2026年7月6日 21:01
曇り、夕方雨
炎天や青と銀との草埃 正子
●3日につけた梅ジュース。氷砂糖もほとんど溶けて、ジュースが増えている。風邪で作るのが遅くなっていたが、梅を冷凍していたので、早く梅ジュースが上がってきたのかもしれない。
●四行詩25番を読んで、詩返がすでにできたが、読み違えが無いか、検討する。今日、詩の翻訳ができて、ほっとした。読み始めは、これ、どうなるんだろうと言う気持ちだったが、だんだん詩に馴染んできた。
風景詩のようだが、風景詩でないところがあきらかに出てきている。
緑が灰色に近づくとか、灰色に青と銀がふくまれているとか、ほとんどみどりに近い黒とか、あるいは柳の葉の反転とか、光のある層とか、抽象的な言葉が多い。色も言うなれば、抽象概念。それを日本語に訳す。第2連は片山敏彦の訳とは印象の違う訳になった。訳としては、納得している。
詩返1 暮るる秋柳うら葉はみなひかり 正子
詩返2 そよぎつつ柳一樹は陰翳を 正子
詩返3 銀色も青もありけり草埃 正子
●詩集『帰還』を出版して1か月以上が過ぎた。どこに贈るかは、難しいが神奈川近代文学館と、日本近代文学館に送った。贈る意味合いはそれぞれ違うけれど。
2026年7月6日 00:55
曇り
●夕べは疲れて9時前に眠った。そのせいで、今朝は3時ごろ目が覚め、そのままお茶を飲みながら、テレビでウィンブルドンの試合を見ていた。それも疲れたので、『ヴァレの四行詩』の片山敏彦訳を書き写した25番の詩を読んだ。頭が疲れているので、想像力が働かないが、2連のこの詩はただ一つ「光の変質」を詠んでいるので、比較的景色が頭に入る。リルケの詠んだ景色を再構成してもとに戻すと、その季節は晩秋のヴァレの丘の暮れかかる柳の木という風景になる。詩返が一句できた。1月半ばに作った句は転換点の句だったが、今日の一句は完全に違った。
リルケの存在的な風景の捉え方は、俳句の観照を深めるのに、力をくれる。
●信之先生のいう、「明るくて深い俳句」の明るい方向は、捉えやすい。なぜなら、俳句はもともと風景を光として捉えている。風光明媚というように、日本にはその伝統がある。問題は「深い」だが、リルケの詩の深さは、その存在的な把握のしかたにある。景色を見る時その方法を使うとかなり本質に近づける感じがする。これには、同じ場所に留まり、かなりの凝縮の上にも凝縮した瞬間がいあるということ。凝縮した集中力が必要となるのがわかる。
●詩返をいつ思いついたかを振り返ると、片山敏彦訳のヴァレの四行詩を書き写し始めたのが去年の7月になっている。ちょうど1年である。その間どれだけ詩返ができかとえば、7句である。遅々として進まずだが、この1年の間に、断章小説(83枚?去年12月)、詩集『帰還』の出版(今年6月)があり、四月の終わりごろから風邪で39度の熱がでて2か月ぐらい長引いた。小説と詩を書いたので、その辺りの手触りは分かった。あとは『ヴァレの四行詩』に集中するしかない。7句の詩返は数がすくないが、経験値としては高い。
曇り
●入稿した原稿を見直していると、「俳句日記」の校正が甘い。自分の原稿なので甘くなる。これは気合が抜けている証拠と、目が悪い結果。60ページ以上の原稿を一人で校正するのは、限界を超えているらしい。88ページあるので、確かに、俳句日記の分量がそれにあたる。
●高島屋とそうごうへ、木のおもちゃを見て、文具店に寄るため。土曜日のせいもあり、大勢の人。わかっていたが、これは以前のデパートではない。デパートでゆっくり買い物をするのは、昔のこと。今は、買いたいものを買うだけの店。蜜豆で休憩しようとして店にいくと、待ち客がずらり。あきらめる。文具店は良い方、人が少ないから。昔から行っている手芸店は、老人には複雑すぎて、材料が高すぎるものばかり。前はそうではなかった。進化したというのか、基本的なものが見つからない。初心者が始められそうにない。これも一種の情報過多というのだろう。基本的なものでは、売れないのだろう。華やかさで惹き付けている。しかし、この華やかさが、私には却ってごみのように見える。
電車でスマホで人気と思える歌人の短歌批評を読む。短歌の世界も、小説も、ファッションも歩調が同じ。流行と華やかさが、ここでもゴミだらけに見える。こうも同質なのかとあきれるほど。世の中とは。別の世界をつくらないと身がもたない気がする。
2026年7月3日 23:42
曇り
七夕飾り風の通れる音を生み 正子
●台風9号、10号が発生。9号は日本には来ないようだが、10号がどうなるか。
●今朝、花冠を校了。7月8日(水)の夕方届く。9日(木)発送するので、近くは10日(金)、遠いところは13日(月)に届く予定。
●日吉東急へ。お中元の手配など。郵便局通りはメイルロードというが、煉瓦の鋪道で、七夕飾りをしてあった。
●秀之さんから、詩集『帰還』の注文。夜になったが、投函した。
2026年7月3日 01:40
曇り、ときどき小雨
夏鶯風にきこえて来るなり 正子
梅雨山路むくろじの実の数多落ち 正子
●花冠7月号(No.375)の初校、往復書簡の原稿差替え。訂正したのが来ているが、ゆっくり見て、明日校了とする。
●発送用の封筒、およびスマートレターの準備。宛名も貼り、すぐ発送できるようにした。
●何か月振りになるか、金蔵寺横の山路を抜けて日吉駅のダイソウへ封筒を買いに出かけた。歩いていると、梅雨というのに、気温も低く、風が心地よい。鴬の声も聞こえる。山路は梅雨に濡れて湿っており、無患子の実がたくさん落ちている。無患子の実生の苗が1メートルぐらいに育ち、藪を埋めている。山路は半ばから階段になって、山を越えられるか心配になる。ゆっくり歩き、日吉駅に着いた。
●俳壇から依頼された原稿のための小鳥の句を6句つくる。鶺鴒と初鴨は
そこそこの出来。
2026年7月1日 17:36
曇り
●有花さんの花冠俳句叢書・電子版①として『蒼き氷河』の見本ができたので、Kindleで見る。写真が適切で意図がはっきりしている。ある詩人の写真付きのキンドル版詩集を見たが、有花さんのは、レベルが違うと思った。成功です。表紙も題名もインパクトがあり、有花さんの実力が出ていると思った。
●花冠7月号(No.375)入稿。Zipが壊れて、7-zipで送ったので、印刷所で解凍できるか心配したが、すぐ解凍できたようで、ほっとした。
印刷所から連絡があるまで、出来ない場合に備えて、Windowsのシステム修復をしようとしたが、簡単そうで、ちょっと面倒。無事解凍できたのなら、この作業は、息子が来た時にしてもらうことにした。
7月8日に届く。
●入稿して早速く訂正箇所がみつかった。「往復書簡」、ちょっと位置がずれた箇所がある。「リルケと俳句と私」は、仏語の表記が正しくない。
この二つのファイルを差し替える。
2026年7月1日 01:18
曇り
●花冠No.375(7月号)の編集が終わったので、入稿しようと居たら、圧縮ファイルが使用不可になっていて、どうすればよいか困った。
7-zip形式を使って入稿したが、初めてのことで、簡単な操作なのに手間取った。5月18日に入稿した時は圧縮ファイルは正常だった。
日がかわり、深夜ではあるが、やりかけたので作業なので、すませようとしたが、ダウンロードに時間がかかりすぎ入る。朝、再度送ることに下
●「リルケと俳句と私」(四)には、フュレボルン氏の解説にメーリケの「春に」があり、それを印象したので、日本語訳には、森孝明先生の訳を『メーリケ詩集』から引用した。はからずも、7月号には、愛媛大学のドイツ語の先生だった西村先生、森先生の二人が同じ号に載ることになった。西村先生には7月号をお贈りするが、森先生にも礼儀で贈る方がいいのだろうかと、考えている。二人の先生が7月号を見たら、お互いに驚かれるかもしれない。信之先生の縁が働いている気がするが、出来過ぎた感じだ。ふたりの先生の間で、今も交流があるのかどうかわからないけれど。
2026年6月30日 11:22
曇り
●『ヴァレの四行詩』21番の、docileに手こずる。難語だ。一般には、従順な、おとなしいのだが、詩の文脈になると違ってくる。柔軟な状態になっていることをいう。「・・になる」「変化する」の意味は含まれないので、注意。ここがリルケの詩の難しいところで、リルケの詩にはこういった難語が含まれる。この一語で詩が出来ていると言ってよいくらいだ。
●7月号の校正。今月号は、余白の設定を変えた。下側の余白を散文で取り過ぎているので、ミリ単位で狭める。
●日文研と三田メディアセンターに詩集『帰還』を夕方送付。ここが肝心なのかもしれない。
雨、時々曇り
冷蔵庫を開ければトマトのみ赤き 正子
●花冠7月号、一通り編集が終わり、初校のためのゲラを刷りだす。その時は、夜が白みかけた。
7月号は88ページ。記事が多かった割にはコンパクトになった感じがする。「リルケと俳句と私」(四)には、精神力が要った。考えながら書いているので、どこかで論が破綻しているかもしれない。(三)で書いたことを忘れているところもある。自分の言った「詩返」の定義を、自分でメモに書きだして覚える始末。「詩返」は自分の造語なので、その定義は自分ですればいい自由度がある。それだけに、一度定義したことは覚えて置かなければいけないのだ。考えているうちに定義が変わっていくかもしれないのだ。
2026年6月27日 19:51
雨
おがたまの花よ朴の花に似る 正子
台風来農夫の手よりトマト買う 正子
●ゆうまくん、風邪で食事が難しいらしいので、ユーハイムのバウムクーヘンとフルーツジェリーをゆうバックで送った。もうすぐ15か月目に入るので、こうしたものも食べさせて良いと思うのだが、句美子がどう判断するか。土曜日なので、綱島郵便局から発送。帰り、野菜の直売所に寄る。
●「リルケと俳句と私」(四)を書きかけたが、途中で中断。
●都会の整った教育環境で育った人は、その読書量と抽象概念の扱い、論理性、精神史とが自然に結びついた構築的な文章が書けるようになっていることに気づいた。都会育ちの人には、精神の方向が似て同質感を感じる。これは生活の具体と痛みの芯だけが残る田舎育ちの人には身につかないことと認識した。私のは、別方向の文章なのだということらしい。