NEW11月3日(火)文化の日

晴れ
●文化の日は、統計的に晴れの日が多いそうだが、きょうも曇りかと思いきや、晴れの一日だった。

●ネット短信No.472を発信。①11月月例句会、②花冠1月号の雑詠投句の依頼。③自由な投句箱についての3件。

●『RETURN』がようやく仕上がった。明日入稿する。英語圏の出版式に揃えるために、細かいところを見落としいる。大体、よく知らない。カンマはクオーテーションマークの中に入れるとか。字下げは1.27cmだとか。字下げ1.27cmは感覚的に下げ過ぎなので、4~5字下げにした。

●ヨーロッパんの住宅の写真や、実際旅行していると、窓辺に花が飾ってあって、豊かな生活が偲ばれる。いかにもヨーロパの街らしいと思ってっていた。産業革命の頃の窓には花がないことに気が付いた。窓に花をかざつのが、いつごろなのかとふと思う。偶然知ったのだが、それは、モリスのアーツ アンド クラフト運動のためだという。そのころ、江戸の終わり、入谷の朝顔市の画がイギリスで知られて、江戸の庶民が花を楽しんでいる様子が描かれている。日本の方が、先だったことがわかる。日本にも民芸運動があったが、美しいものに囲まれて生活することは、生きがいにもなるのではないだろうか。当時意義率の労働者たちは仕事が終わると酒を飲み、私生児も多かったので、社会問題になっていたという。モリスらが、生活の中で花を育て、楽しむことを薦めた結果、風紀の乱れもなくなり、街も花できれいになったそうだ。イングリッシュ・ガーデンの見本のようなものもこのころできたそうだ。モリスは小さい頃、美しい自然に囲まれ手育ち、詩人でもあった。その思想は今も生きている。最近、モリスのデザインした壁紙が布地などにもプリントされ、私もいくつか手にした。永遠のデザインと言っていいほどだ。その柄があると、生活レベルが上がったようにさえ思うし、温かみがある。デザインが先走っていないのがいい。

11月2日(月)

曇り午後雨

●夜、『グレーテルのかまど』でモリスのケーキを見る。ラムレーズン2種とレモン汁と皮がはいる。モリスの住んだレッド・ハウスの澄んだ空気も映っていた。トレリス、ウィロー・ボウ、ストロベリー・シーフ、アカンサスの柄。どれも少しも古びて見えない。むしろ、今このようなデザインを生み出せる人がいるだろうかと思う。モリスは植物を深く愛した人だった。

●今夜の「100分de名著」は『ブッダのことば』。続いて『歎異抄に出会う』。雨の晩秋、静かな夜更けだった。

●『RETURN』を最終的に見直す。巻頭詩「Return」に出てくる Raron について、Author’s Note を次の頁に添えた。注はそこだけである。

『RETURN』は『帰還』をもとにしながら、英語で再創造した詩集である。同じ根から異なる幹の伸びた、双生児のような二冊になった。『帰還』が生まれ、その半年後に『RETURN』が生まれた。

『RETURN』には献辞を書く必要を感じた。また、Prefaceも海外の読者を意識して、日本語版とはまったく異なるものを書いた。それは意図というより、文化の違いによって自然にそうした形になったと言っていい。自分の持つ二つの言語を使って、一つの根から二冊の詩集を書いたのであった。手持ちの言語は使うべき。

 

11月1日(日)

晴れ
青空のままに暮れゆき亥の子歌 正子

●妹からのメールで、今日は亥の子ですよ、と言ってきた。
亥の子が来たら、炬燵を出してよいと言っていたのは昔のはなしだが、私はおとといから一人用の炬燵を使っている。

故郷の亥の子は、石に綱をつけ、亥の子歌を歌いながら、上下にあげて土を搗くもの。搗いた後の土は少し窪む。終わったら、石の綱を前後にわけて束ね担いで次の家に行く。いくらかお祝儀をもらうのだが、亥の子を搗く側にまわったことがないので、搗くのは、男の子だけだったような記憶がある。松山や砥部では藁の束を子供が一人ずつ持って家をまわり、庭や玄関を叩く。こちらは、女の子も参加していた。帰ったあとは、藁屑が散っている。

●『RETURN』の校正がおわり、プリントした。新しいプリンターでは、冊子印刷機能がある。どんなものか試した。A5用紙に印刷したので、ポケット詩集になったが、よくできている。この印刷では、中綴じ用なので、中綴じ用に発地ぎすが要る。どこに売っているのか。今日は針と糸で縫った。それでもきちんと綴じることができた。余白が綺麗にとれている。市販の詩集に負けてない印象。