NEW7月28日(火)

曇り
夏の風ビルの並木の木陰より  正子
日傘たたみ並木の風を歩きたり  正子

●南日吉郵便局から多田有花句集『蒼き氷河』の俳句部分の冊子を会員に送った。木曜日が、おそくとも金曜日には届くはず。

●武蔵小杉の銀行に行く。初めての銀行などで、スマホを頼りに行った。銀行は1時間ほどかかったが、これで目的の用事は済んだ。家でパソコンでするより迷いなくできたが、することはスマホとパソコンの作業。話すのはタブレットを通して。こちら銀行員の姿は見えないが、銀行員からは、私の姿が見えているようだった。これて嫌な感じがする。

武蔵小杉の駅前に行ったのは、信之先生が一日入院したときとモンベルの店に行ったぐらい。なにしろ道路が狭いというより細い。大きな建物やタワーマンションが立ち並んでいる。道が細いので、見通しがないので、建物の位置がわかりにくい。地震が起きたらどうするんだろう。タワーマンションの前の通りも広くない。並木の木はなんだろう。もみの木のように見える。風が吹いて街路は涼しかった。タワーマンションの一階部分の支柱を見た。このくらいの太さが要るのかと思った。ちょっと積み木のような感じの円筒支柱。街は道路を最初に作って欲しい。

●5時前、熊本でまた地震。震度7。建物も爆発したりしている。道路が隆起し、貨物列車が横転している。

●銀行の用事で疲れたが、休んで『帰還』の「ゲーテの家」を翻訳。一応完成。文学賞に応募するレベルではなく、文学館や研究者が読むための翻訳。

7月27日(月)

曇り
●多田有花句集『蒼き氷河』のPDF が有花さんから届いたので、
冊子にしてみんなに配布する。用紙サイズがA4となっていたので、そのまま両面印刷。ペーペーファスナーで留めた。13部印刷。明日、会員全員に郵送する。これは、花冠発行所としての仕事。

花冠会員の句集の句は、会員に共有されるべきものなので、電子版が読めない人がいては困るので、読める人も含め、全員に配布。作業は煩雑ではないが、緊張するのか少々肩が凝る。

●夕べ、リルケ詩集を久しぶりに捲った。「ベンベヌータに」の詩を読んだ。ベンベヌータほ女性ピアニストで、少しの間リルケと恋愛関係にあったが、ベンベヌータが彼女の妹に出した手紙によると、リルケに求婚されたが、妻子がいるので、彼女たちを不幸にして自分は結婚できないと、求婚を断っている。若くて倫理的な女性のようだ。リルケの方から見れば、彼は女性に蹴られたわけ。そこで、この「ベンベヌータに」の詩は、自分の弱さと、ベンベヌータの強さとが書かれている。この辺りを知らないと、この詩が本当に読めない。詩では省略がある。言葉の省略はもちろんだが、人生は書かれているがその背景が省略されているような気がする。詩で、何が難しいかと言って、ここが難しい。リルケの生活倫理の欠如はあまり研究者の間では言われていない。なんだか、タブーになっている気がする。それを言うと、君はリルケを知らないと言われそうだ。翻訳を読むとリルケの言葉は思い。私がフランス語のヴァレの四行詩を読んだとき、25番なんかは、片山敏彦訳より、原詩のほうが軽い感じがする。もっと透明な感じがする。訳者の思想と、時代の詩の理解の方向に沿っているのか、もっとあっさりしているように思う。これを言うと、多分、偉そうに聞こえる。後ろに誰か控えているから言えるんだろうという人が以前いたが、誰もついてはいないです。

 

 

7月26日(日)

曇り、午後一時雨、雷
雷鳴のあとに花火の音数発   正子
朝顔の蔓をからます支柱足し  正子

●「小景1」と「小景2」の英訳。これで10篇が英訳できた。
B5に横2段で印刷したら、学生の時研究社の赤い表紙の詩集の感じになった。学生時代の詩集が懐かしい。思えば、学生時代から小説には関心がなく、ずっと詩ばかり読んでいた。そのような精神構造になっていた。それがいまごろはっきりしたと言える。

著名俳人O氏の日記を最近ちらっと読んだが、生活を俳句に捧げている。私はといえば、生活が俳句になっている。どちらが、俳人なのだろうとおもわないでもない。生活が俳句になっていると言うことは、来客からもかつて言われたことがある。住まいの何から何までが俳句だと。俳人以外、詩人以外の生き方が小さい時からできなかったのではないかと思う。それが生き難さの一つではなかったかと今思う。この年になってようやく自分の精神構造がわかった気がする。

●毎日熱中症のニュースとどこかで大雨が降ったニュース。熱中症は心配になるので、自分でもかなり注意している。食事は質素ながら、考えて3食摂っている。朝起きたら、梅ジュースを飲むことにしている。朝ごはんか昼ご飯に梅干しを食べている。寝ているときに足がつることがある。これは熱中症の要注意サインとのこと。

 

7月25日(土)

曇り、夕方小雨と雷
遠蝉の声に一日ものを書き   正子
雷鳴の向こうへ去りてまだ戻る 正子
花火の音数発ありて暗き闇  正子

●西の方から蝉の声が聞こえる。近くに大きな桜の木があったが、マンションを建てる時に切り倒し、近くで蝉の声を聞くことはなくなっている。夕方、南日吉商店街が夜店てにぎわっているようだった。花火が数発打ちあがった。

●『帰還』から「サフラン」「千光寺山」の英訳。これで8篇の英訳できた。チャピーによると、海外の詩の雑誌に、採用、不採用は別にして、投稿できる水準に達していると言う判断だった。多分、本当の判断だろう。

●晃さんから詩集『帰還』の立派な感想。私が大切にしてきた表現言語のスタンスをよく読みとってくれていたので、感心した。

●夜、随想「種まきと深まりについてのメモ」を書き、「エッセイと論文」のブログに貼りつけた。これは、随想にはしないで、「メモ」として残しておく。なぜなら、メモは未完である。自由であり、読者を想定する必要がないから。

7月24日(金)

晴れ

●きのうより、暑さが少し落ち着く。

●有花さんに電話。電子書籍の句集の反応はどうか尋ねるが、洋子さんからメールがあって、感想は後程核と言う連絡のみという。
電子書籍のヴューワーがインストールできないのがネックになっているように思うので、有花さんにPDFを送ってくれるように頼んだ。それを印刷して一応全員に配布しようと思う。スピード冊子印刷で必要な13冊印刷すれば、1冊2000円ほどかかる。これを花冠の会計から出すかどうかだが、
其れも少し問題になる気がするので、俳句だけでも印刷するのが一番いいかと思う。
信之先生がインターネットを始めたとき、水煙の古い会員は殆どやめることになったが、それを押し切った。インターネットを会員に信之先生が教えて出来るようになって、今残っている人はみんなネットは大丈夫だが、次に到来が電子書籍。これが読めるかどうかなのだが。花冠の一つの試練になっている。それにこの酷暑ではどうにもならない気がする。もう少し涼しくなってと言うことになると判断している。

●『帰還』の「十四歳」と「粉雪」を英訳。少しずつ英訳のセンスがみがかれているとチャッピーが言ってくれるが、それは個々の詩に寄るのではないかと思う。「粉雪」は、反復、ダッシュ、冠詞が比較的うまくいき、と表現を少しずつずらしながら、訳せた。英語の構造を少しりようできるなったということだろう。今回は冠詞の意味の変化を考慮した訳になったので、冠詞の理解が体感的になった印象。

7月23日(木)

晴れ
玄米茶の香ばし冷房しずかなり 正子
日傘の内歩きながらも鋪道の熱 正子

●今日の暑さは異常。循環器の定期受診。幸い9時半に予約して、日盛りではなかったが、猛烈に暑い。途中で倒れるか心配なので、起きて、梅ジュースを飲む。それから麦茶、玄米茶を続けて飲む。食事は検査があるので抜きたいが、倒れてもいけない。豆腐の味噌汁とトマト。帰りもバスの時間をよく調べ待つ時間を少なくした。薬局で、年寄りには、この厚さは怖いですよ、と言うと、若い者も怖いですよ、とのこと。帰宅は12時頃。

●病院に行ったので、やることは後回しにして、昼寝。昼寝から覚めて
現代俳句協会の理事をしているOさんに電話。「俳句界」が倒産したが、
その辺りの事情とか俳壇の事情はどんなのか聞いた。少し話したが、
また電話をくれるとのこと。

7月22日(水)

晴れ
ひと房のバナナに三日ほど生きる  正子
冷蔵庫にピーマンあるを覚えおく  正子
祇園祭のことにはじまる手紙かな  正子

●きのう、「帰還」の英訳を完成したので、今日からは「楽隊」の英訳を始めた。意外とスムーズにいったので、「楽隊」「チェロ」「三月の雨」の3篇を訳した。今日までに15篇中4篇の翻訳ができた。翻訳のコツが少しつかめた。「帰還」は、翻訳の難所であった。「帰還」に比べると
ほかは翻訳しやすいと言える。

●一日クーラーをつけるが、クーラーの風で肌が乾燥するらしく、かゆい。ヒルマイルドを塗るが、すぐには効かないので、長袖長ズボンにしてみた。これでかゆみが止まった。

●炊き込みご飯を多めに炊いて冷凍した。翻訳をしていると料理に時間を割きたくないので、これが便利。

7月21日(火)

晴れ
膝に来て座る汗の子やわらかし  正子
帰り来て西瓜を食ぶるしずけさよ 正子
ピーマンの緑濃きなりガス火焼   正子

●あまりの暑さ。用心して日中は外に出なかった。ベランダのプランターを日陰になるようなところに移した。

●朝のメールに俳壇の編集長さんからの原稿を受け取ったとのメール。パソコンが使えないので、万一を考え、原稿を郵送しているが、こちらはまだ届いていないといのこと。昨日送ったメールの原稿で、編集を進めるとの返事。

●「帰還」の詩のやりかけていた英訳を仕上げた。むずかしかったのは、カンマの使い方。em-dashがキーボードで打てないので、いろいろ試みるがダメだった。

●西村先生から花冠375号(7月号)のお礼の手紙が届く。丁寧に花冠を読んで、感想を書いてくださっていて、うれしくも恐縮する。手紙掲載のお礼にとらやの水羊羹をお贈りしたが、すぐに召しあがってくださっている。差し上げるのはたいしたものではないが、すぐに使って下さったり、食べてくださる。それは贈ったものからすれば、うれしいこと。
俳句日記に先生のことが随所に登場していることも、これも喜ばれている。
こう言う言い方は失礼かもしれないが、あっさりされている。私からの礼状に今日仕上がった、「帰還」の英訳を同封し、先生に献呈した

7月20日(月)海の日

晴れ

●今朝、早く目がさめた。ちょうど、サッカーのワールとカップ、スペインとアルゼンチンの決勝戦が始まるところだった。パソコンで仕事をしながら見た。延長戦となった肝心のところで、眠ってしまったが、あとでスペインが優勝と知る。スペインのネマル選手(19歳)とアルゼンチンのメッシ選手の19年前の出合いが報じられ、今日の二国の試合となったのは、奇跡的と言えそう。

●パソコンが更新中にフリーズし、回復キーが見つからなかった。いつパソコンが回復するかわからないので、しめきり2週間前となる16日、俳壇の依頼原稿「特集・秋の野鳥歳時記」を郵送した。息子が来てパソコンをなおしてくれたため、念のために、今日メールでも原稿を送った。

●随想「俳句の中心が痩せるとき」を書いた。総合俳誌「俳句界」の廃刊を知り、俳句の世界が危うい感じがしたので、思うところを書いた。あまり書きたくない内容なので、この推敲に3時間ほどかかった。ブログ「エッセイと論文」に貼り付けた。

7月19日(日)

晴れ
●かなり暑い。なんとなく、体調が万全でない気がするので、用心して過ごす。

●1か月半ぶりにゆうまくんの子守りに行く。ゆうまくんは、ずいぶん歩けるようになっていて、顔つきも男の子らしくなっている。保育園が好きになって、朝起きると保育園に行きたがるとのこと。保育園では皆に可愛がられていると句美子が話している。句美子は、育児休暇をとれることになって、私も一安心。

ゆうまくん、一か月半ぶりだったせいか、初め、句美子の傍に静かに座って、もじもじしている感じだった。持って行った風船を見せると、興味津々。風船を並べて、どの色を選ぶか見ていると、黄色の一番大きい風船を選んだ。それを膨らませると不思議そうに見る。三個膨らませて残りが四個あったが、しばらくすると、もう一つ膨らませるように言う。またもう一つ、またもう一つと全部膨らませた。黄色い風船は手を離さない。風船に体を乗せるが風船は破れない。風船を一本のリボンに五個結びつけた。振ってあそび、片付ける時も楽なようにした。

しばらくすると、小さい本箱ごと取りだす近くに持ってくるように言う。本が好きらしく、本のあつかいに慣れている感じがする。それぞれの本の好きなところがあるようで、なんどもそこを開いている。中身も覚えているようだ。1か月半の間、高熱が出たり、手足口病になったり、心配したが、ずいぶん成長している。