7月13日(月)

曇り
夫の名の短冊そよぐ盆風鈴       正子
盆の花桶に並べて売られける      正子
盆の供花ゆり菊りんどうカーネーション 正子

●花冠同人の多田有花さんが、花冠俳句叢書・電子版1 として
第1句集『蒼き氷河』を出版された。電子版で句集の出版は花冠では、はじめてで、画期的なことである。有花さんの句集は視認性と高めるため、横書き。写真が俳句の内容と響き合い、すばらしいものになっている。これはネット上で見られる電子版の詩集などの写真とは次元が違う位置で句集の内容をより濃く、印象的にしている。有花さんは「富士山頂リーディング」の花冠の登山隊の隊長の訳を務めてくださり、花冠の画期的な事業を牽引してくれる力のある人である。ここにまた、花冠の未来が開かれたことに感謝する。

●7月月例ネット句会の入賞発表。今回は原稿がサクサクできた。午前11時頃発表。50代60代が、頑張っている。

●横浜そごうへ花冠に刑させていただいたお礼の品を買いに。先方には、15日の午前中に配達してもらえることになった。これで、花冠7月号の仕事が終わった。

●花冠7月号が届いた知らせが入る。脇坂さんからも到着の電話。

●昨日はこれまで俳句総合誌に掲載された信之先生、句美子、正子の俳句や文章の本を選り出した。めったに掲載されなかったと思ったが、数十回になっている。長く続けているうちにいつのまにか、回数が重なったといえる。

●『澤』の平成24年の分厚い記念号がある。印がしてあるところは、主宰の日記。なぜこの本があるのかすっかり忘れていたが、編集長の押野裕さんがわが「インターネット俳句センター」について記事を書いてくださっていた。すっかり忘れていたが。印が動いたのだ。偶然開けたページに載っていて、なぜ『澤』が手元にあるのか分かった。これは神がかったようなことに思える。

●モーツァルトのピアノソナタのK545の2楽章。ソナチネが弾けるようになった子がたどたどしく、少し下手に弾くような弾き方。これはなかなか魅力がある。1か月前にアップされたYouTubeにそんなのがあった。ピアニストが弾いているのだろうが。

7月12日(日)

晴れ
●7月月例ネット句会。
https://suien.ne.jp/getsureikukai

投句
夕顔のあおき実を売る盆の寺 正子
身内の人たちと面会できる大切な日。人出はあるが、誰もが静かに行き交う。境内にある小さな店には、暑気払いの食材として夕顔の実を売っている。ふと足を止め大きな実を手に取る。酢の物にして仏様に供え、家族も一緒に味わうのだろう。逝きし人を思い浮かべている静かな雰囲気に魅かれる。(吉田晃)

風鈴の短冊夫の名の書かれ  正子
まっすぐに青田の見える車窓なり 正子

●今朝、5時半ごろ近所を散歩。ここ2か月ほど、風邪で近所を歩くこともなかったが、古い家が壊され、新しい家が建ったり、スーパーがこの時間に開いていたり、様変わりしている。広い敷地の家が何件の無住のまま。

●散歩から帰りNHK短歌を見ていた。若い人の短歌を作者自身が説明していたが、俳句に限らず、短歌も表現が独りよがりに感じられた。最近の俳句や短歌に違和感を感じた板が、なぜか、はっきりした。

個人の尊重、その表現の尊重と言う意味合いが含まれているが、良い傾向とは思えない。個人の感情や思い、思想の尊重とは、別問題。個人の説明する権利の尊重ではないはずが。自分の表現を読み手に委ねない。自分の考えをぜひとも受け取ってほしい、というのは、少し未成熟と思える。
これを許したのは誰か。ここが問題。いくつかの層が重なっている。

メディア 作者本人が語る「解説」を番組の構成として重視する。
教育現場 作品より「作者の意図」を読み取ることが評価される。
俳壇・歌壇の共同体 作者の“語り”を作品の一部として扱う傾向。
SNS文化 誤読を恐れ、作者が「意図」を先に提示する習慣。
つまり、 「作者が説明すること」が自然な流れとして受け入れられ、 誰もそれを止めなかった。その結果、 短詩型の本質である 沈黙・余白・観照・言葉の自立 が弱まってしまった。

声明して初めてわかる俳句や短歌。難しいと言う意味ではない。この傾向は、言葉の最小限による世界の立ち上がり」 とは別方向にある。俳句や短歌は、 作者が「声明」しなくても、 作品そのものが世界を提示できる形式のはず。 むしろ、説明して初めて分かる作品は、 短詩型の強みを手放してしまっている。

7月11日(土)

晴れ
夕顔の実の大きさよ盆の寺  正子

●お寺で盆法会。息子と出席。成瀬の駅まで車で迎えに来てくれ、それからお寺へ。境内に入るといつも野菜の直売がある。夕顔の実が売られていて、驚くほどの大きさ。土の野菜も一袋100円だが、夕顔の実は、300円。莢インゲンが美味しそうだったので、買おうと思ったら、先に息子が買ってくれていて、一袋もらった。今日は着くのが遅かったので、お墓へは、法会が終わってから参った。お花も買いそびれたので、途中の店で息子が買ってきてくれた。

救急車で運ばれてから、見た目にも体が弱っているように見えるらしい。
実際、今朝もお寺に出かける前に、体調があまりよくない。十分体調に気をつけて食事をとった。脈が速いので、なぜかと思ったが、脱水気味の時に脈が速くなることが多いらしい。それで、喉が渇いていなくても、麦茶を頻繁に飲むようにした。そのせいか、体調が少し良くなった感じがした。お寺から帰って、少し昼寝。これが良かったのか、少し元気になった。

●お寺の直売で買ったインゲン。ばら寿司に入っているのが好きなので、
インゲンを食べるためにばら寿司を作った。食欲も少し出て来たので、
よかったと思う。

●明日の月例ネット句会の投句を済ませた。

7月10日(金)

晴れ
●本格的な暑さに。エアコンはドライ運転。
●晃さんから詩集の注文。残部はないので、私用の3冊の中から一冊送る。なにかの時にと思って取って置いたものだた、その「なにかの時」がすぐ来たということ。
●自由な投句箱の、明日から10日分の投句らんなどを作る。添削は、希望した句だけにすることにしたが、10日で二人、6句。こう見ると、添削を希望していないのに、こちらが勝手に添削していたように思える。

●明日の、お盆法会の準備。息子に電話し、駅まで迎えに来てもらい、それからいっしょにお寺へ行くことに。

●台所掃除。今週中に終える予定が、あぶなくなった。無理をしないこと。
●クラシックギターが家の隅にある。このギターは、いらないと思いながらも、引っ越しにも耐えて50年以上ある気がする。弾かれないまま。ちょっと弾いてみた。copilotに聞きながら、耳調律をし、開放弦を鳴らす。太い6,5,4弦の指があたるところが錆びている。今日は、これだけ。

7月9日(木)

晴れ
●昨日に続き、晴れ。近畿、中国地方は昨日梅雨明け。

●花冠7月号(No.375)を南日吉郵便局から発送。13日(月)に届く予定。

●ネット短信No.461 を発信。花冠発送の報告。7月月例ネット句会の案内。詩集『帰還』の限定部数が手元にないこと、と感想を寄せてくれた人へのお礼。日本現代詩歌句文学館の蔵書として永久保存の知らせ。

●晃さんから昨日届くはずの送ってくれた冊子が今日も届いていない。
電話で連絡

7月8日(水 )

晴れ
●昨日と変わり、今日は晴れて29度に。
●花冠7月号No.375が夕方届く。『帰還』の時と同じく航空便。
遠方輸送ということらしい。夕食後、封筒に入れ発送の準備ができた。
スマートレターで送る人は夜投函。そのほかは、明日南日吉郵便局から
発送予定。
7月号の表紙色は「空」。すっきりとして透明感がある空色と言えばいいか。夏らしい色になった。88ぺーじなので、A5の封筒できりぎり。
余裕をもたせて、もう少し大きい封筒にするのがいいかも知れない。

●いただき物の高級茶の茶筒が古くなった。巻いてある紙を剥がして、新しく和紙の模様紙を貼った。この作業は15分もかからなかったが、さっぱりした。鳩居堂で、半切りで売っている和紙を数枚買っていたので、役立った。半切りの和紙はプレゼント用の封筒を作ったり、空き箱に貼ったりできる楽しみがある。気に入ったのが見つかったときに買って置くべき。

●『ヴァレの四行詩』25番を翻訳していて、日本人のリルケ理解について、疑問を持った。25番は風景をもとにリルケの光と色彩がドイツ観念的、哲学的に詠まれていると思った。第1連、第2連は風景の光と色の変質として読める。これは、片山訳をたしかめても、私の訳とのずれはない。ところが第3連は色彩が抽象概念で詠まれているので、風景詩と読んでいると理解が難しい。それで、片山訳を確かめると、私の訳と大きくずれている。常識的には、評価を得ている詩人であり学者の訳が正しくて、私の訳が間違っていると指摘されるだろうが、片山訳がリルケの原詩と
大きくずれているとAIが分析した。片山訳は、日本語の詩として完成されており、美しい。問題は原詩と大きくずれていることなのだ。なぜなのか。当時の日本でのリルケ理解が関係していそうである。

片山の訳詩集『果樹園』は1957年の出版である。この時代の日本のリルケ理解はどうであったのか興味深い。当時の日本のリルケ理解に基づいて翻訳がされたと思うのだ。戦後12年経った時期のリルケ理解を調べると、片山訳がなぜそうなるのかわかった。

25番
第3連 正子訳
そばに、 全く抽象的な緑
視界のなかの淡い緑
見捨てられた底に沈む色に包まれている
時代が解体する塔

第3連 片山訳
その脇に、 全く澄んでいる緑
夢のように蒼ざめている緑が
永い歳月に痛んでいる塔を取り巻いて
心置きない背景をつくっている。

copilotが示した応え
1950年代の日本のリルケ像は、抒情詩人リルケである。戦後日本のリルケ受容の特徴は、次の三点に集約できる。

①「感情移入」中心の受容姿勢が支配的だったため。(戦前~戦後)
戦後の日本では、リルケは「孤独・内面・感情の詩人」として読まれ、 詩の言語を心理的・情緒的に解釈する傾向が強かった。 これは、戦後の精神的空白と「内面の深さ」への希求が背景にあるとされる。
この受容姿勢は、
風景=心象
色彩=感情の象徴 という象徴派的な読みを自然化し、抽象的・観念的な構造を読み落とす方向へ働いた。
②文献学的・構造的なリルケ研究が日本に届いていなかった。

1950年代の日本では、リルケの詩を「歴史的・構造的に読む」研究は未成熟で、 詩句の成立背景や観念構造を精密に読む方法は普及していませんでした。
そのため、 色彩=存在論的構造 というリルケの本質的な色彩観(ドイツ語圏で展開していた哲学的読解)は、 翻訳語彙の制約もあって十分に再現されなかったと推測できる。

③「リルケ礼賛」と呼ばれる情緒的読解が強かった。
戦後の日本では、リルケは「永遠の同時代詩人」として愛され、 詩人の心理や感情に寄り添う読みが主流であった。この傾向は、 抽象概念としての色彩(第3連)を、風景的・情緒的に読み替えてしまう という片山訳の特徴と一致している。

◆片山敏彦訳(1957年)の位置づけ
片山敏彦訳は「1950年代日本のリルケ像」に忠実である。
色彩=情緒
風景=心象
抽象概念=心理的象徴
という当時の受容姿勢に沿って訳されているため、 原詩の観念的・哲学的構造(特に第3連の抽象色彩論)を再現していない

これは私が感じた「第1・第2連は一致するが、第3連で大きくずれる」という現象と完全に一致する。
●片山訳は「日本語の詩として美しい」が「原詩の構造からは離れている」。これは研究史的にも説明可能であり、 私の訳が原詩の観念的構造を正確に捉えていることを裏づている。
私の読みは「現代的」であり、片山訳は「時代的」である。戦後の日本ではリルケ研究は長らく「感情移入」中心で、 構造的・観念的読解は1970年代以降にようやく本格化する。
片山訳(1957年)は戦後の情緒的リルケ像に基づいている。
正子訳(2026年)は現代のドイツ語圏研究(フュレボルン。エンゲルら)と響き合う観念的読解で、これは、時間差の問題。

 

7月7日(火)七夕

曇り
七夕というや一日掃除して 正子

●七夕と言えば、今日は七夕。毎日雨。これではいけないだろう。見えない星を見なければいけないのが。

●詩集『帰還』の残部が無くなったので、発行所ブログに、そのことをしらせて、買ってくださった人にお礼を書いた。

●日本現代詩歌文学館から詩集『帰還』の受け入れ目録、会員証、会員調査票、いわゆる3点セットが送られてきた。16日に発送して、7月1日に図書資料として登録され永久保存されるということ。事務処理が速いと思う。返事があると思っていなかったので、少し驚く。
夜、会員証に住所と名前を書き、それから、会員調査票を記入し、情報保護ラベルを貼って投函。もう、80歳になろうとしている人が、と思いながら。これまで、こんな余裕がなかったと言えばなかった。ようやく、自分から動けるようになった。何と長い年月がかかったことだろう。

●台所の掃除。シンクと、引き出しなど。まだこれは、台所の3分の1しかできていない。今週中に台所の掃除を終える予定。疲れやすくなっている。

7月6日(月)

曇り、夕方雨
炎天や青と銀との草埃  正子

●3日につけた梅ジュース。氷砂糖もほとんど溶けて、ジュースが増えている。風邪で作るのが遅くなっていたが、梅を冷凍していたので、早く梅ジュースが上がってきたのかもしれない。

●四行詩25番を読んで、詩返がすでにできたが、読み違えが無いか、検討する。今日、詩の翻訳ができて、ほっとした。読み始めは、これ、どうなるんだろうと言う気持ちだったが、だんだん詩に馴染んできた。
風景詩のようだが、風景詩でないところがあきらかに出てきている。
緑が灰色に近づくとか、灰色に青と銀がふくまれているとか、ほとんどみどりに近い黒とか、あるいは柳の葉の反転とか、光のある層とか、抽象的な言葉が多い。色も言うなれば、抽象概念。それを日本語に訳す。第2連は片山敏彦の訳とは印象の違う訳になった。訳としては、納得している。
詩返1 暮るる秋柳うら葉はみなひかり 正子
詩返2 そよぎつつ柳一樹は陰翳を   正子
詩返3 銀色も青もありけり草埃    正子

25番の詩は、リルケの色彩の捉え方が現れて、3連はむずかしい。片山敏彦の訳は、原文の方向と違い、心理的、情緒的な詩として読み替えられているので、翻訳の参考にはならない。むしろ頭が混乱する。片山訳を離れて、自分で考えるしかない。かなり難しいことになった。
25番は、色が観念的に捉えられているので、これは、ドイツ的と言えるのだろう。日本人には苦手な思考だと思う。

つまり、次のようなことなのだ。
25番の色は、風景の色ではなく、観念の色。つまり、色=世界の構造の一部 色=存在の層 色=視線の作用 色=時代の力という、 ドイツ語圏の哲学的な色彩観。
日本語の「色」は、 自然・季節・情緒と結びつきやすいですが、 リルケの色はまったく違う方向。

片山訳は、色を風景の情緒をとして詠みかえている。リルケは観念的、哲学的、存在論的に、色を捉えている。これは日本時には、難しい捉え方だと思う。リルケの色彩論で小論が書けそうなくらいだ。

リルケの色彩論」の序章になっています。
色は観念である
色は世界の構造である
色は存在の層である
色は視線の作用である
色は時代の力である
日本語の色感覚とは方向が違う
片山訳は情緒へ変換してしまう
原文は哲学的・存在論的である

●詩集『帰還』を出版して1か月以上が過ぎた。どこに贈るかは、難しいが神奈川近代文学館と、日本近代文学館に送った。贈る意味合いはそれぞれ違うけれど。

7月5日(日)

曇り

●夕べは疲れて9時前に眠った。そのせいで、今朝は3時ごろ目が覚め、そのままお茶を飲みながら、テレビでウィンブルドンの試合を見ていた。それも疲れたので、『ヴァレの四行詩』の片山敏彦訳を書き写した25番の詩を読んだ。頭が疲れているので、想像力が働かないが、2連のこの詩はただ一つ「光の変質」を詠んでいるので、比較的景色が頭に入る。リルケの詠んだ景色を再構成してもとに戻すと、その季節は晩秋のヴァレの丘の暮れかかる柳の木という風景になる。詩返が一句できた。1月半ばに作った句は転換点の句だったが、今日の一句は完全に違った。

リルケの存在的な風景の捉え方は、俳句の観照を深めるのに、力をくれる。

●信之先生のいう、「明るくて深い俳句」の明るい方向は、捉えやすい。なぜなら、俳句はもともと風景を光として捉えている。風光明媚というように、日本にはその伝統がある。問題は「深い」だが、リルケの詩の深さは、その存在的な把握のしかたにある。景色を見る時その方法を使うとかなり本質に近づける感じがする。これには、同じ場所に留まり、かなりの凝縮の上にも凝縮した瞬間がいあるということ。凝縮した集中力が必要となるのがわかる。

●詩返をいつ思いついたかを振り返ると、片山敏彦訳のヴァレの四行詩を書き写し始めたのが去年の7月になっている。ちょうど1年である。その間どれだけ詩返ができかとえば、7句である。遅々として進まずだが、この1年の間に、断章小説(83枚?去年12月)、詩集『帰還』の出版(今年6月)があり、四月の終わりごろから風邪で39度の熱がでて2か月ぐらい長引いた。小説と詩を書いたので、その辺りの手触りは分かった。あとは『ヴァレの四行詩』に集中するしかない。7句の詩返は数がすくないが、経験値としては高い。

 

7月4日(土)

曇り
●入稿した原稿を見直していると、「俳句日記」の校正が甘い。自分の原稿なので甘くなる。これは気合が抜けている証拠と、目が悪い結果。60ページ以上の原稿を一人で校正するのは、限界を超えているらしい。88ページあるので、確かに、俳句日記の分量がそれにあたる。

●高島屋とそうごうへ、木のおもちゃを見て、文具店に寄るため。土曜日のせいもあり、大勢の人。わかっていたが、これは以前のデパートではない。デパートでゆっくり買い物をするのは、昔のこと。今は、買いたいものを買うだけの店。蜜豆で休憩しようとして店にいくと、待ち客がずらり。あきらめる。文具店は良い方、人が少ないから。昔から行っている手芸店は、老人には複雑すぎて、材料が高すぎるものばかり。前はそうではなかった。進化したというのか、基本的なものが見つからない。初心者が始められそうにない。これも一種の情報過多というのだろう。基本的なものでは、売れないのだろう。華やかさで惹き付けている。しかし、この華やかさが、私には却ってごみのように見える。

電車でスマホで人気と思える歌人の短歌批評を読む。短歌の世界も、小説も、ファッションも歩調が同じ。流行と華やかさが、ここでもゴミだらけに見える。こうも同質なのかとあきれるほど。世の中とは。別の世界をつくらないと身がもたない気がする。