10月17日
●小口泰與
望郷や蜂の子飯の甘辛き★★★
近道や刈田の香りくゆり満つ★★★
空澄むや木槌の音の伸びやかに★★★★
建築中の家があるのだろう。木槌を打つ音が澄んだ空から響いてくる。木槌の伸びやかな音に昭和への郷愁が湧く。(高橋正子)
●桑本栄太郎
ぷちぷちと歩み躊躇い木の実踏む★★★
歩みつつ木の実を拾う家路かな★★★
鈴懸けの実の青空へ野分過ぐ★★★★
鈴懸と野分のとりあわせに意外性があるが、それは今年の季節の意外性といってよい。今年は十月になっても大型台風が来た。野分が過ぎた後、鈴懸の葉が落とされ、実が明らかになる。青空の中の鈴懸のかわいらしい実が印象的だ。(高橋正子)
●川名ますみ
風一陣過ぎ富士山に秋のいろ★★★★
一陣の風が過ぎ去り、富士山は拭われたように一気に秋のいろとなった。「風一陣」は印象が強く、又三郎か、風神いるかが起こした風のようだ。(高橋正子)
野分中ときに閑かな音の来ぬ★★★
さあ富士を見せむと雲の野分晴★★★
10月16日
●小口泰與
昨晩の雨を鋤き込む秋の畑★★★
ざわざわと稲穂波だつ今朝の空★★★
初雁の火山灰の帯より往ぬるかな★★★
●黒谷光子
牛若を演ず少年さわやかに★★★★
牛若丸を題材にした能はいくつかあるようだが、この句は「鞍馬天狗」を鑑賞したときのことであろうか。美少年牛若のさわやかさが心に残る能である。(高橋正子)
篝火に天狗なお燃え秋の能★★★
能果てし神社を後に秋の雨★★★
●下地鉄
外にも出よ今日の秋日の美空かな★★★
荒芝に寄りあい老いの秋日かな★★★
秋風にカラカラ音する空弁当★★★★
「空弁当」にはっとした。空の弁当箱は、箸や仕切り板などがあって、提げればカラカラ音がする。秋風に吹かれて鳴るようでもある。秋風と空弁当、そして自分が、一つに、同じになったような心持が感じられて面白い。(高橋正子)
●桑本栄太郎
ぷちぷちと足裏優しく木の実踏む★★★
青空に風の名残りや辛夷の実★★★
<故郷の追憶より>
狛犬や鎮守の杜の椎拾ふ★★★★
●多田有花
雨あがり山野晩秋の色に★★★
台風の名残の雲が奥山に★★★
試みに新しき絵を描く秋★★★★
秋に「新しさ」を見た。仕切り直したり、また新たに始める。秋はそういった新しさに挑む季節のようだ。
●小口泰與
百千の鵙や電線我が物に★★★
秋深き赤城の襞の迫りくる★★★
山風に南へ藁塚の倒れけり★★★★
風によって南へ倒れるということは、もう、北風が吹き始めたのだろうか。刈田に立つ藁塚の倒れた様におかしみもあるが、寂しさもある。(高橋正子)
●河野啓一
あぜ道をたどれば秋日鳥の声★★★
森の辺の雑木色づく秋夕日★★★
さざめいていろは楓は渓のなか★★★
●桑本栄太郎
コスモスの宙の背丈よ青空に★★★★
青空の遠き木の枝や朝の鵙★★★
校庭の駐輪数多や体育の日★★★
●多田有花
澄む秋を映して青し音水湖★★★★
「音水湖(おんずいこ)」というのを初めて知ったが、西播磨の揖保川支流にできた人工湖とのこと。春は桜、秋は紅葉が楽しめるようだ。水はひたすらに青く、まさに「澄む秋」をそのまま映した湖だ。すっきりとした句だ。(高橋正子)
山里の青空に映え柿の色★★★
ひやひやと秋の雨降る午後となる★★★
●小西 宏
源流を滑らかに聞き赤のまま★★★
雨のごと木の実音する日暮れ道★★★
家閉じて台風を待つオンザロック★★★
10月14日
●小口泰與
雀らの高音となりし刈田かな★★★
母郷へと高ぶる帰心初もみじ★★★
鳥渡る風雅の旅へ行きたしよ★★★
●多田有花
秋祭り太鼓の音の麓より★★★
秋陽強し屋台が町を巡行す★★★
栗の毬数多落ちたる尾根の道★★★★
尾根伝い自体楽しいものだが、それに栗の毬が落ちていたりすると、深まる秋を感じさせられ、特に拾うわけでもないのに楽しい気持ちになる。(高橋正子)
●桑本栄太郎
青空に朝の旗火や体育祭★★★★
「旗火」は、昼花火とは別物で、鳥取地方の方言かもしれないが、運動会などで開催を知らせる音だけの花火のこと。青空に向かって体育祭の開催を知らせる音だけの花火がばばーん揚がる。子供のころの運動会を思い出すような、秋冷の朝である。(高橋正子)
秋天の生駒嶺遠くうねりけり★★★
やわらかなみどり膨らむ芙蓉の実★★★
10月13日
●高橋秀之
陽に向かい赤く大きくハイビスカス★★★
夕暮れの雲間に白く秋の月★★★
秋いずこ三十度超す温度計★★★
●小口泰與
田の刈られ畔にありあり曼珠沙華★★★★
熟田の畔に沿って咲く曼珠沙華は色彩が鮮やかで日本の秋を象徴する景色の一つになっているが、稲が刈られたあと、畔に残された曼珠沙華が一抹の寂しさ、姿がありをもって咲いているのも、ありありとした姿が見えて惹きつけられる光景だ。(高橋正子)
我が在の赤城の風の冷ゆるかな★★★
秋蝶の万里の波濤越え行けり★★★
●多田有花
水平線はるかに秋の海光る★★★
秋空より飛行機ゆっくり降りてくる★★★
六甲の山襞に秋の夕日影★★★
●桑本栄太郎
雲影の稜線走り秋の峰★★★
雨雲の中に青空野分めく★★★
走り根につまずき歩む天高し★★★
10月12日
●河野啓一
きんもくせい町内広く香らせて★★★★
町内のあちこちから金木犀が匂ってくる。「金木犀」に着目すると、まるで一木が町内に広く香りを広げているように感じられる。着目がユニーク。(高橋正子)
椿の実黒光して部活かな★★★
温め酒恋しき夜や病棟に★★★
●小口泰與
ぴいぴいと我が物顔の鵙の群★★★
山路きて数多どんぐり踏みにけり★★★
無残なり破れ葉にからぶ秋なすび★★★
●迫田和代
朝早く窓に映った雁の列★★★
月さやか我が影伸びる帰り道★★★
父母の歳越えた吾の秋彼岸★★★
●多田有花
芽を出すぞというじゃがいもを肉じゃがに★★★
窓開けて風を入れるや秋暑し★★★
稲架並ぶ向こうに色づく晩稲の田★★★
●桑本栄太郎
白花のひとつ残りて萩は実に★★★
解き放つ脇につぼみの椿の実★★★
びつしりと色の深みや実むらさき★★★★
実むらさきは、「びっしりと」と言って決して憚らないほど実をつける。紫色の実は「色の深み」を実感させるのだ。「色の深き」ではなく、「色の深み」と捉えたところが素晴らしい。(高橋正子)
10月11日
●小口泰與
どんぐりのばしっと落つる湖面かな★★★
秋深し眼間せまる山の襞★★★
雀追う鴉ぴょんぴょん刈田かな★★★
●桑本栄太郎
白内障手術入院の病室より
青空の稜線近き秋の峰★★★
青空に雲の茜や秋入日★★★
眼帯を外し眩しき秋日かな★★★★
眼帯を外したとたん、目にまぶしい秋の日。手術の成功と光りが見え、物の見えるうれしさがこの一瞬にあった。(高橋正子)
●多田有花
ずっしりと袋に重き薩摩芋★★★★
里芋、じゃがいもなどに比べると、ずっしりとした重さを一番感じるのは薩摩芋だろう。形が大きいというだけではなく、実入りの良さを感じるのだ。食べる楽しみもさらに加わってくるのだ。(高橋正子)
嵐去り空に泳ぐや鰯雲★★★
秋の昼河原に響くサクソフォン★★★
●小西 宏
澄む空に大きな梨を食い太る★★★
栗鼠の尾の叫びに高し昼の月★★★
露草と赤のまんまの語り合ひ★★★
※好きな句の選とコメントを<コメント欄>にお書き込みください。
●小口泰與
晩秋の湖心舟影長きかな★★★
名月や雲ひとつ無き明けの空★★★
朝寒と言葉かわせし庭越しに★★★
●桑本栄太郎
白内障手術入院より
秋日眩し瞳孔開く点眼液★★★
秋愁や明日の手術を想いおり★★★
手術終え群青紺や秋の宵★★★★
前書きに白内障手術とある一連の句。白内障のためにぼんやり濁って見えた景色が、手術を終え物が鮮明に見えるようになった。なかでも秋の宵の群青紺の空の色は格別美しい。その色が見えて感激である。(高橋正子)
●小西 宏
絹雲に葉の紅極む花水木★★★★
花も可憐で美しい花水木であるが、秋の紅葉した葉も捨てがたい。高層圏にかかる絹雲との対比に紅が際立つ。(高橋正子)
竹揉まれ台風近し寺の奥★★★
振り向けば金木犀の葉隠れに★★★
○小口泰與
虫の音にお国訛りのありしかな★★★
夕映えを湖に沈めしななかまど★★★
榛名富士映す湖面や花すすき★★★
○多田有花
やわらかき陽にきらきらと秋の滝★★★
秋高し流れる雲を湯船より★★★
日本海を嵐が進む寒露の夜★★★
○小川和子
風集め風ひきうけて狗尾草★★★
コスモスの濃淡揺れて電車の灯★★★
悠久の空よ層成す鰯雲★★★
○古田敬二
池の傍芒まぶしくウェーブする★★★
視野一杯広がる芒のまぶしかり★★★
落日に芒の原の白ひかり★★★
落日に白く光れる芒原★★★★(正子添削)
いよいよ日が落ちようとすると、芒原が一面に白く輝く。やわらかい、白い光の美しさが侘しさを伴って広がる景色がよい。(高橋正子)
●小口泰與
はんなりと十頭身の曼珠沙華★★★
あけぼのや二手に群れ起つ稲雀★★★★
塊て雀の羽音刈田かな★★★
●多田有花
秋の陽を背に受け頂の食事★★★
秋晴れやすでに登りし山を指す★★★
澄む水を渡りたどりて山下りぬ★★★★
沢の流れを伝い、また橋を渡って山を下った。沢の水はどこも澄んでいる。秋の山のひんやりとした空気も合わせて感じられる。(高橋正子)
●古田敬二
妻と食む子を想いつつ衣被★★★
約束のつぼみ膨らむ杜鵑草★★★★
見つめれば我を見つめる赤とんぼ★★★
●小西 宏
石段に寝たる木通の蒼さかな★★★
石段に落ちて木通の蒼さかな★★★★(信之添削)
山手の石段だろうか。台風にゆすられてか、まだ青い木通の実が落ちている。青いまま落ちた木通の生々しさが目を引く。(高橋正子)
池端に散りぢり紅き彼岸花★★★
裏庭に肩ゆすりあう花芒★★★
●川名ますみ
秋風の通っていたり吾が床に★★★
さらさらと西瓜切る音芳しく★★★
梨の荷を積みトラックの走りゆく★★★★
●小口泰與
コスモスの雫もたばね剪りにけり★★★★
コスモスに残る雨の雫か、置く露の雫か、その雫ごと剪りとった。雫のついたコスモスもあるがままでよいものだ。(高橋正子)
唐黍の刈られし後や鳥の数★★★
利根川の白波光り渡り鳥★★★
●河野啓一
やわらかき秋光受けて森の中★★★
北国の秋を綾なすダケカンバ★★★
秋の雲色も形もさまざまに★★★
●多田有花
山頂の木に紅葉の始まりぬ★★★
山霧のたちまちに消え天高し★★★★
重畳と秋の山並み連なれり★★★
●佃 康水
入日透く桜紅葉や厳島★★★
布巾干す間にも木犀匂いくる★★★
稲刈機噴き出す藁の薄みどり★★★★
稲刈機が稲を刈り進む。まだ薄緑の稲藁を吹き出しながら刈り進むのだ。まだ命の通った薄黄みどりの稲藁は、それ自体が魅力だ。(高橋正子)
●小西 宏
吊り橋をくぐり湾上鱗雲★★★
息弾む柿満天の坂の道★★★
佳き人の忌日の便り菊生ける★★★★
「佳き人」の忌日を知らせる便りが届いた。菊の花の咲くよき日に旅立たれたのだ。菊を生けてふと生前が思われる。(高橋正子)
●河野啓一
マスカット輝く波の山陽路★★★
古里の秋果積み上げ道の駅★★★
秋雨のそぼ降る中に古家かな★★★
●小口泰與
揺れ動く幾重の影や秋桜★★★★
秋風に揺れて、日差しの中に群れ咲くコスモスを、その影をとらえて上手く表現している。写真に見るような手法が効果的。(高橋正子)
田一枚ここのみ倒る稲穂かな★★★
緑なす赤城の肌や野分晴★★★
●高橋秀之
赤とんぼ後を追いかけ追いつかず★★★★
赤とんぼは人に親しく飛んでくるかと思えば、すっと先へ飛んで行ってしまう。追いかけるけれど、追いつけない。自由に飛ぶ赤とんぼと人のふれあいに、妙味がある。(高橋正子)
赤とんぼ目線の先をすっと飛ぶ★★★
羽ばたきもゆったりして飛ぶ秋の蝶★★★
●黒谷光子
秋草に浮きて沈みて蝶二つ★★★
縺れつつ野川を渡る秋の蝶★★★
秋蝶の黄の小さきは低く飛ぶ★★★★
●佃 康水
檀の実爆ぜて夕日へ色深む★★★
壺の中爆ぜて華やぐ檀の実★★★
稲掛けに弾む家族へ空青し★★★★
●小西 宏
柿の実の空は今年もとても広い★★★★
雨冷えの浅草あたり縄のれん★★★
澄める夜の酒や秋刀魚の一夜干★★★