★秋蝉は向こうにちちと鳴くのみに 正子
秋の蝉は、力強い夏の蝉と違い、ちちっと秋の蝉らしい鳴き方をします。向こうでちちっと鳴くのみが、正に秋になったことを伝えてくれます。(高橋秀之)
○今日の俳句
朝霧が包む港に汽笛鳴る/高橋秀之
素直な句で、朝霧に鳴る汽笛がのびやかに聞こえる。朝霧に包まれた港がこれから動き出そうとしている。(高橋正子)
○狗尾草・猫じゃらし(えのころぐさ・ねこじゃらし)

[えのころぐさとめひしば/横浜日吉本町]_[チカラシバ/横浜下田町・松の川緑道]
○狗尾草
穂草のなかで、芒と並んで絵になる草かもしれない。花のないときは、一輪挿しにさして秋の風情を呼ぶ。また、畑の草取りのときなどは、引っ張れば根ごとすぐ抜けて除草には楽な草だ。今朝、ラジオにヘンデルの「ラルゴ」が流れていた。このところ、この曲を忘れていたのだが、聞いていると葬送の曲とも思える。空のどこかに、どこに連れてゆかれるかわからないが、導かれてゆくような曲だ。その空は、狗尾草を揺らしておけばよいような空だと思えた。
エノコログサ(狗尾草、学名:Setaria viridis)は、イネ科エノコログサ属の植物で、1年生草本である。ブラシのように毛の長い穂の形が独特な雑草である。夏から秋にかけてつける花穂が、犬の尾に似ていることから、犬っころ草(いぬっころくさ)が転じてエノコログサという呼称になったとされ、漢字でも「狗(犬)の尾の草」と表記する。ネコジャラシ(猫じゃらし)の俗称は、花穂を猫の視界で振ると、猫がじゃれつくことから。
草丈は40-70cmになる。茎は細く、基部は少し地表を這い、節から根を下ろす。夏には茎が立ち上がって伸び、先端に穂をつける。葉は匍匐茎にも花茎にも多数ついており、最大20cm位、イネ科としてはやや幅広く、細長い楕円形、薄く、緑色でつやがない。茎を包む葉鞘と、葉身の境目につく葉舌は退化して、その部分に毛だけが残る。
花序は円柱形で、一面に花がつき、多数の毛が突き出すので、外見はブラシ状になる。イヌビエなどの穂から出る毛は、小穂を包む鱗片(穎)の先端から伸びる芒であるが、エノコログサの場合、この毛は芒ではなく、小穂の柄から生じる長い突起である。エノコログサの小穂は、果実が熟すると、一個の種子(実際には果実)を鱗片が包んだものに見える。小穂の中には花は1つしかない。しかし、本来は2つの小花があるべきもので、そのうち1つが退化したものと解釈されている。
現在は、一般的に食用としては認識されていないが、粟の原種であるので食用に使える。若い葉と花穂は軽く火であぶり、醤油などで味付けしたり(風味はポップコーンに酷似)、天ぷらにしたりして食べられる。ただし、終戦直後大量に食べて中毒を起こした学者がいる。近代以前の農村では、酷い飢饉の際にカラスムギなどと共にこれを食用としたこともあった。オオエノコロは粟の遺伝子が流入しているので食用に供しやすい。
◇生活する花たち「山萩・鬼灯・蓮の花托」(横浜・四季の森公園)

★葛にさえ初花ありて匂うなり 正子
秋の七草の一つでもあるという葛は、他の七草と同様に雑草というほうが近く、崖などにおおせいに茂る逞しい草です。花もさほど華麗というわけではありません。しかし、花の香りはとても匂やかで、思わず、こんな花にもと感動してしまいます。「葛にさえ」という表現と「初花」という言葉の響き合いが印象的です。 (小西 宏)
○今日の俳句
虫篭の軽きを子らのそれぞれに/小西 宏
虫篭をもった子がそれぞれ。篭に虫が入っているのか、いないのか。それはこの句では問題ではない。虫篭の軽さが子供の幼さ、風の軽さを表している。(高橋正子)
○稲の花

[稲の花/横浜市緑区北八朔町]
★いくばくの人の油よ稲の花 一茶
★南無大師石手の寺よ稲の花 子規
★稲の花今出の海の光りけり 子規
★湯槽から四方を見るや稲の花 漱石
★雨に出しが行手の晴れて稲の花 碧梧桐
★軽き荷を酔うてかつぐや稲の花 虚子
★酒折の宮はかしこや稲の花 虚子
★八十路楽し稲の花ひろびろと見る/高橋信之
★稲の花見つつ電車の駅までを/高橋正子
★稲の花雲なく晴れし朝のこと/高橋正子
イネ(稲、稻、禾)は、イネ科 イネ属の植物である。稲禾(とうか)や禾稲(かとう)ともいう。 収穫物は米と呼ばれ、世界三大穀物の1つとなっている。本来は多年生植物であるが、食用作物化の過程で、一年生植物となったものがある。また、多年型でも2年目以降は収穫量が激減するので、年を越えての栽培は行わないのが普通である。よって栽培上は一年生植物として扱う。属名 Oryza は古代ギリシア語由来のラテン語で「米」または「イネ」の意。種小名 sativa は「栽培されている」といった意味。用水量が少ない土壌で栽培可能なイネを陸稲(りくとう、おかぼ)と呼ぶ。日本国内に稲の祖先型野生種が存在した形跡はなく、海外において栽培作物として確立してから、栽培技術や食文化、信仰などと共に伝播したものと考えられている。稲を異常なまでに神聖視してきたという歴史的な自覚から、しばしば稲作の伝播経路に日本民族の出自が重ねられ、重要な関心事となってきた。一般に日本列島への伝播は、概ね3つの経路によると考えられている。南方の照葉樹林文化圏から黒潮にのってやってきた「海上の道」、朝鮮半島経由の道、長江流域から直接の道である。3つの経路はそれぞれ日本文化形成に重層的に寄与していると考えられている。現在日本で栽培されるイネは、ほぼ全てが温帯ジャポニカに属する品種であるが、過去には熱帯ジャポニカ(ジャバニカ)も伝播し栽培されていた形跡がある。
多くの節をもつ管状の稈を多数分岐させ、節ごとに1枚の細長い肉薄の葉をもつ。稈は、生殖成長期になると徒長して穂を1つつける。他殖性の風媒花であるが、栽培稲では98%程度が自家受粉する。開花時間は午前中から昼ごろまでの2-3時間と短い。花は、頴花(えいか)と呼ばれ、開花前後の外観は緑色をした籾(もみ)そのものである。籾の先端には、しなやかな芒(ぼう)が発達する。芒は元々は種子を拡散するための器官であるが、栽培上不要なため近代品種では退化している。農業上、種子として使われる籾は、生物学上の果実である玄米を穎(=籾殻:もみがら)が包んでいるもの。白米は、玄米から糠(ぬか)層、胚など取り除いた、胚乳の一部である。生態型によるジャポニカ種 (日本型、島嶼型)とインディカ種 (インド型、大陸型)という分類が広く知られている。
稲の食用部分の主 成分であるでんぷんは、分子構造の違いからアミロースとアミロペクチンに別けられる。お米の食感は、両者の含有配分によって大きく異なる。すなわちアミロース含量が少ないお米は加熱時にやわらかくモチモチした食感になり、アミロース含量が多いとパサパサした食感になる。日本人の食文化では、低アミロースのお米を「美味しい」と感じる。この好みは、世界的には少数派となっている。通常の米は20%程度のアミロースを含んでいるが、遺伝的欠損によりアミロース含量が0%の品種もあり、これがモチ性品種で、モチ性品種が栽培されている地域は東南アジア山岳部の照葉樹林帯に限定されている。その特異性から、その地域を「モチ食文化圏」と呼称されることがある。日本列島自体が西半分を「モチ食文化圏」と同じ照葉樹林に覆われており、またハレの日にもち米を食べる習慣がある(オコワ、赤飯、お餅)ことから、日本文化のルーツの一つとして注目された。
◇生活する花たち「朝顔・芙蓉・木槿(むくげ)」(横浜日吉本町)

★白桃の無疵を少女に剥き与う 正子
お子さんへ選ばれた無疵の白桃、向きあい、お話をしながら剥いてわたす、幸せな一時です。(祝恵子)
○今日の俳句
足場組む上へと徐々に秋空へ/祝恵子
足場が徐々に組まれ行く様子を見上げて、秋空をよく感じている。丁寧な写生がよい。(高橋正子)
○カンナ
[カンナ/横浜市港北区日吉本町] [カンナ/横浜市港北区箕輪町]
★老いしとおもふ老いじと思ふ陽のカンナ/三橋鷹女
★鶏たちにカンナは見えぬかも知れぬ/渡辺白泉
★王様はこのごろ不安花カンナ/丸山海道
★押してゆく自転車カンナの海へ出る/西川碧桃
★カンナ咲く遥かな海を照らしつつ/鈴木夏子
★ピアニカを吹く緋のカンナ黄のカンナ/丹沢亜郎
カンナ科はカンナ属のみで構成されます。熱帯アメリカを中心に約50種が分布する毎年花をさかせる多年草で、地下に根茎(球根)をつくります。日本には江戸時代前期にカンナ・インディカ(和名:ダンドク)が渡来し、現在では河原などで半野生化しているものが見られます。カンナはギリシア語で「アシ(葦)」を意味し、その草姿がアシに似ているところに由来します。
草丈が1m-2mになる大型種と40cm-50cm程度におさまる矮性種(わいせいしゅ)に大きく分けられます。冬は地中の根茎の状態で越し、春に芽を出して葉を広げます。葉は長だ円形や先のとがったやや細長いかたちで、色は緑や赤銅色、葉脈に沿って美しい斑の入るものもあり花のない時期も充分楽しめます。
花どきは主に夏-秋、花の形態はやや特異で6本ある雄しべが1本を残してすべて花びらになり※1、雌しべはへら状になります。花色は緋色、ピンク、オレンジ、黄色、白などがあり、葉に斑点や模様のはいるものも多く非常にカラフルです。
生活する花たち「白むくげ・萩・藤袴」(東京・向島百花園)

★白萩のこぼれし花を掃く朝な 正子
晩夏から初秋にかけて咲く萩の花は、思いのほか花期が長く、大変趣きのある万葉の古より親しまれている花ですね。早朝の門辺に、白萩のをこぼれ萩を掃く清涼なる光景が想われ、涼やかで素敵です。(桑本栄太郎)
○今日の俳句
鬼やんま少年の日の遠きかな/桑本栄太郎
ついっと目の前に現れた鬼やんま。鬼やんまはいつも魅力的だが、少年の日はさらに心躍らせるものだった。遠い少年の日が思われる。(高橋正子)
○芙蓉
[白芙蓉/横浜日吉本町] [酔芙蓉/横浜日吉本町]
★枝ぶりの日ごとに替る芙蓉かな 芭蕉
★露なくて色のさめたる芙蓉哉 子規
★露けさの庵を繞りて芙蓉かな 漱石
★芙蓉見て立つうしろ灯るや 碧梧桐
★母とあればわれも娘や紅芙蓉 かな女
★日輪病めり芙蓉の瓣の翳ふかく 亞浪
★さわさわと松風わたる芙蓉かな 風生
★三味線も器用に弾きて芙蓉かな 万太郎
★朝な梳く母の切髪花芙蓉 久女
★街道に芙蓉の家の静かかな 秋櫻子
★日輪のさやかに見ゆる芙蓉かな 淡路女
★狼藉や芙蓉を折るは女の子 虚子
★豊満の美に佛性や紅芙蓉 風生
★菜園のほとり芙蓉を咲かしめぬ 鷹女
★白芙蓉暁けの明星らんらんと 茅舎
★美しき芙蓉の蟲をつまはじき 夜半
★水櫛に髪しなやかや花芙蓉 汀女
★ふるさとを去ぬ日来向ふ芙蓉かな 不器男
★紅芙蓉白芙蓉又紅芙蓉 立子
★亡母訪ねくるよな夕焼白芙蓉 林火
★師の齢いくつ越えしや芙蓉は実に 波郷
松山の郊外に一時住んでいたときは、玄関に芙蓉があり、花に隠れて水道があった。そこでは、盥で洗濯をしたが、花の傍で水をいっぱい使って洗濯をすると、気分もさわやかだった。
★雲が来て風のそよげる花芙蓉/高橋正子
★深まれる秋の真中の酔芙蓉/〃
フヨウ(芙蓉、Hibiscus mutabilis)はアオイ科フヨウ属の落葉低木。種小名 mutabilisは「変化しやすい」(英語のmutable)の意。「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には「木芙蓉」(もくふよう)とも呼ばれる。原産地は中国で、台湾、日本の沖縄、九州・四国に自生する。日本では関東地方以南で観賞用に栽培される。幹は高さ1.5~3m。寒地では冬に地上部は枯れ、春に新たな芽を生やす。葉は互生し、表面に白色の短毛を有し掌状に浅く3~7裂する。7~10月始めにかけてピンクや白で直径10~15cm程度の花をつける。朝咲いて夕方にはしぼむ1日花で、長期間にわたって毎日次々と開花する。花は他のフヨウ属と同様な形態で、花弁は5枚で回旋し椀状に広がる。先端で円筒状に散開するおしべは根元では筒状に癒合しており、その中心部からめしべが延び、おしべの先よりもさらに突き出して5裂する。果実はさく果で、毛に覆われて多数の種子をつける。同属のムクゲと同時期に良く似た花をつけるが、直線的な枝を上方に伸ばすムクゲの樹形に対し、本種は多く枝分かれして横にこんもりと広がること、葉がムクゲより大きいこと、めしべの先端が曲がっていること、で容易に区別できる。
スイフヨウ(酔芙蓉、Hibiscus mutabilis cv. Versicolor) 朝咲き始めた花弁は白いが、時間がたつにつれてピンクに変色する八重咲きの変種であり、色が変わるさまを酔って赤くなることに例えたもの。なお、「水芙蓉」はハスのことである。混同しないように注意のこと。 アメリカフヨウ(草芙蓉(くさふよう)、Hibiscus moscheutos、英: rose mallow) 米国アラバマ州の原産で、7~9月頃に直径20cmにもなる大きな花をつける。草丈は1mくらいになる。葉は裂け目の少ない卵形で花弁は浅い皿状に広がって互いに重なるため円形に見える。この種は多数の種の交配種からなる園芸品種で、いろいろな形態が栽培される。なかには花弁の重なりが少なくフヨウやタチアオイと似た形状の花をつけるものもある。
◇生活する花たち「葛の花・女郎花・萩」(東京・向島百花園)

★葛の花匂わすほどの風が起き 正子
秋の七草の一つの葛の花。その旺盛に伸び広がる蔓性の葉が、吹き起こる風に、いっせいに煽られる清々しい光景が浮かびます。風に裏返る白い葉裏も、辺りに漂う紅紫色の花の甘い香りも、嬉しい秋の訪れを感じさせてくれます。(藤田洋子)
○今日の俳句
真珠筏浸し秋の海澄めり/藤田洋子
浸し」が秋海の澄んだ水をよく感じさせてくれる。秋海の澄んだ水に浸され殻を育てている真珠は、美しく輝く珠となることであろう。(高橋正子)
○青柿
[青柿/横浜日吉本町]
★青柿やこの道に師と呼ばしめず/石田波郷
★柿青し鏡いらずの髭を剃る/石川桂郎
★お前も力つきたかと並ぶ青柿/加藤昭夫
台風がくる9月、青柿が台風の風雨で落ちることがある。窓から柿の木が台風になぶられて青柿がぶつかりあっているのを見る。柿の木は田舎にはどの家にもあるほどで、「柿の木のある家」などという童話も記憶している。小学生のころ運動会は、10月の初めに行われた。ちょうど青蜜柑が出回るころで、柿もはやく熟れないかなあと待ち遠しかった。柿の花は、四角で座布団のようだといつも思うが、生り初めは、本当に花の通りに四角。育ってくると、富有柿などは丸みを帯びてくる。そのまま四角な柿もある。青柿を見れば、朱色に熟れる日が楽しみになる。
柿は日本だけのものと思っていたが、ドイツに旅行した時7月の終わりだったが、フランクフルトのマーケットで見た。林檎と同様に、オーストラリアから輸入されたものらしかった。カキとよばれるのか、パーシモンと呼ばれるのか、その時は確かめなかったが、世界の市場でも見られるようだ。ちなみに、柿の木は折れるから、登るなと木登りは厳禁であった。
★ガラス窓拭けば青柿丸見えに/高橋正子
★台風過ぎし庭に青き葉青き柿/〃
カキノキ(柿の木)は、カキノキ科(Ebenaceae)カキノキ属(Diospyros)の落葉樹カキノキ(D. kaki)である。東アジアの固有種で、特に長江流域に自生している。熟した果実は食用とされ、幹は家具材として用いられる。葉は茶の代わりとして加工され飲まれることがある。果実はタンニンを多く含み、柿渋は防腐剤として用いられ。現在では世界中の温暖な地域(渋柿は寒冷地)で果樹として栽培されている。雌雄同株であり、雌花は点々と離れて1か所に1つ黄白色のものが咲き、柱頭が4つに分かれた雌しべがあり、周辺には痕跡的な雄しべがある。雄花はたくさん集まって付き、雌花よりも小さい。日本では5月の終わり頃から6月にかけてに白黄色の地味な花をつける。果実は柿(かき)と呼ばれ、秋に橙色に熟す。枝は人の手が加えられないまま放って置かれると、自重で折れてしまうこともあり、折れやすい木として認知されている。
日本から1789年にヨーロッパへ、1870年に北アメリカへ伝わったことから学名にも kaki の名が使われている。英語で柿を表す「Persimmon」の語源はアメリカ合衆国東部の先住民であるアルゴンキン語族の言葉で「干し果物」を意味する名詞「ペッサミン」であり、先住民がアメリカガキ(Diospyros virginiana L.)の実を干して保存食としていた事実に基づく。近年、欧米ではイスラエル産の柿(渋抜きした「Triumph」種)が「シャロンフルーツ(Sharon Fruit)」という名称で流通するようになったため、柿は「Persimmon」よりも「Sharon Fruit」という名で知られている。
◇生活する花たち「落花生の花・ササゲの花・稲の花」(横浜市緑区北八朔町)

★いつよりか燕無き空青澄める 正子
ツバメは群れを成したり隊形を整えたりして渡ることをしないようですから、春が来て何羽もが街を飛び交っているのを見つけたり、また秋には、いつの間にか一羽もいなくなってしまっていることにふと気が付くというようなことがよくあります。
「燕無き空青澄める」という表現には、しみじみと秋到来を思う深い詩情が込められており、「いつよりか」にはまた、小さな喪失への感慨が届けられて来ます。(小西 宏)
○今日の俳句
露ころぶキャベツ外葉の濃き緑/小西 宏
キャベツの濃い緑の外葉にころがる露に、力がある。丸く、収れんした露の力と輝きは秋の朝のすがすがしさ。(高橋正子)
○木槿(むくげ)

[木槿/横浜日吉本町] [木槿/東京・新宿御苑]
★花むくげはだか童のかざし哉 芭蕉
★道のべの木槿は馬にくはれけり 芭蕉
★修理寮の雨にくれゆく木槿哉 蕪村
★花木槿里留主がちに見ゆる哉 一茶
★馬ひとり木槿にそふて曲りけり 子規
★縄簾裏をのぞけば木槿かな 漱石
★墓多き小寺の垣や花木槿 碧梧桐
★いつまでも吠えゐる犬や木槿垣 虚子
★お遍路木槿の花をほめる杖つく 放哉
★みちのくの木槿の花の白かりし 青邨
★路草にむかひて萎む木槿かな 耕衣
★日の出待つや木槿いつせいに吹かる中 林火
★避暑町の少しさびれぬ花木槿 たかし
★道すがらうかぶ木槿や徒労ばかり 波郷
★白木槿ごみを出すにも蝶むすび/片山由美子
★ふっくらと巻きて落花の木槿かな/野村洋子
木槿は、朝咲いて夕方にはしぼむ。お茶席の花としてよく活けられもする。先日千駄木の骨董屋の女主人が亜浪先生の句について信之先生に聞いて来られた折に、骨董の竹籠に槿と縞萱を活けた写真を送ってこられ、だれかをお茶にお招きしたい気分だと書き添えてあった。お茶の花ともなるが、どこにでも咲いている。
★白槿十年たちまち過ぎていし/高橋正子
この句は、砥部の田舎で学生が来たり、ドイツ語の先生が来たり、子どもの友達がわっさわっさと来たり、句会の人たちが出入りしたり、掃除、洗濯、庭の手入れなどなど、雑多なことに明け暮れて、ある朝、白い槿を見て、十年なんてすぐ終わってしまうと思ったとき出来た句だ。
今朝、自分の以前作ったこの白槿の句を読んで、今はもうこういう句を作る気持ちではないと知った。あれから十年が何回過ぎたことか。
★底紅の紅が澄みたる白槿/高橋正子
ムクゲ(木槿、別名:ハチス、Hibiscus syriacus; 英語: rose of Sharon)はアオイ科の落葉低木。 庭木として広く植栽されるほか、夏の茶花としても欠かせない花である。インドや中国が原産で、中近東にも自生している。日本へは奈良時代に中国から渡来し、和歌山県や山口県に野生のムクゲがあったとされる。 夏から秋にかけて白、紫、赤などの美しい花をつける。薬用のほか、鑑賞用に多くの品種がある。俳句では秋の季語である。根が横に広がらないため、比較的狭い場所に植えることができる。 刈り込みにもよく耐え、新しい枝が次々と分岐する。そのため、庭の垣根に利用されることもある。 自然樹形は箒を逆さにしたようになる(下記の樹形の例参照)。 栽培されているものはよく剪定されてしまうため、高さは3-4mくらいのものが多く、灌木であると誤解されるが、放置すると10m以上の樹高になり、桜の木よりすこし小さいくらいの大きさになる。花期は7-10月。花の大きさは10-18cmほど。花芽はその年の春から秋にかけて伸長した枝に次々と形成される。 白居易(白楽天)の詩の誤訳から一日花との誤解があるが、朝花が開き、夕方にはしぼんで、また翌朝開き、一重のもので2-3日。八重の長く咲くもので2週間くらい、一輪の花を楽しめる。中国名の木槿(もくきん)を音読みし、木槿(むくげ)、木槿花(もくきんか)と呼ばれるようになった。また、「類聚名義抄」には「木波知須(キハチス)」と記載されており、木波知須(キハチス)や、単に波知須(ハチス)とも呼ばれる。白の一重花に中心が赤い底紅種は、千利休の孫である千宗旦(せんそうたん)が好んだことから、「宗丹木槿(ソウタンムクゲ)」とも呼ばれる。中国語では木槿/木槿(ムーチン)、朝鮮語では무궁화(無窮花; ムグンファ)という。英語の慣用名称のrose of Sharonはヘブライ語で書かれた旧約聖書の雅歌にある「シャロンのばら」に相当する英語から取られている。
◇生活する花たち「あさざ・露草・うばゆり」(東京白金台・自然教育園)

★追分の芒はみんな金色に/高橋正子
追分は街道の分かれ道で、右へ行けば江戸、左へ行けば京というような碑をよく見かける。そんな碑を囲むように茂る芒。金色というからには芒も開花している。その穂芒の向こうへ今日の陽が落ちる、そんなとき芒の穂はすべてが金色になる。(古田敬二)
○今日の俳句
信濃路へ入るコスモスを揺らしつつ/古田敬二
信濃は今の長野県のことであるから、けいじさんの住んでいる名古屋から信濃へ車で向かっているとき、コスモスも咲いて、ここからは「信濃路」だと思うと、目的地への期待が膨らむ。レベルの高い句。(高橋正子)
○露草

[露草/横浜日吉本町] [露草/東京白金台・自然教育園]
★露草や飯噴くまでの門歩き 久女
ご飯が噴くまで家の庭を少し歩く。見れば露草がみずみずしく咲き、早朝の涼しい時間が心地よい。(高橋正子)
★月草の花に離れてうてなかな 虚子
★露草の花みづみづし野分晴 泊雲
★つゆけくも露草の花の 山頭火
★一叢の露草映すや小矢部川 普羅
★千万の露草の眼の礼をうく 風生
★ことごとくつゆくさ咲きてきつねあめ 蛇笏
★露草に祭の玩具落しけり かな女
★朝の日の母を訪はばや蛍草 耕衣
★露草や室の海路を一望に 汀女
★蝶とりし網を伏せおく蛍草 立子
春はおおいぬのふぐり、秋は露草。どちらも小さい青い花だ。野辺に咲くと、春が来たと思い、秋が来たと思う。そして、野辺にごとごとく咲く。露草の青い花が露を宿していると、涼しさそのものに思える。摘み取って花瓶に活けてもほんの朝のうち。俳句の話などで、朝の来客のみを喜ばせた。昼過ぎ、あの青い花はどこへ行ったか。凋んだといっても凋んだ花を見たことがない。耳学問によると、あおの青い花は、昼には苞の中に溶けてしまうのだと。ありそうなことである。
ツユクサ(露草、Commelina communis)は、ツユクサ科ツユクサ属の一年生植物。日本全土、アジア全域、アメリカ東北部など世界中に広く分布する、畑の隅や道端で見かけることの多い雑草である。高さは15~50cmで直立することはなく、茎は地面を這う。6~9月にかけて1.5~2cmほどの青い花をつける。花弁は3枚あり、上部の2枚は特徴的で青く大きいが、下部の1枚は白くて小さく目立たない。雌しべが1本、雄しべが6本で成り立っている。アサガオなどと同様、早朝に咲いた花は午後にはしぼんでしまう。朝咲いた花が昼しぼむことが朝露を連想させることから「露草」と名付けられたという説がある。英名のDayflowerも「その日のうちにしぼむ花」という意味を持つ。また「鴨跖草(つゆくさ、おうせきそう)」の字があてられることもある。ツユクサは古くはつきくさと呼ばれており、上述した説以外に、この「つきくさ」が転じてツユクサになったという説もある。「つきくさ」は月草とも着草とも表され、元々は花弁の青い色が「着」きやすいことから「着き草」と呼ばれていたものと言われているが、万葉集などの和歌集では「月草」の表記が多い。この他、その特徴的な花の形から、蛍草(ほたるぐさ)や帽子花(ぼうしばな)、花の鮮やかな青色から青花(あおばな)などの別名がある。 また鴨跖草(おうせきそう)という生薬名でも呼ばれる。花の青い色素はアントシアニン系の化合物で、着いても容易に退色するという性質を持つ。この性質を利用して、染め物の下絵を描くための絵具として用いられた。ただしツユクサの花は小さいため、この用途には栽培変種である大型のオオボウシバナ(アオバナ)が用いられた。オオボウシバナは観賞用としても栽培されることがある。花の季節に全草を採って乾燥させたものは鴨跖草(おうせきそう)と呼ばれ、下痢止め、解熱などに用いる。
万葉集には月草(ツユクサの別名)を詠ったものが9種存在し、古くから日本人に親しまれていた花の一つであると言える。朝咲いた花が昼しぼむことから、儚さの象徴として詠まれたものも多い。また俳句においては、露草、月草、蛍草などの名で、秋の季語とされる。
◇生活する花たち「山萩・鬼灯・蓮の花托」(横浜・四季の森公園)

★おみなえし一朶の白き雲を連れ 正子
おみなえしの黄色い花と雲の白さが目に浮かぶようです。(多田有花)
○今日の俳句
緑陰に昼の草刈機が休む/多田有花
朝涼しいうちに使われた草刈機は、昼の暑い時間は、緑陰で休む。草刈機も人のようだ。(高橋正子)
○溝萩(みそはぎ)・禊萩(みそはぎ)

[溝萩/東京・向島百花園] [溝萩/横浜・四季の森公園]
★みそ萩や水につければ風の吹/小林一茶
★溝萩の咲けば偲べる人のあり/稲畑汀子
★溝萩咲く父母の仲人たりし家/松崎鉄之介
★みぞ萩や旅からもどりすぐ旅に/山田六甲
★千屈菜に澄みし水あり休耕田/小浦遊月
★溝萩や束ねて丈の定まりぬ/上月智子
溝萩は、水辺や湿地に育ち、淡紅紫色の小さい花が穂のように咲く。私が生まれた備後南部では、これを「盆花(ぼにばな)と呼んでいた。盆のことを「ぼに」と呼んで「ぼにがくるけん、草を刈らにゃあ。」というように使っていた。瀬戸内海沿岸は、夏、雨が少ないので、讃岐のため池ほどではなくても、多くの田に野井戸があった。稲田の水が池から放流される灌漑用水では足りないときは、この野井戸が役に立っている。この野井戸のほとりや、田んぼの隅に溝萩が、それこそお盆用に植えられていた。お盆が近づくと、溝萩の束を持って、道を戻ってくる人を良く見かけた。その淡紅紫色の花穂が故郷のお盆の色である。
★みそ萩を束ね抱えし人に遇う/高橋正子
ミソハギ(禊萩、学名:Lythrum anceps)はミソハギ科の多年草。湿地や田の畔などに生え、また栽培される。日本および朝鮮半島に分布。茎の断面は四角い。葉は長さ数センチで細長く、対生で交互に直角の方向に出る。お盆のころ紅紫色6弁の小さい花を先端部の葉腋に多数つける。盆花としてよく使われ、ボンバナ、ショウリョウバナ(精霊花)などの名もある。ミソハギの和名の由来はハギに似て禊(みそぎ)に使ったことから禊萩、または溝に生えることから溝萩によるといわれる。
★尾も鰭も澄みたる色に下り鮎 正子
秋ともなると川の水は冷ややかに澄んで、秋空を水面に映し、すがすがしい気候のなかに、清冽な川の上流で生活した鮎が尾や鰭をはっきりと見せて卵を産むために下流に下っている素敵な景ですね。(小口泰與)
○今日の俳句
畦草を刈りて定かや稲の花/小口泰與
稲の花が咲くころは、畦草も伸びてくる。それを刈ると畦がさっぱりとして、稲の花の存在が定かになる。取り合わせの句ではないので、稲の花が生き生きとしている。(高橋正子)
○藤袴

[藤袴/東京・向島百花園]
★枯れ果てしものの中なる藤袴 虚子
★藤袴白したそがれ野を出づる/三橋鷹女
★藤袴手に満ちたれど友来ずも/三橋鷹女
★藤ばかま触れてくる眸の容赦なき/稲垣きくの
★たまゆらをつつむ風呂敷藤袴/平井照敏
藤袴について、高校の古文の先生からまつわる話を聞いた。戦のとき、武士が兜の下に入れたという。頭の蒸れた匂いをその芳香で消すためと聞いた。そのときは、野原の藤袴を折り取ってそれを兜の下に入れたのだと思ったが、そのままの藤袴は匂わない。匂うのは、乾燥したものだそうだ。乾燥させると、なにか芳香の成分ができるらしい。乾燥したものを兜の下に入れたのだろう。淡い紫紅色の散房状の花は武士の花といってもいいだろう。花の形がよく似ていて、立秋ころ咲く白い花がある。これを、早合点の私は、もしや藤袴と思うことがある。そして、その花を写真にとったりして、何度も確かめて、やはり、違うようだと結論付ける。まれにしか見ない藤袴見たさのことであろう。伊勢神宮の外宮の観月祭には、きっちりと秋の七草が揃えられているそうだ。秋の七草は、ハギ、キキョウ、クズ、ナデシコ、オバナ(ススキのこと)、オミナエシ、フジバカマの七草で、山上憶良の歌に「萩の花尾花葛花なでしこが花をみなへしまた藤袴朝顔が花」 (万葉集 巻八) がある。
★藤袴山野の空の曇り来し/高橋正子
★清貧の背筋ますぐや藤袴/高橋正子
フジバカマ(藤袴、Eupatorium japonicum)とはキク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の1つ。本州・四国・九州、朝鮮、中国に分布している。原産は中国ともいわれるが、万葉の昔から日本人に親しまれてきた。8-10月、散房状に淡い紫紅色の小さな花をつける。また、生草のままでは無香のフジバカマであるが、乾燥するとその茎や葉に含有されている、クマリン配糖体が加水分解されて、オルト・クマリン酸が生じるため、桜餅の葉のような芳香を放つ。中国名は蘭草、香草。英名はJoe-Pye weed;Thoroughwort;Boneset;Agueweed(ヒヨドリバナ属の花)。かつては日本各地の河原などに群生していたが、今は数を減らし、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧(NT)種に指定されている。また「フジバカマ」と称する植物が、観賞用として園芸店で入手でき庭にも好んで植えられる。しかし、ほとんどの場合は本種でなく、同属他種または本種との雑種である。
◇生活する花たち「あさざ・露草・うばゆり」(東京白金台・自然教育園)

★西瓜切ってみなの心に故郷(くに)ありぬ 正子
私の家では、お盆で親戚が集まった時たいてい西瓜が切られる。伯父や伯母が集まると、今は亡き祖父母のことや、故郷の思い出話がつきない。そうした賑やかなお盆のひとときは、みずみずしい西瓜の色や食感と重なって思い出される。(安藤智久)
○今日の俳句
鬼やんま飛びゆく路地の風軽し/安藤智久
「やんま」は秋の季語。鬼やんまが路地をすいっと飛んで行く路地は、風が軽やかに感じられる。風が軽いのは、路地のある暮らしが穏やかでからっとしているからであろう。(高橋正子)
○撫子

[撫子/横浜日吉本町] [河原撫子/横浜日吉本町]
★秋霧や河原なでしこりんとして/小林一茶
★撫子や海の夜明の草の原/河東碧梧桐
★航海日誌に我もかきそへた瓶の撫子/河東碧梧桐
★撫子や堤ともなく草の原/高浜虚子
★撫子や濡れて小さき墓の膝/中村草田男
★岬角や撫子は風強ひられて/秋元不死男
★四五本の撫子植ゑてながめかな/原石鼎
★我が摘みて撫子既に無き堤/永田耕衣
★撫子や腹をいためて胤をつぎ/平畑静塔
土手を歩いていて、河原撫子を見つけることがる。折り取って帰りたいが、草の中に、ようやく咲いた撫子を摘む気にはならない。我が家に一株の河原撫子がある。日吉商店街の花屋に何気なく立ち寄って、この花を見つけて、すぐに買った。値段も80円でかわいそうなくらい安い値段だったが、花びらが鷺草のように繊細に切れ込んで、淡いピンクの色と姿が素晴らしい。その後その店をときどき覗くが、あくまでも私の感覚においてのことだが、これより素晴らしい撫子を見てはいない。ますます大事に育てている。第一花が終わって今二度目の花がついている。肥料がいるかどうか、思案中である。
撫子といえば、「なでしこジャパン」である。女子サッカー、ワールドカップで優勝し、ロンドンオリンピックで銀メダル。けなげなほどだ。日本だけでなく世界中がたたえる。「なでしこ」の花をもって称えるのにふさわしい彼女たちではないか。
★台風裡河原撫子折れもせず 高橋正子
ナデシコ(なでしこ、撫子、瞿麦)はナデシコ科ナデシコ属の植物、カワラナデシコ(学名:Dianthus superbus L. var. longicalycinus)の異名。またナデシコ属の植物の総称。蘧麦(きょばく)。 秋の七草の一つである。歌などで、「撫でし子」を掛詞にすることが多い。ナデシコ属 (Dianthus) は、北半球の温帯域を中心に約300種が分布する。このうち、ヒメハマナデシコとシナノナデシコは日本固有種(日本にのみ自生)であり、他に日本にはカワラナデシコとハマナデシコが分布する。
カワラナデシコ (D. superbus L. var. longicalycinus (Maxim.) Williams)には、ナデシコ、ヤマトナデシコの異名もある。これはセキチク (D. chinensis L.) を古くは唐撫子(カラナデシコ)といったことに対する。ナデシコは古くは常夏(とこなつ)ともいった。これは花期が夏から秋に渡ることにちなむ。花の色は紅から淡いピンク色が多いが、園芸品種などでは白色や紅白に咲き分けるものなどもある。ナデシコ属の園芸品種をダイアンサス (Dianthus) ということがあるが、本来はナデシコ属の学名である。また、カーネーション (D. caryophyllus L.) もナデシコ属である。
「撫でし子」と語意が通じることから、しばしば子どもや女性にたとえられ、和歌などに多く参照される。古く『万葉集』から詠まれる。季の景物としては秋に取り扱う。『枕草子』では、「草の花はなでしこ、唐のはさらなり やまともめでたし」とあり、当時の貴族に愛玩されたことがうかがえる。また異名である常夏は『源氏物語』の巻名のひとつとなっており、前栽に色とりどりのトコナツを彩りよく植えていた様子が描かれている。ナデシコ属は古くから園芸品種として栽培され、また種間交雑による園芸種が多く作られている。中国では早くからセキチクが園芸化され、平安時代の日本に渡来し、四季咲きの性格を持つことから「常夏」と呼ばれた。ナデシコの花言葉は純愛・無邪気・純粋な愛・いつも愛して・思慕・貞節・お見舞・女性の美・など女性的なイメージが強いが、才能・大胆・快活なども。ヤマトナデシコ(カワラナデシコ)の花言葉は、可憐・貞節である。
◇生活する花たち「朝顔・芙蓉・木槿(むくげ)」(横浜日吉本町)
