2026年9月3日 22:36
曇り
●花冠創刊記念日。句美子の誕生日。
●句美子から頼まれた電気毛布の洗濯。3枚ある。風があったので、よく乾いた。
●お返しの品を2件、デパートから送る予定だったが、疲れた感じがするので、明日に回した。代わりに西村先生の『世紀末ウィーンの知の光景』の第5章「平安の喜びを告げる在る表現」を読む。西村先生は「リルケと俳句と私」(四)を今号も興味深く読んだという手紙をくださった。とにかく、本気で読んでくださっている。それ比べ、私は先生の書物を読んでもなかなか理解できない。アンバランスな関係が生まれている。先生はそれを気にされる方ではないにしろ、少しでも先生への理解を深めようと読んだ。しかし、なかなか先生のことは、感覚的にはわかるのだが、事実としてはわかりにくい。
ウィーン文化と言えば、日本では音楽があまりにも強く伝えられ、文化としての文学は、その影ににある。作家をあまり知らない。フロイト、ヴィトゲンシュタイン、ホーフマンシュタール、ブロッホの名前がせいぜい思いつくぐらい。パプスブルグ家のその後がどうなっているのかも、よくわからない。ウィーンは、私が思うより東にある。いつも西から東へ位置を引き移して考えている。
先生は京都生まれで、文化全体に洗練されておられる。その洗練された先生がなぜ、私の「リルケと俳句と私」、そして髙橋正子の俳句日記を読まれるのか、全く不思議なのだ。素朴がよいわけでもないだろうし。
今日の第五章の「平安を告げるある表現」は、「なにごとも起こりはしない(なーにもおこりゃせん。)という言葉なのだ。なんだか、これに関係しているように思う。華やかなウィーン文化のなかにある、静かな素朴な光のような「なーにもおこりゃせん」と言う言葉。先生は、こういうのを見つけてほっとされているのかもしれないのだ。今日はそんなことを思った。
そして、「あとがき」の謝辞に中島義道と言うお名前があった。たしか『ウィーン愛憎』と言う本の著者ではないかと思う。この本は、一度買って読み、すっかり忘れて二度同じ本を買っている。ウィーンについて書いた本はありそうでない。そういえば、ウィーン大学から京都大学に留学されていたヴィレ先生と言う方おられた。愛媛大学に集中講義にこられた。昭和44年だったと思う。松山の市民会館でN響のコンサートがあって、信之先生と私、ヴィレ先生と聞いた。ヴィレ先生は、私にコートを着せてくれて、この時の信之先生の慌てようは、今思い出しても傑作だった。
2026年9月3日 00:05
曇り
●湿度が高く、蒸し暑い。今朝「俳壇」の切り抜き作業の続き。やっと終わった。ファイルが何冊いるだろうか。B5が40ポケット1冊、A5は40ポケット3冊ぐらい必要になりそうだ。こういった作業が疲れるようになった。ファイリングは、しばらく休んでからゆっくりすることにした。急に体調が悪くなった感じがしたのだ。体調が崩れやすくなっている。要注意。
●N先生から祇園祭の最中にいただいた手紙の返事に十分なお礼を
申し上げていないのが、ずっと気になっていた。先生が「精神の目」と言う言葉を使われたので、テレビに映った東大教授の書斎の書物の題名メルロ=ポンティ『眼と精神』が目に入って、そのことに心が捉われていたので、十分お礼の手紙になっていない。
今日、『世紀末ウィーンの知の光景』を読み、その研究方法に触れて、
「リルケと俳句と私」に私の精神の動きを深く読みとっておられたことに気が付いた。文化の研究は文学の研究より深く、文学の背景の研究になる。「リルケと俳句と私」は本来エッセイが意味する文章になっている。
その意味で、詩の背景、俳句の背景、私の精神の背景を書くことになっているので、その点で響きあるのだろうと思っている。
そして、夜遅くになって、夏の先生の手紙への返事を改めて書いた。今回も十分なお礼になっているかどうかは分からないが。
2026年9月1日 22:35
曇り
●総合俳誌に掲載された記事や俳句をきのうから切り取る作業をしている。今朝からは、「俳壇」の作業をしている。午後からは句美子の家に行く用事。帰宅して、残りの作業をし、切り取り作業の予定だったが、疲れて中止。
●眠る前に2002年ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートが放送された。何で今と思いつつ見ていると、この時の指揮者は小澤征爾だった。そして、それに納得しながら聞いた。ウィーンフィルはベームの指揮も上品な柔らかさが耳に残っているが、小澤征爾は、ちょっとシャープで瑞々しいところが、現実の場から高みへ連れて行ってくれるようでいいと感じた。
最近ようやく指揮者によって音楽がずいぶん違ってくるのがわかるようになった。遅まきながらでは済まされない、これまでの人生の痛みや悲しみとして感じられる。分からないままでもよかったのだ。
●葡萄が届いたので、句美子たちに持って行く。なんと、ゆうまくんが葡萄を食べている。まるごとではないが、粒を切ってもらって、おいしそうに食べる。消化は大丈夫かと思うが、先日から食べさせているという。
それに、きょうは、たまご豆腐を初めて食べる。気に入ったようで、器をのぞき込みながら、はやく、はやくと食べる。トマト、ブロッコリーも手づかみ。鯛を食べる時に、「タイよ」というと「痛い」と同じに聞こえたのか、面白がって、「イタイタイタイ」と言う。
句美子と眼と口をくりぬいた幼児椅子の話をしていると、話の内容がわかったのが、戸と開けてその椅子を指さす。1歳5か月なのに、言葉の理解が早い。立つのはまだあぶなかっしいが、かなりしっかり立てるようになっている。
あしたは、同じ月齢の子と水族館に初めて行くと言っていた。今日は病気がなおったのだろう、上機嫌だった。このところよく家に行っているので、「ばあば」と言って呼ぶ。私が、「おばあちゃん」と言うと、目をぱちくりさせて考える顔をしていた。もう一人の孫の元希くんは小さいときから「おばあちゃん」と呼んでいた。
正直にいうと、「ばあば、じいじ」は、成金趣味に聞こえる。だから、一人こっそり訂正している。