぎないものにしている。
素材の大きさに負けず、言葉を絞っている点が佳い。(髙橋正子)
- ★甲板の煌めく星や納涼船/廣田洋一
納涼船の涼しさが「甲板の煌めく星」によって読み手に伝わってくる。写生が確かである。(髙橋正子) - ★凍て割れの跡に蒲公英ひとつ咲く/土橋みよ
「凍て割れ」は、厳しい寒さの痕跡とも言える。その割れ目に咲く蒲公英の健気さに、いとおしさが湧く。みよさんの「静かな強さ」がよく出ている。(髙橋正子)
7月30日(2句)
★朝涼や二番電車の音がする/多田有花
朝の涼しさのなかに、生活が少し動き出す。それが二番電車の走る具体的な音として置かれている。ただそれだけで、気配が立ち上がっている。そのよさ。(髙橋正子)
★窓越しに向日葵揺るる午後の椅子/土橋みよ
窓の外の向日葵の揺れ、窓の内に静かに座っている椅子。この二つが、窓を通して重なり、午後の時間の厚みを感じさせてくれている。少し、構造が複雑に思えるが、それが時間の厚みとなっている。(髙橋正子)
7月29日(3句)
★忽然と酷暑の真昼にある真空/多田有花
この夏は、ただならぬ暑さです。「忽然」「酷暑」「真昼」「真空」と抽象語が並んでいるが、気圧の抜けた一点に気持ちが集中し、熱の極点に生じる一瞬の空白が捉えられている。それほどの酷暑なのです。(髙橋正子)
★地震の街灯りも水も無き夏夜/廣田洋一
熊本の地震で被災された方々はこの酷暑が健康が気遣われます。
災害の夜を詠むのは難しいですが、「灯りも水も無き」の二つの欠如が、夏夜の重さと不安を的確に伝えています。写生の骨格が強い句です。(髙橋正子)
妹背牛に白寿の姉を訪問
★紫陽花の角を曲がれば姉の家/土橋みよ
「角を曲がれば」が効いています。具体的な土地の様子と族の距離感が一度に立ち上がります。紫陽花の季語が、訪問のやわらかい気配を伝えています。(髙橋正子)
7月28日(1句)
★昇る陽をまっすぐに見る朝曇/多田有花
「朝曇」は夏の朝のどんよりした空で、昼には暑くなることが多い。その曇りの奥に「昇る陽をまっすぐに見る」姿勢が、これからの一日の気配を静かに受け止めている。句の芯が強く、清々しい。
(髙橋正子)
7月27日(2句)
★雲の峰心たるる日の家路かな/小口泰與
心たるる日の家路。雲の峰によってその心境がはっきりと意識され定まる。雲の峰の盛り上がる美しさと言えよう。(髙橋正子)
★糸とんぼついっついっと眼前に/多田有花
か弱く見える糸とんぼが、眼前に「つっいつっと」現れ、生命力の強さをかんじさせてくれる。眼前の景色が鮮やか。(髙橋正子)
7月26日(3句)
★トウキビの葉先の隙間雲の峰/土橋みよ
「葉先の隙間」と言う表現に、作者の立ち位置、視線がわかる。トウキビの葉先と湧きあがる白い雲の色彩の対比が晴れやかな心を思わせてくれる。夏らしい一句。「葉先」をもう少し大きく捉えてもよい。(髙橋正子)
★幼子の誕生日とや手花火す/廣田洋一
幼子の誕生日を祝う家族の温かさが伝わってくる。手花火の小さな光が幼子にふさわしいものと思える。「とや」が気になるが、なんと優しい句であろう。(髙橋正子)
★熊蝉の盛んや朝の干し物を/多田有花
熊蝉の力強く、うるさいほどの鳴き声を淡々と受け止め、朝の洗濯物を干すという、力強い生活が、そのまま力強い生活詠となっている。「干し物」が具体的であるとなおよい。(髙橋正子)
7月25日(1句)
★初蝉や高層ビルの並木道/廣田洋一
高層ビルの立ち並ぶ並木道。その並木に蝉が鳴いている。初蝉の声に都会のなかの自然の息遣いがなおある。うれしいことではないだろうか。(髙橋正子)
7月24日(3句)
道央自動車道
★森抜けてなお耳裏の蝉しぐれ/土橋みよ
森の蝉しぐれを抜けても耳に蝉しぐれが残っている。「耳」ではなく「耳裏」は、車で通り過ぎ、森から離れていく感覚が精密に詠まれている。「森抜けてなお耳裏に蝉しぐれ」すると、余韻がのこる。(髙橋正子)
★少しずつ日焼けてゆくや軒簾/廣田洋一
軒に掛けた簾が、日々の暮らしのなかで見ていると、「少しずつ日焼け」ている。しずかな観照が本質を言い当てている。(髙橋正子)
★のうぜん花朝日夕陽の色をして・多田有花
のうぜんの花は夏の日に、華やかに咲き続ける。その色は「朝日夕陽の色」と言いたいが、やや説明的になるので、「朝日」か「夕陽」のどちらかにするといいと思う。優しの中にも力強さがある。それを詠んでいる。(髙橋正子)
【改作】
のうぜん花沈む夕陽の色をして/多田有花
7月23日(1句)
小樽行フェリー
★夕焼や銀鱗となる日本海/土橋みよ
「銀鱗となる」で夕焼けを受けた日本海の景色があざやかに立ち上がります。「銀鱗」と言う象徴の言葉がよく効いています。(髙橋正子)
7月22日(1句)
★施餓鬼会の読経控えの間に届き/上島祥子
本堂で施餓鬼の読経が読まれて、それが、控えの間に読経の声が薄れて届いている。俗と聖をつなぐ間の読経の声の途切れがちの響きの間合いがよいです。(髙橋正子)
7月21日(2句)
★土用入り紅茶片手に海眺め/廣田洋一
「紅茶」は、生活感が軽く、土用入りの暑さの極まりの重さを薄めめ、洒落た印象を句に与えている。「海眺め」の落ち着いた動作が自然体でよく、明るくゆったりと開けた句になっている。(髙橋正子)
★梅の実の風も無き日に落ちにけり/小口泰與
梅の実が風もないのに、ぽとりと地に吸い込まれるように落ちる。
自らの成熟だけで落ちるという必然が描かれている。(髙橋正子)
コメント
高橋正子先生
7月21日の「土用入り紅茶片手に海眺め」を秀句にお選び頂き、その上正子先生には素敵な選評を賜り、真に有難うございます。
今後とも宜しくご指導の程お願い申し上げます。
高橋正子先生
7月21日の投句「梅の実の風も無き日に落ちにけり」の句を秀句にお取り上げいただき、その上正子先生にはうれしい句評をいただき有難う御座います。大変うれしいです。今後ともよろしくご指導のほどお願い申し上げます。
正子先生
コメントと星の指導を有難うございます。
生まれて初めて乗るフェリーは驚くことばかりで、たくさんの俳句ができそうでしたのに、推敲しているうちに季語を忘れるなど情けなく思いました。俳句の基本が自然に身に着くようになるまでまだかかりそうです。
はじめてのフェリーだったのですね。季語を忘れるくらいは平気です。そういう時もあります。よい船旅で、よい俳句ができていますね。楽しみにしています。気をつけて旅行を楽しんでください。
正子先生
7/22の秀句に「施餓鬼会の読経控えの間に届き」をお選びくださり丁寧な句評を有難うございました。
正子先生
7/24,7/26の句に句評を頂き感謝申し上げます。
「トウキビの」の句につきましては、”「葉先」をもう少し大きく捉えてもよい。”とのご指導に従って、改作を考えてみたいと思います。「森抜けて」の句につきましては、助詞の使い方ひとつで余韻のまったく違う句になることを改めて学びました。有難うございます。
高橋正子先生
24日の軒簾の句、25日の初蝉の句及び26日の花火の句を其々の日の秀句にお選び頂き、その上正子先生には素敵な選評を賜り、真に有難うございます。
今後とも宜しくご指導の程お願い申し上げます。
正子先生
「のうぜん花朝日夕陽の色をして」を
7月24日の秀句にお選びいただきありがとうございます。
朝日か夕陽に絞れば
「のうぜん花昇る朝日の色をして」あるいは
「のうぜん花沈む夕陽の色をして」になるでしょうか。
同じ花なのに受ける感覚が違って来るのが驚きです。
説明を脱した心地がします。
今回は「のうぜん花沈む夕陽の色をして」にいたします。
朝日と夕陽ののうぜん花を詠んだことで、「今」の時間が凝縮され、余韻がうまれていますね。いい方向だと思います。
高橋正子先生
「雲の峰心たる日の家路かな」の句を秀句にお取り上げいただきありがとうございました。大変うれしいです。
今後ともよろしくご指導のほどお願い申し上げます。
正子先生
「熊蝉の盛んや朝の干し物を」を
7月26日の秀句にお選びいただきありがとうございます。
「干し物」を具体的になものにするとのご指導を受け
「熊蝉の盛んや白きシャツを干す」としました
クマゼミが盛んに鳴くのは日の出から午前11時頃までですから
朝の情景であるのはわかります。
正子先生
「糸とんぼついっついっと眼前に」を
7月27日の秀句にお選びいただきありがとうございます。
朝、パソコンに向かっていると
5cmほどの小さなイトトンボが画面の側に来ました。
アジアイトトンボかアオモンイトトンボかと思われます。
身体が小さいため風に流されて入ってくることもあるようです。
正子先生
「昇る陽をまっすぐに見る朝曇」を7月28日の
「忽然と酷暑の真昼にある真空」を7月29日の
それぞれ秀句にお選びいただきありがとうございます。
ここ数年の夏の暑さは、子どものころには考えられなかったような気温です。
朝からもう激しい暑さで、昼頃は外に出るのもはばかられるほどです。
高橋正子先生
7月29日の「地震の街灯りも水も無き夏夜」を秀句にお選び頂き、その上正子先生には素敵な選評を賜り、真に有難うございました。
今後とも宜しくご指導の程お願い申し上げます。
正子先生
「朝涼や二番電車の音がする」を7月30日の
「昇る陽や西に土用の月沈む」を7月31日の
それぞれ秀句にお選びいただきありがとうございます。
昼間の熱気がようやくおさまるのが早朝です。
日の出の頃、満月から一日過ぎた月が空に残っていました。
正子先生
7/30,31の句にコメントを頂き有難うございました。どの句も実景なのですが、足利では味わえなかった時間を過ごしております。