NEW9月4日(木)

曇り

●ブログのヘッダーのキャッチ画像を新しくしてもらう。そのお知らせのため、ネット短信No.468を発信。新しい画像は、水彩画風の淡い画像。基調の色はこれまで通り。これで一年間通す。
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●横浜のそごうでお返しの品を送る予定だったが、体調があまりよくないので、東急アベニューにで済ませた。手紙を書いたが来週になるので、品物の方が早く届く予定。仕方がない。

●『世紀末ウィーンの知の光景』の第5章の続きを読む。書かれていることの事実内容よりも、それをどう受け取ったかという著者の精神の動きを読む感じに次第になってしまっている。学術書なので、網の目の様に事実と理論を積み重ねている中の隙を縫って著者の精神を追っている。そうすると、先生が、なぜ、髙橋正子の俳句日記や、「リルケと俳句と私」の拙文を読まれるのか、という疑問が解ける感じがする。とは言っても、それは、正解がわからないせいしつのものなのだ。
もし、精神をすっかり、あずけてもよさそうだとも思える精神に会えたら、いっさい預けて、私は精神のない一枚の羽になって、宙に吹かれる。一度、自分から精神を失くしてみたいのだ。どうだろう。軽くなってみたい気がする。子どもの時から、自分の精神は自分で立ててきた思いがする。少し、疲れた。