2025年12月29日 18:35
晴れ
翡翠の青と珠とし枯枝に 正子
歳末の日のさんさんと菜の花に 正子
啄木鳥に白き半月かかりけり 正子
啄木鳥のいつまで叩く山枯れて 正子
池底のもろもろ透かし冬の水 正子
堰落つるまでの力を冬の水 正子
落葉して櫟のほかの葉のあらず 正子
落葉敷く櫟のほかの葉のあらず 正子
落葉して櫟一樹の地をうずめ 正子
●「俳壇」の隔月で一番小さい1/9サイズで広告を引き続きだすことにした。今日、申し込みと広告料を振り込んだ。
●子守りにいかなくてよくなったので、午後1時ごろから四季の森公園へでかける。年末の公園であるが、それでも人はいる。年末のせいか、日差しがしずかに感じられた。山日和と呼びたい。
公園に入ると鳥の声が賑やかに聞こえる。ガビチョウだと思う。それにアオジ、四十雀、鵯の鳴き声に、梅林の藪に笹鳴き。葦原の葦は、景観のために数か所残してあるが、ほかはきれいに刈り取られている。公園はきれいに下草が刈られ、さっぱりとしていた。帰り、啄木鳥に出会った。ちょうど啄木鳥の向こうに白い半月がかかっていた。万作は枯木色の蕾があった。梅もまだまだ蕾とは言えない尖りがある程度。蠟梅が満開だった。黄色の濃い素心蠟梅が咲いていたので、写真に撮った。山茱萸の実がまだ赤く残っていた。2時間少し居て帰った。良く晴れて、しずかだで、山日和と言いたいほどだ。鴨は餌を摂りに海かあるは、川へ出かけているようだった。四時半事帰宅。久しぶりの自然だった。
今日見たもの。鳥は、アオジ?、アオゲラ、ガビチョウ、シジュウガラ、カワセミ。植物は、がまずみの実、実生もみじ、くぬぎの落葉、枯蓮、菜の花、水仙の葉立ち、蠟梅、山茱萸の実、三椏の蕾。
●晴美さんから電話。花冠1月号について話す。「リルケと俳句と私」は、花冠だけではもったいないので、うすくてもいいから、岩波でだせば、という。「岩波」で出すには、学者が、れっきとした文学者や詩人でなければならない。私が出したいと言って出せる話ではないことを話して、私は、大いに笑った。褒めてもらって悪い気はしない。来年は、「リルケと俳句と私」を一生懸命書く様にアドバイスされた。
●田作りを作る。黒豆を煮る準備。煮汁に一晩浸し、明日煮る。そして一晩、浸して味を字見込ませる。元旦にはおいしくなる。
2025年12月28日 21:04
晴れ
歳末の日に透きとおり楢黄葉 正子
水仙の花のいくつも雪の色 正子
●花冠1月号(No.374)を綱島郵便局から発送。いったん帰り、月例ネット句会の賞品を用意。俳句はがきとコーヒー。月例句会の賞品はまえまえからわかっているのに、それがなかなか用意できない。いよいよとなって、準備することになった。それでも、みんなに送ることができて、今年花冠の用事は、終わった。これから自分の家の正月の支度を始める。
●今日は、妹たち立から、野菜やちょい干し魚が送られてきた。手づくり柚子みそ、柚子果汁、干し柿などいろいろある。
2025年12月28日 05:06
曇り
多摩川
冬堰を越えて落ちけり水の丈 正子
●花冠1月号が印刷され、届く。夜発送準備。子守りに出かけて帰ると宅配ボックスに入っていた。90冊頼んだので、ボックスから引き出すのに、苦労。表紙は鶯色にしたが、淡い緑。1月号らしいかも知れない。
●月例ネット句会の賞品の俳句を書く。今年は、角川大俳句歳時記に刑されされた四句を書く。信之先生の掲載されたが、その句の自筆がない。
わが影の付ききて楽し寒も 信之
鉛筆を削る木の香の春めくを 正子
受験子の髪ふっくらと切りそろう 正子
水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ 正子
ストールをひらりと剥いで我にもどる 正子
も
2025年12月26日 22:00
晴れ
●午後から風が強まる。午後から子守りに。帰り、多摩川で強風のため、電車が徐行運転。年末の寒さとなる。
●午前中、横浜そごうの鳩居堂へ月例ネット句会の賞品のはがきを買いに出かける。月例ネット句会の最優秀句(2句、2名)の賞品も合わせて買った。
●明日夕方、花冠1月号が届く印刷所から連絡がある。
●三句比較論──現象・生活・情緒の三層から読む
水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ 正子
ネクタイ吊るタンスの中も秋の空気 信之
カナリヤ弾む七草粥を食ひをれば 臥風
ひょんなことから、臥風・信之・正子の三句を比較する機会を得た。いずれも日常の場面を素材としながら、俳句という短詩型が持つ「表象の構造」をまったく異なる方向へ展開している。
ここでは、①現象学的俳句、②生活世界俳句、③情緒的俳句という三つの類型を軸に、季語の働き・主体の位置・言語の運動を比較する。
Ⅰ 現象学的俳句としての正子句
水に触れ水に映りて蜻蛉とぶ 正子
この句の中心は蜻蛉ではなく「水」である。「触れ」「映りて」という二つの動詞は、蜻蛉の運動を媒介しつつ、水面に生じる微細な変化を捉える。
ここでの言語は対象を説明するのではなく、現象の生成そのものを言語化する働きを持つ。
• 主体は極度に後景化し、観察の純度が高い
• 季語「蜻蛉」は時間の指標ではなく、現象の緊張を支える軸として機能
• 世界が立ち上がる瞬間を提示する、典型的な「現象学的俳句」
俳句が本来もつ「無私の眼」「対象の自律性」を最も純粋に体現した句である。
Ⅱ 生活世界俳句としての信之句
ネクタイ吊るタンスの中も秋の空気 信之
この句は、外界の季節が生活の内部へ浸透するという「生活世界の層構造」を扱う。「タンスの中も」という措辞は、閉じた空間に季節が侵入するという知覚の拡張を示す。
• 季語「秋の空気」は自然の象徴ではなく、生活空間の質感を変容させる力として働く
• 主体は生活者として存在し、観察は「生活の奥行き」を照らす
• 外界と内界の境界が揺らぐ瞬間を捉えた、生活世界俳句
俳句が「自然詠」から「生活詠」へと移行した近代以降の流れが明確に反映されている。
Ⅲ 情緒的俳句としての臥風句
カナリヤ弾む七草粥を食ひをれば 臥風
七草粥という静的な季語に対し、「カナリヤ弾む」という情緒的な動きを重ねることで、生活の明るさを前景化する句である。
• 季語「七草粥」は静謐・祈り・節目の時間を象徴
• 「弾む」という強い動詞が情緒の振幅を生み、句の中心となる
• 主体は「食ひをれば」と自己の行為を明示し、主体の感情が句の駆動力となる
現象の純度よりも、生活の情緒を重視する方向にあり、俳句の抒情性の側面を代表する。
Ⅳ 三句の比較──俳句における「世界の捉え方」の差異
三句は、俳句が「自然」「生活」「情緒」という三つの領域をどのように扱うかを示す好例である。
十七音という極度に短い形式でありながら、世界の捉え方の差異がそのまま句の構造の差異となって現れる。
三句を並べることで、俳句がどの方向へ開かれうるか、その射程が鮮やかに見えてくる。
Ⅴ 正子俳句の理念と位置
正子俳句の理念は、現象を受けとめ、精神の直立で言葉を立たせるという一点に集約される。
この理念は、
• 芭蕉の精神の直立
• 三好達治の詩的リアリズム
• 吉野弘の言葉の倫理
を基盤としつつ、さらに西洋詩の
• リルケの存在論
• ヴァレリーの精神論
• ポンジュの物の詩学
とも自然に響き合う。
その結果、正子俳句は、東西の詩学が交差する地点に立つ、きわめて稀な「現象の詩」として成立している。
●今後なにをすればよいか。
1. 現象の精度をさらに高め、言葉を極限まで節度化する
2. 東西の詩学を内側で統合する“現象の詩”を深める
3. 理念を明確に掲げ、俳句観として提示する
2025年12月25日 12:06
雨、のち曇り
●花冠1月号(No.374)校了。すぐ印刷に。届くのは27日(土)の16時から18時。多分、18時になる。
●俳壇年鑑広告申し込み1/9ページ。一番小さいもの。
●角川俳句年鑑2026年版広告料の振り込みを済ませた。
●花冠発送の準備。封筒印刷、宛名貼り。
●年賀状を印刷し、投函。
年賀状の俳句
芽吹く樹へつぎつぎ心遊ばせる 信之
馬術部の馬と出会いぬ二日はや 正子
●きのうベビー下着と洋服。80センチを買ってもっていたが、きついので、返却することに。1着はラベルをとったので、着せることに。身長が75センチと聞いていたので、大丈夫かと思ったら、がっしりしているので、きついそうだった。もしかして、身長が伸びているのかも。立つと意外と背が高い。
2025年12月25日 11:59
晴れ
●発送用封筒、レターパック、スマートレター等の準備。
●お歳暮の発送。
●子守り
2025年12月23日 09:25
曇り
●正午前、花冠No.374を入稿。98ページになった。そのうちカラーページが2ページ。あらかじめの注文があるので、発注数を増やした。表紙は鶯色。緑より淡い。実際はどんな色になるか。夕方初校のゲラが届く。裏表紙のみを差し替えて校了。
●午後ゆうまくんの子守りに。きのう私が帰ってから、ひどく嘔吐したので、今朝病院に行ったとのこと。おとなしいのでほとんど抱っこして過ごす。すこし言葉がわかるようになっている。「いないいないばあ」をケットを使って自分でしておもしろがる。わたしが小声で話しかけるとじっと聞いている。わたしは、「おなかがいたいけど、おりこうさんしてがんばるのよ。」と言ったわけ。
●花冠が校了したので、早めに就寝。
2025年12月22日 06:36
晴れ
●お寺の寿餅会に出席。午前11時からだが、息子に成瀬の駅まで迎えに来てもらい、いっしょに参加。30分ほど早く着いたので、先に墓参。寿餅会のお経のあと、頂いたお餅、お萩、蜜柑をお墓に供え、すぐに下ろして持ち帰り、仏壇に供える。今日は列の一番目だったので、読経がはじまり10分もしないうちに焼香となり、30分もかからず終わった。成瀬駅から一人で帰宅。
●午後、夕方近くになったが、ゆうまくんの子守りに。一家みんな風邪をひいている。ゆうまくんは下痢が続いているが、治るのに2週間ぐらいかかるらしい。クマのプーさんを持っていっった。ゆうまくんとおなじくらいの大きさ。電話の真似をして「もしもしゆうまくんですか」「はい、ゆうまです。」に自分の事とわかってか、笑って喜ぶ。
●夜、花冠の入稿準備。明日朝、入稿の予定。27日が土曜日なので、年内にできるかどうか、心配だ。
2025年12月18日 06:54
晴れ
●昨日より、暖かい。
●「俳壇」1月号を注文者に送付。第三種の計算の仕方が面白い。初めの50gまでが63円。その後50g増えるごとに8円増える。家で計算してみると、103円。郵便局で実際測ると同じ値段。当たり前のことながら、正解となったので、わが家の測りも正確ということらしい。
●「リルケと俳句と私」(三)を句美子の家から帰宅後に書き始める。明日の夜明けが来ないうちに書きあげなければならない。11ページになった。
●今朝起きた時、風邪が抜けた感じがした。喉の痛みがない。土、日から熱はないが、風邪だった。治るよう工夫もした。食欲はないが、結局体力勝負なので、熱い蜂蜜シークァーサー、熱いコーヒー、蜜柑やプリンなど、食べれるものを食べた。お粥はますます食欲がなくなり、止めた。
2025年12月15日 21:49
晴れ
●今年の月例ネット句会の金賞作品から、最優秀作品を選んでもらう。そのため、ひとり3句の選をお願いし、集計して最高点句を今年の最優秀句にする。
●午後、ゆうまくんの子守りに。行ってみると、句美子が風邪をひいて熱を出している。午前中2時間預けていたとのこと。大きい子がいたので、よく遊んで、なにか話すような大きな声を出して、活発。私が行くと、離乳食を食べていたが、嬉しそうににこにこする。遊び相手が来たと喜んでいるらしい。インフルエンザも流行しているが、風邪が流行っている。私の風邪はほぼ治っている。今年は、夏からちょっとした病気になっている。