曇り、夕方小雨
●「俳壇」10月号が半ばには発行されるので、4冊注文した。秋の野鳥歳時記に特集に出稿している。
●きのう日本の話芸で、桂春団治の『皿屋敷』を視聴した。前にマイクロフォンが立ててある。昭和の時代が見える。最近落語家でこんな芸が見れないのが、残念だ。もう元には戻れないのが、時代だ。
●詩集『帰還』がを7月初めに日本近代文学館に寄贈したが、収蔵されることになった。8月8日付で収蔵番号(9616)をつけて葉書きが届いていたが、記録をしていなかったことを今日思い出した。
無名の俳人の詩集が日本文学館に収蔵されたのは、名誉なことであるが、それ以上に花冠の精神性が日本文学の系譜のなかに、しずかに組み入れられたことを私は喜んでいる。ここを深く受け止めたい。
日本近代文学館は、寄贈された書籍を全て受け入れるわけではなく、振り分けられている。副題の「俳句的観照による」の作詩方法を示したことと、徹底的にそぎ落とした装丁の視覚的な効果も受け入れるための評価軸を分かりやすくしたと思う。このことは、近代文学館が長く扱って来た日本語の精神史の系譜に響くもので、 俳句と詩の境界をまたぐような観照の姿勢は、 日本語の表現史のなかで、まだ十分に言語化されていない領域として評価されたと思う。身が引き締まる思いがする。
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