10月2日(金)

曇り
餃子屋に熟れて栴檀の実の丸し  正子
刈られたる葛の蔓よりまた新芽  正子
足元に響いて朝の虫の声     正子

●昨日の天気はどこかへ。朝から曇り。URの団地の周囲を歩く。芝が刈られ、木は剪定されてきれいになっている。生い茂っていた葛の葉も刈り取られ、根元から新しい蔓が伸びはじめている。保育園のビオトープを覗く。ガマの穂とカンガレイが目立つ。小さい向日葵が種になったのや、咲残った花がそのまま。サツマイモ畑は、まだ掘り上げていない。もう少し太らせるのか。稲刈りのころ、さつま芋を収穫した記憶がある。昔は稲刈りはもう少し遅かったようなきがする。歩いたのは1kmほど。

●ゆうまくんに、お絵かき用の色鉛筆を書く。ドイツのステッドラーの6色。2歳からとなっている。円安のせいもあるのか、値段もいい。水で消せるし、滑りもいいようなので、大丈夫だろう。
ゆうまくん、この前自分のなまえを「ゆうま」と言っていた気がしたが、考えてみれば「ゆうちゃん」とか「ゆうくん」でもいいんだけれど、「ゆうまくん」になっている。

ついでに自分用に20枚のファイルを買う。本の編集記録や、印刷費、贈呈先、読者からの返事などをまとめておく。次の本を作る参照資料。箱に入れて整理したつもりだったが、分類した方法を自分が忘れていたりする。一目瞭然にする必要がある。

●午後、ヴァレの四行詩25番を訳す。片山敏彦訳とは、違って原詩に近い表現にしようと思っている。夏に西村先生から、翻訳についてのお考えをいただいている。先生の考えは、翻訳は日本語として自然か、社会に受け入れられるかなどが、考慮される。翻訳の昔からの問題だと言われる。それはそうなのです。私が今思うのに、現代の日本では抽象表現が受け入れられるようになっているのではないかと。抽象絵画など、抽象表現にも慣れている。それにコンピューター。これこそ抽象概念ではないか。
ヴァレの四行詩は原詩がフランス語。ドイツ語訳も併記されているので、比べてみると、ドイツ語ではリルケのフランス語をそのままドイツ語にしている。日本語があまりに違い過ぎることも問題なのだ。ドイツ語の訳を見ると、私の抽象的な訳が間違っているとは言えないと思った。途中で休憩してそのまま夜になって全然進まなかった。