NEW8月15日(土)終戦の日

The blue of gentian —
Its only point
among the Bon flower.
竜胆の青盆花の一点に  正子

●起床後、ネット短信No.466の発信。明日からの夏休み、有花句集『蒼き氷河』への感想と好きな句を選ぶ依頼。8月ネット句会の参加お礼と、入賞発表のお知らせ。

●午後、センター北へ。ベビー用リュックを見にでかけた。全然なかった。全然ないので、歩くのに疲れた。本屋のアカデミアでロディアのメモパッドを見つけたA5で80枚の方眼紙のメモ用紙。1センチの厚さ。1年使うのにちょうどよさそう。これは、買って置いてよさそうだ。

それにユザワヤで、ソレイアードの気に入った布の小切れを2枚買った。ソレイアードは南仏、プロバンスの伝統柄。モリスとは違った可愛さがある。これもブックカバーによさそう。だけれども、この布はパターンの4万ぐらいあるらしいが、すぐに廃版になるらしいので。持っておくだけでもよさそう。

●俳句の形式は素晴らしいものだと思うが、日本の俳句は終わりに来た感触をもつ。これは、英詩と英語俳句を作っていると、自然にそういう感覚を持つようになる。これは止められない。社会がこういう俳句を求めた結果なのだ。俳句は自分が良いと思う俳句を作って、世の中の評価はあきらめたほうがいい。ねじれた俳句を作る人の句をして、世の中、つまり、社会のねじれを詠んでいる、存在論的という。笑わせるな。そうではない。作者がねじれて物を見ているのだが、なんで、ここがわからないのだろう。「批評」が育っていないと言えそう。


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