『リルケと俳句と私』(四)

ESSAY©髙橋正子
『リルケと俳句と私』(四)

リルケの四行詩を俳句と関係づけて語るには、まず私自身が俳人であり、同時に詩人であることを静かに認めなければならない。俳句的観照による詩集『帰還』(二〇二六年六月刊)を書いた経験は、私の言葉の根源を確かめる契機となった。リルケの四行詩を読むことは、俳句の根に触れ直すことでもあった。短い詩形のなかで、沈黙と光が交錯し、風景が外界ではなく内面の深みに沈んでいく。その動きを俳句の呼吸で受け止めようとするとき、私は自分の言葉の源泉にもう一度手を触れていると感じる。

前号「花冠」三七四号(一月号)には、『ヴァレの四行詩』五篇に対する私の詩返として、五句の俳句を提示した。それらは片山敏彦訳への応答であり、原詩への応答ではなかったが、訳詩に向けて俳句を作るとどのような手触りになるかを確かめる必要があった。「詩を返す者の気韻がどの程度現れるか」確かめたのである。

リルケの詩に対して詩返がどのようにして生まれるかをここで見てみたい。まずは、原詩を精密に読むことが欠かせない。リルケの詩を読むときの姿勢はどうあるべきか。片山敏彦氏の翻訳詩への詩返を書いた後に、『Les Quatrains Valsisans/Die

Walliser Gedichte』(RAINER MARIA RILKE/ars vibendi)というフランス語の原詩とドイツ語訳の詩が併記されている本を手にすることができた。この本に、ドイツ近代文学、とりわけ、リルケ後期の作品の研究者であるウルリッヒ・フュルボルン氏の解説があり、四行詩の本質と読み方が、俳句の観照と深く響き合う形で示されていた。メーリケやヘルダーリンと言った詩人の抒情詩を読んできた、また、リルケのほかの詩を読んできたドイツ人には、『四行詩』は、馴染のない読み方を要求するため、注意が必要だと言うのである。

私は俳句を読むとき臥風先生から「本人(の身)になって読む」方法を教わり、それを六十年近く実践してきた。その姿勢は、リルケの詩を読むときも引き継がれている。では、リルケの詩に身を置くとはどういうことか。俳句が生まれる瞬間の身体は、五感、呼吸、沈黙に深く関わっている。その身体性をリルケの詩の内部にそっと重ね、共振させることなのである。

次に、詩返を成立させる主な要素として、次の三点があげられる。日本的な「見る」の姿勢である「観照」が必要であり、同時に象徴化のために、リルケ的な「見る」が必要である。呼吸としての言葉は、俳句の「点」としての時間の集中化が必要である。これらは、俳句の深い技法と精神の延長線上にあるもので、偶然の産物ではなく、俳句の道を進んで行けば必然的にたどり着くところのものである。

リルケの詩を読む姿勢について、ここでは私自身の方法を述べたい。『ヴァレの四行詩』二十一番を取り上げ、原詩にできるだけ身を置きながら、詩返がどのように生まれ、どこへ向かおうとしているのかを見極めたい。

(一)『ヴァレの四行詩』二十一番について
 『ヴァレの四行詩』二十一番の詩から感じ取れる重要なことは、冬の季節感である。それは、冬の季節のもつ「明るさと透明感」、およびその逆の意味を負う、厳しい寒さや、暮れ行く日の早さからくる「不安」であろう。リルケは冬とは名指ししないが、たしかに冬の季節の本質を感じていると私には思える。

(テキストは、『Les Quatrains Valsisans/Die Walliser Gedichte』(RAINER MARIA RILKE/ars vibendi))

《詩返》
風落ちて冬夕焼けの金ふくみ 正子 

21

Après une journée de vent,
dans une paix infinie,
le soir se réconcilie
comme un docile amant.

Tout devient calme, clarté…
Mais à l’horizon s’étage,
éclairé et doré,
un beau bas-relief de nuages.

二十一

風の一日が過ぎ、
かぎりない静けさのなか、
夕暮れがほどけていく
心やわらかな恋人のように。

すべてが しずかに 明るく
変わっていく…
水平には層を重ね、
光りに縁どられた、金いろの
うつくしい雲の 浅彫のレリーフ。
(正子訳)

第四行目の「comme un docile amant」(心やわらかな恋人のように)は、男性名詞 soir(夕暮)を受けて、男性の恋人を示している。この恋人像は「穏やかな人」を思わせる。そして「夕暮が和解する」という動詞と結びつくことで、風の吹いた一日のあとに訪れる、夕暮れが世界に調和し、そっとほぐれていく気配が立ち上がる。
リルケはしばしば、自然を「人格をもった存在」として描くので、夕暮れが、相手にそっと身を寄せる恋人のように、静かに沈んでいくニュアンスが受け取れる。

また、詩行が amant の鼻音の開放音で終わる、その柔らかい響きには、捨てがたい味わいがある。

docile は、この詩の核心に置かれた語である。片山敏彦訳の「おとなしい」は抑制のきいた訳語だが、原語が示すのは、性質としての静けさではなく、関係の中でしなやかに応じてゆく柔らかさである。

 seが使われ、この詩には再帰用法が二か所に使われている。これも自然の変化が自ずからの変化を意識させているのではないかと思われる。

第二連の「calme, calme, clarté… 」の意味は、「すべてが静かになり 明るさになる」。静けさが深まることで、かえって世界が透き通り、ものの輪郭が明るく見えてくるという感覚。夕暮れの「光が弱まる=暗くなる」ではなく、静けさが世界を照らすように、明るさが生まれるという逆説的な表現で、精神的な「明るさ」を意味している。外界の光ではなく、心の内側に生まれる明るさなのである。

第二連は不安を予感させている。その静けさと明るさの中に、地平線の上に積み重なる「金色の低い雲」が現れ、 どこか重く、 低く垂れこめ、 光を受けて不気味に輝く不穏な前兆を帯びている。つまり第二連は、一日の終わりの静けさ、 心の明るさ、その奥に忍び寄る、説明しがたい不安や影を同時に描いている。「美しさの中に潜む不安」「静けさの奥のざわめき」と言える感情であろう。

このように詩を解釈した後に残るのは、冬を思わせる季節感だ。その理由を見てみると次のようになる。
風の吹いた一日の後に」は、冬の風は、秋の風よりも鋭く、吹き荒れたあとの静けさは格別に深い。
吹き荒れた後の静けさ」は、冬の夕暮れの質感に近い。
「限りない平穏」「すべてが静かになり」は、冬の夕暮れは、音が吸い込まれたように静まり返り、冬の空気の密度に似ている。
明るさになる」は、冬の夕暮れは、光が弱まるのに、空気が澄んでいるためにかえって明るく見える瞬間がある。これは夏や秋にはあまりない、冬特有の「透明な明るさ」である。
「低い金色の雲」は、冬の雲は低く、光を受けると金色に輝くことがあり、その美しさの奥に、どこか冷たさや不安が潜むのも冬の特徴。これは冬の厳しい寒さと暮れ行く不安が暗示されている。

冬の夕暮れがもつ「美しさと不安」。冬の夕暮れは、 透明で、 静かで、 美しいのに どこか不安を含んでいる。静けさと明るさの中に、何かが始まるのか、終わるのか、わからない気配が漂っている。これは冬の夕暮れの精神的な質感と非常に近い。冬の夕暮れにだけ宿る「静けさの明るさ」は、外界の光ではなく、心の奥に生まれる明るさである。弱まる光と澄んだ空気が重なり、世界がいったん沈黙に包まれたのち、内側からほのかに照らされるような感覚――この精神的な明るさは、他の季節には生まれず、冬だけがもつ固有の質である。リルケの詩が描く明るさの逆説は、この冬の精神的光にもっとも近い。
こうして詩返の要をなす、冬の季節としての季語「冬夕焼け」が立ちあがるのである。そして詩返の一句はその気配に応えるために生まれたのである。
では、詩返の句が、リルケの二十一番の詩に応えているかを、シンプルに見ると、次のようにまとめられる。
詩返の一句は、冬夕焼けに固有の「美しさ」と「不安」が同時に立ち上がる「一瞬の構造」を、意味ではなく、俳句の形式(構造・音響・語義・余白)によって再現することで応答している。

(二)フュレボルン氏の解説から思うこと
 フュレボルン氏は、『ヴァレの四行詩』を「風景の再現ではなく、精神の変容を描く詩」として位置づけている。風景は外界の出来事ではなく、詩人の内面に沈み込み、そこで新しい形象として立ち上がる。彼によれば、ヴァレの山々や雲や塔は、単なる自然の描写ではなく、リルケの精神が“世界内面空間(Weltinnenraum)へ向かうときの媒介であり、風景はその通路として働く。この指摘は、俳句の観照と深く響き合う。俳句においても、風景は外界の写生ではなく、心の深みに触れた瞬間の「形象」として立ち上がる。季語は、その形象を支える象徴の核である。

フュレボルン氏は、四行詩の短さを「凝縮された精神の運動」と呼ぶが、これは俳句の十七音がもつ「垂直の時間」と同質のものである。リルケが四行詩に託したものは、俳句が季語に託してきたものと、どこかで重なっている。

四行詩の読解を重ね、フュレボルン氏の解説に触れたとき、詩返という営みが、単なる私的な試みではなく、俳句の深い伝統と、リルケの精神の奥底が交わる場所に立ち上がるのだと感じ始めている。詩返は、詩を説明することでも、翻案することでもない。詩の呼吸に触れ、その呼吸が自分の内部に沈み込むとき、俳句として立ち上がる「もうひとつの形象」である。

俳句は、季語という象徴の核をもち、世界を一瞬のうちに凝縮する。四行詩は、短い詩形のなかに、精神の垂直の運動を刻む。この二つが交わるとき、風景は外界の描写を離れ、内面の深みに沈み込み、そこで新しい光を帯びて立ち上がる。詩返とは、その光を、俳句の呼吸で受け止める行為である。りルケが「世界内面空間」と呼んだ場所は、俳句における「今」の一点と響き合う。時間が流れとしてではなく、垂直に立ち上がる瞬間。風景が外ではなく、心の奥で形象となる瞬間。その瞬間に触れたとき、俳句は、四行詩の抽象性を季語の象徴性で受け止め、詩の精神を別の形式へと移し替えることができるのである。

詩返の一句は、詩の意味を言い換えるのではなく、詩の光景に触れ、俳句の呼吸で応えることで生まれる。それは、詩と俳句のあいだに一瞬だけ開く「精神の開き」であり、その開きを通して、詩の光が俳句へ、俳句の呼吸が詩へと移る。俳句が世界文学と対話するための、ひとつの可能性と思われるのである。
また、フュレボルン氏が強く主張するのは、四行詩における主語の不在である。その説明のために、まず、ドイツ後期ロマン派の詩人メーリケの「春に」を引用する。詩の冒頭には、はっきりとich(私は)が置かれている。
Hier lieg’ ich auf dem Frühlingshügel:
(※hier が文頭に来るための語順の転倒であり、意味上の主語はichである。)

この「ich」は従来の抒情詩がまず主体としての「私」を提示し、そこから世界を感じ取っていくという古い構造を象徴している。詩は「私」から始まり、「私」が風景を受け止める。ロマン派の抒情詩の基本的な姿である。

少し横道に反れるが、この行を日本語訳で読むと、主語は消えてしまう。
この春の丘にねていると
(『メーリケ詩集』森孝明訳・三修社)
日本語では常態的に主語が省略される。俳句では主語はほとんど省略される。現代俳句では、省略された主語は作者と見なされるのが通例である。したがって、この訳行は、文法的に主語を欠いているように見えるが、意味としては、継続の意味の動詞が、暗黙に主体を呼び込んでしまうので、主語の完全な喪失とは言えない。日本の詩が必要とする日本語の構造上、主語の欠落の形をとっているだけである。これはリルケの四行詩の主語の不在とは別の次元である。

フュレボルン氏が語る「主語の不在」は、こうした文法的な省略のことではない。リルケの詩における主語の不在は、もっと深い層で起こっている。先に見たように、日本語の主語省略は、言語構造がもつ常態であり、文法的な省略にすぎない。これに対してリルケの主語の不在は、主体そのものを詩の場から退け、風景や物が自律的に立ち上がるための、存在論的な転換である。つまり、主語の欠落という同じ現象が、言語の構造によるものか、詩の存在のあり方によるものかという、まったく異なる二層で起こっている。
リルケは一九〇七年の『新詩集』においてすでに主語を退けている。ロダンのもとで学んだ「ものの見方Sehweise)」が、詩の視座を「私」から離し、風景や物そのものが主体化する方向へと導いたのである。

つまり、リルケの主語の不在は、俳句の影響によるものでもない。リルケが俳句と出会うのは一九二〇年であり、主語の消失はそれよりずっと前に始まっている。主語を消すという行為は、リルケ自身の詩学のなかで必然的に生まれたものであって、俳句の模倣ではない。

メーリケの「春に」の第一行にある ich は、身体の位置を示す主語である。リルケの四行詩では、その身体の位置さえ消え、風景そのものが静かに立ち上がる。主語の不在とは、文法の問題ではなく、詩の存在のあり方そのものの変化なのだ。
このように、リルケの『ヴァレの四行詩』はリルケの詩のなかでも特別な位置にあると言えるのである。

『ヴァレの四行詩』を読み、詩返の一句が生まれるまでの過程をたどっていると、私は次第に、リルケの詩の内部に流れている「もうひとつの時間」に触れつつあることを感じ始めている。風景は外界の出来事ではなく、内面の深みに沈み込み、そこで新しい形象となって立ち上がる。その形象に俳句で応えるとき、言葉は、詩と俳句のあいだに一瞬開く精神の領域を移りあう。私はリルケの短い詩に応答する俳句を「詩返」と名付け、その定義を「詩に触れた感興から生まれた俳句であり、単なる解釈や共鳴ではなく、詩との倫理的・詩的対話を志向する応答のかたちである。」とした。そして、「届かないものへ」それでも「魂を届けようとする」俳人の試みと言った。これはそもそも詩の本質であるのだが。

リルケ晩年の詩が抱える沈黙の明るさは、信之先生がめざした「明るくて深い現代語の俳句」と同じ一点に触れている。それは、光が外界を照らすのではなく、沈黙の底から立ち上がる精神の明るさである。外界の風景が内面へ沈み込み、そこで新しい形象として立ち上がるという運動は、リルケの四行詩にも、信之先生の俳句にも共通して流れている。信之先生が俳句でめざした「明るくて深い現代語の俳句」が姿を現して来るように思えるのである。

1月30日(金)

晴れのち曇り
寒さというより、冷たさが厳しい。出かけないで、一日炬燵にいて、仏語の練習と「ヴァレの四行詩」21番を書き写し、読む。

リルケの『ヴァレの四行詩』21番の訳詩を書き写す。ネットに原詩にあったので、以下に引用する。著作権は切れているので、大丈夫。この詩から感じ取れる一番重要なことは、冬の季節のもつ「明るさと透明感」とその逆の意味を負う冬の厳しい寒さや暮れ行く日の早さからくる「不安」であろう。リルケは冬とは言わないが、たしかに冬の季節を感じ取っていると思われる。

この詩への詩返
風落ちて冬夕焼けの金のいろ 正子

21
Après une journée de vent,
dans une paix infinie,
le soir se réconcilie
comme un docile amant.

Tout devient calme, clarté…  (devenir ゆっくり変わる)
Mais à l’horizon s’étage, ( s’étage, 再帰動詞段々になる)
éclairé et doré,
un beau bas-relief de nuages. (bas-relief 浅浮彫り)

◆「おとなしい恋びとのように」とあるが、amant(恋人)に男性名詞につけられるun がついている。夕暮をそのように表現したと思う。必ずしも名詞の性に捉われることはないと思う。ただ、夕暮に一致させたと思う。ここでの「おとなしい恋びと」は、激情をぶつける恋人ではなく、相手の前で静かに和らぎ、心を開き、そっと寄り添う恋人。夕暮が「和らぐ」という動詞と結びつくことで、 風の吹いた一日のあとに訪れる、 ほっと息をつくような、 相手の存在によって静かに落ち着いていく、そんな「控えめで、優しく、相手の気配に寄り添う恋びと」の像が浮かびます。こう読めばamantは女性として読めるが、ここは日本人の感覚ではむずかしい。リルケはしばしば、自然を「人格をもった存在」として描くので、夕暮れが、相手に身をゆだねて柔らかくなる恋人のように、静かに沈んでいくというニュアンスと受け取れる。
seが使われこの詩には再帰用法が2か所に使われている。これも自然の変化が自ずからの変化を意識させているのではないかと思う。

◆第2連の「calme, calme, clarté… … 」の意味は、「すべてが静かになり 明るさになる」。静けさが深まることで、かえって世界が透き通り、ものの輪郭が明るく見えてくるという感覚。夕暮れの「光が弱まる=暗くなる」ではなく、静けさが世界を照らすように、明るさが生まれる
という逆説的な表現で、精神的な「明るさ」を意味している。外界の光ではなく、心の内側に生まれる明るさ。

◆第2連は、不安を予感させている。
その静けさと明るさの中に、地平線の上に積み重なる「きんいろの低い雲」が現れ、 どこか重く、 低く垂れこめ、 光を受けて不気味に輝く不穏な前兆を帯びている。
つまり第2連は、
一日の終わりの静けさ、 心の明るさ、その奥に忍び寄る、説明しがたい不安や影を同時に描いている。「美しさの中に潜む不安」「静けさの奥のざわめき」。

このように解釈した後残るは、冬を思わせる季節感だ。その理由を分析すると次のようになる。
●「風の吹いた一日の後に」
冬の風は、秋の風よりも鋭く、吹き荒れたあとの静けさは格別に深い。
その「吹き荒れた後の静けさ」は、冬の夕暮れの質感に近い。
●「限りない平穏」「すべてが静かになり」
冬の夕暮れは、音が吸い込まれたように静まり返り、冬の空気の密度に似ている。
●「明るさになる」
冬の夕暮れは、光が弱まるのに、空気が澄んでいるためにかえって明るく見える瞬間がある。これは夏や秋にはあまりない、冬特有の「透明な明るさ」である。
●「低い金色の雲」
冬の雲は低く、光を受けると金色に輝くことがあり、その美しさの奥に、どこか冷たさや不安が潜むのも冬の特徴です。これは冬の厳しい寒さと暮れ行く不安。
◆冬の夕暮れがもつ「美しさと不安」
冬の夕暮れは、 透明で、 静かで、 美しいのに どこか不安を含んでいる。静けさと明るさの中に、何かが始まるのか、終わるのか、わからない気配が漂っている。これは冬の夕暮れの精神的な質感と非常に近い。