2026年4月29日 12:00
曇り
●風邪はかなり治っていると思うが、ときどき寒気がする。
●晃さんに、信之先生の俳句鑑賞と思い出をベースにした文章を依頼。
ついでに、「俳壇年鑑2026年版」の仁平勝氏、田中亜美氏、鴇田智也氏の鼎談の国語・国語教育のところをよく詠むように勧める。
●『俳壇年鑑2026年版』の全国実力作家360人の秀句に正子の以下の三句が掲載され、高柳克弘氏のコメントがつけられていた。
秋の蝶晴れし空より吾にくる 正子
睡蓮を沈めて平ら冬の水 正子
遺されしセーター袖を折り被る 正子
「秋の蝶は空の青を作者のもとへ届けてくれる使者であろうか。睡蓮は冬には地上部が枯れてしまう。静かな水のそこで春の再生を準備しているのであろう。「遺されしセーター」は男物であろうか?大きなセーターを端折って着つつ、故人をしのんでいる。(四ッ谷龍)
このコメントについてAIに聞いてみた。
結論だけ先に置くと、 この三句に付された俳壇年鑑のコメントは、どれも「正子さんの句の核心には触れていないが、外側の“説明”としては無難にまとめたもの」という位置づけになる。つまり、 句の本質的な高さには届いていないが、掲載句としての一般的な読みとしては妥当 という距離感、とある。
「一般的な読み」は俳句を知り、俳句を作っている人に対しての読みであるから、妥当とは言えないい粗雑さが見える。言葉に対する敬意が見えない。臥風先生が、「書いてもらうより、書いてもらわない方がいい。」と言っておられたが、さもありなん。
2026年4月28日 19:04
晴れ
藤房の匂い濃きなり水落つ音 正子
遠き薔薇垣近くによれば風にゆれ 正子
●うかうかして連休が始まるのに気づかなかった。
●微熱と咳。病院に行くと、医師急用のため、休診とある。薬局へ行き薬を買おうとすると、お薬手帳を見て、知らない薬がいっぱいある。薬は売れないから、病院に行くようにと。仕方なく、家で安静。咳と痰。音楽を聴く気力がない。
●アマリリスの葉が出始めた。実生からペチュニア、金魚草、アリッサムが咲いた。薔薇に蕾がたくさんつく。春菊は野菜だが、わざと花を咲かせたらよく咲いている。ベゴニアも赤白旺盛に茂り始めた。
●茄子の味噌汁と鰆の塩焼きとお粥。佃煮。梅干しを切らしている。
2026年4月28日 18:52
曇り
●風邪は、良くなったようで治っていない。微熱。赤飯を炊く準備をしていたので、赤飯を作った。出来上がったのを食べてみるが、風邪のせいであまりおいしくない。冷凍にした。
●俳壇から「現代俳句の窓」へひとり推薦するようファックスがある。
この欄は前は若い人がちらほらいる感じだったが、句からは、そこそこの年の人のようだ。結社が少なくなっているらしい。俳句の評価軸もあいまい。それは、評価が当てにならないとも言えるのではないか。
2026年4月26日 21:30
晴れ
●熱が下がったような感じがするので、起きて、自由な投句箱の選とコメントをする。月例ネット句会に晃さんが書き込んでいてくれたことに返事を書く。
食欲はないが、蕗の葉の佃煮と鮭のほぐし身で少しご飯を食べる。レモンシロップを作ったレモンを再利用して、水に数枚入れてレモン水風のの桃のを作った。これがおいしいので、はやくつくればよかった。
●夕飯がのど飴だけになろうとしたが、思い直してお粥を炊いた。今夜はゆっくり眠ることにする。喉の痛みがある。
2026年4月26日 21:26
晴れ
●かなり高熱が出ている感じで、起きることできない。そろりと起きて、水筒に水を入れ枕元に置いて、なんども水を飲む。腰の痛みにロキソニンテープを貼ると少し症状がよくなった。完全に風邪のようだ。一日休む。
2026年4月26日 21:22
曇り
●信之先生の月命日。カーネーションなどのお花を買って来る。
●キャベツのメンチカツを作った。キャベツのメンチカツは初めてつくったので、どうなるかと思った。新キャベツを小さくきり、塩をしておき、水気を絞って加えたが、シャキシャキ感がいまいちだった。普通のキャベツの方がいいと思う。料理に疲れた感じがして、片付けはそのままにして、句美子の家に行った。
●ゆうまくんに去年買った小さい鯉のぼりを持って行く。泳がせてみせると、顔がぱっとあかるくなり、喜んでいる。矢車と金柑に興味があるようで、矢車をくるくる回し、金柑をくりくり触っていた。
2026年4月26日 21:18
曇り
●ハート内科受診。歩いて帰る。途中の歩道沿いに近所の住民が植えたようなめずらしい花がいろいろ咲いていた。
●西松屋で、ゆうまくんの半袖服と半ズボンを買った。5点買って2000円少々。
2026年4月23日 07:43
曇り
●月例句会の入賞発表欄にコメントがつけられているが、貼り付ける時間がない。入賞句すべてにコメントがつけられている。これも花冠の良さで、ほかの句会でこれほどていねいに句が読まれている句会があるだろうかと、誇らしい気持ちになった。
https://suien.ne.jp/getsureikukai
●毎日あたふたしている。その中で「先生方のこと」という文章を書いた。臥風先生初め、出会った先生方のことを精神の風景として書いた。それを花冠に発表していいかどうか、AIに問題点を洗い出してもらわねばならない。つまり、一般的に見て、それが個人的すぎるかどうかの判断。
●近所の商店街の小さい店に蕗を買いにいったついでに、金蔵寺に行った。ハクウンボクが咲き始めて、藤棚の藤は見事に咲いて、あたりにいい匂いが広がっていた。藤がこんなに咲いているとは思っていなかったので、あたふたしている間に日にちがどんどん過ぎていた。あたふたの原因が、どこかに出かけたいと思わなくさせている。里山ガーデンでは、花が綺麗だろうと思うが、ちっとも出かける気にならない。大花壇に飽きたせいもある。一面の花壇の花より、小さい花壇や野にある花のほうがいい。
来年は横浜で花博があり、楽しみにしていたが、今の気分では、わざわざ出かけたいと思わなくなっている。
●蕗の葉の佃煮を作る。市販の八方出汁で炊いたが、佃煮らしさがない。きび砂糖を加えておいしくなった。
●夕方、句美子の家へ。句美子は、保育園で悠馬君がもらった風邪がうつったようで、高熱がでていた。林檎が一番というので、林檎を冷たくして持って行く。
2026年4月21日 22:49
●曇り空から、風に紛れて小さい雨が降っている。傘を持たないで家を出たので、雨がひどくなることを心配した。夜帰るころには、その心配はいらなくなった。
●月例ネット句会のコメントが書き込まれているが、朝は貼り付ける時間がないので、夜遅くに貼り付けた。
●朝起きるなり、料理に取り掛かる。熱が高いので、朝10時に来てくれるように頼まれ、たけのこ寿司と、夕飯に鰹のあたたき、新じゃがと新玉ねぎの肉じゃな、とサラダを用意して持って行った。熱には冷たい林檎が美味しいようで、昨日も今日も持って行っている。
この献立で思い出したことがある。小学校のPTAの美術部が人が来ないので廃部にする話を聞いた。美術部なら、悪くないだろうと参加したので、廃部しなくてよくなったのだ。指導は愛媛大学の美術の先生。初めはデッサンと、焼き物だった。デッサン用に花屋で竜胆と薔薇を買っ描いていたら、先生がそんなものでは絵にならないから、自分の家に来るようにと言って自宅に招いてくださった。そして、庭の薔薇などを描くよう指導された。焼き物も先生のお宅で造形した。そのとき先生が自身で作られたばら寿司と肉じゃがをごちそうしてくださった。ちょっと魯山人と思い起さないでもないが、肉じゃがに針生姜が載っていた。ばら寿司の具は覚えていないが、酢飯と具がしっくり馴染んでいた記憶がある。こなれた味と言うのがいいかも知れない。
2026年4月20日 22:34
晴れ
●4月月例ネット句会の入賞発表を昨夜する予定だったが、選句者が5名だったので、今朝にした。
https://suien.ne.jp/getsureikukai
●昨日茹でて一晩置いたたけのこ。昨日蕗が買えなかったので、絹さやを買いに行った。一袋あったが、鮮度がよくない。近所の人との立ち話で情報を得て小さい八百屋に行った。群馬の沼田で栽培された丈の短いのが売られていた。名古屋産の蕗は太くて長い。どちらが好きかと言えば、断然丈が短いの。2束買って来た。揚げと蕗とたけのこの炊き合わせ。
あすは残りの一本でたけのこ寿司をつくる。
●風邪が流行っているらしく、ゆうまくんも句美子も風邪にかかっている。先週も風邪で病院に行ったと思うが。
●土曜日にN先生に電話したあと、なんとなく臥風先生と話した後のような気持ちになった。その気持ちは50年近くも前に起きたこと。臥風先生もN先生も、大学のなかでもとくに「精神の貴族」と昔は言われた人たちが卒業した学科。その伝統が引き継がれているような気がした。
臥風先生とは、句会やお伺いしたときに、話すと言って話すわけではなく、ごく短く返事をするくらい。精神の高い先生とは本当には話せない。ほとんど話さない状態で、話すことは話している。
一度、臥風先生が高齢になられて、食事をされないと奥さんから聞いたので、お見舞いに葡萄をひと房持って行った。そのとき臥風先生から「喉がひりひりする」と言われた。美味しかったという意味なのだが、一粒か二粒召し上がられただけだろう。
N先生との電話はそんなに長くなかったが、要件の話が終わるころ、先生がブックカバーのお礼を言われた。たった一枚のブックカバーに、お送りした花冠のお礼とともに、すでに葉書をいただいている。また改めて電話でお礼を言われ、おかしいことに「私の性格ですので」など、少しずれた返事をしてしまった。
「ひと房」「一枚」であるのが、精神にさわらないかもしれない、とあとで思ったのだが、おそるおそる差し上げたもの。英文のT先生も畏れおおい先生だったので、研究室に話にくるように二度も言われたのに、行けなかった。後輩たちはそんな先生ではないけど、というのだけれど。私には、畏れおおく感じられた。精神の高い先生に接するときは、気をつけていても、自分の至らなさを感じてしまい、苦い思いをしないわけではない。