曇り、夕方から雨。
●夕方から風雨が強まる予報。九州や中国地方には線状降水帯があって大雨らしい。そのなか、仏壇店から信之先生の位牌ができたので取りに来るように電話があって、雨がひどくなっても思って5時過ぎ取りにでかけた。
●『硝子体・俳句のリアリティ』(髙橋信之著/水煙叢書・青葉図書)が届いた。
思ったより状態がよかった。古書店がなければ、見つからない一冊。著者自身の本が著者の手元にない話は、よく聞く。
●オリーブの晴美さんと電話で話す。
曇り
●午前、「俳壇」からメール。きのうは、見本誌の問い合わせ、今日は、出版社から重要メール、忙しくなりそう。
●俳句四季8月号の著者校正のメールが着信。すぐ、校正して返信。
●花冠7月号No.369号の編集を始める。創刊40周年が信之先生の追悼号にすなる。未発表かどうかわからないが、本箱に原稿⑨というのが見つかったので載せる。水煙叢書、花冠叢書、信之著作、追悼の手紙が主となる。
●『硝子体・俳句のリアリティ』(髙橋信之著・水煙叢書/青葉図書1988年)の「俳句のリアリティ」が探しても見つからないので、ネットの古書を探した。幸い松山岩崎町の古書店「猛牛堂」にあったので、注文。1500円と送料370円。
●1月5日の俳句日記にアクセスがかなりあったので、読み返すと、「今年は厳しい年になりそうだから、気を引き締めよう。」と書いている。正月には信之先生が亡くなるとは露思わなかった。
曇り
●「花冠」の見本誌を送ってほしいと、石楠系の俳人から葉書。
1月号と、2021年「俳壇9月号」の「結社の声」のコピーを準備。明日送る。明日は木曜日なので、普通便なら、この郵便が届くのは月曜日以降となる。
●俳誌「かまつか」はまだ発行されているか、年鑑で調べたが、よくわからない。長く続いた俳誌があいついで廃刊となっているのを、改めて知る。細々とでも続けていくより、すっぱり止めたほうがいいのか。
曇り
現代俳句7月号が届く。
「現代俳句と海外事情」を木村聡雄氏、「英語俳句について」をフェイ・アオヤギ(元アメリカ俳句協会会長)。「英語俳句について」の中に英語俳句を代表する二人の名前。二人ともHaikuspotlight に熱心に投句してきていた二人。J.W.Hackett さん、Nick Virgilioさん。Virgilioさんは、ニュージャージー州の墓に眠っているそうだ。そして墓に彼の代表句
lily:
out of water …
out of itself
が刻まれているろのこと。彼は亡くなっているとは思っていたが、墓があると知れば、なにかしら、さみしさがわく。墓石に刻まれた俳句。句碑ではなく墓石。
この俳句が投句された来た時のことを覚えている。今や英語俳句を代表する名句となっているとは。英語俳句の辿ってきた歳月が思い起こされた。
この句は、早稲田大学教授の故佐藤和夫氏が今の上皇陛下に御進講されて、<lily>を百合と訳し、上皇陛下に「睡蓮ではないか」と疑問を呈されたという話がある。知る人は知る話だ。
●『空海を解く』は、目からうろこの話が多い。海洋宗教の話。五島列島の海の向こうに常世がある。そのむこうは、イメージすると、ほのかな虹色のあかりがあるような感じがつかめる。簡単にとらえると、浦島太郎の竜宮は、海の向こうの常世の国。浦島太郎が年を取らないのは常世にいるから、という話らしい。
松山の札所石手寺に壺があり、この中の水が潮の干満に関係あるという。久万の岩屋寺は谷の中にありながら、山号は海岸寺。湧く霧を海に、松の枝を吹く風を波に詠んだ空海の歌があるという。これらの寺に何度も言ったにも関わらず、知らずにいた。
●夕方用事で日吉へ。帰り丸善へ。「日本の歴史」(別巻)を買う。歳時記を見る。「入門歳時記」(角川)、「新装 水原秋櫻子編・小歳時記」(大泉書店)がよさそうだ。分冊歳時記をみると、どれも夏の部が厚い。草田男の句「わが詩多産の夏来る」にあるとおり。夏は句ができやすいのか。
晴れ
さくらんぼ色づきほのか仏前に 正子
●ユザワヤへ。白の麻・綿の布をファスナーと買う。
●都筑阪急の中のブックファーストに寄る。『家での死に方』、ブックデザイン・ピアノ、レース編み、三国志を見る。
●お供えにさくらんぼを買う。クリスタルのボンボン入に入れて供えた。
晴れ。
●YouTubeの3ジジ放談を見る。佐高信、平野貞夫、前川喜平氏の3人の放談。政界裏話ながら、政界の話にしては面白い。今回は青木幹夫氏が亡くなって新聞各社が持ち上げ記事ばかりなので、けしからんという話。
亡くなった人はみんな仏様。亡くなった人を悪くいうのは不道徳は世間の心。次元がちがう話が、同じ次元になって、なんの違和感も感じない。俳句の心と世間の心が同じでいいものか。「情」というのは厄介な。
●きのう日吉の仏壇店に入るや、「五色そうめん」を積み重ねてあるのがのが目についた。「松山の?」と聞いて驚かれた。例の松山の五色そうめんだったのだが、普段食べていたので、懐かしくもあった。
晴れ
●信之先生の月命日。もう一か月経っている。葬儀屋さんがくれた経机に置いている蝋燭立てが大きすぎるので、新しく買った蝋燭が立たない。やむなく仏壇店へ。仏壇とお寺事情を聞く。最近は仏壇・仏具が小さいので、お寺さんが来ても小さい蝋燭立や小さいリンで大丈夫、お寺さんも心得ておられるとのこと。
●昨日角川8月号の初校ゲラが届いていた。朝一で校正を済ませ、返信。「クローズアップ」の欄に載るのだけれど、いまさら、私をクローズアップでもないだろうし。誰か急に断ったのかと、思ったり。どうでも、よろしいが、ちょっと面倒。
●今朝の新聞に挟んであるHONDAの写真広告は私の脳裏のあるたしかな風景。鞆の浦の常夜灯のあるところ。海へと沈んでいる石段と常夜灯、そして平屋の長屋と赤い郵便受け。この長屋に一時叔父夫婦が住んでいた。泊まったような記憶がある。石段と常夜灯は変わらないのはわかるが、長屋が昭和30年代初めの記憶のまま。そんなことがあるのだろうか。広告の狙いは「赴くままに共にどこまでも行こう」なのだ。そして、注意書きに、「撮影場所付近での、バイク運転はきけんですので、ご遠慮ください」と。となると、今のことかな。
鞆の浦は万葉時代から潮待ちの港として栄えた。道路は狭く、車がすれ違えない。帰省の時はいつもひやひやする。家も海岸近く迫って、後ろは岬となる山で、道の広げようがない。ここには風光明媚なので、バイクで行くのがいいかもしれない。ちょっといいとこ、見つけたな、と感心する。
●オリーブ11号を送っていただいた。
好きな句
水谷由美子
紙雛引き潮の面へ手を放つ
引く波に身をまかせ行く流し雛
白魚や暮れて遠くの山の色
髪染めてサラダのやうな春の服
対岸の灯りを窓に夏料理
海の日の朝のフレッシュジュースかな
木村晴美
菜の花や遊びつかれし子を背に
小流れに手を浸しつつ野芹つむ
バスツアー日帰りの旅春惜しむ
石積んで小さき川越へ夏野原
夕立ちや帆布バッグかかへをり
術後四日万緑どっと目を襲ふ
曇り。
●朝は涼しい。日中蒸し暑くなる予報だったが、それほどでもなかった。
日吉地区センターの図書室に丘越えで行く。いつもの路が工事中で駒林神社の急坂を上る。
●『空海を解く―その思想と背景』(上田春平・森浩一 共編・徳間書店・1984年)を借りる。善通寺市での「空海」のシンポジウムをまとめた本。
●「俳句7月号」(花冠広告掲載誌)が届く。故黒田杏子さんの特集。3月号だったか、私が言うのは禁忌とは知っているが、黒田杏子さんの雛祭の連作を読んで、黒田杏子さんは意外にも俗っぽいんだという感じをもった。俳壇の「壇」というのはそもそも俗っぽいのだろうが。そして、そこでご活躍の方なら当然・・。当たり前のことながら。
●寝る前、小切れでペンケースを縫った。昨日は、同じ布で小さい鍋敷きを作った。裏布、表より3ミリ控えることでピッタリ収まることに気づく。
曇り
●自由な投句箱の秀句にコメントをつける。しばらくぶり。添削とコメントがないと、だんだんと質が下がるのか、ダレてくるのか、いい句が少なくなる気がする。理解しがたい。
●木のベッドを粗大ごみに出す。
●朝一番に区役所に出かけ、葬祭費の申請をした。意外とすんなり受け付けてもらえた。それは、そうかも。よほど悪質でないと、葬祭費をだまし取るなどは。
●区役所へ行ったついで、横浜まで行き、そごうで香典返しのパンフをもらって帰った。西瓜や金魚,ぶどうのジェリーのお菓子をお供えに買った。
晴れ。
●昨日原稿を送ったので、一安心。花冠の編集にかからねば。発行日は遅らせる。
●藺草座布団をネットで注文。こたつ屋さんいぐさ屋さんという福岡の店。
クリーンとベージュ2枚ずつ。
●切手盆とお膳をはせがわで買う。切手盆は名刺盆となっていた。お膳は5寸というのを買う。
●高齢者医療保険で、葬祭費が出るから申請するように書類が来る。区役所に返却しよとまとめていたカードなど置き場所が分からなくなってしまった。角川と俳句四季の原稿2つの処理に追われていたので、記憶が吹っ飛んでしまった。まったく思い出せない。記憶が怪しい。