9月7日-9日

9月9日

●河野啓一
せせらぎにうまれしとんぼ飛び立つや★★★★
透明感のあるきれいな句である。せせらぎに生まれたとんぼが、羽もせせらぎの水のように透き通り、いま飛び立った。小さな命の飛翔である。(高橋正子)

ぎんやんま網持つ高さを避けて舞う★★★
ぎんやんま独り周回雲に沿い★★★

●小口泰與
田一枚群れて襲いし稲雀★★★
やわらかき川風ふきて秋あかね★★★
朝顔や家に伸びくる物の影★★★

●佃 康水
秋耕の人へ水音の絶え間なし★★★★ 
紙袋砂の零るる秋茗荷★★★     
草叢へ踏み込み飛蝗の飛び跳ねり★★★

●桑本栄太郎
熟れ色の田毎に違う稲穂かな★★★
畦刈られ彼岸花のみ立ちにけり★★★
秋雨の止んでぽつかり青空に★★★

●多田有花
輝いてすぐに闇来る秋の暮★★★★
秋の日暮れは早い。入日に輝いたと思うと、すぐに闇が訪れている。「輝いて」をいきなり上五に置いて、それが強調されたのがよい。(高橋正子)

かろがろと雲流れゆく秋の朝★★★
ウインドウ下ろし秋爽の風入れる★★★

9月8日

●黒谷光子
稲刈りの始まり伊吹の晴れ上がる★★★★
伊吹の山が晴れ上がり、快い日に稲刈りが始まる。よく実った稲穂に、実りの秋の嬉しさと充実感が伝わる。(高橋正子)

脱穀の音する村のここかしこ★★★
留守番は門口の辺の法師蝉★★★

●桑本栄太郎
ふつくらと梨のみどりや田舎より★★★★
緑の梨は、なじみは二十世紀梨であるが新種の「新甘泉」か。故郷山陰の梨である。届いた梨のふっくらと丸いみどりの梨をいとおしくさえ思う。(高橋正子)

銘柄の「新甘泉」とや梨の届く★★★
手に持てば梨地ざらりと梨の届く★★★

9月7日

●小口泰與
外(と)に出づや冷やかな風身に受けて★★★
外に出るとき、風が冷やかになっている。その風の冷やかさに驚き、外気の快い緊張感が伝わる。(高橋正子)

高原の雲のはやきや松虫草★★★
山路きてほっと和みし竹の春★★★

●下地鉄
秋雲をつんざき残る飛機の音★★★
秋蝶のもつれもつれて戯れて★★★
秋風や島環る海の蒼さかな★★★

●桑本栄太郎
野分荒れノアの方舟斯くありき★★★
枝葉落つ千々の乱れや野分跡★★★
野分晴れ雲の間に間のあさぎいろ★★★

●祝恵子
近づけば案山子は吾に笑いかけ★★★
水落とし水路の底も見えて秋★★★★
数珠玉ははるか昔の縁側で★★★

●黒谷光子
二輪のみ咲くが好もし秋の薔薇★★★
見渡せばほのぼの白し蕎麦の花★★★
入り混じる声さまざまに虫の夜★★★

9月6日

●下地鉄
冷めやらぬ朝の涼気に秋を知る★★★
梯梧落ち萎む姿の晩夏かな★★★
日に数度厠通いで夏を了え★★★

●小口泰與
よちよちと紺の法被の踊かな★★★
踊の輪おなじしぐさの双子かな★★★
桐一葉落ちてしじまを深くせり★★★

●古田敬二
秋の夜のお酒の早く減ることよ★★★
木曽駒ケ岳(きそこま)から流れて白し秋の水★★★★
 関所跡
くぐり門通る朝風涼しけり★★★

●桑本栄太郎
ひるがえる木々の葉裏や野分吹く★★ ★
軽やかな雲の高さよ野分晴れ★★★★
野分が過ぎ去ったあと、爽やかさも一度に押し寄せる。雲も高く軽やかに浮いて爽涼の気を楽しんでいる。(高橋正子)

外に出でて子等の遊びや野分晴れ★★★

●黒谷光子
葛の花竹一本を巻き昇る★★★★
歩数計捗らぬ日の秋暑し★★★
蜻蛉の過ぎる一瞬目の高さ★★★

●多田有花
秋涼の山路を軽く走りけり★★★

山仰ぐそのうえにあり鱗雲★★★★
山を仰ぐ。その視線を伸ばすと鰯雲が行儀よくならんでいる。まさに秋なのだ。(高橋正子)

虫の音に包まれ夕餉の箸をとる★★★

●高橋秀之
路地裏に漂う香り焼き茄子★★★
出張日夜明けに朝顔ひとつ咲く★★★★
法師蝉木々の向こうに法師蝉★★★

9月5日

●小口泰與
ひぐらしの鳴き終わりたるしじまかな★★★
雨降りてことに朝顔終の花★★★
そば咲くや板張りホーム無人駅★★★★

●下地鉄
里山の地を這い飛ぶや初とんぼ★★★
ようやく見かけるようになったとんぼ。初とんぼは軽やかに空を飛ぶに至らず、地面近くを飛んでいる。身近に初とんぼを見たうれしさ。(高橋正子)

新聞紙吹かれる音の涼気かな★★★
蕎麦の花伸びれば覗く空の数★★★

●古田敬二
天狗茄子大きく実り地に届く★★★★
立秋の朝の空気に目覚めけり★★★
コオロギが飛びこむ朝の野菜籠★★★

●桑本栄太郎
風吹けば野辺の明かりや女郎花★★★
うそ寒や肩にレースのバスの客★★★
雨雲のにぶき茜や秋入日★★★

●多田有花
濁流を背後に秋の蝉の鳴く★★★
播磨灘沖ははるかに野分晴れ★★★★
ことごとく朽木倒れて野分あと★★★

●小西 宏
ひぐらしの杜を背に聞く西の雲★★★
猛き雲去りし夜の虫はげしく聞く★★★
道産の玉蜀黍の白甘し★★★

●佃 康水
秋耕や末成り瓜を巻き込みて★★★
葛咲いて名札を貰う薬草園★★★
久々に晴れて媼は大根撒く★★★

●黒谷光子
木より降り土より湧きて虫の声★★★★
虫の声が木から降ることを、私は横浜に来て初めて経験したが、作者のところもそうである。草むらの底の土から、こんもり茂った木から虫の音が聞こえる。力強い虫音の世界。(高橋正子)

虫の音に囲まれている夜の居間★★★
鈴なりの熟れて落つのみ棗の実★★★

9月4日

●小口泰與
指先を包む冷気の初秋かな★★★
湖風に乗りくる香り藤袴★★★
龍之介の愛でし赤城や秋気澄む★★★

●多田有花
秋の雨まだ降り飽きず降り続く★★★
ひやひやと昼の雷雨を聞いている★★★
轟いて泥水流る野分あと★★★

●桑本栄太郎
雲切れて雨の九月の青空に★★★
水滴の光りつぶらや葛の花★★★
秋雨の降るや彼方に青空も★★★★

●小西 宏
病院の玄関に待つゴーヤ棚★★★

とんぼうの列なして行く空かろし★★★★
とんぼうが列を作って飛んでゆく楽しい空となった。すいすいと飛んでゆくとんぼうに空まで軽くなった感じだ。(高橋正子)

虫の音のビルの暗きに星見上ぐ★★★

●古田敬二
木曽福島宿
露載せて草茂りいる番所跡★★★
初秋の丸き木漏れ日歩きけり★★★★
「夜明け前」の筆跡古び秋の宿★★★

9月3日

●小口泰與
かげろうに瀞の魚の夕まずめ★★★
きちこうや山の紫紺と湖の紺★★★
ひぐらしや同胞(はらから)集う大広間★★★

●桑本栄太郎
追い越して秋の野を往く新幹線★★★
秋雷の降るとも見えず曇りけり★★★
秋驟雨わが家の上の空だけに★★★

●多田有花
迷い込みし蝶逃がしやる秋の朝★★★
川に水重々しかり秋黴雨★★★
秋雨の時おり激し夜に入る★★★

●古田敬二
輝けり木曽の棚田に夕日射す★★★
露地奥に揺れるコスモス宿場町★★★
葛の花旧国道の壁に咲く★★★

●高橋秀之
長雨の途切れし空に秋夕焼け★★★

食卓に弁当ふたつ休暇明け★★★★
休暇が明け、今日からは、いつもの秩序で学校や業務が始まる。弁当が二つ、きりりと包
まれて食卓に置かれて、気分もあらたに出発である。(高橋正子)

軒先に雀の鳴き声秋の朝★★★

9月2日

●小口泰與
見え揃う稲穂の垂れし朝かな★★★
吹き降りに朝顔の蔓乱舞かな★★★
湯の町のとっぷり暮れて酔芙蓉★★★

●古田敬二
鍬の柄に憩えば足元ちちろ鳴く★★★
秋灯に三日まとめて書く日記★★★

茄子胡瓜袋に凸凹畦を踏む★★★★
茄子や胡瓜を収穫して袋に詰め、足元も危うい凸凹の畦道を踏んでもどってくる。いかにも手作りの茄子や胡瓜である。(高橋正子)

  
●桑本栄太郎
秋雷を屋根に聞ききつつ讃美せり★
小説の筋を追い居る秋夜かな★★★
雨音に目覚め窓閉む夜半の秋★★★

9月1日

●小口泰與
そばの花出そろう畑や日のやさし★★★★
白粉花や赤城は雲を纏いおり★★★
ふた心持ちて浄土や稲の花★★★

●桑本栄太郎
<京都市内、新京極にて映画>
秋澄むや新京極へ映画見に★★★
異国語の流れ案内秋の京★★★
秋涼の香のかおりや新京極★★★

●多田有花
雨あがり秋蝉静かに鳴き始む★★★
秋の田のところどころに稗つんつん★★★
色変えた葉から散り初む桜かな★★★

●下地鉄
潮騒に暮れいく浜の晩夏かな★★★
振り返れば病もいとし秋の風★★★
夏雲のゆたり過ぎ行く空の色★★★

●祝恵子
二学期が始まる頃よかくれんぼ★★★★
水泳や花火、それにお盆などでそれぞれに過ごした夏休みも終わると、子供は自然と集まって、かくれんぼをして楽しむ。思い出せば、かくれんぼは、秋から冬によくしていた。(高橋正子)

学習田秋の燕のまだ残る★★★
尼寺の庭に見つけて酔芙蓉★★★

●古田敬二
夜もすがら木曽川瀬音秋の宿★★★
窓の外雨降り始む木曽の秋★★★
秋の水澄んで白瀬の薄暮かな★★★

●小西 宏
、トンボ待つ小川の傍の半ズボン★★★★
舐め挙げて櫟の幹の秋西日★★★
ひぐらしの蟋蟀となる夕の風★★★

●高橋秀之
秋暑し神社の階段一歩ずつ★★★
横須賀に入港する艦秋暑し★★★
公園に三笠の船形秋日影★★★

河野啓一/転記

●河野啓一
街道に沿うて九月の箕面山★★★
隣人のはや退院したる九月かな★★★
許されて歩行練習窓の秋★★★
許されて歩行訓練窓は秋★★★

深み行く秋空ひろきベッドかな★★★★
入院生活も長くなられ、猛暑の夏を越して秋になった。ベッドから眺める秋空がひろびろと、色深くなってきて、もの思う作者の心境が察せられる。(高橋正子)

温め酒恋しき頃の近づけり★★★

黒谷光子/転記

●黒谷光子
手をすすぐ小川の小石の光る秋★★★
訪う家の垣根に紅濃く秋の薔薇★★★
入相に声を限りの秋の蝉★★★
酢に和えてほのぼの紅差す芋茎かな★★★
ほんのりと膳の酢の物赤芋茎★★★

虫の音の四方八方門閉める★★★★
四方八方から聞こえてくる虫の音を惜しむように門を閉める。門の閉める行為で四方八方の虫の音が際立ってくる。(高橋正子)

秋茄子を採れば確かに実のしまる★★★
半分もあれば充分南瓜切る★★★
送り出て秋の夜風の心地よき★★★
登り行く左右ひろびろ大花野★★★★
山風にいよよ紅濃く吾亦紅★★★
伊吹嶺のすっくと秋の青空に★★★

古田敬二/転記

●古田敬二
木曽の入る開きしばかりの花芒★★★★
木曽は、一足季節が先にきている。開いたばかりの芒の穂がみずみずしい。(高橋正子)

白樺にかすかに紅葉始まれり★★★
コスモスを揺らして通る長野行き★★★
父に母に願い事告げ墓洗う★★★
子や孫の幸を祈りて墓洗う★★★
戦死者の苔むす墓を洗う人★★★