NEW8月17日(月)

曇り
Autumn hanging blind
letting  light spill,
like water.
秋簾もるる光の水めきて 正子

Morning after
the farewell fire in rain,
a cicada’s voice.
送り火を焚きし夜明けて蝉の声 正子

●小切れで栞を作る。3枚作ってみた。簡単なものなのだが、幅と長さをどうするか。柄によって、幅と長さを変えるか。栞に房をつけるか、つけないか、どこを縫い残して返し口を作るとよいか。手縫いの感じを残すために、わざと縫い目を見せるか、など。たかが栞、されど栞。結構無頭赤しい。単独とよくても、本に挟んだときの印象が問題。2枚は可愛い柄、一枚はモリスの柳の枝。これは柄が横にした取れない。これで、夕方の2時間取られた。

●昼におでん風の煮物、おでんではない、を作っておいたので、夕飯は、そんなものや、もろきゅうで済ませた。牛乳寒天、杏仁豆腐風を作った。久しぶり。少し涼しくなったので、家事がしやすくなった。

8月16日(日)

曇り、のち雨
It’s time
for the farewell fire —
Rain falls hard.
送り火を焚く刻なりぬ雨はげし 正子

●きょうから発行所の夏休み。
秀之さんが、『蒼き氷河』と、拙著『帰還』への感想を書いてくれる。
普段、詩とは縁がないかもしれないが、「俳句的観照」ということで、
俳句をつくるひとたちにも、手に取りやすくなっているのでは、と思う。

●送り火は焚けないので、蝋燭を灯して、代わりにした。来年はLED
のきれいな蝋燭を買うつもり。LEDの小さい蝋燭は買っているが、そういうのではなく、きれいなもの。

●夜、ウィーンフィルと、ベルリンフィルの野外コンサートを聞いた。小切れや裁縫道具を整理した。レース糸があったので、パリのクロシェレースの本で10センチ円のドイリーを編みかけた。糸は40番。夏休みとなると、ゆっくりできる。

●NPCの応募する詩3篇を今日も推敲。行分け、間の取りかたが、どうしても俳句の間や余白になっている。呼吸も俳句の呼吸になっている。
英詩を書いたのは、日本人には理解してもらえないので、英詩を書いたのだが、思わぬところで、俳人であることから離れることができなくなっている。非常に日本的であるということ。これが、日本人には理解されない現実をどう受け止めるのか。日本人が日本人らしくなくなっているのかも。それとも、文学で日本人と言う時、どの層を指していうのか、きになるところ。今の俳句は文学の層ではないと言えるのかもしれないのだ。

●きのうは、南仏プロバンスの柄の小切れを買ったが、モリスの余布、それも小切れだが少しある。それを何にしようかと頭を巡らした。布のしおりがいいのではないかと、思った。いちご泥棒の黒地には、黒の刺繍糸で房を。柳の枝に図柄には、灰色が買った緑をなどと考えた。ネットでみるが、どれもいまいち。多分、柄が本に合っていないせいだろうと思う。
ブックカバーも、気に入っのは、なかなか見つからない。その本に合っていなくて、かわいいとか、配色がいいとか、ブックカバー単独でデザインされたものがほとんど。

8月15日(土)終戦の日

The blue of gentian —
Its only point
among the Bon flower.
竜胆の青盆花の一点に  正子

●起床後、ネット短信No.466の発信。明日からの夏休み、有花句集『蒼き氷河』への感想と好きな句を選ぶ依頼。8月ネット句会の参加お礼と、入賞発表のお知らせ。

●午後、センター北へ。ベビー用リュックを見にでかけた。全然なかった。全然ないので、歩くのに疲れた。本屋のアカデミアでロディアのメモパッドを見つけたA5で80枚の方眼紙のメモ用紙。1センチの厚さ。1年使うのにちょうどよさそう。これは、買って置いてよさそうだ。

それにユザワヤで、ソレイアードの気に入った布の小切れを2枚買った。ソレイアードは南仏、プロバンスの伝統柄。モリスとは違った可愛さがある。これもブックカバーによさそう。だけれども、この布はパターンの4万ぐらいあるらしいが、すぐに廃版になるらしいので。持っておくだけでもよさそう。

●俳句の形式は素晴らしいものだと思うが、日本の俳句は終わりに来た感触をもつ。これは、英詩と英語俳句を作っていると、自然にそういう感覚を持つようになる。これは止められない。社会がこういう俳句を求めた結果なのだ。俳句は自分が良いと思う俳句を作って、世の中の評価はあきらめたほうがいい。ねじれた俳句を作る人の句をして、世の中、つまり、社会のねじれを詠んでいる、存在論的という。笑わせるな。そうではない。作者がねじれて物を見ているのだが、なんで、ここがわからないのだろう。「批評」が育っていないと言えそう。

8月14日(金)

曇りのち晴れ
Again,
sunny and rain falling—
the rain of Bon.
照り降りを繰り返すなり盆の雨  正子

Two peaches, bright in color,
resting on the Buddha’s
alcove shelf.
桃と供う明るき色を二つ置き  正子

A peach, so sweet—
its skin peeled,
shared with Buddha.
桃甘し仏と分かち一つ剥き 正子

●朝起きた時は雨だった。それからすぐ晴れた。朝食前にNPCに出す詩をなおす。キリがない。俗っぽい語は消す必要がある。

●お盆で、雨が降ったりやんだり。お供えをして、俳句以外の仕事はしないで、静かに過ごす。

●昨日は千葉は大雨で、道路などが冠水。車のドアが水没で空かなくて数名が亡くなっている。道路の冠水は句美子の家へ行こうとして経験した。足首まで水があると、水が流れ、車が通ると波が起こり、足を取られそうになる。つまり、川になっている。足首以上になったら、危険だ。そんな雨も止めば数時間で水が引き、何事もなかったように街がなる。排水が間に合わなくなっているようだ。

8月13日(木)

曇り、時々雨
Dawn comes—
I light the Bon lantern
in my house, living alone.
夕暮れて盆の灯ともすひとりの家 正子

Bon lantern—
lit in its small, round
light chamber.
盆灯籠小さく丸く灯りけり  正子

Eggplant and cucumber
cut into small cubes—
resting  on a lotus leaf.
茄子・胡瓜あられに切りて蓮の葉に 正子

●朝少し晴れたが急にかなりの雨になった。天気予報で天気の不安定さがいわれていたが、いろいろ天気がかわる。やはり、昨日お墓に行ったのは正解だった。
夕方灯籠を灯し小さい精霊棚をつくる。

●午後NPCに出す英詩を新しく作る。Return とNihgt Voyage の二つを出すことにしていたが、いっそ方向の違う3篇を出すのがよかろうと思ったからだ。新しい詩の題名は「He Will Never Say」。初めから英語で作る。そのほうが、英詩らしくなると思う。費用は3遍で£21で4250円。国際賞にしては安いらしい。これは、113か国から2万篇ぐらいが集まるそうだから、出すだけで価値があると言われている。出そうとする精神がすでに価値があるという。参加することに意義があるらしい。オリンピック精神のようだ。

8月12日(水)

曇り、一時雨
Blighted cherry leaves
fall on the graveyard grass—
I sweep the dim yard.
病葉は桜なりけり墓きよめ   正子

Incense smoke
drifts with quiet fragrance
through the Bon graveyard.
線香の煙香りぬ盆の墓地    正子

●台風15号が通り過ぎたあと、天気が不安定になっている。予報では、13日から15日のお盆の間は大雨になるところもあるとのこと。明日、お墓参りを予定していたが、お墓に行くような天気ではない。今日行くかどうか。今日も天気は不安定なので、さんざん迷ったが、お花を買って、11時頃出かけた。

電車とバスに乗るが、電車はまだしも、バスは1時間に二本しかない。それにバスの時刻表の下の方に小さくお盆期間中は土曜日の時間で運行すると書いてある。これを見逃して、すぐあるはずのバスを30分待った。お墓参りのあいだ、雨は降らなかった。芝生に桜の落葉が降っていたり、周囲の小さい草を抜いたり、帚で掃いたり、掃除をした。掃除をしていると、信之先生が「よく来た」と待っていてくれたような気がした。水は、井戸水と水道水が蛇口から出る。井戸水は冷たいが、安全な水かどうか少し心配。水道水を使う。

帰り墓地から直行バスが出るので乗ったのはいいが、鶴川駅行ではなく、若葉台行に乗ってしまった。坂を上り始めたので、すぐ気づいて、バスを停めて下ろしてくれるよう頼んだが、「停めることはできません」、という運転手の返事。お寺のマイクロバスなので、途中で留まるには運輸局の許可がいるのかと思いながらも、気が利かないと思った。それでも今日は急がないし、若葉台には行ったことがないので、ま、いいかと乗っていた。「ワルツの杜」と言う名前のマンション群がある。京急線が通っている。稲城市になっているようだった。そのまま30分ほど乗って鶴川駅に着くころには雨がかなり降りだした。気が気でなかったが、すぐ止んだ。
墓参の間、体調がよくなく、また倒れるのでないかと冷や冷やした。

お墓参りで疲れたので、遅いお昼をとって、昼寝。それからお盆の灯籠やお膳を出して用意をした。灯籠の袋はまだ綺麗。当分大丈夫そうだ。

8月11日(火)

曇り
Light spills
among autumn grasses,
kanetataki beating.
鉦叩灯の漏れいたる秋の草

Slender stalks
of autumn grasses—
dipping in clear water.
秋草のか細き茎を水に挿す

Kanetataki beating—
the sky of night
still bluish.
鉦叩夜空に青のまだ残る

●今朝、5丁目の丘へ散歩に。丘に行くことは、坂を上るので、平地を歩くより歩行の筋肉が鍛えられるように思うのだ。一回丘へ上るだけで、すぐに腰のふにゃふにゃ感が改善される。

●台風15号が接近。風雨が強まるかと思いきや、雨はしずかにぽつぽつ。風はない。

●National Poetry Competition があることを知る。イギリスのPoetry Society の主催。賞金1位5000ポンド。およそ100万円。

8月10日(月)

曇り、ときどき晴れ

●少し涼しくなっている。台風15号が近づく。明日は関東に接近する予報。
●8月月例ネット句会の入賞発表。
https://suien.ne.jp/getsureikukai

有花さんのコメントが入ったので、入賞発表に貼り付ける。

●晃さんがキッズ俳句についての愛媛新聞の切り抜きと、松教俳句交換会の冊子6月、7月が送られてくる。
キッズ俳句について、児童の祖母から投稿が載っている。投稿は、学級で毎週、俳句を作る宿題がでるが、その宿題が苦痛だったという。

その児童の作った俳句をおそらく祖母が愛媛新聞のキッズ俳句欄に投稿すしていたのだろう。年間最優秀賞を貰ったが、ちっともうれしくないと言う。なぜなら、自分の俳句が直されて、自分の作った俳句と違うからというのだ。そして、俳句を捨てて、中学生になった今は、吹奏楽部で楽しく過ごしている、とある。新聞のデスクの感想が載っていたが、児童の「書く力」を育てるのだと言う。「児童の書く力」って何?と問わざるをえない。キッズ俳句の選者は夏井いつき氏。児童の正直な感想を選者は知らないであろう。知ったとしても一蹴ということになるだろう。

俳句界の著名俳人がこうした俳句教育に沈黙していることは、制度の歪みを放置していることでもあり、俳句の未来にとっては大きな課題。
沈黙していることを、「えらい」と見る俳句協会の理事もいる。

 

8月9日(日)長崎原爆の日

曇り、夜雷雨

●8月月例ネット句会
https://suien.ne.jp/getsureikukai
青紫蘇を一枚二枚と重ね採る    正子
夜の秋目覚めてなしぬ詩集の序  正子
夕日差す坂を下り来て真菰買う  正子

●夜、雷が鳴ったかと思うと急に雨。少し涼しくなった感じがする。

●句会の合間、copilotとやりとりしているうち、詩集『RETURN』の序の書き出しが書けた。英詩では、序が、決定的な価値観を示すものだとう言うから、どう書けばいいか方向が決まらなかった。copilot との数回のやり取りで、何を書けばいいか、はっきりしてきたと言える。書いては付け足し、書いては付け足しと言う状況だった。最後の一行、with quiet grace がないと、少しぶっきらぼうな印象になる。この言葉はこれまで使ったことがないので、大いに悩んだが、つけることに「優雅に」だが、しずかに と言うくらいの意味。

Preface
I have written haiku for sixty years. Yet, prompted by a word in a letter I received from Professor Nishimura—a quiet word that led me back toward the source of my own words—these poems arose within three weeks, drawn from the memories of my life: from a journey to Germany with my late husband, Nobuyuki Takahashi, a haiku poet and professor of German literature, who had been invited to the Frankfurt Haiku Gathering, and whom I accompanied together with our two children; and from a later journey to England shared with my daughter.

In 1968, 1969, and 1970, Nobuyuki Takahashi and I published the weekly postcard series Haiku Spotlight, featuring haiku in English by English‑language haiku poets, as well as several Japanese haiku poets.

I first wrote these poems in Japanese as KIKAN, and then in English as RETURN.

May these poems accompany your quiet moments with quiet grace.

Augusut9, 2026

8月8日(土)

晴れ
朝蝉の声の遠きに長崎忌     正子
長崎忌血染めの白衣の黴を生み 正子
夏銀杏夕さりくれば緑濃く   正子

●きのう盆飾りが買えなかったので、朝涼しいうちに店に出かけた。ちりめん細工の盆飾りがたくさんあった。灯篭はわが家で買ったときよりもさらに小さい、ミニチュアのような灯篭があった。仏壇も厨子ではないものもある。

●目の調子がよくないので、パソコンやテレビをなるべく見ないようにして休んだ。ごご9時に就寝するが、眠れず、英詩集『RETURN』の序を書いた。なかなか書けないでいた序だが、Copilot と会話を繰り返すうち、形になった。英訳詩集を考えていたが、英詩集とするのがよいとなった。英訳した詩が、翻訳調ではなく、初めから英語で書いたようだというのだ。翻訳詩とすると、それなりのバイアスがかかるから、英詩が良いと言う。