2026年1月3日 17:15
晴れ
咲き初めて白梅匂う高社 正子
白梅にゆるく御籤を結びたり 正子
満月を仰ぎぬひとりの誕生日 正子
●誕生日。人からの誕生日を祝う言葉はだれからもなかったので、満月と、駒林神社の白梅。それに大吉のおみくじ。これらが、誕生日を祝福してくれた。神と天と自然の祝福を受けた誕生日だった。これほどそろった祝福はこれまでなかったろう。
●元家族が来る。駒林神社に元家族と初詣。元希が、こういうのが好きなようだ。好きなものは羊羹、饅頭、大福などの和菓子、煮魚、刺身。笹鮨。私以上に和風。初詣も、岐阜の祖父母のところ、自宅の近くの神社、そして、わが家の近くの駒林神社。今日は、境内は人が並び、石段下の道路まで続いている。おみくじを引くと、昨日は、吉だったが、今日は大吉。境内の白梅が少し咲いていい香りがした。
お節は、いつも通り、元希が数の子が急に好きになったという。かずのこ好きは、元にはじまっている。
●お年玉と、クリスマスプレゼント分のお金を渡す。両親の話では、プレゼントの希望を言わなくなったらしい。ラズパイはどう?と聞くと、息子がそんなの家に3000円ぐらいのがごろごろあるという。スピーカーのいいのが欲しいとのこと。YouTubeで音楽を聴いているとのこと。家庭には流せない曲が聞けるのでよいらしい。重低音にはまっている。カメラもいじられるようで、父親からもらったので、家族写真を撮ってくれた。多分レンズがいい。ピントがバッチリあっている。
2026年1月2日 17:44
晴れのち曇り
水仙の袴の白さ土を出で 正子
正月の菊いきいきと仏前に 正子
賢木を買う時間がなくて松の葉で
神前に松の葉を生けお正月 正子
●午後子守りの予定が、行かなくてよくなったので、午後駒林神社に初詣。お札をもらい、おみくじを引いた。吉。帰りに、ミニストップでソフトクリームを買って帰る。家に着いた時、少々溶けかけていたが、食べごろ。前はもっとおいしかったと思うが、普通の味。
●初詣から帰り、本や紙類の片づけ。「現代俳句」は溜まっていたが、全部資源ごみに。読むところがあるようであるが、実は読むところはない。死ぬことを考えれば、こういう本は処分しておく必要がある。死を考えれば、決断が速い。即決。年末掃除ができなかったので、夜掃除。いただき物青菜を茹でて冷凍。
●明日息子家族が来るので、冷凍ものを解凍。昼前に来ると連絡がある。
●
2026年1月1日 21:58
快晴
娘の家へ子守りと見舞いに初電車 正子
初電車紺色深き車両なり 正子
元旦の線香ことにくゆるなり 正子
●1月月例ネット句会の案内を貼り付ける。
●年賀状がそれでも来ている。大方はこちらからも出しているので、今日来た賀状には二人に返事。ひとりは、出さない。
●夜ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを聞く。途中で眠っていた。このごろ、いつのまにか居眠りをしていることが多い。老化現象なのかもしれない。
●午後、句美子の家に見舞いを兼ねてお節を持って行く。句美子の熱が下がり一安心。ゆうまくんと遊ぶ。完全に遊び友達。今日は、前に私が買って持って行った絵本を喜んで見て遊んだ。犬、猫、うさぎ、象、アヒルの写真の仕掛け絵本。0~2歳用のひよたま絵本。ひよことたまごのイラストが可愛い。これを喜ぶ。乳児がこれほど喜ぶ絵本はめずらしい。電車は行きも帰りも空いてのんびりしていた。初詣の帰りらしい家族や、旅行の親子やお菓子の紙袋を持った人達が目立った。
あけましておめでとうございます。
みなさまにおかれましては、すがすがしい新年をお迎えのことと思います。髙橋正子の俳句日記をお読みいただき、ありがとうございます。
いっそう精進して俳句を作りたいと思っています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2026年元旦
髙橋正子
馬術部の馬と出会いぬ二日はや 正子
横浜市の慶大日吉キャンパスの外れには、厩舎があり馬術部の馬がいます。馬術部の学生が新年、馬に乗って道を行くのに出会います。正月も普段もないのでしょうが、正月に若々しい学生と馬に出会うと、明るさを感じます。
髙橋正子
2025年12月31日 22:02
晴れ
風邪の娘へ剥きて届ける冬林檎 正子
吾腕に眠る児のぬくし大晦日 正子
湯上りの児のさっぱりと大晦日 正子
●花冠1月号がほぼ届いたようだ。早い人は30日。日曜日に本局に持って行ったのがよかった。
●来年は信之先生が亡くなって、満3年を迎える。区切りをつけた方がよさそうだ。思い切らなければいけないだろう。
●俳壇年鑑の実力俳人に2026年版から入れてもらうことになった。これを句美子に伝えると、「30代ならいざ知らず、80を前にした人にとは。亡くなった人が多いということ?」と言う。熱があるわりに、冷静な判断だ。どうでもよいことなのだが、言われる通りにした。
●29日、30日と句美子家族もみんな病気から快復して元気ですごしていると、メールがきたばかり。今朝メールを開けてびっくり。句美子が熱が出たので来て欲しいということ。なにはさておき、病院の開いていない正月に何かあってもと、急いで駆けつける。ゆうまくんが元気になって、世話で疲れ病気がぶり返したのかもしれないというのだ。ゆうまくんは、上機嫌。伝い歩きができるようになっている。音楽に合わせて体をうごかしている。おもちゃのチャチャチャとアイアイ が特に好きなようだ。ゆうまくんは、研究熱心。何でも調べてみないといけない。「ゆうませんせい、なにをご研究ですか?」と言うと、わかったか、わかっていなかしらないが、「へへへへ」と笑う。
夕方お風呂を手伝って、それから帰る。電車は大晦日のため、空いていた。
2025年12月30日 19:00
晴れ
一画は飾り売りたる華やぎに 正子
正月の花に柳の枝の金 正子
水仙の袴の白さ土に生れ 正子
●俳壇年鑑2026年版に自選1句投函
木の葉散る朴には朴の音のして 正子
時が止まる朝の夏雲真っ白に 句美子
全国実力作家秀句3句(360人)投函
秋蝶の晴れし空より吾にくる 正子
睡蓮を沈めて平ら冬の水 正子
遺されしセーター袖を折り被る 正子
●黒豆を今晩一晩煮汁に浸す。生協の配達。かまぼこの白を注文しわすれていたので、買い足す。正月準備は料理を少し残してできあがり。
●丸善で吉野弘詩集(岩波文庫)、三好達治詩集(岩波文庫)で探すが、在庫無し。年があけたら、注文する。リルケのヴァレの四行詩のフランス語の原著を、年が明けたら、インゼル書店か、どこかに注文する。多分3000円ぐらい。
●花冠1月号が届いたところもある。大阪、松山、東京、藤沢、足利。この分なら、結構届いている。
2025年12月29日 18:35
晴れ
翡翠の青と珠とし枯枝に 正子
歳末の日のさんさんと菜の花に 正子
啄木鳥に白き半月かかりけり 正子
啄木鳥のいつまで叩く山枯れて 正子
池底のもろもろ透かし冬の水 正子
堰落つるまでの力を冬の水 正子
落葉して櫟のほかの葉のあらず 正子
落葉敷く櫟のほかの葉のあらず 正子
落葉して櫟一樹の地をうずめ 正子
●「俳壇」の隔月で一番小さい1/9サイズで広告を引き続きだすことにした。今日、申し込みと広告料を振り込んだ。
●子守りにいかなくてよくなったので、午後1時ごろから四季の森公園へでかける。年末の公園であるが、それでも人はいる。年末のせいか、日差しがしずかに感じられた。山日和と呼びたい。
公園に入ると鳥の声が賑やかに聞こえる。ガビチョウだと思う。それにアオジ、四十雀、鵯の鳴き声に、梅林の藪に笹鳴き。葦原の葦は、景観のために数か所残してあるが、ほかはきれいに刈り取られている。公園はきれいに下草が刈られ、さっぱりとしていた。帰り、啄木鳥に出会った。ちょうど啄木鳥の向こうに白い半月がかかっていた。万作は枯木色の蕾があった。梅もまだまだ蕾とは言えない尖りがある程度。蠟梅が満開だった。黄色の濃い素心蠟梅が咲いていたので、写真に撮った。山茱萸の実がまだ赤く残っていた。2時間少し居て帰った。良く晴れて、しずかだで、山日和と言いたいほどだ。鴨は餌を摂りに海かあるは、川へ出かけているようだった。四時半事帰宅。久しぶりの自然だった。
今日見たもの。鳥は、アオジ?、アオゲラ、ガビチョウ、シジュウガラ、カワセミ。植物は、がまずみの実、実生もみじ、くぬぎの落葉、枯蓮、菜の花、水仙の葉立ち、蠟梅、山茱萸の実、三椏の蕾。
●晴美さんから電話。花冠1月号について話す。「リルケと俳句と私」は、花冠だけではもったいないので、うすくてもいいから、岩波でだせば、という。「岩波」で出すには、学者が、れっきとした文学者や詩人でなければならない。私が出したいと言って出せる話ではないことを話して、私は、大いに笑った。褒めてもらって悪い気はしない。来年は、「リルケと俳句と私」を一生懸命書く様にアドバイスされた。
●田作りを作る。黒豆を煮る準備。煮汁に一晩浸し、明日煮る。そして一晩、浸して味を字見込ませる。元旦にはおいしくなる。
2025年12月28日 21:04
晴れ
歳末の日に透きとおり楢黄葉 正子
水仙の花のいくつも雪の色 正子
●花冠1月号(No.374)を綱島郵便局から発送。いったん帰り、月例ネット句会の賞品を用意。俳句はがきとコーヒー。月例句会の賞品はまえまえからわかっているのに、それがなかなか用意できない。いよいよとなって、準備することになった。それでも、みんなに送ることができて、今年花冠の用事は、終わった。これから自分の家の正月の支度を始める。
●今日は、妹たち立から、野菜やちょい干し魚が送られてきた。手づくり柚子みそ、柚子果汁、干し柿などいろいろある。
2025年12月28日 05:06
曇り
多摩川
冬堰を越えて落ちけり水の丈 正子
●花冠1月号が印刷され、届く。夜発送準備。子守りに出かけて帰ると宅配ボックスに入っていた。90冊頼んだので、ボックスから引き出すのに、苦労。表紙は鶯色にしたが、淡い緑。1月号らしいかも知れない。
●月例ネット句会の賞品の俳句を書く。今年は、角川大俳句歳時記に刑されされた四句を書く。信之先生の掲載されたが、その句の自筆がない。
わが影の付ききて楽し寒も 信之
鉛筆を削る木の香の春めくを 正子
受験子の髪ふっくらと切りそろう 正子
水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ 正子
ストールをひらりと剥いで我にもどる 正子
も
2025年12月26日 22:00
晴れ
●午後から風が強まる。午後から子守りに。帰り、多摩川で強風のため、電車が徐行運転。年末の寒さとなる。
●午前中、横浜そごうの鳩居堂へ月例ネット句会の賞品のはがきを買いに出かける。月例ネット句会の最優秀句(2句、2名)の賞品も合わせて買った。
●明日夕方、花冠1月号が届く印刷所から連絡がある。
●三句比較論──現象・生活・情緒の三層から読む
水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ 正子
ネクタイ吊るタンスの中も秋の空気 信之
カナリヤ弾む七草粥を食ひをれば 臥風
ひょんなことから、臥風・信之・正子の三句を比較する機会を得た。いずれも日常の場面を素材としながら、俳句という短詩型が持つ「表象の構造」をまったく異なる方向へ展開している。
ここでは、①現象学的俳句、②生活世界俳句、③情緒的俳句という三つの類型を軸に、季語の働き・主体の位置・言語の運動を比較する。
Ⅰ 現象学的俳句としての正子句
水に触れ水に映りて蜻蛉とぶ 正子
この句の中心は蜻蛉ではなく「水」である。「触れ」「映りて」という二つの動詞は、蜻蛉の運動を媒介しつつ、水面に生じる微細な変化を捉える。
ここでの言語は対象を説明するのではなく、現象の生成そのものを言語化する働きを持つ。
• 主体は極度に後景化し、観察の純度が高い
• 季語「蜻蛉」は時間の指標ではなく、現象の緊張を支える軸として機能
• 世界が立ち上がる瞬間を提示する、典型的な「現象学的俳句」
俳句が本来もつ「無私の眼」「対象の自律性」を最も純粋に体現した句である。
Ⅱ 生活世界俳句としての信之句
ネクタイ吊るタンスの中も秋の空気 信之
この句は、外界の季節が生活の内部へ浸透するという「生活世界の層構造」を扱う。「タンスの中も」という措辞は、閉じた空間に季節が侵入するという知覚の拡張を示す。
• 季語「秋の空気」は自然の象徴ではなく、生活空間の質感を変容させる力として働く
• 主体は生活者として存在し、観察は「生活の奥行き」を照らす
• 外界と内界の境界が揺らぐ瞬間を捉えた、生活世界俳句
俳句が「自然詠」から「生活詠」へと移行した近代以降の流れが明確に反映されている。
Ⅲ 情緒的俳句としての臥風句
カナリヤ弾む七草粥を食ひをれば 臥風
七草粥という静的な季語に対し、「カナリヤ弾む」という情緒的な動きを重ねることで、生活の明るさを前景化する句である。
• 季語「七草粥」は静謐・祈り・節目の時間を象徴
• 「弾む」という強い動詞が情緒の振幅を生み、句の中心となる
• 主体は「食ひをれば」と自己の行為を明示し、主体の感情が句の駆動力となる
現象の純度よりも、生活の情緒を重視する方向にあり、俳句の抒情性の側面を代表する。
Ⅳ 三句の比較──俳句における「世界の捉え方」の差異
三句は、俳句が「自然」「生活」「情緒」という三つの領域をどのように扱うかを示す好例である。
十七音という極度に短い形式でありながら、世界の捉え方の差異がそのまま句の構造の差異となって現れる。
三句を並べることで、俳句がどの方向へ開かれうるか、その射程が鮮やかに見えてくる。
Ⅴ 正子俳句の理念と位置
正子俳句の理念は、現象を受けとめ、精神の直立で言葉を立たせるという一点に集約される。
この理念は、
• 芭蕉の精神の直立
• 三好達治の詩的リアリズム
• 吉野弘の言葉の倫理
を基盤としつつ、さらに西洋詩の
• リルケの存在論
• ヴァレリーの精神論
• ポンジュの物の詩学
とも自然に響き合う。
その結果、正子俳句は、東西の詩学が交差する地点に立つ、きわめて稀な「現象の詩」として成立している。
●今後なにをすればよいか。
1. 現象の精度をさらに高め、言葉を極限まで節度化する
2. 東西の詩学を内側で統合する“現象の詩”を深める
3. 理念を明確に掲げ、俳句観として提示する