●小口泰與
岩魚追う獣道をや登りけり★★★
鰻釣る蛇と見紛ううねりかな★★★
我立つと水面に集う目高かな★★★
●佃 康水
草叢の木苺朝の陽を返す★★★★
草叢の木に小さな実をつける木苺。つぶつぶの実が朝日をはね返すと、宝石のように輝く。小さく、フレッシュなものの可愛いさ。(高橋正子)
種々の樹のみな真っ白き花蜜柑★★★
老鶯や木魂のように啼き返す★★★
●桑本栄太郎
それぞれの丈にときめくルピナスよ★★★
医科大の樟の大樹や風薫る★★★
早苗田の山影よぎる車窓かな★★★
●藤田洋子
紫陽花にきれいな山の風が吹く★★★★
梅雨入りしたばかり。ときに、山には涼しく透明な、さらっとした風が吹く。それが「きれいな風。」紫陽花をさわやかに、軽やかにしている。(高橋正子)
見始めの紫陽花一つ大きなる★★★
紫陽花の毬それぞれに朝の色★★★
●小西 宏
草原を母さんと行く藁帽子★★★★
広く、青い草原を麦わら帽子を冠った母と子が行く。草原と母と子のみ。ことさらに何もない世界がいい。(高橋正子)
挨拶は軽鳧の子のこと草の池★★★
五月野を網持ち走るふくらはぎ★★★
●河野啓一
力矯めつぼみ抽き出すアマリリス★★★
アマリリス赤色秘めて伸び出る★★★
碁に負けて口惜しくもありアマリリス★★★
●川名ますみ
聖橋(ひじりばし)
緑蔭の先は明るき聖橋★★★★
聖橋は、お茶の水駅近くの神田川に架かるアーチ型の橋。湯島聖堂とニコライ堂をつなぐ橋という意味で、聖橋と命名されたという。湯島聖堂方面から見た光景が。橋の明るさが緑陰と対比されて、より明るい思いが感じられる。(高橋正子)
御茶ノ水橋の先蔦茂る橋★★★
御茶ノ水橋の向こうに青蔦の橋★★★
●小口泰與
つり橋を渡りて宿や夕河鹿★★★
山風の猛々しきやけしの花★★★
どんどんと蜘蛛の子散らす目高かな★★★
●佃 康水
草刈られ畔の川筋光りけり★★★★
川を覆っていた草がきれいに刈られると、川は水を光らせて流れる。さっぱりとした川の流れがすがすがしい。(高橋正子)
長廊下足裏の湿り梅雨の入り★★★
デパートの梅雨入りグッズやカラフルに★★★
●小西 宏
酢漿の花くび傾げ雨近し★★★
梅雨前の塩辛蜻蛉岩の上★★★
梅雨近し小暗き森の鳥の声★★★
●多田有花
五月の雨並びし子らの傘の色★★★
雲低く山にかかりて走り梅雨★★★
万緑となりぬ風雨に洗われて★★★
●桑本栄太郎
青空の高き葉陰やいかる鳴く★★★
草茂る川の中州や水見えず★★★
緑蔭のつづく車内の阪急線★★★
●河野啓一
万緑に埋もれ活き活き森を行く★★★
苦瓜を植えつけて待つ青簾★★★
走り梅雨なるや夜来の雨の音★★★
●小川和子
風澄めば矢車草の花淡き★★★★
矢車草の色は、風に澄まされたような色をしている。逆に言えば、風が澄むと矢車草の花も淡く清楚に。(高橋正子)
森に聞く声のみ低く青葉木菟★★★
青嵐吹けば吾を呼ぶ母しのぶ★★★
●古田敬二
一列に丸く風受けネギ坊主★★★★
ネギ坊主が一列に整列して、さながら坊主頭の子どものよう。その頭をさらっと風がなでると、行儀のよいかわいい風景となる。(高橋正子)
うつむくはホタルブクロの内気かな★★★
まず一色見せて濡れてる額紫陽花★★★
●川名ますみ
薫風に眠りし人よ雲のべつ★★★
梅雨入の今年は忌日より早く★★★
さくらんぼ炊いて隣にミントティ★★★>
●小口泰與
利根川の簗のとどろき高根晴★★★
鮎竿のたわむや朝の涼しさよ★★★
山女の斑反転せしや毛鉤追う★★★
●河野啓一
海亀を大きく描く妻の画布★★★
ウミガメのピンポン玉は砂の陰★★★
阿波路きて買いこみしかな夏蜜柑★★★
●佃 康水
周防大島みかん農園
咲き満ちて羽音昂るみかん畑★★★
海光のあまねし島の花蜜柑★★★
花蜜柑周防の空へ濃く匂う★★★
●小川和子
往来に真赤に熟れしトマト買う★★★
短パンの生徒等いそしむマスゲーム★★★
生徒等の四肢薫風に躍動す★★★
●桑本栄太郎
緑陰の樹下で待ち居り路線バス★★★
真夏日の蔭を問いつつ教会へ★★★
工場の枇杷の色づく廃墟かな★★★
●藤田洋子
南天の花穂出揃う茎の先★★★
花南天一つずつ揺れ細やかに★★★
南天の花の風通りよき白さ★★★
●多田有花
並び咲く八重芍薬に風清し★★★
少年の瞳に五月の薔薇ありぬ★★★★
南北の窓を貫き麦嵐★★★
●黒谷光子
万緑の狭間の湖に小舟かな★★★
頂上へリフトに見下ろ射干の群れ★★★
譲り合う山路に蕾の小紫陽花★★★
●高橋秀之
ぐっと伸ぶ若葉の先は薄緑★★★
新緑の重なる先に飛行雲★★★★
新緑のつややかな緑と、空に真っ白に描かれた飛行機雲の色彩的な対比がみずみずしい。(高橋正子)
薄曇その向こうには夏の富士★★★
●小西 宏
紅薔薇を支えて棘の陽に赤し★★★
日曜の家族テントを青芝に★★★★
頬紅の梅の実籠に溢れいる★★★
●河野啓一
深緑の奈良奥山を逍遥す★★★
空隠し花着け初むる柿若葉★★★
パンジーの株を日蔭に置いてやり★★★
●小口泰與
花茄子や赤城の空に大気満つ★★★
鉄線や赤城の空のすすみ行く★★★
咲き誇る真赭の薔薇の朝かな★★★
●多田有花
早苗積み軽トラックゆく真昼かな★★★★
田に早苗を運んでゆくのだが、「真昼」の出来事として、しらしらと、うすうすと、光に満ちたさわやかな印象を受ける。(高橋正子)
薔薇咲くや車窓を過ぎる家々に★★★
短夜や高層ビルに灯が点る★★★
●桑本栄太郎
<京都、烏丸界隈>
ビル影の四条通りや風薫る★★★
古色めく錦市場の薄暑かな★★★
つる薔薇や垣根に風の煉瓦ビル★★★
●黒谷光子
紅うつぎ合戦の山の頂きに★★★
万緑の狭間の湖に小舟かな★★★
万葉の歌碑読みあぐむ青葉闇★★★
●川名ますみ
けさ晴れて沿道万緑となりぬ★★★
葉桜の影を踏みおり仰ぎおり★★★★
もう、昼間は汗ばむほど。葉桜の影を踏み歩くことも心楽しい。その影を作る葉を仰ぎ見れば深い緑。この葉にして、この影である。(高橋正子)
緑蔭にしろき両腕伸ばしたり★★★
●高橋秀之
薄暮どき東に白く夏の月★★★
穏やかに頬へ海からの風薫る★★★
※「風薫る」の季語は、若葉青葉を吹く風のことをいいます。歳時記でご確認ください。
新緑の映る水面と水鳥と★★★
●小西 宏
朝刊をそよがす網戸少し閉ず★★★
※朝刊をそよがすのは網戸ではなく、「網戸の風」であるべきでしょう。
木漏れ日に仰ぐ若葉の風青し★★★
軽鳧の子の親追い水を跳ね駆ける★★★
●小口泰與
卯月野や四五頭の馬走りゆく★★★
浅間嶺に一朶の雲や麦の秋★★★★
麦の秋のほっとした明るさ。「一朶の雲」がその心を象徴しているようだ。(高橋正子)
見はるかす嬬恋高原玉菜畑★★★
●迫田和代
赤い薔薇雨にうたれて色が冴え★★★
懐かしや花柚子前に遠い日を★★★
髪を切り口紅変えて衣更え★★★
●祝恵子
玉ねぎの縄で結ばれ一輪車★★★
腰低く見あぐるトマトの実の付きを★★★
ピーマンの分厚く光るを収穫す★★★★
よくそだったピーマンの質感をよく捉えている。「分厚く」に納得。(高橋正子)
●桑本栄太郎
南天の花を揺らして配達人★★★
下闇となりし葉陰や風の色★★★
木斛の花や風良し夕日良し★★★
●小川和子
どくだみの木陰に白き十字映ゆ★★★
サイロ建つ地に馬鈴薯の花咲くや★★★
馬鈴薯の花むらさきに畝高く★★★
●河野啓一
夏潮に乗り釣り船の帰り来る★★★★
「夏潮」が季語でこの句のテーマである。大きく、濃く流れる夏潮に乗って釣り船が帰ってきた。釣果もたいしたものであろう。勢いと爽快さがいい。(高橋正子)
浜木綿の白き蕾や岩陰に★★★
森の端をかすめて涼し夏の月★★★
●黒谷光子
芍薬の二日の留守に咲き誇る★★★
芍薬を供えて活けて紅と白★★★
庭の木の影も揺るぎて月涼し★★★
●小口泰與
雲速し影におののく目高かな★★★
沛然や蟻の溺れる野路の昼★★★
雷鳴に藁を落とせし鴉かな★★★
●河野啓一
初夏の瀬戸入り江の白く輝きて★★★★
万緑を越えし谷間に湯の香り★★★
万緑やパラグライダーふわり浮く★★★
●下地鉄
野良猫の瞑りて休む浜海桐★★★
マーガレット激しくゆれるラッシュアワー★★★
梔子の花萎びるも香りかな★★★
●多田有花
快晴の谷に響きし不如帰★★★
飛行機雲青条揚羽の乱舞する★★★
【原作】青空や青葉若葉の下をゆく
【信之添削】青空や青葉若葉の下ゆけば★★★★
もとの句は、「や」と「ゆく(終止形)」で切れが二つあります。
青葉若葉の勢いに抗するかのように、青空に力がみなぎっている。(高橋正子)
●黒谷光子
緑陰に海上無事をと石地蔵★★★
神宮へ園児の列や緑さす★★★
御手洗のみどり揺らせて流れゆく★★★
●桑本栄太郎
バスでゆく青葉若葉や本通り★★★
山法師木陰の風のみどりかな★★★
緑青の出でし垣根や薔薇の花★★★
●小口泰與
衣更えうすむらさきの赤城かな★★★
初花の真紅の薔薇や雨の中★★★
万物の息吹きの音色初夏の朝★★★
●桑本栄太郎
すすぎもの干せば嶺の端朝曇り★★★
仰ぎみる広き葉裏や朴の花★★★★
朴は大木になって、花はいところに上向きにつく。花を見ようとすれば、仰ぎ見ることになる。大きな広葉の重なる上に花がみえるのである。「裏葉」が朴の木らしい。(高橋正子)
目を奪うほどの事なく野ばら咲く★★★
●多田有花
髪切ってうなじに初夏の風受ける★★★
ほととぎす世間話の女たち★★★
甘夏を剥く窓開けて風入れて★★★
●河野啓一
緑風を窓に森の辺走り抜け★★★
新緑を映す野の池雲浮かぶ★★★
交差点曲がれば新樹の並木道★★★★
道を曲がった先に何があるか。そこに明るく輝く新樹の並木があれば、目が洗われる思い。(高橋正子)
●黒谷光子
万緑の中岬へと道一本★★★★
万緑の中を道が一本抜けている。その道は明るく開けた「岬へ」と続く力強い一本である。「岬へ」がいい。(高橋正子)
波音に岬の民宿明け易し★★★
昼顔の群れて浜辺の彩りに★★★
●小西 宏
谷越え来る香の懐かしき樫の花★★★★
谷を埋める樫の木。花がつき独特な匂いを放つ。その匂いはかつてもそうであったように、今もそうである。その「懐かしさ」。(高橋正子)
新緑の風と光をスポークに★★★
千円のシャンパンを買い庭のバラ★★★
●小口泰與
いちはつの疾風凌ぎて咲きにけり★★★
ぼうたんの蘂くっきりと花を了う★★★
天つ日を受けてさ迷う鉄線花★★★
●古田敬二
人待てば五月の風来る京都駅★★★
方丈の四角い窓の若葉光★★★
新緑の小倉山から水の音★★★
●祝恵子
子は待てりザザッと噴水上がる時★★★
噴水のやめば集まりダンス輪に★★★
バラの色くるくる回しシャボン玉★★★★
虹色でなく「バラ色」のシャボン玉が新鮮で、観察が確か。バラ色のシャボン玉の球面が近く目に浮かぶ。(高橋正子)
●藤田裕子
登りきて青き山河に埋れおり★★★★
別子銅山であろうか。下から登ってくると、青葉が茂り、青葉を分けて河が流れる。青山河の別世界は、「埋もれて」こそ生まれるもの。命の洗濯のできた一日。(高橋正子)
薫風を窓いっぱいに招き入れ★★★
「わたみたい」空豆ポンと児の剥けり★★★
●桑本栄太郎
短夜の喉の渇きに目覚めけり★★★
小満の朝は”おめざ”と洒落てみる★★★
風抜ける図書館通りやえごの花★★★
●川名ますみ
はつ夏や少年ピアノを弾き止まず★★★★
ピアノの音とはつ夏が「少年」の初々しさを美しく仕上げている。少年の意志によってひき続けられるピアノ。「弾き止まず」に、ピアノ線のような強さがある。(高橋正子)
きらめきは白露草のしべの青★★★
白露草閉じて花弁を降ろしたり★★★
●河野啓一
カモミールの白き香を摘み陰干しに★★★
白鷺の名を冠せらる城のあり★★★
白々と短夜明けて鳥の声★★★
●多田有花
小満や花に囲まれ子らの像★★★★
小満は、二十四節季の一つ。麦の穂が熟れはじめ、農作物の出来にほっと一息つくころ。明るさのある小さな満足感のある季節だ。花に囲まれた子らの像は、子らへの願い。(高橋正子)
藍色の空に月出て夕薄暑★★★
花の名を確かめ巡る薔薇の園★★★
●小西 宏
朝の若葉にひかり散らして雀たち★★★
若葉雨あがれば柔き土の匂い★★★
毛虫ゆれる見えない糸の小さな風★★★
●小口泰與
初夏の朝赤城の大気浴びにけり★★★
ぼうたんの崩れて萼のくっきりと★★★
雲ゆくや君影草のはやおわんぬ★★★
●迫田和代
青い風新緑燃える峠道★★★
雨の中大きく咲いた紫陽花を★★★
【原句】遠くから夏の野通る口笛や
【信之添削】遠くから夏の野通る口笛よ★★★★
和代さんの句によく登場する「口笛」。夏の野の向こうで吹いているのが、聞こえてくる。涼しい風が運んできたのだろう。何の歌かな、と思う。どんな人が吹いているのだろう、と思う。 (高橋正子)
●桑本栄太郎
賛美歌のながれみどりの青しぐれ★★★
濡れそぼつバスに乗り込む走り梅雨★★★
雨あがるバスの家路や柿の花★★★
●河野啓一
雲海を見んと起きだす山の宿★★★
古池に目高小蝦の群れて棲む★★★
若楓拡げて数多小さき手★★★
●小西 宏
谷一つ越えてけむれる若葉雨★★★
えごの花敷く山道に軽き脚★★★★
桑の実の熟れるを待てば夕の風★★★
●下地鉄
月桃の水面をゆらす頭かな★★★
聴く音に憂き事ばかり梅雨の空★★★
海芋さき花の白さに夜風かな★★★
●河野啓一
走り梅雨西の空からやってくる★★★
水ひかれ山の畑に蛙鳴く★★★
きしょうぶと並び爽やかかきつばた★★★
●小口泰與
武蔵野の丘いちめんや昇り藤★★★★
昇り藤は、ルピナスとも呼ばれる。ちなみに避雷針を発明したフランクリンが好んでポケットに種を入れて歩くところに播いたという逸話がある花だ。武蔵野の丘に一面に咲く色とりどりの花が夢見るようで美しい。(高橋正子)
業平忌星影とおき時つたえ★★★
沛然に矢車草の傾ぎけり★★★
●祝恵子
交番の横のアーチの薔薇は黄色★★★★
交番の横に薔薇のアーチができて、殺風景な交番により親しい交番になった。しかも、薔薇の色が黄色というのが、気が利いて一味違っている。(高橋正子)
花時計夏の予定は少し崩れ★★★
祈願する宮の奥より青葉風★★★
●桑本栄太郎
洗車機の泡の車中や夏きざす★★★
竹皮を脱げば天まで空に起つ★★★
買物を待ちて車中の薄暑かな★★★
●古田敬二
葉桜の下でバス待つ旅終わる★★★★
葉桜の下は、意外にも安らいだ気持ちになる。初夏の旅も終り、旅の充足感と安堵感がある。(高橋正子)
高野山
老杉を見あげる初夏の空青★★★し
石楠花の散り敷く古刹の苔湿る★★★
●小西 宏
段なして植田それぞれ空を持つ★★★★
田ごとに空が映つる植田は、目にも涼やかで美しい。早苗の緑と、空の映る田水が段をなしている棚田の風景は、日本の残したい風景。(高橋正子)
雲の間に富士雪渓の大いなる★★★
静波の網戸を通し寄せる夜★★★