曇り
背の高き薔薇を吹きけり秋の風 正子
●今朝は、この秋一番の冷え込み。気温は10度ほど。北海道からは、すでに初雪の便りも届いている。
●センター北へ元希くんへハロウィンのプレゼントを買いに出かけたが、いまいち。西松屋でゆうまくんに、初めてトミカのパトカーを買った。
其れで引き返し日吉の東急でバターケーキとフルーツチョコ、OKで「つがる」のリンゴジュースを買った。今日の内に荷造りし、明日午前中に送る。
●本棚の『西洋美術史』の本にクリムトの『ピアノを弾くシューベルト』がないか探したが無かった。もう一冊『鑑賞のためのキリスト教美術辞典』を見た。この本はなかなかいい本で時々読んでいるが、バベルの塔について書いてあるところを読んでいて、AIの暴走の話と重なるように思った。
>人間は石の代わりに煉瓦を焼き、漆喰ではなくアスファルトを使うようになる。技術や知識が増えた人間んは天まで届く塔をつくりだす。これは、神にまで到達できると考えた人間の高慢な思い上がりだった。大洪水で人間の悪いものは一層されたはずだったのに。神は人々の言葉をバラバラにして話が通じないようにする。混乱した人々は散っていきと塔だけが残る。(『鑑賞のためのキリスト教美術辞典』(視覚デザイン研究所著)<
人間ははじめ同じ言葉を話していたのだ。そして知恵や技術を積み重ね、傲慢にも天に届く塔をつくろうとした。AIも集積知、集合知と言えるのではないだろうか。たしかに神が言葉を分けたために、文化と言語は多様に豊かになった。ところが、コンピューター言語を使い世界中で言葉が繋がるようになっている。AIの開発者の中には、AIがAIを利用して暴走し、社会に深刻な影響を及ぼすことを危惧する人もいる。しかし一方で、AIは異なる言語を翻訳し、人々の理解を助ける方向にも働いている。現代は「再び一つになろうとする動き」がある。
一方で、世界では大雨による洪水や氷河崩落による災害も相次いでいる。人間は自然を制御できると思いながら、その前でしばしば無力である。バベルの塔の物語は、人間の思い上がりへの警告と言えるものだろう。しかし厄介なのは、誰も自分を思い上がっているとは思わないことである。社会はめまぐるしく進歩しているが、人間はもっと静かに心を落ち着けて暮らせないのだろうか。
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