花冠7月号(No.375)の散文原稿

散文原稿は、下のコメント欄に投稿してください。よろしくお願いします。今月の散文は、以下を予定しています。

①信之先生の俳句鑑賞(吉田晃)
②「港に働く」(二)(高橋秀之)
③ひとり吟行記(上島祥子)
④往復書簡(髙橋正子)
⑤リルケと俳句と私(髙橋正子)


コメント

  1. 髙橋正子
    2026年6月6日 19:13

    「港に働く」
    高橋 秀之

    はじめに
    前号(花冠三七四号)からの続きです。前号では、「港(みなと)とは」というテーマで投稿
    させていただきました。ひとことで港(みなと)といっても、いろんな港(みなと)があり、そ
    れぞれにいろんな景色、いろんな風情があるのをお感じいただけましたでしょうか。
    海、船の水辺、岸壁やウォーターフロント 臨港緑地などの陸地では、同じ立ち位置で
    見る景色も全く異なります。私は、大阪港・神戸港での勤務経験が三十五年以上になるの
    で、日常の中に港がありました。こうして振り返ってみると、その時その時のいろんな港
    の景色が思い出されます。
    今回は、私が感じた港を自らの句を通して皆様に感じてもらえたら と思います
    ここで、日本地図を思い浮かべてください。そして、大阪湾にフォーカスしてください
    。大阪湾の中での大阪港の位置を考えてみてください。大阪港は瀬戸内海の端っこ、大阪
    湾の最奥部に位置していることが分かると思います。つまり、目の前に広がる海ははるか
    水平線を見渡す景色ではなく、「湾」であるので、北西には六甲山脈広がり、西に目を転
    じていくと神戸港、明石大橋から淡路島が、そしてさらに南に目を向けると、天気が良け
    れば関西国際空港が視界にはいります。そんな光景を頭の隅に起きながら読み進めてもら
    うと幸いです。
    染まる海
    大阪湾一気に染める冬夕焼け
    冬の陽が海を染めあげ群青に
    港から見る海は大きく広がっています。もちろん港に限らず、海岸から見る海はそうな
    んですが、大阪港のように大きな港は、「展望台」があって、陸地からだけではなく高い
    ところから見渡せるという特徴?、特典?もあるのです。そして、俯瞰的に見ると「海が
    染まる」様子を感じることができるのです。
    これら句はいずれも冬の景色ですが、一つ目の句は茜色に、二つ目の句は群青に染まっ
    ています。同じ海、同じ季節でも、天候によって違う風情を醸し出してくれるから、自然
    というものは不思議です
     吹き抜ける風
    爽やかに海から風が吹き抜ける
    貝寄風に吹かれて広き大阪港
    港の特徴の一つに、(当然海なので)大きな建物がないということがあります。なので、
    海から吹き寄せる風を遮るものもありません。これらの句は爽やかな、心地よい風が吹い
    ている様子を詠んでいますが、実は、海風も季節ごと、天候ごとに気持ちの良い風ばかり
    ではありません。
    大阪港は西に開いているので、偏西風の影響をダイレクトに受けます。春や秋は気持ち
    の良い風なのですが、冬は、日によっては歩くことも困難で、凍てつく強い風が吹く日も
    多いのです。そうした日々の体験が、心地よい風の日のありがたさをより一層感じさせて
    くれるのかもしれません。
     跨ぐ虹
    大阪の港を跨ぎ春の虹
    港から天に向かいて秋の虹
    港で見る虹、特に海側に架かる虹は、都会の街並みで見る虹とは全く違います。同じタ
    イミングで同じ方角に見えた虹でも、たぶん、街並みの中で見る虹と観た感じが違うと思
    われます。人の視界は、目に見える風景で変わると言われています。街並みという景色の
    中では、街並みが基準に、山を背景に見えると山が基準に、という感じです。そういう観
    点で海に架かる虹を思い浮かべてみてください。「港を跨ぐ」「天に向かう」虹の大きさ
    が感じてもらええるのではないでしょうか。これは、港に勤める者の一つの役得と思って
    います。
     沖待ちの船
    風光る沖で入港待ちの船
    霧晴れて沖待ちの船すっきりと
     港で港湾関係の仕事をしていると、気になることの一つに沖待ちの船の様子があります
    。実は、一口に沖待ちといっても、単に入港待ち(岸壁の空き待ち)もあれば、検疫錨地で
    の検疫待ち、波が高いときの汐待ちなどいろんな理由があるのですが、沖待ち理由までは
    見ただけでは分からないもの。1句目からは単に沖待ちをしている船を、2句目からは霧が
    晴れたことで船が動いたであろう様子を、それぞれ感じてもらえると嬉しいです。
     客船
    桜舞う天保山に船が入る
    客船に差し込む陽ざし冬の海
     大阪港に限らず大きな港では、「入港船の隻数と総トン数」「取扱貨物量」「コンテナ
    取扱個数」「フェリーや旅客数」などで港の規模を表します。入港隻数でいうと、大阪港
    の場合、2万隻を優に超える船が入港するうち、クルーズ客船は1百隻程度、比率にすると
    ごくわずかなのですが、何といって、一般の方から見ると、 花 があるのはクルーズ客
    船だろうと思います。実際に港で働いていても、コンテナ船をはじめとする貨物船は日常
    的に目にする「普通の風景」として溶け込んでいるのですが、クルーズ客船、特に十数万
    トンクラスの大型客船は「特別な風景」として華やかさを醸し出してくれます。ただ航行
    しているだけでも(着岸しているだけでも)目を引く存在の客船を、桜や冬の陽ざしという
    自然がより引き立ててくれています。
    港の景色
    朝霧が包む港に汽笛鳴る
    大空へ放つ七色出初式
     晴れの日、雨の日、風の強い日、霧(靄)の日など、気象条件は日々異なります。港とい
    う空間は、街中に比べると気象条件に対する感覚がより敏感と思うのは、港で働く者特有
    の感覚かもしれません。それは、そんな気象条件ごとに、港の雰囲気が変わるからかもで
    す 霧に包まれた港に響く汽笛は、深い情緒を醸し出してくれます。一方で、日常の中に
    華やかな景色が出現する最たるものが消防の出初式です。大阪港では消防艇がカラー放水
    でその年の安全を願って出初めを祝うのですが、これが私的には一番の気に入りの瞬間で
    す。
    7 旅立ち
    旅立ちは夜明けの春の港から
    幼子を抱いて船旅春の雨
    ドラマなどではテープが舞う船旅の出港のシーン。現実的にそういう光景を見たことは
    ありませんが、ニュースでよく放映される新幹線の駅のような光景は港の船客ターミナル
    でも、特に春の時期には散見されます。大阪港には3社4航路5便のフェリーが就航してい
    ます。門司(福岡)、別府(大分)、志布志(鹿児島)、そして東予(愛媛)への4航路です。就職や
    進学での旅立ち、家族旅行、一人旅、いろんなシーンはあれど、船での旅立ちが絵になる
    と思うのは私だけでしょうか。
    8 番外編
    台風に泊まる事務所の煌々と
    番外編です。楽しい出来事ではないですが、台風の時 港は防災の最前線になります。
    これは、海溝型の地震の時も同じですが、これまでも台風時の高潮、地震の時の津波は大
    きな被害をもたらしてきました。普段は凪いでいる海も、このときばかりは大荒れで災害
    をもたらします。そんな災害に備えるのも港で働く仕事の一つ。海上保安庁、水上消防、
    水上警察、港湾管理者など24時間体制で対処する関係者がいることも、思い起こしてもら
    えたら幸いです。
    さいごに
    春海へ汽笛響かせ船出づる/高橋秀之
    この原稿を書いている時点での直近の月例句会(2026年4月月例句会)で金賞に選んでい
    ただきました。
    「春海へ汽笛を鳴らしながら出ていく船を、おおらかなに詠んでいて、スケールの大き
    さがあり、句の完成度が高い。下五が「出づる」となっているのも、船の動きを感じさせ
    るのに効果的。「春海」の季語も過不足なく働いて、情景を安定させている。(髙橋正子
    )」
    高橋正子先生からも嬉しいコメントをいただいておりましたので、これを今回の投稿の
    締めとさせていただきます。前後編2回にわたりお付き合いいただきありがとうございま
    した

  2. 髙橋正子
    2026年6月6日 19:21

    髙橋信之俳句鑑賞(一)
     吉田 晃

    九輪の上に又水煙が秋天へ
       「水煙」昭和三十九年~五十一年
     中学生の修学旅行のルートであり、薬師寺は必ず訪ねる場所である。この九輪の塔の水煙を意識して見るようになったのは、信之先生のこの句を知ってからである。水煙の先に天平の昔が秋天に広がっているのが見えるようになった。私の特に好きなフレーズが「又水煙が秋天へ」である。
     目に見えたものを写生した一句であるが、素人同然の自分に、何と奥深い作品であろうかと思わせてくれる。視線は水煙の上の大空に無限に広がる秋を見ているのだが、先生の心眼には更にその先にある天平の昔が映っているのだろう。

    冬軽し左眼見えなくなりゆくに
       「硝子体」昭和五十二年~昭和六十二年
     この句を読むといつも頭に浮かんでくる句がある。正岡子規の「行く秋の我に神無し佛無し」である。この句は、愛媛新聞社発行の郷土俳人シリーズ「えひめ発 百年の俳句」に収録されている。新聞社から観賞依頼を受けた信之先生から、「晃さん書いてみませんか」とお声がけいただいたものである。
     以下は、私の子規の句鑑賞の一部である。「この句のどこからも死への恐怖など感じられない。のみならず、ひょうひょうと生きている感さえ受けるのである。生きることを神に頼らず、自らの目指すところへ全生命を注ぐ郷土の先人の姿を想像したとき、この句に、子規の底知れぬ強さを感じる」
     信之先生の上五の「冬軽し」が子規の句と重なり、先生の句からも子規とまったく同じ強さを感じるのである。
     
     雪降る中を丸い眼をして子の来る
    「硝子体」昭和五十二年~昭和六十二年
     句美子さんが小学校高学年の頃からだっただろうか。衣山の先生のマンションで行われる月例句会に参加するようになった。本心を言えば、句会の時必ず信之先生が調理される手料理とワインに魅かれたのがその理由である。
    信之先生が横浜に転居されるまで続いた句会の中で、お子さんたちの話が話題にのぼることはほとんどなかったが、元君の愛光学園生活や、句美子さんの登校班長としての判断が学校側に誤解されたため、抗議に行ったことを楽しそうに話しておられた。
    信之先生は決断が早いが、判断に迷った時は「正子先生どうしますか」とお聞きになる。人に対して細やかな心遣いをされるが、口下手なところがあり、だから先生のお気持ちは、句を読むほうがわかりやすい。
    雪が降る中、おぼつかない足取りで信之先生のもとに歩いてくるその姿を、慈愛に満ちた眼差しで見ておられる。「丸い眼をして子の来る」は、信之先生の深い愛情を表しており、だから私は「丸い眼をして」に魅かれるのである。

    水笛の竹と水との涼しい音
       「旅衣」昭和六十二年~平成十四年
     私が知っているのは陶器の水笛だが、水を入れて軽く吹くと「ヒュルヒュル」と涼しい音がする。今でこそ一家に数台のエアコンや扇風機があるが、昔は団扇が主流であり、高価な扇風機は一家に一台あるかどうかだった。だから夏場は部屋を仕切っている襖を取り払い、風通しを良くしていた。暑いと言っても三十度未満の日が多く、今では羨ましい時代ではあったのだが、当時は十分暑い日だった。
     その暑さをしのぐ一つが風鈴であり、水笛だった。涼しい音を醸し出す日本の伝統技術であり、「竹と水」が人の五感に涼しさを与えてくれる水笛である。大洲にお住いの時代があったと聞いているがこの地は盆地であり、冬は冷たく夏はうだる暑さの地域である。そこでお過ごしになった信之先生にとって、夏の風物詩になっていたのだと想像する。

  3. 髙橋正子
    2026年6月6日 19:24

    ひとり吟行記
    上島祥子
    墨俣の梅の雛祭
    岐阜県大垣市墨俣町にある光受寺を訪ねます。光受寺は、長良川と犀川に囲まれた旧美濃路墨俣宿町に位置する、浄土真宗大谷派の古刹です。室町時代からの長い歴史を持ち、梅寺として地域に親しまれています。普段は静かな田舎街ですが、「つりひな小町めぐり」の 二月末から三月上旬の間は、多くの人で賑わいをみせます。

    伊吹颪が吹きつける二月の墨俣を、地図が風に暴れるのを抑えながら、歩いていきます。昭和の風情を残し、景観保護地区に指定されているため道幅は狭く、空を遮るような建物もありません。住宅や商店の軒には、今年作られたつり雛が下げられ、温かくも華やかに町を彩っています。白壁が囲む寺町通の中へ進めば、目指す寺の本堂の屋根が見えてきます。

    光受寺の梅庭は、先代の院主が梅好きであったことから整えられ、境内には十余本の梅が咲き誇ります。門を潜れば、白、薄紅、撫子色と、枝を整えられた名木が美しく配置されています。一重咲き、八重咲き、枝垂れ咲きと、それぞれに趣の異なる梅の花が境内を埋め尽くします。早春の風に枝は絶えず弾み、まるで木が呼吸をしているかのようです。また、その中心には樹齢七十年の「飛龍梅」という銘木があります。明るい撫子色の八重咲きの枝垂れ梅は、龍が空に昇るような姿から、その名がつけられました。十年前に見上げた時は、枝に垂れる花が、滝の流れのようでしたが、現在は上部が枯れているため、「伏龍梅」とでも呼びたくなるような、落ち着いた風情を醸し出しています。

    梅の間に置かれた手水鉢には、風に散った梅の花びらが集まり、万華鏡が描く模様のようです。門から本堂までの数十メートルという僅かな距離が、私心を消し去り、穏やかな開放感をもたらします。

    その梅が生み出す聖域の奥では、「つりひな小町めぐり」の期間中だけ、庫裡のカーテンが開かれ、所蔵の雛人形が公開されています。赤い毛氈の上に、三百五十年前の享保雛、二百年前の古今雛、現代の段飾り雛が並べられ、天井からはつり雛が垂れています。玻璃戸の表面には外の梅庭が映り込み、室内の雛人形と重なり合っています。雛の前には桜の花が置かれ、その桜が玻璃戸が隔てた二つの世界を静かに繋ぐようです。

    春寒し伊吹へ繋ぐ風の道
    枝垂れ梅風が取り持つ香の甘し
    梅古木朽ちゆく中に花咲ける
    古雛の袴に残る丹豊か
    二〇二六年二月二十八日 岐阜県大垣市墨俣町 光受寺

  4. 上島祥子
    2026年6月10日 22:45

    虎渓山 永保寺 吟行

    岐阜県多治見市の虎渓山永保寺を訪ねます。永保寺は南北朝時代に名僧、夢窓国師により開かれ、自然の地形を生かした壮大な臨済宗の古刹です。

    虎渓山は、高さ二メートルを越す大きな灯籠と、「山号 虎渓山」とある小さな碑が置かれた場所から始まります。山に立ち入れば、夏鶯の澄んだ大きな鳴き声に迎えられます。入り口まで、清々しい鳥の囀りを聞きながら坂を降りて行くと、青紅葉の枝が舗道の上を覆うように張り出し、瑞々しい香りに充ちています。

    道は永保寺の林に沿って谷に向かうため、近くを流れる土岐川の音が聞こえてきます。堰を落ちる大きな水音が、人の暮らしの中にある音を、自然が生む音だけに置き換えてゆきます。若葉、川音、香りの豊かさに充分に満たされたところで、青紅葉に囲まれた山門が現れます。

    山門を潜ると、寺の象徴とも言える大銀杏が青々と葉を茂らせています。樹齢はおよそ七百年で、永保寺を開いた夢窓国師、あるいは仏徳禅師の植えたものと伝えられています。二十余年前の火災で被害を受けたものの、変わらぬ頼もしい姿で参詣者を迎えています。

    永保寺の庭は浄土式庭園で、周囲の地形を巧みに利用しています。渓谷に造られた伽藍は、中心にある梵音巌に沿って観音堂が置かれ、正面の臥雲池と一体となっています。山に囲まれた庭は木立の層の中にあるため、庭の中に大きな木は配置されていません。控えめに木々を置く事により、信仰の中心である観音堂に自然と意識が向けられます。

    梵音巌は自然巨石で、沢から引かれた清水が岩肌に音を立て、池へと落ちて行きます。「梵音の滝」と名前がついていますが、水量が少ない五月は湧水のようです。滝とは反対側の斜面には、小さな石仏が若葉を縫う様に置かれています。永い年月、風雨に洗われた石仏の輪郭は丸く、滝音の中、巌にあり続けるその姿は、やがては巌そのものに還っていくことでしょう。

    滝が流れ落ちる臥雲池は、この庭のもう一つの象徴です。広い水面に空、山、庭、観音堂が映り込んでいます。何度も水面に映る景色と庭を見比べることによって、意識が「虚」と「実」の世界を行き来します。参詣者は、ただ庭を歩くだけで、「色即是空 空即是色」という禅の思想を体感できるのです。

    池の中心に掛かる太鼓橋は「無際橋」と名付けられていて、そこを渡りきると、秘仏の聖観世音菩薩が奉安された観音堂は目の前です。拝観は叶わないので、再び橋を渡って庭へ戻ることになりますが、むしろそうなることで、心に強く観音堂が残るのです。

    禅院に夏鶯の声清し
    土岐川に若葉の甘く香るかな
     若葉風一礼門を潜り行b
     国宝の御堂に聴いて鐘涼し
     倒木の朽ちゆく沢や夏山路

    二〇二六年五月十二日  岐阜県多治見市虎渓山 永保寺

    • 髙橋正子
      2026年6月11日 14:21

      祥子さんへ
      虎渓山の吟行記をありがとうございました。
      たしかに受けとりました。

  5. 上島祥子
    2026年6月26日 16:46

    正子先生
    虎渓山永保寺吟行記の俳句の誤りに、気づきました。
    ❌ 若葉風一礼門を潜り行b

    ⭕️ 若葉風一礼門を潜り行く

    お手数ですが、こちらに直してくださいませ。