曇り
ゆきゆきし花野の果てに水の音 正子
さ濁りて秋草くぐる山の水 正子
●午後、そごうに行った。買い物の用事を済ませたあと、ミュージアムショップに寄った。入口にスカーフのような紺の水玉のガーゼが1300円で売られている。私としてはめずらしく一桁間違えて読んでいた。13000円と。1300円なのにセンスがいい。ただ、ガーゼだからやすいのだろう。
今日は鈴木信太郎の画展があった。『白い服と黒い服の人形』『芍薬』の絵はがき二枚を買った。この画はそごう美術館の収蔵とのこと。人形の画は画集でよく見る。
ショップの本コーナーに、『北斎漫画』(1)(2)(3)が文庫で売られていた。『北斎漫画』はリルケが北欧へ旅行するときに携行しているので、買ってゆっくり見ようかなと思ったが、予算もあるので、買わなかった。それからもう一冊買いたい本があった。『西洋の伝統色』。こちらは、「リルケと俳句と私」(五)で書いている『ヴァレの四行詩』25番の色彩について考えるのに役立つと思うのだ。今日は買わなかったが、近いうちに出かけて買って来ようと思う。「フェルメール・ホワイト」という白があったし、非常に面白い。
●俳句人口が、増えているのか、減っているのか、統計的に明確な数字がないので、正確にはわからないが、結社とその俳句人口は減っている。都道府県統計によると、俳句に限らず、小説、短歌、詩をふくめての創作人口は横ばいか微増。年度は忘れたが、最近の統計で見た結果では、都道府県で創作人口割合が高いのは東京を抜いて神奈川が1位、3位は京都となっていた。順位は確定できるものではないだろうが、鎌倉文士の土地柄もある。湘南は文学を生みそうな気配があり、横浜の外国と混交した文化は、創作の自由度を広げている。
俳句の中心を担う人口は徐々に減っているが、俳句経験者、つまり、潜在俳句人口は増えている。この潜在人口が将来どうなるのか。俳句の未来予測は、悲観的でも、楽観的もない状態なのではないかと思う。将来、何かよくわからない状態で俳句があるのではないかと思う。おそらく、広い裾野は裾の野で、別世界。裾野とは関係なく、距離を置いて、精鋭が現れるかも知れない。このとき、広い裾野があるから、精鋭が現れたなんて短絡的な言い方は、決してしないようにして欲しいものだ。精鋭とはなま易しいものではない。生来のセンスと力量と孤が立つ必要がある。裾野からは出にくい人であろう。