曇り
Autumn hanging blind
letting light spill,
like water.
秋簾もるる光の水めきて 正子
Morning after
the farewell fire in rain,
a cicada’s voice.
送り火を焚きし夜明けて蝉の声 正子
●小切れで栞を作る。3枚作ってみた。簡単なものなのだが、幅と長さをどうするか。柄によって、幅と長さを変えるか。栞に房をつけるか、つけないか、どこを縫い残して返し口を作るとよいか。手縫いの感じを残すために、わざと縫い目を見せるか、など。たかが栞、されど栞。結構無頭赤しい。単独とよくても、本に挟んだときの印象が問題。2枚は可愛い柄、一枚はモリスの柳の枝。これは柄が横にした取れない。これで、夕方の2時間取られた。
●昼におでん風の煮物、おでんではない、を作っておいたので、夕飯は、そんなものや、もろきゅうで済ませた。牛乳寒天、杏仁豆腐風を作った。久しぶり。少し涼しくなったので、家事がしやすくなった。
曇り、のち雨
It’s time
for the farewell fire —
Rain falls hard.
送り火を焚く刻なりぬ雨はげし 正子
●きょうから発行所の夏休み。
秀之さんが、『蒼き氷河』と、拙著『帰還』への感想を書いてくれる。
普段、詩とは縁がないかもしれないが、「俳句的観照」ということで、
俳句をつくるひとたちにも、手に取りやすくなっているのでは、と思う。
●送り火は焚けないので、蝋燭を灯して、代わりにした。来年はLED
のきれいな蝋燭を買うつもり。LEDの小さい蝋燭は買っているが、そういうのではなく、きれいなもの。
●夜、ウィーンフィルと、ベルリンフィルの野外コンサートを聞いた。小切れや裁縫道具を整理した。レース糸があったので、パリのクロシェレースの本で10センチ円のドイリーを編みかけた。糸は40番。夏休みとなると、ゆっくりできる。
●NPCの応募する詩3篇を今日も推敲。行分け、間の取りかたが、どうしても俳句の間や余白になっている。呼吸も俳句の呼吸になっている。
英詩を書いたのは、日本人には理解してもらえないので、英詩を書いたのだが、思わぬところで、俳人であることから離れることができなくなっている。非常に日本的であるということ。これが、日本人には理解されない現実をどう受け止めるのか。日本人が日本人らしくなくなっているのかも。それとも、文学で日本人と言う時、どの層を指していうのか、きになるところ。今の俳句は文学の層ではないと言えるのかもしれないのだ。
●きのうは、南仏プロバンスの柄の小切れを買ったが、モリスの余布、それも小切れだが少しある。それを何にしようかと頭を巡らした。布のしおりがいいのではないかと、思った。いちご泥棒の黒地には、黒の刺繍糸で房を。柳の枝に図柄には、灰色が買った緑をなどと考えた。ネットでみるが、どれもいまいち。多分、柄が本に合っていないせいだろうと思う。
ブックカバーも、気に入っのは、なかなか見つからない。その本に合っていなくて、かわいいとか、配色がいいとか、ブックカバー単独でデザインされたものがほとんど。