NEW8月24日(月)

晴れ
Sweet ayu cake,
when I have no appetite
for the remains of the summer heat.
鮎菓子を残暑の食欲なきときに 正子

●厳しい残暑。
●名古屋の50歳の女性から、プレ句集という小さい本が送られてきた。感想を求めるものであったが、結社に入っておられるので、そのあたりを考慮に入れて返事を出した。

●残暑お見舞いのお菓子をいただいたので、普段飲んでいる玄米茶と手製の晒布巾をお返しに送る。レターパックで送ったが、許容の厚さの3センチぎりぎりだったが、大丈夫だった。

●腰から脚の筋が痛いので、少し動いて、その倍の時間横になる。これを午前中繰り返す。昨日の地震で夜中に目が覚め、睡眠不足で腰が痛くなっている感じがする。自由な投句箱を休みにして、意識して時間を細切れで過ごしている。

8月23日(日)

曇ったり、晴れたり
After the earthquake,
I am still awake―
autumn in the light.
地震のあと目覚めていれば秋めく灯 正子

Sweet ayu cakes
from her hometown—
out of the journey bag.
鮎菓子を帰省土産の鞄より     正子

The morning freshness
of  early autumn―
toasty fragrance of genmai tea.
新涼の朝香ばしき玄米茶      正子

●夜中、2時頃の地震警報で起きてしまった。茨城が震源。ここは深度3ぐらいか。23秒横揺れ。

●昼ごろ息子が来る。岐阜のお土産は、岐阜の両親からの残暑見舞いのお菓子。飛び鮎ではないが、似た鮎のお菓子。わらび餅、あんみつなど。
Amazonのキンドルで詩集を電子書籍にしてくれるらしい。英語もセットがいいと言う。アメリカのAmazonで作ってくれている。NPCに応募したいことを言うと、今日ではなく、後にするという。

●ところが、NPCの応募規定に、AIに最終稿を見せてもAIを使ったことになるという。AIでの文法チェックもダメという。この厳しさは、ネイティブ向きなおで、こことの応募は止める。

ほかを探すとアイルランドの国際詩賞があったので、これに1篇応募する。こちらは、多言語での発表もダメたるので、帰還の詩の翻訳はダメとなる。したがって、オリジナルの英詩を応募することにした。創作に生成AIを使わなければよいとう。AIでの文法チェックはよいという。こちらは、ネイティブだけでなく、50か国からの応募がある。応募数は1000から2000篇。NPCの十分の一。審査は一人。こちらにする。10月から受付。思い立ったので、初志貫徹できそう。応募は一篇につき17ユーロ。3200円ぐらい。国際賞では、標準らしい。
多言語を関係すると言うこと。多言語俳人、多言語詩人と呼ばれていいとAIは言う。つまり、多言語を使うのは、語学のもんだいではなく、生き方の問題でもあると言う。

8月22日(土)

曇り、午後、雨、大雷
Sweaty baby—
playing to take away, to take away
playing  the ‘nothing’.
汗の子のないない遊び「ない」を遊び 正子

The late summer heat is severe—
the blue of the sky
still visible at night.
残暑きびし夜も青空の見えており   正子

The kindness—
planted
as summer cypress.
やさしさを庭に植えたり帚草     正子

●天気予報では、雷注意報。大雨の予報も。今日、句美子の家に行く約束をしていたので、行けるかどうか、朝からやきもき。約束の時間に合わせていったが、電車は、日吉では雨もふっていないのに、二駅先の武蔵小杉で大雨と雷。駅に着いたときは、されにひどくなって、雷が落ちたかというような音。土砂降りだが、道路は冠水はしていないので、だいじょうぶらどうり、建物伝いに句美子の家へ。シャツやの袖やズボンの裾が濡れ来るくらいで済んだ。着替えを借りる。

●ゆうまくん、しばらく会っていないのでおとなしい。あれほど後を追っていたのに遠慮気味。お土産にプーさんのぬいぐるみを渡すと、いっぺんににこっとする。あんぱんまんが好きになって、ぬいぐるみを買ってもらっている。この年齢の通る道筋と思える。まず、あんぱんまんが好きになる。

お話もできるようになっている。きのうは、児童館で2時間立ちっぱなしだったそうで、足も強くなっているのだろうが、集中力がありそう。ここ数日で急に話せるようになったと言う。いらないものは頭を振って、違うという。

遊びは、「ない」ことに興味がある。椅子の横に何もないようにして、「ない」と言う。「ない」ことが面白いようだ。椅子の下からそっと手を掴むと、面白がる。

好物は、ゼリーとジュレ。ミルクを飲みたがらない。米粒を食べない。今日の差し入れは、筑前煮の人参とじゃが芋、鶏肉、それにほうれん草のごま和え、鯛のムニエル、トマトとオレンジ。美味しそうに食べたので、作り甲斐があるが、まだまだ、気をつけて料理しないといけない。鯛はいつも味をつけないのに、よく食べるので安心素材。

●明日、岐阜のお土産があるから、持ってくると、息子からメール。何があるのか。鮎のお菓子かも。

●今日は、すき間時間で、モリスの「るりはこべ」の柄で、栞を縫った。小さいものだが、しつけをして、丁寧に仕立てないと、ずれやすい。茶色地なので、地味すぎるかと思ったが、仕立てると落ち着いてなかなかいい。モリスのデザインは、よく考えて使わうと、小切れながらも、存在感を発揮する

8月21日(金)

曇り
Moving leaf of taro—
in the shadow it makes,
a farmer.
芋の葉の動けば陰に農夫おり  正子

●ゆうまくんの椅子座布団を縫う。座布団といっても厚さ2mmのキルティング用の綿を挟むだけ。あまりふんわりすると、小さい子は体が軽いので不安定になるから、これでよい。それでも座り心地は違って来る。

●モリスのいちご泥棒の柄で栞を仕立てる。リボンは無し。ちょっとした贈り物にいいかと思う。

●NPCに応募するオリジナルの英詩を書き直す。題名はそのまま。推敲の余地はないはないと思っていたが、大間違い。まだ磨く余地はあると気づく。これは恐ろしいと言えば、恐ろしいことだ。

●明日は、句美子の家に夕方行く。敬老パス、彼岸法会の申し込みなど、手続きがいろいろある。

8月20日(木)


a house in mourning —
only the hush  in
a bowl of medaka.
喪の家の目高の鉢の気配のみ  正子

the early cool of autumn —
only making genmai-tea
so hot.
新涼の玄米茶のみを熱くして 正子

●かなり涼しくなり、過ごしやすくなった。夜は、扇風機をつけ、体を冷やさないように布団をかけて寝ている。

●昨日の続きで、晒の布巾の端の始末、レース編みの仕上げ、ゆうまくんの椅子座布団を縫う準備、『オズの魔法使いを』の続きの読書。ときどき辞書を引く。甘いお菓子を食べようと思うが、これと言う決め手がない。それで、チョコレートを買って来た。熱い玄米茶とよく合う。コーヒーとも合うが、今日は抹茶入り玄米茶。

●「俳句の公共文化化に対して、俳句の静かさはどのようにして守るか」についての文を書くつもりで要点をまとめたが、結局文章にはならなかった。ゆっくりかかないといけない。ブログには、とりあえず下書きをしておいた。

8月19日(水)


The early cool of  autumn —
carrying  a leek in hand
on the evening train.
新涼の夕べの電車に葱を提げ 正子

●生協の配達。料理用に晒し布を頼んでいたのが届いた。3mある。すぐに、正方形に裁断して、三つ折りで縫い、水切り用の布巾を作った。晒の布巾がないと、料理には何かと不便。一枚に見えるが、切り口をみると2枚合わせなっている。晒と言われている布より、糸が細く、ガーゼのような感じ。

●一つの事を長く続けると、目が疲れたり、腰が痛くなったりするので、少ししては、次の仕事にかかり、次は、本を読んだり、細切れに時間を使ってみた。案外いい。布の栞1枚、直径10センチのレース編は、あと一周で完成。布巾の端を4枚縫う。”The Wizard of Oz ”(Puffin Book)を見つけたので、読む。栞は柄が可愛かったので、誰かにあげることが出来そう。晒の布巾は妹たちに何かを送るついでに荷に入れる。レースは自分用に残しておく。OZは、一冊読んでしまう。明治時代に出版された本なので、言葉が少し古い感じがする。Dorothy は、Oh,gracious!(まあ、なんてこと)と言うなど。漱石時代の女子学生みたい。

『オズの魔法使い』は、これまで一度も面白いと思ったことはないのに、今日読んでみると、なかなか面白い。

●角川俳句年鑑から、俳人住所録の掲載についての封書がくる。新しい方式にするとのこと。丁寧に読む。返事はしないでよい。最近、いろいろやり方が変わる連絡が頻繁にくる。NTTコミニュケーションズからサーバーID証明書についてメールがくる。さて、これがなに何なのか、初めての事なので、いろいろ調べる。なんでもスマホになっていくのが実感できる。私より10歳若い民生員さんは、スマホもカードも持たない主義とのこと。世の中、完全にデジタル化している。

 

 

8月18日(火)

晴れ
Autumn-touched night—
seaming something  small
at  the sewing machine.
夜の秋ミシンで小さきものを縫う 正子

Autumn‑touched night —
crocheting lace
in a quiet secrecy.
夜の秋ひそかにレース編んでおり  正子

●久しぶりに朝から晴れて、朝の空には、入道雲。朝顔が、いっこうに咲く気配がない。蔓ばかりが伸びて、すっかり秋になって咲くかもしれない。布団カバーの洗濯。

●夕べ夜中に1分小説と言う番組が流れた。少し知られた芸人、タレント4人に1分で読める小説を書いてもらい、それを芸人で芥川賞作家の又吉氏がコメントし、プロの編集者が改善点を指摘するというもの。1分で読めるのは、600字だそうだ。それをプロの朗読家が朗読する。どれも小説らしく聞こえる。その人なりに、読める段階まで創作している。又吉氏が一番気にいったものを、今夜のお持ち帰り、にするという。「1分小説ってなんだろう」と、疑いもなく見る人向けの番組である。文学の本質がわかっている人は、オヤッと思うに違いない。番組をエンターテイン化している。見えないところで、さまざまな操作が入っていることは見て取れる。
文学の本質から遠く離れている。むしろ逆。

この点を疑問に思うので、「NHKは公共文化を育てているのですか、壊しているのですか」と言う質問をAIにした。その結果、資料からは、私が危惧していることが裏づけられるというのだ。

「NHKは公共文化を守りながら、同時に市場論理で文化を削ってもいる。 2026年のNHKは「文化を育てる力」と「文化を壊す力」が同居する組織です。」と言う答えだった。「文化を削ってもいる」は控えめな表現だが、要は壊しているということ。育てている部門、壊している部門があきらかで、静かな文化が壊されている。これが、いかに恐ろしいことか、NHKは知っているのだろうか。文化の軽視だと思う。こんな状態で、視聴者から料金を徴収するのは、どうだろう。NHKのこの方向は、だれが方向づけているのだろう。NHK自身もわかっていないともいえそうだ。ここまで、私が危惧するのは、去年、私は自ら断章小説を書き、太宰治賞に応募し、その結果を知っているから、とくに違和感をもったのである。私が断章小説を書いたからこそ見えたことだと思う。
以下2つは、AIの分析。
◎総合評価:NHKは今、文化の「二重構造」にある。

育てている部分
調査報道、
防災・科学、アーカイブス、放送用語、世論調査・公共性の研究
壊している部分
文化のエンタメ化、
AIによる文化の均質化、わかりやすさ偏重、
国際市場向けの浅文化化

◎1分小説」と言う番組の問題点。
① 600字で「小説」を作らせる構造
600字は、俳句でも短歌でもない。掌編でもない。文学の形式として成立しない。それを「小説」と呼ぶ時点で、文学の本質をテレビ的な“形式”に切り縮めている。
② 芸人・タレントを起用する理由
文学の深さではなく、親しみやすさ、キャラ性、視聴率
を優先するため。これは「文化のエンタメ化」の典型です。
③ 又吉氏と編集者の“コメント構造”
コメントは番組の“演出”として機能し、本来の編集という静かな作業とは別物になる。文学の内側の時間が、テレビの外側の時間に置き換えられる。
④ プロの朗読家による朗読
朗読は本来、作品の深部を響かせる行為ですが、番組では「演出の一部」として使われる。文学の呼吸が、テレビの呼吸に合わせて加工される。

8月17日(月)

曇り
Autumn hanging blind
letting  light spill,
like water.
秋簾もるる光の水めきて 正子

Morning after
the farewell fire in rain,
a cicada’s voice.
送り火を焚きし夜明けて蝉の声 正子

●小切れで栞を作る。3枚作ってみた。簡単なものなのだが、幅と長さをどうするか。柄によって、幅と長さを変えるか。栞に房をつけるか、つけないか、どこを縫い残して返し口を作るとよいか。手縫いの感じを残すために、わざと縫い目を見せるか、など。たかが栞、されど栞。結構無頭赤しい。単独とよくても、本に挟んだときの印象が問題。2枚は可愛い柄、一枚はモリスの柳の枝。これは柄が横にした取れない。これで、夕方の2時間取られた。

●昼におでん風の煮物、おでんではない、を作っておいたので、夕飯は、そんなものや、もろきゅうで済ませた。牛乳寒天、杏仁豆腐風を作った。久しぶり。少し涼しくなったので、家事がしやすくなった。

8月16日(日)

曇り、のち雨
It’s time
for the farewell fire —
Rain falls hard.
送り火を焚く刻なりぬ雨はげし 正子

●きょうから発行所の夏休み。
秀之さんが、『蒼き氷河』と、拙著『帰還』への感想を書いてくれる。
普段、詩とは縁がないかもしれないが、「俳句的観照」ということで、
俳句をつくるひとたちにも、手に取りやすくなっているのでは、と思う。

●送り火は焚けないので、蝋燭を灯して、代わりにした。来年はLED
のきれいな蝋燭を買うつもり。LEDの小さい蝋燭は買っているが、そういうのではなく、きれいなもの。

●夜、ウィーンフィルと、ベルリンフィルの野外コンサートを聞いた。小切れや裁縫道具を整理した。レース糸があったので、パリのクロシェレースの本で10センチ円のドイリーを編みかけた。糸は40番。夏休みとなると、ゆっくりできる。

●NPCの応募する詩3篇を今日も推敲。行分け、間の取りかたが、どうしても俳句の間や余白になっている。呼吸も俳句の呼吸になっている。
英詩を書いたのは、日本人には理解してもらえないので、英詩を書いたのだが、思わぬところで、俳人であることから離れることができなくなっている。非常に日本的であるということ。これが、日本人には理解されない現実をどう受け止めるのか。日本人が日本人らしくなくなっているのかも。それとも、文学で日本人と言う時、どの層を指していうのか、きになるところ。今の俳句は文学の層ではないと言えるのかもしれないのだ。

●きのうは、南仏プロバンスの柄の小切れを買ったが、モリスの余布、それも小切れだが少しある。それを何にしようかと頭を巡らした。布のしおりがいいのではないかと、思った。いちご泥棒の黒地には、黒の刺繍糸で房を。柳の枝に図柄には、灰色が買った緑をなどと考えた。ネットでみるが、どれもいまいち。多分、柄が本に合っていないせいだろうと思う。
ブックカバーも、気に入っのは、なかなか見つからない。その本に合っていなくて、かわいいとか、配色がいいとか、ブックカバー単独でデザインされたものがほとんど。

8月15日(土)終戦の日

The blue of gentian —
Its only point
among the Bon flower.
竜胆の青盆花の一点に  正子

●起床後、ネット短信No.466の発信。明日からの夏休み、有花句集『蒼き氷河』への感想と好きな句を選ぶ依頼。8月ネット句会の参加お礼と、入賞発表のお知らせ。

●午後、センター北へ。ベビー用リュックを見にでかけた。全然なかった。全然ないので、歩くのに疲れた。本屋のアカデミアでロディアのメモパッドを見つけたA5で80枚の方眼紙のメモ用紙。1センチの厚さ。1年使うのにちょうどよさそう。これは、買って置いてよさそうだ。

それにユザワヤで、ソレイアードの気に入った布の小切れを2枚買った。ソレイアードは南仏、プロバンスの伝統柄。モリスとは違った可愛さがある。これもブックカバーによさそう。だけれども、この布はパターンの4万ぐらいあるらしいが、すぐに廃版になるらしいので。持っておくだけでもよさそう。

●俳句の形式は素晴らしいものだと思うが、日本の俳句は終わりに来た感触をもつ。これは、英詩と英語俳句を作っていると、自然にそういう感覚を持つようになる。これは止められない。社会がこういう俳句を求めた結果なのだ。俳句は自分が良いと思う俳句を作って、世の中の評価はあきらめたほうがいい。ねじれた俳句を作る人の句をして、世の中、つまり、社会のねじれを詠んでいる、存在論的という。笑わせるな。そうではない。作者がねじれて物を見ているのだが、なんで、ここがわからないのだろう。「批評」が育っていないと言えそう。