●小口泰與
ほろほろと百日紅の散りにけり★★★
秋光や木道沼へつづきおり★★★
秋光や大きくまがる小海線★★★
●小西 宏
ひぐらしを静かに聴けば森の風★★★
喉晒す空に鴉の残暑かな★★★
真っ黒な顔の泣いてる甲子園★★★
●桑本栄太郎
田へ注ぐ水音ゆかし稲の花★★★
稲の花が咲き、残暑が厳しいと言いながらも、田へ注ぐ水音に秋の気配が感じられるようになたった。静かな明るさのある句に、さわやかさがある。(高橋正子)
朝の黄の畑の垣根や花南瓜★★★
立秋のビルに茜の夕日かな★★★
明るくて深い 現代語による俳句を。よい生活から よい俳句を。
●小口泰與
ほろほろと百日紅の散りにけり★★★
秋光や木道沼へつづきおり★★★
秋光や大きくまがる小海線★★★
●小西 宏
ひぐらしを静かに聴けば森の風★★★
喉晒す空に鴉の残暑かな★★★
真っ黒な顔の泣いてる甲子園★★★
●桑本栄太郎
田へ注ぐ水音ゆかし稲の花★★★
稲の花が咲き、残暑が厳しいと言いながらも、田へ注ぐ水音に秋の気配が感じられるようになたった。静かな明るさのある句に、さわやかさがある。(高橋正子)
朝の黄の畑の垣根や花南瓜★★★
立秋のビルに茜の夕日かな★★★
★おみなえし山の葛垂る庭先に 正子
秋の七草である葛の花が垂れる庭先にはおみなえしも。庭先には秋の訪れがあります。(高橋秀之)
○今日の俳句
数本の摘みしコスモス母に出し/高橋秀之
コスモスを摘んできたのは、幼い子どもであろうが、小さな手には、数本で溢れるほどである。きれいな花を母に摘んであげる子どもらしい優しさと、それを受け取る母の温かさが滲んでいる句。(高橋正子)
★白露もこぼさぬ萩のうねりかな 芭蕉
★一家に遊女もねたり萩と月 芭蕉
★行々てたふれ伏すとも萩の原 曽良
★小狐の何にむせけむ小萩はら 蕪村
★萩散りぬ祭も過ぬ立仏 一茶
★白萩のしきりに露をこぼしけり/正岡子規
★暁深く萩おのづからみだれけり/臼田亜浪
★白萩の雨をこぼして束ねけり/杉田久女
★紅萩の根付きし証ほど咲きぬ/稲畑汀子
★外遊の友を送らん萩の風/稲畑汀子
★大波のあとのさざ波萩月夜/小澤克己
★大風に折れたる萩もなかりけり/長谷川櫂
萩と言えば、まず紅萩を思うだろう。私もそうなのだが、紅萩を思うすぐさま砥部の庭にあった白萩を思い出す。この白萩は俳句の師である川本臥風先生のお庭から引っ越してきた萩なのだ。初秋には道路に面した塀から垂れるように咲き、道行く人に大いに楽しんでもらった。中には立ち止まってしばらく見てゆく人もいた。ちょうど娘の句美子の誕生日の9月3日ごろ、枝先に白い花が咲き始める。
★女児誕生白萩の白咲ける日に/信之
暑い夏であっても、自然のサイクルは狂わず、必ずそのころ咲いた。ちょうど台風のシーズンでもあって、台風というより、野分の吹き分けられる様は窓から見ていてもなかなかの圧巻であった。句美子も五歳ごろだったか
★はぎのはなゆうびんぽすとでさいている/句美子(5歳)
という句を作ったほどだ。句美子は、このころまでに俳句を50句ほど作っている。読売新聞愛媛支局に花冠(当時は水煙)を送っていたが、俳句好きの記者が読んでくださって、読売新聞に写真付きで紹介されたことがある。
秋の終わり枯れるころの萩紅葉がまたいいのだ。その後その葉は散り、枝だけが残るが、これを刈り取ってさっぱりさせて、冬を迎える。するとまた株から新芽が立ってさわさわとした萩の葉を茂らせるのだ。花の季節だけでなく、年中楽しめる花である。
★白萩のこぼれし花を掃く朝な/正子
ハギ(萩)とは、マメ科ハギ属の総称。落葉低木。秋の七草のひとつで、花期は7月から10月。分布は種類にもよるが、日本のほぼ全域。古くから日本人に親しまれ、『万葉集』で最もよく詠まれる花でもある。秋ハギと牡鹿のペアの歌が多い。別名:芽子・生芽(ハギ)。背の低い落葉低木ではあるが、木本とは言い難い面もある。茎は木質化して固くなるが、年々太くなって伸びるようなことはなく、根本から新しい芽が毎年出る。直立せず、先端はややしだれる。葉は3出複葉、秋に枝の先端から多数の花枝を出し、赤紫の花の房をつける。果実は種子を1つだけ含み、楕円形で扁平。荒れ地に生えるパイオニア植物で、放牧地や山火事跡などに一面に生えることがある。
●小口泰與
露草や長き裾野も靄の中★★★
啄木鳥や巨木豊かな深き森★★★★
秋光や志賀高原の空深し★★★
●多田有花
稲妻の一閃南の窓走る★★★★
午後の雨残暑流して夕暮れる★★★
三日目は音のみで過ぎ秋の雷★★★
●桑本栄太郎
坂道の風を下れば稲の花★★★★
「風を下れば」に詩がある。稲の花が咲くころは、暑い暑いと言いながらも、ときに心地よい風が吹く。そんな日に咲く稲の花
は爽やかである。(高橋正子)
窓よりの夜気しのび寄り秋立ちぬ★★★
香り来る朝の田道や稲の花★★★
●小西 宏
虫篭の軽きを子らのそれぞれに★★★★
虫篭をもった子がそれぞれ。篭に虫が入っているのか、いないのか。それはこの句では問題ではない。虫篭の軽さが子供の幼さ、風の軽さを表している。(高橋正子)
秋風の雲の高きや百日紅★★★
選ばれし鉢真っ直ぐに菊蕾★★★
★朝顔の紺一輪を水に挿し 正子
朝顔の紺一輪を水に挿し 朝の早いうちに切り取った朝顔、紺一輪だけをすぐに水に活ける、清々しさと涼しさとが伝わってまいります。(祝恵子)
○今日の俳句
採りたてを水に浮かべて夏野菜/祝恵子
夏野菜は、茄子、トマト、胡瓜など色も形も楽しい。水に浮かべて、冷やしたり、洗ったり。生き生きとして、楽しいものに触れることはよいものだ。(高橋正子)
★何ごともまねき果たるすすき哉 芭蕉
★おもしろさ急には見えぬ薄かな 鬼貫
★山は暮れて野は黄昏の薄かな 蕪村
★夕闇を静まりかへるすゝき哉 暁台
★猪追ふや芒を走る夜の声 一茶
★古郷や近よる人を切る芒 一茶
★箱根山薄八里と申さばや/正岡子規
★一株の芒動くや鉢の中/夏目漱石
★金芒ひとかたまり銀芒ひとかたまり/高浜虚子
★穂芒のほぐれ初めの艶なりし/能村登四郎
★穂を上げし芒に風の触れはじむ/稲畑汀子
★薄野を来て一山の夕日浴ぶ/小澤克己
★今日を尋めゆく落日の川すすき/千代田葛彦
薄について書こうと思えばありすぎる。いたるところにあるけれど、夏の青い薄が風になびくのもよい。城ケ島に4年ぐらい前だったか行ったときに、はるか大島の影が見える崖に青薄が靡いていた。月があがればどんなに素敵だろうかと思った。その青薄も真夏の暑さに鍛えられ、青々とした色が幾分か抜けると紅むらさきのつややかな穂が出る。出始めの穂の色、はらりとほどける穂の具合は、初秋の風情としては一品。秋も深くなると穂が白くほおけて、銀色金色に輝く。小諸の花冠フェスに出かけた折、追分のあたりから景色はぐっと高原らしくなるが、薄は金色だった。それから、鎌倉の二階堂の虚子記念館を訪ねたときに、薄原があった。虚子がこの薄原を詠んだのではないかと思わせる雰囲気があった。
薄について風情の良さばかりを言ってはおれないのだ。薄は、別な呼称で萱なのだ。生家には家の前に広い畑がある。両親がいたころは、いろんな農作物がよく育っていた。父が亡くなり40年がたち、母がこの5月に亡くなったが、畑の隅に徐々に萱が生え始めた。畑の手入れが行き届かない。おそらくこの萱が広がって、何年か経つうちに荒れた野に戻るだろうと、寂寥とした思いにもなる。
★追分の芒はみんな金色に/高橋正子
ススキ(芒、薄)とは、イネ科ススキ属の植物。萱(かや)、尾花ともいう。野原に生息し、ごく普通に見られる多年生草本である。高さは1から2m。地下には短いがしっかりした地下茎がある。そこから多数の花茎を立てる。葉は細長く、根出葉と稈からの葉が多数つく。また、堅く、縁は鋭い鉤状になっているため、皮膚が傷つくことがある。夏から秋にかけて茎の先端に長さ20から30cm程度の十数本に分かれた花穂をつける。花穂は赤っぽい色をしているが、種子(正しくは穎果・えいか)には白い毛が生えて、穂全体が白っぽくなる。種子は風によって飛ぶことができる。日本には全国に分布し、日当たりの良い山野に生息している。夏緑性で、地上部は冬には枯れるのが普通であるが、沖縄などでは常緑になり、高さは5mに達する。その形ゆえに、たまにサトウキビと勘違いする観光客がいる。国外では朝鮮半島・中国・台湾に分布するほか、北米では侵略的外来種として猛威をふるっている(日本にセイタカアワダチソウが侵入したのと逆の経路で伝播)。植物遷移の上から見れば、ススキ草原は草原としてはほぼ最後の段階に当たる。ススキは株が大きくなるには時間がかかるので、初期の草原では姿が見られないが、次第に背が高くなり、全体を覆うようになる。ススキ草原を放置すれば、アカマツなどの先駆者(パイオニア)的な樹木が侵入して、次第に森林へと変化していく。後述の茅場の場合、草刈りや火入れを定期的に行うことで、ススキ草原の状態を維持していたものである。
★七夕の星はいずれも澄み透る 正子
星空の一段と美しくなる旧暦七夕の頃。七夕の日の星空へ寄せる作者の思い、心の在りようが感じられる星々の澄んだ光です。心洗われ、涼やかな星空の美しさに、早くも秋の気配が漂います。(藤田洋子)
○今日の俳句
新刊の一書机上に秋初め/藤田洋子
秋が来たと思う爽やかさに、さっぱりと片付いた机上に一冊の新刊書が読まれんとして置いてある。生活が新鮮に詠まれている。(高橋正子)
○女郎花(おみなえし)
[女郎花/横浜・四季の森公園] [女郎花/横浜・都筑中央公園]
★ひよろひよろと猶露けしや女郎花/松尾芭蕉
★とかくして一把になりぬをみなへし/与謝野蕪村
★女郎花あつけらこんと立てりけり/小林一茶
★裾山や小松が中の女郎花/正岡子規
★遣水の音たのもしや女郎花/夏目漱石
★女郎花の中に休らふ峠かな/高浜虚子
★山蟻の雨にもゐるや女郎花 蛇笏
★女郎花ぬらす雨ふり来りけり 万太郎
★馬育つ日高の国のをみなへし 青邨
★波立てて霧来る湖や女郎花 秋櫻子
★杖となるやがて麓のをみなへし 鷹女
★をみなへし信濃青嶺をまのあたり 林火
★村の岐路又行けば岐路女郎花/網野茂子
★女郎花そこより消えてゐる径/稲畑汀子
★女郎花二の丸跡に群るるあり/阿部ひろし
★とおくからとおくへゆくと女郎花/阿部完市
★夜に入りて瀬音たかまる女郎花/小澤克己
秋の七草のひとつに数えられる女郎花。萩、桔梗、葛、尾花、撫子、藤袴、女郎花とあげてくれば、どれも日本の文化と切り離すわけにはいかない草々だ。どれも風情がいいと思う。藤袴、女郎花については、名前にはよくなじんでいるものの、実物を見るようになったのは、20代を過ぎて、30代になってからと思う。藤袴、女郎花はどのあたりに生えているかも知らなかった。故郷の瀬戸内の低い山裾などでは見ることはなかった。女郎花は、生け花にも使われるが、粟粒状の澄んだ黄色い花が魅力だ。栽培しているものをよく見かけるようになったが、決してしなやかな花ではない。むしろ強靭な花の印象だ。葛だってそうだし。
★おみなえし雲を行かせたあと独り/高橋正子
★女郎花山の葛垂る庭先に/〃
オミナエシ(女郎花 Patrinia scabiosifolia)は、合弁花類オミナエシ科オミナエシ属 の多年生植物。秋の七草の一つ。敗醤(はいしょう)ともいう。沖縄をのぞく日本全土および中国から東シベリアにかけて分布している。夏までは根出葉だけを伸ばし、その後花茎を立てる。葉はやや固くてしわがある。草の丈は60-100 cm程度で、8-10月に黄色い花を咲かせる。日当たりの良い草地に生える。手入れの行き届いたため池の土手などは好適な生育地であったが、現在では放棄された場所が多く、そのために自生地は非常に減少している。 日本では万葉の昔から愛されて、前栽、切花などに用いられてきた。漢方にも用いられる。全草を乾燥させて煎じたもの(敗醤)には、解熱・解毒作用があるとされる。また、花のみを集めたものを黄屈花(おうくつか)という。これらは生薬として単味で利用されることが多く、あまり漢方薬(漢方方剤)としては使われない(漢方薬としてはヨク苡仁、附子と共に調合したヨク苡附子敗醤散が知られる)。花言葉:約束を守る。名前の由来:異説有り。へしは(圧し)であり美女を圧倒するという説、へしは飯であり花が粟粒に見えるのが女の飯であるという説、など。
●小口泰與
赤城から朝の大気や秋近し★★★
新刀の反りや夜涼の星の数★★★
朝涼や赤城の肌の浅葱色★★★
●多田有花
空蝉の数多落ちたる山の道★★★
護摩堂より香の流れ来る原爆忌★★★
朝の日の壁に差しけり秋に入る★★★
●桑本栄太郎
炎ゆれ鐘に黙祷原爆忌★★★
突風の吹けば忽ち雷雨かな★★★
和菓子屋の帰省みやげの混雑に★★★
●小西 宏
水色の海に櫂おき熱帯魚★★★★
「海に櫂おき」で、この句が軽くなった。そのため、熱帯魚の動きも、作者の心も軽やかになった。沖縄の水色の海だろうか。熱帯魚の泳ぐ海が楽しい。(高橋正子)
栗毬の青く小さく今日の秋★★★
立秋の我が家のカレー五穀米★★★
★大朝焼車一台ずつ染まる 正子
壮大な光景です。ずらっと駐車している車、マンションでしょうか。高階からそれを眺めておられると、朝焼けの茜色に車がそれぞれ染まっていきます。しばらく佇んでご覧になったのでしょう。(多田有花)
○今日の俳句
献水の竹筒青き原爆忌
「竹筒青き」でこの句が生きた。汲みたての清水を青竹を筒に入れて持参した参拝者。「水を!」と言って亡くなった多くに人がいたことを思えば、清水は鎮魂の意味が大きい。(高橋正子)
★鬼灯の少し赤らむぞなつかしき/正岡子規
★鬼灯の実の大小はまだ見せず/稲畑汀子
★鬼灯を摘む袖口と襟元と/高橋将夫
★結ひ上げし髪に鬼灯さす乙女/水原春郎
★自画像に鬼灯赤く描き添へし/宮津昭彦
生家には、築山といって庭石や灯籠や小さい池に、松、椿、紅葉といった木を配しているところがあって、そこに先祖を祀る小さい碑のようなものがあるのだが、そのわきにほおずきが植えてあった。お盆のころちょうど熟れるので、植えられたのであろうが、このほおずきは、きれいに熟れかけたと思うと、袋が虫にくわれて網目状になってしまうのが、ほどんど。中の実の皮と破らないように種を出して口に含めば、鳴るというもの。しかし、これがうまくいったことはなかった。かなりの技がいるのであろう。浅草のほおずき市に売られるような完璧なほおずきを見てみたいものと思っていた。
東京・下町の夏の風物詩「ほおずき市」が7月9日、東京都台東区の浅草寺で始まった。本堂周辺に並んだ露店は約220軒。朱色が鮮やかな丹波ホオズキが売れ筋で、1鉢2500円。かつて薬効があるとして用いられた、緑色の千成ホオズキも人気という。9、10日は参拝すると4万6千日分の御利益があるとされる浅草寺の功徳日。ほおずき市は10日夜まで開かれ、浅草観光連盟は約60万人の人出を見込んだ。
★ほおずきの玲瓏と熟れ原爆忌/高橋正子
●小口泰與
雲海の忽とうごめき渦巻けり
頂上やあびる大気と時鳥
ラベンダーの香のひろごれる山の駅
●古田敬二
野に立ちて齧るトマトに日の温み
先端を振り上げ伸びゆくかぼちゃ蔓
鍬先が跳ね返される夏の畑
●多田有花
蝉捕らえしばらく眺め放ちやる
街ほっと一息つくや驟雨あと
青空に雲はや立ちぬ広島忌
●藤田裕子
鐘の音の地上清めし原爆忌
いそいそと母の手を引き浴衣の児
大夕焼和太鼓ふるわす女衆
●桑本栄太郎
<鎮魂の三句>
献水の竹筒青き原爆忌
「竹筒青き」でこの句が生きた。汲みたての清水を青竹を筒に入れて持参した参拝者。「水を!」と言って亡くなった多くに人がいたことを思えば、清水は鎮魂の意味が大きい。(高橋正子)
炎ゆれ篤き誓いや広島忌
君逝きて早やも七年芙蓉咲く
●佃 康水
大夕立叩き跳ねたる万の椅子
原爆慰霊祭に用意された万の椅子。突然の大夕立が椅子を叩き、跳ね上がる。その夕立の水が目に見える。壮観ではなく壮絶となる。(高橋正子)
たそがれて祈りの影や夏終わる
梧桐の実やくれないの莢ひらく
●小西 宏
琉球の甍の太し夏の雲
谷戸ゆけば夏蜩の四方より
肥え膨らむ青団栗の炎天下
★胸うちに今日の夏野を棲まわせる 正子
今日見たこの素晴らしい百草生茂り、緑深く草いきれの立つような野原の景を体に記憶させておく。素敵な高原の景ですね。(小口泰與)
○今日の俳句
枝ごとにあふるるほどの百日紅/小口泰與
百日紅は炎暑にも負けず盛んに花を咲かせる。枝先に「あふるるほど」の花だ。「あふるるほど」の花が百日紅の花の特徴を言いえている。(高橋正子)
★藻の花やこれも金銀瑠璃の水 重頼
★藻の花や金魚にかかる伊予簾 其角
★藻の花をはなれよ鷺は鷺の白 北枝
★渡りかけて藻の花のぞく流れかな 凡兆
★藻の花のとぎれとぎれや渦の上 桃隣
★藻の花や雲しののめの水やそら 蕪村
★川越えし女の脛に花藻かな 几董
★藻の花や引つかけて行く濡れ鐙 暁台
★引き汐やうき藻の花のさわぎ立つ 蝶夢
★藻の花の重なりあうて咲きにけり 正岡子規
★藻の花の揺れゐる風のつぶやきに/大橋敦子
★急流に凛と花藻の五弁かな/岸本久栄
★川底へ日矢突き抜けて花藻かな/中島玉五郎
★藻の花の咲くや寺苑の昼しんと/高橋信之
鎌倉の宝戒寺を信之先生と訪ねた。本堂にお参りしようとすると、左手の水鉢に睡蓮が数花、空や寺の梁を映す水に涼しそうに咲いている。右手も睡蓮かと思いきや、思いかげずも藻の花が数花咲いている。金魚藻の花であるが、これは年数を経ないと咲かないということであった。その鉢にはメダカが泳いでいる。「水はどのように管理されていますか」と尋ねると、雨の水と、水が少なくなると注ぎ足すだけだそうだ。藻の花は咲きだすとどんどん咲くそうである。
★藻の花の咲くや寺苑の昼しんと/高橋信之
★藻の花の白さ浮き立つ仏の前/高橋正子
藻の花は、花藻とも言い、湖沼や小川などに生えるさまざまな藻類、金魚藻、フサ藻、柳藻、松藻などの花。一般に小さく、白や黄緑色で目立たないものが多い。また海藻が赤・黄・緑など原色の美しい色をして花のようであるために、この美称として用いられることもある。海草と海藻の違いは、前者は根・茎・葉などが区別できるが、後者は区別できない特徴がある。俳句歳時記では夏の季語。
●小口泰與
朝蝉や田園アート眼間に★★★
夕さりの利根へ水切り風かおる★★★
ゆくりやく釣れし鰻や竿うねる★★★
●佃 康水
かなかなや未明の島の動き出す★★★★
かなかなが鳴くと晩夏である。島を包むようにかなかなが鳴き始め未明の島が動き始める。「島」であるのがよい。(高橋正子)
万両の花のこぼるる庫裏の庭★★★
かなかなに目覚むケビンの朝かな★★★
●迫田和代
亡くなった人人人の原爆忌★★★
水の音心に響く夏も行く★★★
夏の陽にはじけるごとく薔薇が咲く★★★
●古田敬二
白桃届く箱から香り溢れさせ★★★★
白桃は、桃のなかでも香りが特に良い。白桃の入った箱から、もうよい香りがあふれている。みずみずしい白桃をもらった嬉しさがあふれている。(高橋正子)
冬瓜を畦に転がし眺めけり★★★
水筒を傾けのその先雲の峰★★★
●桑本栄太郎
キャンパスの煉瓦炎暑や昼下がり★★★
鉄塔の嶺から谷へ雲の峰★★★
ひぐらしの鳴いて郷愁つのりけり★★★
●黒谷光子
夏の旅オープンカーと後先に★★★
雪渓にわずか凸凹撫でてみる★★★
振り返る山に雪渓光りおり★★★
●小西 宏
蝉時雨背に負いてまた道ゆけり★★★★
蝉時雨の道を歩いてきて、ちょっと休憩をしたのだろうか。また、蝉時雨を背に降らせて道を歩いてゆく。「また道ゆけり」に哀愁がある。(高橋正子)
未だ眠き目にミンミンの朝眩し★★★
夏空の青の深きや百日紅★★★