2月10日(1句)
★手あぶりの火鉢赤々一人酒/小口泰與(正子添削)
元の句は、「手あぶりの火鉢盛んや一人酒」だったが、「盛ん」は情景の説明にとどまるため、「あかあか」として火の存在感を前面に出した。手あぶりの火鉢の赤が、ひとり酒の時間を静かに照らしている。温もりと孤独が同居する、冬の夜の深い余韻が生まれている。(髙橋正子)
2月9日(1句)
★連なれる屋根の眩しく雪解かな/廣田洋一
「連なれる屋根」は雪が積んだ屋根。ただ連なっているだけではなく、生活の有り様、時間の層が読みとれる。その屋根が日に照らされて眩しく、雪解が始まっている。冬から春への動きが見られる美しい景色の句。(髙橋正子)
2月8日
※該当句無し
2月7日(1句)
★早春の枝にハンギングバスケット/多田有花
視線の高さが、春への期待感を感じさせて、句があかるく、心に動きがある。情景だけであるが、景の余白にバスケットの花の色は、空の色など早春の気配が読みとれるのがいい。(髙橋正子)
2月6日(1句)
★霜夜聴く少なき音のモーツァルト/土橋みよ
「少なき音」をどう読みとるかで、句の良さが変わってくる。モーツァルトはほかの作曲家に比べて少ない音で作曲していると言われている。この事を言いたいのなら、「少なき音の」は説明的になる。そうではなく、モーツァルトのなかでも少ない音の曲を聴いたのであれば、霜夜の静かな深さが印象に残る句となる。(髙橋正子)
2月5日(1句)
★春立つ日風受け馬車道修築碑/多田有花
「馬車道」は郷里の馬車道であろう。普段は気づかない修築碑であるが、春立つ日には、光を受けてその存在がよく見える。碑文も読みやすくなるだろう。人々の歴史に思いをはせたのだ。(髙橋正子)
2月4日(2句)
★節分や影絵のごとき宵の富士//川名ますみ
節分は冬に区切りをつけ次の日よりは春となる日。影絵のようなくっきりとした富士山が浮き上がっている。節分の宵が美しく詠まれている。(髙橋正子)
★立春のどこかでかすかに水の音/多田有花
立春は、春の気配が立ちのぼる日と言えるだろう。かすかに聞こえる水の音に、凍り付いたものが少しずつ解け、命が蘇るような気配がある。「かすかに」は徐々にでもある。しずかな春の気配を感じさせてくれる句。(髙橋正子)
2月3日(1句)
★節分の青空広く鈴鹿まで/上島祥子
節分の青空は夜空ではあるまいかと思った。今年の節分の夜空は満月に近く、明るく青かった。雲も白く浮かんでいた。それが、鈴鹿まで続いている。その遥けさを思う心が、春への期待と読めた。(髙橋正子)
2月2日(2句)
★もふもふの白木蓮の冬芽なり/多田有花
「もふもふ」の普段使いの擬態語が面白い。白木蓮の冬芽は、芽鱗が毛被に被われている。その毛被がもふもふ。ふわふわで、温かそうだ。人間味を感じて面白い。(髙橋正子)
★寒風に蝉の抜け殻動かざる/廣田洋一
寒風が吹くころになっても、蝉の抜け殻が残っていて、動かない。そのことへの驚きがまずあるが、それを衒いなく、そのままに単刀直入に詠んでおり、ここがよい。(髙橋正子)
2月1日(2句)
★紅梅を透かしカーテン真新し/川名ますみ(正子添削)
向こうのものを透かすカーテンはレースような透ける生地であろう。透けて見えるものの美しさ、紅梅の紅の美しさと、真新しい清潔なカーテンの取り合わせが春らしい。真新しさは心の刷新であり、新しい季節を迎えるわくわくした気持ちであろう。(髙橋正子)
★春隣運ばれていく競走馬/多田有花
どこへ運ばれて行くのか、競争馬は静かな立った姿。馬の体は日差しにかがやいている。その艶やかな姿を見ると、春がそこまで来ていることが実感される。疾走する馬の姿も美しいが、春と冬のあいだの光が目に見える。(髙橋正子)