晴れ
埋葬の日のちかづきて青葉冷ゆ 正子
青葉冷ゆ旅の支度に似る納骨 正子
夜はことに青葉に冷ゆる畳の間 正子
●晴れてはいるが、きのうより気温が5度くらい低い。家のなかにいるとひんやりするので、薄着の上にボアを羽織る。いずみ浄苑から法事の案内の手紙がくる。夕方お寺に確認の電話。
●「氷室」の同人会長の大島幸男句集『雪解』(青磁社)を贈呈いただく。私などに、と思いつつ開けると、5月9日の発行日。早速お送りいただいたようだが、直接には存じ上げない。1948年新潟生まれで大阪在住。同じ時代を、同じ空気を吸って生きてきたことがなぜか嬉しい。以下に好きな句を挙げるが、自分流の句を選んでしまった。
虎杖を折れば音たつ水滴る
風鐸や奈良には高き鰯雲
餅花の枝垂るる先に寝ねにけり
雪形の現れしころ帰りけり
秋澄むや襖に淡く雁の落ち
山抜けて途の定まる帰雁かな
荒縄を断つて木の芽を放ちけり
雪沓を提げ夜の駅の親であり
左手の山が右手となる帰省
夜学子のざくりと置きし鍵の束
ひるがへり合うて帰燕の日の近し
若水や星の底なる雪の街
笹に汲むひと口ほどの岩清水
●お礼の手紙はあとでと思ったが、印象が残っているうちにと思い直し、夕方手紙を投函した。
曇り
KKR ローズテラス
夏靄のせまる玻璃窓黒カレー 正子
満目の薔薇吹き揺らす雨嵐 正子
薔薇の雨傘を濡らすも傘軽し 正子
満目の嵐の薔薇を忘れまじ 正子
神奈川県立近代文学館
うす暗く青葉に灯り文学館 正子
●今日は妹が帰る日。朝食後、妹が私の散歩コースを知りたがっているので、5丁目の丘へ。昨日の荒れた天気のせいか、今朝は鳥が鳴かない。鵯と、四十雀が一羽鳴いた程度。曇りで富士山も南アルプスも見えないが、富士山の見える辺りを教える。
五月人形を飾っているのを妹が見て、雛人形の顔も見たいというので、内裏様だけ出す。雛人形は母と妹が句美子に選んでくれたもの。40年経つが、そんなに古びていない。お土産に何かと思うが、要らない、要らないと言うので、編んだばかりのレース編みを渡す。
新横浜まで見送っていく。家から新横浜駅までは20分もかからない。駅の店舗は、できた当時よりずいぶん変わった。高島屋も引き払っているし、弁当と鎌倉横浜みやげの店とカフェがほとんどになっている。小さい鎌倉のお土産を買って渡した。二時前の小倉行を見送って帰宅。
雨、風ときどき強し
二夜咲き真下に散りぬ活けし薔薇 正子
薔薇園を背にして港ヨコハマを 正子
薔薇の句を4B鉛筆もちて書く 正子
●小雨を承知で「山下公園」と「港の見える丘公園」に末の妹と出かけた。山下公園は12日開催のトライアスロン会場の準備中。薔薇がきれいに咲いて噴水があがっている。氷川丸、赤い靴をはいた女の子、大さん橋を見てまわった。大さん橋はバリアフリーで、大きく波打つようなデザインは、デッキのような全面板張り。波にゆったり揺られているような、船にのっているような感覚になる。妹がこの桟橋のデザインは、オリンピック競技場のデザインで、没になった女性のデザインではないのかという。そうらしい。大さん橋では革製品を手作りしている店で横浜の水彩画の絵葉書を買った。この桟橋の中で氷川丸やベイブリッジをスケッチしている人が二人。
雨のなかを歩いてきたので、この辺りでバスに乗りたくなった。見れば大さん橋入口にバス停があって、「赤いくつ」のバスが止まる。ちょうどバス停から横浜三塔と言われる、神奈川県庁の和洋折衷のキングの塔、横浜税関の優美な緑青色の小さいドーム型のクイーンの塔、横浜開港記念館の赤白のコントラストのあるジャックの塔が、三塔一緒に見える。10分おきぐらいに来るバスに乗った。「港が見える丘公園」へ行くつもりだったが、桜木町が終点でそこで降ろされた。雨と風が強い。やむなく桜木町の駅前から路線バスに乗って、「港の見える丘公園」へ。公園前で下車すると、薔薇園も雨と風がかなり激しい。
目の前のKKRのホテルのレストランに駆け込んだ。港に向く席に案内されて、二時前、遅い昼食に黒カレーセットを注文した。ポテトサラダの前菜に甘くてピリッと辛いカレー。黒い色はなんだろう。ご飯に合わせて甘みのあるものを食べるのは苦手。隣の席の女性二人も、妹もこんなカレーは家では食べれないと美味しそうに口に運んでいる。最後のブラックコーヒーを飲んで落ち着く。食事をしている間は、靄が窓に押し寄せて、ベイブリッジはほとんど見えない。うすくそれらしく影が透いている。それでもコーヒーを飲んでいるうちに靄がはれてきた。雨も止んた。
レストランから出て薔薇園を少し歩き西洋館を見物。イギリス館に入るとコンサートをしているようで、扉から音楽が洩れる。帯をさまざま造形的にデザインしたものと、生け花が展示してあった。端午の節句をイメージしている。イギリス館を出るとまた雨と風。薔薇が吹き荒れている。荒れている薔薇はまたと見れない壮観な眺め。カスケードのある道を伝って111番館へ。ショップだけ見て出て、神奈川近代文学館へ。文学館付きの喫茶店がしまっているので、休館のような雰囲気。しかし、薄暗い中にも小さい明かりがついている。「帰って来た橋本治展」がある。試しにドアの前に立つとドアが開いて、受付に女性がいた。入館料を払い中へ。来館者は二人と私たち。橋本治の遺稿は神奈川近代文学館に寄贈されているとのこと。手書きの原稿用紙が、書き損じも含め積み重ねられている。25センチほどの高さのものが3つ。桃尻語の『枕の草子』や『源氏物語』、編み物をしていて浮世絵や沢田研二の顔などを編みこんだセーターなど、原稿を書くための細かい資料、駒場祭のポスターなどの展示。やりたいことは何でもやってみた人の印象。
出た時は閉館が迫る時間。帰りは雨が止んでいるので谷戸坂を歩いてくだり、フランス山の入口の栃の花はどうかと見て、元町中華街駅から東横線で帰宅。「赤いくつ」バスには初めて乗ったし、妹にも横浜らしいところを案内できた。しばらく、多分10年ぐらいこの辺りには来ていないので、久しぶりに面白かった。
曇りのち小雨
剪りくれる薔薇を待ちつつ薔薇を見る 正子
夫亡き家五月の薔薇匂うなり 正子
石井さん
天上へ光れとばかり薔薇咲かす 正子
●近所の薔薇愛好家の方の庭を見惚れていたら、「剪ってあげましょう」と一抱え薔薇を剪ってくださった。そして、薔薇の花について細かく説明をしてくれた。葉に艶があるものと、無いもの、棘の向き、蕊が緑と黄色の違い、モダンローズとオールドローズの違いなど。オールドローズは手でそっと触ると優しくやわらかい。聞けばきりがない。家じゅうの薔薇の花に嬉しくなる。仏壇に棘があるので薔薇はいけないと聞いたが、愛好家の方は、「家内にたくさん供えてますよ。空から見ていてくれると思うと、一生懸命薔薇を咲かせてますよ。」という話。それで、仏壇にも薔薇をたくさん供えた。
●末の妹が一周忌の前にお参りに来てくれた。
晴れ
発車して窓に紅花栃の花 正子
発車して旅を行くごと栃の花 正子
青葉蔭知らない道のまだ続き 正子
●家のなかにいるとそれほどでもないが、季節外れの暑さ。フジコ・ヘミングさんが4月21日亡くなって、昔の映像が放送された。「私のラ・カンパネラが世界で一番いいと思っている。」と話していた。「ラ・カンパネラ」がフジコ・ヘミングに乗り移って、私は私が世界で一番好きだと言うようにも取れる。こよなく愛した「鐘」の音でもあるのだろう。
●マチス展が新国立美術館で2月から開催されいる。5月27日まで。去年は東京都美術館で4月27日から開催された。ネットで調べた時、この二つをなぜか混同してしまっていた。4月27日が来るのを待っていたのだ。ロザリオ礼拝堂のモチーフなどを一度見たいと思っている。19日の一周忌が済むまでは気が抜けないし、見逃しそう。
●冷凍してストックするために、半日かけて、いなり寿司と餃子を作った。いなり寿司は、揚げも自分で炊いて、具もちゃんと入れて作った。出来立てを味見すると揚げの味がしっかりしていない。失敗と思って沈んでいたが、夜食に一つ食べると、味がなじんで驚くほど美味しかった。馴染んで味にメリハリが作ってどういうことなのかしらん。
晴れ
水つかう吾の近くへ夏の蝶 正子
夏蝶の影のもつれが地に映り 正子
夏の蝶遺影の夫の変わらずに 正子
●お昼前、丸善へまっぷるの『横浜』を買いに。金蔵寺の横から山道を歩いて行く。日陰を選んで歩くが日陰がとぎれると、日差しがきつい。日傘をさすべきか、どうか、日傘をリュックから取り出すのがめんどうなばかりに、ずっと考えながら歩いた。結局、 冠っている帽子で済ませた。
●本屋から帰って、天気がいいので今日も押し入れの布団干し。窓ガラスを拭いてベランダを洗っていると、黄アゲハがよく飛んでくる。もう夏になっている。
●この連休、街のなかに住んでいながら、森の中に暮らしているような気分。誰も訪ねてこないから、暮らしは快適。朝は起きようと思わなくても普通に目覚める。本が読みたければ読む。本に飽きたら、レース編みをする。電車に乗って出かけたいときには、小さい街まで行って花や緑や川のある所を見つけて歩く。珈琲ゼリーが欲しくなったら作る。夜は、レース編みの続きをいろんなことを思いながら編む。信之先生が亡くなっても私や娘に心を寄せてくださる方がおられる。そのことを思うと、尊敬と感謝しかない。
レースは編みあがったら、夜中でも糊付けをして外に干しておく。クラッシックを朝から夜まで聞いていたのに、読みたい本を図書館から借りて読むようになって、目も悪くなった気がするが、クラッシックをあまり聞きたいと思わなくなった。それに世の中はもういい、と言う気持ち。
晴れ
青アゲハ飛べば生まれるうすき影 正子
卯の花は上総地層に咲かむとす 正子
ハルジオン優しすぎれば淋しさに 正子
●6日からは曇りか雨の予報。押し入れのお客用の布団を干す。朝、5丁目の丘へいくと、アゲハ蝶が足元からふらっと飛び立つ。今年初めて見たアゲハは、黄アゲハも青アゲハもいる。気のせいか、少し小さい感じがする。
●『人間ゲーテ』(小栗浩著/岩波新書・評伝選)を借りて読み始めた。ゲーテについてよく知らないので書くことはないが、壮大な人物の印象をもつゲーテの人間性の魅力はなんだろう。聖俗あわせもっている印象。19世紀を下るにつれて壮大な人物がいなくなっていることは科学的に(社会科学的に)証明されているとのこと。ゲーテの時代読者は男性が対象と思っていたが、ゲーテは息子の嫁に『ファウスト』の原稿を読み聞かせている。こう見ると男性だけを対象に書かれたのではないようだ。『ファウスト』も研究者のようには読めないが、いい加減に読んでも面白い。
現代の日本の本、なんとなく、いまだに男性対象に書かれている気がする。読んでいてよくわからない疎外感を感じる。
リルケの
いま住む家のない者にもはや家はなく
いま孤独な者はいつまでも孤独でいるでしょう
の2行に共感。
晴れ
せせらぎの流れてくだる若葉陰 正子
夏近し遠きに浮かぶ観覧車 正子
●図書館の本を返却。駅前のナチュラルガーデンが夏らしい雰囲気。そのあと、駅の右手の瀟洒なビルの続きがどうなっているか見たくなってビルの端まで歩く。そのあたりから青もみじなどの落葉樹の小道があり、小さいせせらぎが流れている。そのまま歩けばセンター北駅に行きつきそう。晴れているので、緑道を心地良い風が吹きぬける。思わぬところで、ハイキングを楽しむことになった。せせらぎで烏が水を飲んでいる。反対側から歩いてきた人に「この道はどこに出ますか」と聞くと「百メートルほど行ったら川に出ます」と。お礼だけ言ってそれ以上聞かなかった。
このあたりで川とは鶴見川の支流の早淵川。早淵川に行き当たれば、土手を歩いてセンター北駅に出れる見当はつく。土手は日差しがきつく、日傘をさす。土手を行くとセンター北の阪急百貨店の観覧車が見える。それを目指して大通りを歩くと赤いマロニエの花が咲いている通りに出た。いつもはセンター北駅を中山行の電車の窓から見えるマロニエなのだ。この花に安心感を覚える。通りの突き当りが駅構内となってエスカレーターで上がると駅の改札口広場に出た。いつものところが初めてのように思える。例のJAの直売所で紫蘇の苗2本を買って電車に乗った。
●借りた本は、『はじめて学ぶアメリカ文学史』『はじめて学ぶイギリス文学史』『人間ゲーテ』(小栗浩著・岩波新書)『シラー』(内藤克彦著・清水書院)。
小雨
ふっくらを大切にして柏餅 正子
柏餅いろは朽葉と青きいろ 正子
レース編五月の空に吊るし干す 正子
●ゆうちょ銀行の調査書類を整える。句美子に見せて連休明けに返送する。
●『ファウスト』二部のはじめ「気持ちのよい高み」をなんどか読む。「高み」が実際どういうことかを言葉で伝えるのは難しいが、このように詩の形式なら、おおよその感覚がつかめる
愛大俳句会に入会したばかりの10代のとき、部長の学生が「いたどり」主宰で愛大俳句の前身の旧制松山高校の「星丘」俳句会を指導した独文学者の臥風先生の俳句について、「臥風先生の俳句はどこがいいのかわからない」と言ったことがある。感覚的には素晴らしいとわかるが、どこがいいかと問われれば、答えるのがむずかしい。今思えば、「高みの心境」を詠んだ俳句だと分かる。こういうと、逆に「深み」のある俳句はどういった俳句か説明を求められると、これも難しい。
『ファウスト』を敬遠していたが、2度目に読むころから、面白みにが少しわかってくる。これまで全然思わなかったが、こういった本の読者は男女を問わない中性的な人間ではなくて、男性を想定して書かれているのではと思いだした。なんとなく。
曇り
花いばら看取りし夜のありありと 正子
おがたまの花の一樹に風薫る 正子
立葵夫を立たせて撮りし写真 正子
●「俳壇5月号」の「名句のしくみと条件/⑰草田男の名句」(坂口昌弘著)
を読んで思ったこと。
蟾蜍長子家去る由もなし 草田男
の句について、秋櫻子が「真面目でも意味のわからない俳句は困る」と言ったという。
鰯雲人に告ぐべきことならず 楸邨
楸邨は人間探求派という名前が生まれるきっかけとなった座談会で、それまで、俳句の方向性から、生活からの声を表現する技術をもっていなかったことを背景に「現在の自分が、自分の生活から出てくるもので捨てかねて居るやうなものを出す時に、わかりにくいところが出るかも知れないが現代に活かしてみたい」と発言している、と言ったこと。
季語と季語以外の言葉が切れている場合は難解となる。草田男と楸邨の句で、切れているのか、切れていないのかよくわからないと、坂口氏は言う。
昨今は、季語の孤立、「切れ」が「切れ」ているほど良いと言う傾向がある。それを「飛躍」という。難解な句が高次の句とは納得できないが、どうもそうらしく、そこに面白みや現代性を見る。しかし、短い俳句では、飛躍がありすぎると、難解というより、解釈がどこまでも恣意的になるのではないだろうか、と思う。作者はみんなの解釈をなにやら「ほくそ笑んで」聞いている格好だ。人が悪いと思う。まるでメフィスト。
また、楸邨の言葉、「わかりにくいところが出るかも知れないが現代に活かしてみたい」は、実験の段階、チャレンジと思える。それが名句となって、解釈がいろいろできるということ。実験は成功したのか。
草田男の場合は、寓意的と読める。この寓意はゲーテのようでもあるような気がする。
●私は、季語と季語以外の間には不即不離の関係がなければならない、と教わった。季語が孤立してはいけない、と言うこと。切れすぎてはいけないということ。要するに、今どうすべきか。多々ある考えから、今の自分のスタイルを貫くしかない。そのスタイルにむしろ人間性が出ると考えて、おのおの良きように、ってことか。