7月6日(月)

曇り、夕方雨
炎天や青と銀との草埃  正子

●3日につけた梅ジュース。氷砂糖もほとんど溶けて、ジュースが増えている。風邪で作るのが遅くなっていたが、梅を冷凍していたので、早く梅ジュースが上がってきたのかもしれない。

●四行詩25番を読んで、詩返がすでにできたが、読み違えが無いか、検討する。今日、詩の翻訳ができて、ほっとした。読み始めは、これ、どうなるんだろうと言う気持ちだったが、だんだん詩に馴染んできた。
風景詩のようだが、風景詩でないところがあきらかに出てきている。
緑が灰色に近づくとか、灰色に青と銀がふくまれているとか、ほとんどみどりに近い黒とか、あるいは柳の葉の反転とか、光のある層とか、抽象的な言葉が多い。色も言うなれば、抽象概念。それを日本語に訳す。第2連は片山敏彦の訳とは印象の違う訳になった。訳としては、納得している。
詩返1 暮るる秋柳うら葉はみなひかり 正子
詩返2 そよぎつつ柳一樹は陰翳を   正子
詩返3 銀色も青もありけり草埃    正子

25番の詩は、リルケの色彩の捉え方が現れて、3連はむずかしい。片山敏彦の訳は、原文の方向と違い、心理的、情緒的な詩として読み替えられているので、翻訳の参考にはならない。むしろ頭が混乱する。片山訳を離れて、自分で考えるしかない。かなり難しいことになった。
25番は、色が観念的に捉えられているので、これは、ドイツ的と言えるのだろう。日本人には苦手な思考だと思う。

つまり、次のようなことなのだ。
25番の色は、風景の色ではなく、観念の色。つまり、色=世界の構造の一部 色=存在の層 色=視線の作用 色=時代の力という、 ドイツ語圏の哲学的な色彩観。
日本語の「色」は、 自然・季節・情緒と結びつきやすいですが、 リルケの色はまったく違う方向。

片山訳は、色を風景の情緒をとして詠みかえている。リルケは観念的、哲学的、存在論的に、色を捉えている。これは日本時には、難しい捉え方だと思う。リルケの色彩論で小論が書けそうなくらいだ。

リルケの色彩論」の序章になっています。
色は観念である
色は世界の構造である
色は存在の層である
色は視線の作用である
色は時代の力である
日本語の色感覚とは方向が違う
片山訳は情緒へ変換してしまう
原文は哲学的・存在論的である

●詩集『帰還』を出版して1か月以上が過ぎた。どこに贈るかは、難しいが神奈川近代文学館と、日本近代文学館に送った。贈る意味合いはそれぞれ違うけれど。

7月5日(日)

曇り

●夕べは疲れて9時前に眠った。そのせいで、今朝は3時ごろ目が覚め、そのままお茶を飲みながら、テレビでウィンブルドンの試合を見ていた。それも疲れたので、『ヴァレの四行詩』の片山敏彦訳を書き写した25番の詩を読んだ。頭が疲れているので、想像力が働かないが、2連のこの詩はただ一つ「光の変質」を詠んでいるので、比較的景色が頭に入る。リルケの詠んだ景色を再構成してもとに戻すと、その季節は晩秋のヴァレの丘の暮れかかる柳の木という風景になる。詩返が一句できた。1月半ばに作った句は転換点の句だったが、今日の一句は完全に違った。

リルケの存在的な風景の捉え方は、俳句の観照を深めるのに、力をくれる。

●信之先生のいう、「明るくて深い俳句」の明るい方向は、捉えやすい。なぜなら、俳句はもともと風景を光として捉えている。風光明媚というように、日本にはその伝統がある。問題は「深い」だが、リルケの詩の深さは、その存在的な把握のしかたにある。景色を見る時その方法を使うとかなり本質に近づける感じがする。これには、同じ場所に留まり、かなりの凝縮の上にも凝縮した瞬間がいあるということ。凝縮した集中力が必要となるのがわかる。

●詩返をいつ思いついたかを振り返ると、片山敏彦訳のヴァレの四行詩を書き写し始めたのが去年の7月になっている。ちょうど1年である。その間どれだけ詩返ができかとえば、7句である。遅々として進まずだが、この1年の間に、断章小説(83枚?去年12月)、詩集『帰還』の出版(今年6月)があり、四月の終わりごろから風邪で39度の熱がでて2か月ぐらい長引いた。小説と詩を書いたので、その辺りの手触りは分かった。あとは『ヴァレの四行詩』に集中するしかない。7句の詩返は数がすくないが、経験値としては高い。