NEW10月24日(土)

曇りのち雨
秋時雨向かいの窓に燈ともりぬ  正子

●今朝は、曇りから雨になり、気温が低い。18度。

●ガラス扉の付いた本棚に大切な本と資料をまとめようと思っている。家の中で、一番湿気が少ないと思えるのが、この本棚。思わぬところに湿気がたまっているから用心しなくてはいけない。

●画集が少しある。一度シリーズ物の日本画集を惜しいと惜しいと思いながらも、古すぎたので捨てた。すっきりしたのは確か。この画集のお陰で、日本画については詳しくなった。画はもの言わないだけに、もの言うところがあって貴重。

ここ十年に買った本が、私には貴重になっている。ちょっと深まっている。なぜ深まっているか本当のところはわからないが、読む本の基準が違って来たかも知れない。

●文化の日が近づいて文化勲章の受章者の発表がある。ノーベル賞をもらってから、文化勲章の運びとなることもある。本当なら、文化勲章が先ではないかと思うが。日本の大きな賞をもらって、自治体の賞を受け取ることもある。本来なら、逆であるべきではないのだろうか。賞の性質が違うと言えど、落語のネタにもなりそうだ。

●キャノンのプリンターは約束通り22日に届いている。昨日はお墓詣りで、少し疲れていたので、今日午後セットアップ。簡単にセットアップできるものの、なれない専門語に一瞬考える。読み飛ばしてよいところまで読んでしまうと難しく感じる。一件落着。

NEW■無選別の思想■

無選別の思想
髙橋正子

このところずっと家を片付けている。片づけているものは、今となっては、私が暮らしのなかで注いできた時間とエネルギーそのものである。こんなにも時間とエネルギーを注いだのだ、と振り返り、自分自身にじんときている。そして、これほどまでに時間とエネルギーを使う必要があったのだろうかとさえ思う。

自分の内側から見て、自分の注いだエネルギーや時間が承認されない人間、愛されたと感じられない人間は何を頼りにすればよいのか。そんな問いさえ生まれて来る。それは、暮らしのなかで、追々持っていた疑問なのだが、そんなとき、私は自然を頼りにしていた。庭の木々や草花の手入れを一生懸命したし、庭に来る小鳥を称えた。水も、きれいな水を睡蓮鉢に張っていた。風もよく通るように、月がよく見えるように工夫して窓を開けた。季節になれば咲く花に、よく咲いたと言い。実をつけるものには、今年はきれいだぞ、と声をかけた。鶏も、うさぎも、犬も、金魚も、インコも一通りは家族となっていた。忙しくもあったが、それらは、身近にあった。

いま片づけをしながら思う。少し自然から離れた横浜での日々の暮らしで、おそらくは一人暮らしのせいもあるのだろうが、「月は人を選ばず、花は人を評価しない。」と思うことが多い。この考えを仮に名づければ、「非選別の思想」と言える。私は自然そのものに惹かれてはいるが、それにも増して、自然の持つ「選別しない力」に、この頃は支えられている。

もちろん、人は承認や評価によって力を得る。承認も評価も、人が生きていく上で大切なものであろうが、承認や評価の外側に置かれることもある。最後には、人間には「消えることのない炎」が残る。あるいは、その炎はもともと決して侵されないものなのかもしれない。しかし、その炎を見失わずに生きる力を、私は長い間、自然に頼ってきたと言えるだろう。それが、俳句であると言えるだろう。
(2026年10月24日)