曇り
●入稿した原稿を見直していると、「俳句日記」の校正が甘い。自分の原稿なので甘くなる。これは気合が抜けている証拠と、目が悪い結果。60ページ以上の原稿を一人で校正するのは、限界を超えているらしい。88ページあるので、確かに、俳句日記の分量がそれにあたる。
●高島屋とそうごうへ、木のおもちゃを見て、文具店に寄るため。土曜日のせいもあり、大勢の人。わかっていたが、これは以前のデパートではない。デパートでゆっくり買い物をするのは、昔のこと。今は、買いたいものを買うだけの店。蜜豆で休憩しようとして店にいくと、待ち客がずらり。あきらめる。文具店は良い方、人が少ないから。昔から行っている手芸店は、老人には複雑すぎて、材料が高すぎるものばかり。前はそうではなかった。進化したというのか、基本的なものが見つからない。初心者が始められそうにない。これも一種の情報過多というのだろう。基本的なものでは、売れないのだろう。華やかさで惹き付けている。しかし、この華やかさが、私には却ってごみのように見える。
電車でスマホで人気と思える歌人の短歌批評を読む。短歌の世界も、小説も、ファッションも歩調が同じ。流行と華やかさが、ここでもゴミだらけに見える。こうも同質なのかとあきれるほど。世の中とは。別の世界をつくらないと身がもたない気がする。
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