NEW6月26日(金)


ゆうすげに雨降りふりて傾ける  正子

●メールを見落とすところであったが、俳壇の編集長さんから、「俳壇」10月号の特集への原稿依頼があった。受諾のメールを夜出した。締め切りは8月7日。俳句5句とエッセイ600字。

●花冠7月号に、臥風先生、信之先生、正子の「三句の比較」の文を半ページのコラムに載せようとしたが、元の文章を8割以上削っているので、三句の評のバランスをとるのがむずかしく、何度も書き直した。

●『帰還』を日文研と、三田メディアセンターに追加で送ることにした。

●詩集『帰還』の感想をますみさんが、書いてくださる。洋子さんのところにも届いたとのこと。祥子さんから詩集の注文があり、夜投函。
『帰還』が一冊宛先不明で返送された。宛先住所は間違っていないが、建物名がなかったたためと思われる。今夜、建物名を調べて、再送した。

●今夜10時30分ごろ地震。横揺れがかなり長く続いた。パソコンを使っていたので、すぐ立ったが、たったまま様子を見ていた。震度4弱ぐらい。富士五湖あたりが震源。どおりで、揺れがかなりひどかった。麦茶を沸かし終えたところで、ガスを止めていたのでよかった。

 

NEW6月25日(木)


●ハート内科の定期受診。帰りはバスの便が良くないので、バイパス沿いを歩いて帰る。バイパスの並木の下に、近所の人がいろんな花を植えているのでゆっくり見ながら歩く。夕すげが咲いている。雨に濡れているので生き生きしている。

●台風7号と8号が来ている。淀川や鴨川も氾濫しそうなぐらいの水嵩である。

●7月号の編集。半ページの穴が2カ所あるので、何で埋めるか。一つは「自由な投句箱より」から、これぞ俳句の真髄と言う句を探し載せた。
もう一つは臥風先生、信之先生、正子の三句を比較した私の文章があるのを、かなり削って、「三つの風景」としてコラムにした。
「往復書簡」のレイアウトを見直す。内容が読者にどのように受けとられるか、AIで確認。誤解はなさそうだ。たとえ誤解があったとしてもよい方に誤解されるだろう、ということ。

●レイアウトのページ設定、段落設定は言葉の意味がつかみ切れていないので、試行錯誤で言葉を理解する段階。

6月24日(水)

曇り
★みずみすしき紅色もちて新甘藷   正子
★青紫蘇を摘みきてすぐに冷奴    正子
★夏風邪に薬幾錠色いろいろ     正子

●しばらくベランダの花の世話をしなかったので、きょうはベチュニアやベゴニアの花がらつみ。

●生協の配達があり、新さつま芋が届いた。紅色ばみずみずしく、新さつま芋らしい。

●『ヴァレの四行詩』の解説を翻訳をして、プリントして読む。リルケのほかの詩とは読み方が異なると言う。早くいってしまえば、句集を読むように読めばいいと言うことなのだ。一句一句は独立していて、句集全体ではその人の人生なり、生活や、精神が立ち上がると言うもの。それをなんでこのように難しく言うのかと思う。メーリケやヘルダーリンまで出してきて説を立てている。

6月23日(火)

曇り
●洋子んさんへ『帰還』を発送。
●夜、美知子さんに詩集を買ってくれたお礼の電話。
詩集で気づいたことがある。すっかり忘れていた感情だが、私は日本の湿潤な情緒があまり好きではない。疵をなめ合うような、共感を得ようするような涙もろさは苦手なのだ。詩集が乾いた感じがすると言うのも、そういうことが基本にあるからなのだろう。これは日本人らしくない。おそらく、子どものころ、人が涙をこぼす状況を見ていて、みっともないと思ったことがある。その美意識が根底にあるような気がする。これでは、私の書くものは、日本人には共感されにくいだろうと思う。

●きのうは午後四時頃急に睡魔に襲われ、夜中すぎまで眠ってしまった。それから起きて、玄米茶を淹れ、花冠のブログを一通り変化がないか見た。
変な時間帯に眠ってしまったので、編集ぐじゃぐじゃになっり、「髙橋正子のの俳句日記」を選り出したのはいいが、記事がバラバラになって、訳が分からなくなった夢を見た。はっと目が覚めたが、頭が編集でいっぱいな様子。いまが山場なのだが。

●俳句日記の編集。日記の中に入れるより、別に記事として書く方がいいものを分けた。そういった小論になりそうな記事が5つある。これをどうまとめるかが、悩むところ。一日編集。集中力あるのみ。
「リルケと俳句と私」(四)が残った。何をどう書くか。

6月22日(月)

曇り
●介護保険の認定の調査を受ける。11時半から20分ほど。信之先生の時を知っているので、質問への応えは、なんとも言えない。認定が決まるのは40日後だそうだ。要支援1というのは、使う人がほとんどいないそうだ。

●洋子さんから詩集『帰還』の注文。これは、大変うれしいこと。
美知子さん、みよさんから詩集が届いたとメール。美知子さんの共感は、実妹とほどんど同じであったので、これも少し驚いた。みよさんは、ライン下りの小景2に共感くださった。

●花冠No.375の編集。今回往復書簡として載せた西村先生のお手紙の
ひと言ひと言が正子の俳句の鏡になっていて、その一言から考えられることは、一つの小論が書けると思った。先生の洞察の深さが、小論がかけるほどの意味を含んでいるということ。先生もここまで私の文章に誠実に向き合ってくださって、それは、どういうことなのだろう。西村先生のお陰が大きい。

 

6月21日(日)夏至

曇り
●台風7号発生。今日は夏至。東京で 日の出 4:25/日の入り 19:00(昼約14時間35分)。

●一日、No.375編集。今日は、俳句日記を選り出す。俳句日記に何でも書いているので、別の原稿として独立させることを考える。
★三句、臥風先生、信之先生、正子の俳句の比較。
★ヴァレの四行詩の詩返の5句についてのAIの分析。

6月20日(土)


●朝食後、花冠No.375(7月号)編集。今日は月例ネット句会から開始。ひとり吟行記、港を守る、港に働く、髙橋信之先生の俳句を読むまで。印刷して見る。往復書簡は横書きにしたが、視認性から言うと、横書きの方が読みやすい感じがする。穴埋めに「西村雅樹先生の思い出」と差し込んだ。横書きが奇数ページで終わるようい、ヴァレの四行詩21番の翻訳と詩返を載せた。体裁はほぼ整った。あと、先生の手紙部分を気を付て校正すること。

●「リルケと俳句と私」は、原稿を書きながらの編集となるので、あとまわり。「髙橋正子の俳句日記」を先に整理する予定。預かった原稿は整えたので、一段落。

●咳は殆どでないが、まだ少し残っている。日吉医院の先生の様子では、完全に咳と痰をなおすつもりのようだ。ステロイドの吸引を30回分使い切ってくださいと言う。

6月19日(金)

曇り
●日吉医院へ。薬は同じものが引き続き処方される。
●コロンビア大学へ詩集を送る。送料600円。181gの書籍なのに高い感じがする。昨夜、ますみさんに詩集を送った。

●マカフィーからの返金がようやく反映された。聞くところによると、よく返金してもらえたということなのだが、当たり前じゃないかと思う。

●花冠編集。今、慎重に編集している。巻頭抄、雑詠作品、往復書簡まで。月例ネット句会編集中、うまくいかなくなり、時間も遅くなったので今日の編集を終えた。

6月18日(木)

曇り
●昨日から、ちょっとしたことで肩こり。風邪はほとんどなおっているが、完全ではない。今朝も吸入薬。ときどき咳と痰。

●花冠7月号の編集。巻頭抄と作品の編集が終わり、組み込んだところ。

●夜、エアメールを出そうとして、国際郵便のラベルを作った。まず、登録から始めなければいけない。今は国際郵便は印刷でないと受け付けてもらえない。バーコードと2Dコードがあるはずなのに、2Dコードが見えない。虫眼鏡を取りだして探して見たが見つからない。印刷物は、2Dコードが省略されていて、バーコードだけのラベルになっていることを後で知った。初めてのことだし、印刷の文字が非常に小さい。これは機械が読みとるので、これでいいのだろうが、こんな小さい字郵便配達の人が読めるのかどうか心配になるくらいだ。

ま、コロンビア大学に送るように準備した。あす郵便局からの発送になる。今回の詩集では、ちょっとムキになっていて、一歩も譲らないつもり。これは頑固ではなく、矜持というもの。句集のときより、ムキになっている。詩集の方が本気なのだ。だから、ちょっと受け取ってもらえないかもしれないところにも送った。受け取る受け取らないは向こうの責任。こちらの責任ではないのだ。しかし、ある意味、日本文化を理解してもらうためには、個人がちょっと頑張らなければいけないのだ。自分のためではなく、日本文化のために送ったのだ。

6月17日(水)

快晴
雲色に寄り添うほかなく紫陽花よ
これはAIが推敲した句。元の句は「雲色というべき紫陽花毬重ね 正子」
→正子推敲句「雲色をして紫陽花の毬重ね 正子」

●体は動く様になったが、まだ、元にもどっていない。金曜日にまた病院に行くことになっているので、その時には、すっかり治っているといいが。

●夕べ、発行所ブログに詩集『帰還』の紹介をしたが、今朝見ると、美知子さんから注文があった。梱包用のビニール袋が無くなったので、FORMAに買いに行く。今日、2名から注文があり、夕方発送。

●花冠No.375の雑詠の選と、表紙を考える。
「明るくて深い現代語による俳句をめざす」――髙橋信之(創刊の言葉1983年)を表紙に書く。今後これを必ず書くことにする。