★梅林の影あわあわと草にあり 正子
梅は桜に比べると花びらが小さく華やかさと言うよりも仄かな香りに清楚・気品・上品さを感じます。「影あわあわと」の措辞でその淡さを強調され、枝にバラバラと散らばって咲いている梅の花がうっすらと影を落としている静かな梅林の景色が目に浮んで参ります。(佃 康水)
○今日の俳句
牛鳴いてサイロの丘に草萌ゆる/佃 康水
サイロのある丘に草が萌え、牛の鳴き声ものどかに聞こえる。あかるい風景がのびやかに詠まれている。(高橋正子)
○白梅紅梅
[白梅/横浜日吉本町] [紅梅/横浜・四季の森公園]
★梅や天没地没虚空没/永田耕衣
★白梅の散るを惜しみて偲ぶのみ/稲畑汀子
★白梅の満ちて声なき子となりぬ/頓所友枝
★梅の中に紅梅咲くや上根岸 子規
★紅梅や湯上りの香の厨ごと/岡本眸
★紅梅に空あをくなれ青くなれ/林翔
○梅
梅 (うめ、学名:Prunus mume)は、薔薇(ばら)科。開花時期は、1月中旬頃から咲き出すもの、3月中旬頃から咲き出すものなど、さまざま。漢名でもある「梅」の字音の「め」が変化して「うめ」になった。中国原産。奈良時代の遣隋使(けんずいし)または遣唐使(けんとうし)が中国から持ち帰ったらしい。「万葉集」の頃は白梅が、平安時代になると紅梅がもてはやされた。万葉集では梅について百首以上が詠まれており、植物の中では「萩」に次いで多い。別名は「好文木」(こうぶんぼく)、「木の花」(このはな)、「春告草」(はるつげぐさ)、「風待草」(かぜまちぐさ)。1月1日、2月3日の誕生花。花言葉は「厳しい美しさ、あでやかさ」
○白梅
禅のことば~「雪中の白梅」の意味すること 「雪裡の梅花只一枝」~迷いの世界でさとりを得る
「雪裡の梅花只一枝」(せつりのばいかただいっし)~辺り一面の銀世界のなかで、梅の木が枝を伸ばしている。降りしきる雪が積もるその枝の先には一輪の梅の花が咲き、ほのかな香りを放っている…。
「雪裡の梅花只一枝」。何だか光景が目に浮かぶような、イメージするだけでも素敵な禅語ですが、ここでいう「梅の花」とは、「さとり」をあらわすもの。厳しい寒さ(困難)を乗り越えてこそ、美しい梅花(さとり)があらわれるのだ、というものです。私たちの日常に置き換えれば「悲しみや苦しみ、困難なことを乗り越えた時に、人生の素敵な花を咲かせることができるのだ」とも言えそうです。でも、この禅語の美しさの源にあるのは、雪の中にあっても梅が花を咲かせたということ。
厳しい冬が過ぎた時に梅が花を咲かせたのではなく、雪の中において既に花を咲かせていることが、何とも言えない凛とした気配を与えていることだと思うのです。それは、「苦しみや困難を乗り越えた時に花が咲く」のではなく「苦しみや困難の中にあっても、確かな花を咲かせることができるのだ」と、私たちを励ましてくれているようにも読み取れます。日常生活から離れたところにさとりの世界があるのではない。この迷いの世界の中に生きていても、そこで真実を得ることができる。一枝の梅が咲く姿に、そんな思いを重ねずにはいられません。ちなみにここでいう「梅の花」は、紅梅でしょうか? 白梅でしょうか? コントラスト的には断然紅梅に軍配が上がりそうですが、正解は「白梅」。雪中の白梅。これもまた、「苦しみや迷い」と「さとり」の関係を考えると、とっても意味深ですね。(「nikkei BPnet)
○紅梅
紅梅は白梅よりも晴れた空が似合う。50年以上前のある風景について鮮明に記憶がよみがえる。生家の隣に分家があって、そこに立派な紅梅が咲く。その季節は、分家(分家には慶応3年生まれ、漱石や子規と同い年の百歳のおばあさんが健在であった)の法事があり、遠い親戚の黒衣の人たちまでもがうららかな日差しに出入りする。そいうときの紅梅は、ひときわあでやかに見えた。まだ私は小学校低学年で非常に人見知りであっから、遠くから紅梅を眺めていた。故人の忌日は変わりなく、紅梅の咲く日も変わらない。
★紅梅は高くて黒衣まぶしかり/高橋正子
★紅梅咲く隣家に黒衣の人出入り/高橋正子
四季の森公園へ行った帰り道、辛夷が無数に蕾を付ける街路樹のある歩道を脇に入ったところ。紅梅の匂いがした。紅梅のあることを知らなかった場所にこれも無数の蕾を付けた紅梅の木が立っている。二本。ふくよかな匂いがする。かすかに薔薇のような匂いがする。まじまじと見れば童女のようにあどけない。
★おしばなの紅梅円形にて匂う/高橋正子
日記帳にひそかに挟み、忘れたころに見つかる。押し花になってもいい匂いがする。自分の、誰に見せるわけでもない小さな宝物である。
◇生活する花たち「福寿草・節分草・榛の花」(東京白金台・自然教育園)
★クロッカス塊り咲けば日が集う 正子
咲く色によって、清楚な花、可憐な花、明るい花といろいろに楽しめる豊かな花ですね。そのクロッカスが群生する様は、まさに春の日が集えるように暖かでしょう。句の音の響きも朗らかに感じられます。 (小西 宏)
○今日の俳句
枝ゆらし光ゆらして春の鳥/小西 宏
枝に止まった鳥が、枝移りをするのか枝が揺れる。それを見ていると、光も揺らしているのだ。枝を張る陽光に満ちた木、枝移りする鳥が、なんと早春らしいことよ。(高橋正子)
○犬ふぐり

[犬ふぐり/横浜・四季の森公園]
★陽は一つだに数へあまさず犬ふぐり/中村草田男
★下船してさ揺らぐ足や犬ふぐり/能村研三
★犬ふぐり牛を繋ぎし綱ゆるむ/皆川盤水
★犬ふぐり野川に水が鳴り始め/高橋正子
★犬ふぐり黄砂来ぬ日はすずやかに/高橋正子
オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢、学名 Veronica persica)とはオオバコ科クワガタソウ属の越年草。別名、瑠璃唐草・天人唐草・星の瞳。路傍や畑の畦道などに見られる雑草。ヨーロッパ原産[1]。アジア(日本を含む)、北アメリカ、南アメリカ、オセアニア、アフリカに外来種(帰化植物)として定着している[1]。日本では全国に広がっており、最初に定着が確認されたのは1887年の東京である。早春にコバルトブルーの花をつける。まれに白い花をつけることがある[2]。花弁は4枚。ただしそれぞれ大きさが少し異なるので花は左右対称である。花の寿命は1日。葉は1–2cmの卵円形で鋸歯がある。草丈10–20cm。名前のフグリとは陰嚢の事で、実の形が雄犬のそれに似ている事からこの名前が付いた。ただし、これは近縁のイヌノフグリに対してつけられたもので、この種の果実はそれほど似ていない。したがって正しくはイヌノフグリに似た大型の植物の意である。
◇生活する花たち「シナマンサク・マンサク・ハヤザキマンサク」(東大・小石川植物園)

★さきがけて咲く菜の花が風のまま 正子
早春の野原などに、まずさきがけて咲く菜の花。その菜の花が、春風にやさしく揺れています。風のままに揺れる黄色の菜の花がとても美しく、見ている人の気持ちを楽しくしてくれます。「さきがけて」に、明るい春の訪れの喜びが感じられます。(藤田裕子)
○今日の俳句
風二月鳥よろこびの声散らし/藤田裕子
二月の、まだまだ寒い風に、鳥はもう「よろこびの声」を散らしている。真冬とは違う風の暖かさを知ったのだろう。野の生きるものたちは、季節の変化に敏感だ。(高橋正子)
○クロッカス

[クロッカス/横浜日吉本町]
★日が射してもうクロッカス咲く時分/高野素十
★クロッカス天円くして微風みつ/柴田白葉女
★クロッカスときめきに似し脈数ふ/石田波郷
★髭に似ておどけ細葉のクロッカス/上村占魚
★クロッカス咲かせ山住みの老夫婦/見学玄
★クロッカス光を貯めて咲けりけり/草間時彦
★忘れゐし地より湧く花クロッカス/手島靖一
★クロッカス苑に咲き満つ朝の弥撒/羽田岳水
★朝礼の列はみ出す子クロッカス/指澤紀子
★膝に乗せ遊ぶ子が慾しクロッカス/安藤三保子
★忽然と地から湧き出すクロッカス/安井やすお
★クロッカスはや咲き初めぬパリの窓/桜井道子
クロッカス (Crocus) は、アヤメ科クロッカス属の総称、または、クロッカス属の内で花を楽しむ園芸植物の流通名。耐寒性秋植え球根植物。原産地は地中海沿岸から小アジアである。晩秋に咲き、花を薬用やスパイスとして用いるサフランに対し、クロッカスは早春に咲き、観賞用のみに栽培されるため、春サフラン、花サフランなどと呼ばれる。球根は直径4cmくらいの球茎で、根生葉は革質のさやに覆われているが、細長く、花の終わった後によく伸びる。花はほとんど地上すれすれのところに咲き、黄色・白・薄紫・紅紫色・白に藤色の絞りなどがある。植物学上は、クリサントゥスCrocus chrysanthusを原種とする黄色種と、ヴェルヌスC. vernusを原種とする白・紫系の品種とは別種だが、園芸では同一種として扱われ、花壇・鉢植え・水栽培に利用されている。
◇生活する花たち「さんしゅゆの花蕾・沈丁花の蕾・木瓜」(横浜日吉本町)
★天城越ゆ春の夕日の杉間より 正子
天城峠を越えるゆっくりとした旅路。大きな杉の向こうから夕日が差し込みます。大らかな春の夕べに心和むひとときです。(川名ますみ)
○今日の俳句
梅ひとつ咲いて朝餉の一時間/川名ますみ
ゆっくりと進む朝餉の間、ほのかに香る一輪の梅の花。一輪の梅が咲いたよろこび、心が洗われる気持ち、それが意外にも大きい。(高橋正子)
○三椏の花

[三椏の花/伊豆修善寺(2011年2月22日)]_[三椏の花蕾/横浜四季の森公園(2012年1月26日)]
★三椏や皆首垂れて花盛り/前田普羅
★三椏の咲くや古雪に又降りつむ/水原秋櫻子
★三椏のはなやぎ咲けるうららかな/芝不器男
★三椏の花に暈見て衰ふ眼/宮津昭彦
★三椏や石橋くぐる水の音/渡邉孝彦
★三椏の花紅の雫せり/檀原さち子
三椏は、蕾の期間が長いようだ。初詣に行けば神社の境内に蕾の三椏を見つけることがある。私は長い間、この蕾を花と思い違っていた。去年修善寺の梅林を訪ねたときに、それは二月下旬だったが、梅林の入口のバス停の近くに三椏の花が咲いていた。蕾がはじけて山吹色が内側に見えて、毬のように咲いていた。大変可憐な花である。横浜の四季の森公園のせせらぎ沿いに植えられているのが、いま最も身近にある三椏である。
三椏の花でもっとも印象に残っているのは、四国八十八か所のお寺出石寺の山門の脇に咲いていたものである。ふもとからバスで山道をうねうねと登ると雲海の上に寺がある。雲海が寄せてくるところの三椏の花は、それが和紙の原料であるということも考えれば、生活の花として別の意味合いやイメージが湧いてくる。事実ふもとの大洲市は和紙の産地である。
ミツマタ(三椏、学名:Edgeworthia chrysantha)は、ジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木。中国中南部、ヒマラヤ地方原産。皮は和紙の原料として用いられる。ミツマタは、その枝が必ず三叉、すなわち三つに分岐する特徴があるため、この名があり、三枝、三又とも書く。中国語では「結香」(ジエシアン)と称している。春の訪れを、待ちかねたように咲く花の一つがミツマタである。春を告げるように一足先に、淡い黄色の花を一斉に開くので、サキサクと万葉歌人はよんだ(またはサキクサ:三枝[さいぐさ、さえぐさ]という姓の語源とされる)。
「赤花三叉(あかばなみつまた)」は、戦後、愛媛県の栽培地で発見され、今では黄色花とともによく栽培されている。
◇生活する花たち「クリスマスローズ・木瓜の蕾・枝垂れ梅」(横浜日吉本町)
★青空の果てしなきこと二月なる 正子
二月は少し暖かくなっては冴返るという日々が続きます。これは冴返った日の青空ではないでしょうか。厳しい寒さが空を澄み渡らせます。それでも青空に満ちる光は明るく間違いなく春が一歩ずつ進んでいることを実感します。(多田有花)
○今日の俳句
汲まれたる桶それぞれの薄氷/多田 有花
木桶に汲まれた水であろう。どの桶にも桶の木肌を透かして薄く氷が張っている。一つの桶でなく、「それぞれ」の桶があってリズミカルな面白さがある。(高橋正子)
○菜の花

[菜の花/伊豆河津(2011年2月22日)] [川岸の菜の花/伊豆河津(2011年2月23日)]
★菜の花や月は東に日は西に/与謝蕪村
★家々や菜の花いろの灯をともし/木下夕爾
★菜の花に汐さし上る小川かな/河東碧梧桐
★菜の花の遥かに黄なり筑後川/夏目漱石
★菜の花の暮れてなほある水明り/長谷川素逝
★菜の花に汐さし上る小川かな/河東碧梧桐
★一輌の電車浮き来る菜花中/松本旭
★寝足りたる旅の朝の花菜漬/稲畑汀子
★咳こもごも流転身一つ菜種梅雨/目迫秩父
★白鷺の飛びちがへるに菜種刈る/木村蕪城
★菜殻火に刻々消ゆる高嶺かな/野見山朱鳥
★うしろから山風来るや菜種蒔く/岡本癖三酔
★まんまるい蕾もろとも花菜漬け/藤田裕子
まんまるい、黄色も少し見える蕾もろとも漬物に付け込むには、心意気がいる。日常生活が身の丈で表現された句。(高橋正子)
★菜の花へ風の切先鋭かり/高橋正子
★菜の花も河津桜も朝の岸/高橋正子
★菜の花の買われて残る箱くらし/高橋正子
菜の花(なのはな、英語:Tenderstem broccoli)は、アブラナまたはセイヨウアブラナの別名のほか、アブラナ科アブラナ属の花を指す。食用、観賞用、修景用に用いられる。アブラナ属以外のアブラナ科の植物には白や紫の花を咲かせるものがあるが、これを指して「白い菜の花」「ダイコンの菜の花」ということもある。
3月のこの季節、菜の花は季節の食材として店頭にも多く並ぶようになった。3月18日に家族で椿山荘で食事をしたとき、菜の花のからし酢味噌かけがあった。天もりは、芽紫蘇。若い者たちも「菜の花のからし酢味噌かけ」が一番おいしかったと答えた。味のリズムと触感と彩りと季節感があったのだろう。
2011年2月23日(水)その②
鈍行の旅はいかに。花見客が大勢いた駅も乗ってみれば、席は空いている。二人掛けの椅子に並んで駅弁を開いて食べていると、反対側の横長い椅子のおじさんが声を掛けてきた。「河津桜を見に行ったの。どこから来たの。」自分たちは男六人、仕事明けで花見に来て帰るところだという。そして、「おーい、みんなこっちへおいでよ。」と仲間を誘う。一人背の高い、六十過ぎの緑色のマフラーを巻いた人がやってきた。「親子で旅行ですか。お父さんはお仕事?」と聞く。句美子が「はい、そうです。」と答える。話はそれきり。すると向こうへ行って桜まんじゅうを持ってきて食なさいという。いただく。もうひとつ食べなさいという、またいただく。「うちには、息子と娘がいるが、二人ともフリーターでね。職がないんだが、若いものは、一度就職すると、そこをやめないんだって。」「お嬢さんは、学生さん?」「いいえ、社会人です。」「そうか、今度就職するのかね。」「いいえ、四年目です。」「そうか、二年目か。」と少しちぐはぐな話が続く。すると、もう一人やせた人がやって来て、前の座席に座った。「私は、東京出身で、ギタリストになるつもりだったんだが、左人差し指が曲がらなくなってね、有楽町のそごうの店員になったんだよ。でもさ、性に合わなくてやめて、指の治療も兼ねて熱海にやってきて、ホテルマンを昭和四十五年から定年までしたよ。」「じゃ、六十四,五歳ですか。」と私。みんなが笑った。「私は七十二歳ですよ。」と帽子を取って頭を見せてくれた。銀髪がうすく透けている。ホテルマンらしくスマートな身のこなし。「ホテルでは営業のフロントをやらなくては、一人前ではないよ。」「フロントは、本根のところお客の何を見ているんですか。」と私。「それは、お客様が何を要望しておられるかを見ていますよ。」と模範回答。職業が身についておられる。やがて熱川を過ぎる。今度は、入れ替わり、みんなをこっちへ来いと呼んだ人が前の席に来た。来たとたん、手に持っていたビール缶を転がしたので、大変。ティッシュだのを総動員して、床にこぼれたビールを拭いた。私たちが四国から引っ越してきたというと、宇和島と道後温泉に行ったことがあるという。自分は東京出身で家も東京にあるが、女の人ばかりが住む家にして貸すことにしていると言った。そして、自分たちは小田原あたりに皆住んでるんだよ。小田原に家を買いなさいという。もとの席に帰って、リュックから、「うちの母ちゃんは仕事だよ。事務所のおばちゃんより、かわいいよ。」と言いながら、ごそごそとゆで卵を二つ出して、食べなさいという。いただいて食べる。すると、さっきの背の高い男の人からだと「ぽん栗」という焼き栗を二つ言付けて来た。これもいただく。そして、あとからその人が来て、「男は、性格だよ。女好きと、ばくち好きはだめ。家は、普通に働いてりゃ、だれでも持てるよ。」という。「俺たちは退職してから男ばかりで仕事をやってんだよ。」「NPOかなにかですか。それとも、男ばかりで会社を興したとか。」と私。「そんな大したことはやってないよ。料金所で働いてんだ。真鶴のさ。」「料金所には何人くらいいるんですか。」「みんなで四十人くらいかな。」「そんなに。」「そうさ、一日中車は通ってんだよ。四時間仮眠をするがね、寝た気にはならないよ。」初島が見えたとき、皆で「初島だ、初島だ」と窓から島を見ていた。伊豆高原駅に来たとき、「伊豆高原もこのごろはさっぱりさ。すがすがしいところだったが。」こんな話が続いて、終点の熱海が近づいた。誰か、どこかで見たことのあるような人ばかりであった。同じ花見帰りということか、母と娘の旅ということか、鈍行の旅のおかしさであった。海沿いの景色はどうだったのか気になったが、ずっと同じような景色だったよ、と句美子が言う。熱海からは、JRで横浜まで。それから東横線で日吉、日吉本町といつものコースで帰宅。夕食は早速土産を取り出して、鯵のひらきを焼いたり、せんべいやどら焼きや飴やと、あれもこれもと食べた。 梅と桜を見る旅であった。なお深く印象に残るのは、井上靖の「しろばんば」に書かれた湯ヶ島の暮らしの風景、天城の山葵田、今井浜ビーチ、鶺鴒が飛び交う清流である。それに、花見帰りのお土産をいっぱい持った定年後の男たち。
怒涛とは椿桜に飛沫くとき
海に向き伊豆の椿の紅きなり
春砂をゆきし足跡は浅し
引き潮の色こそ深き春の砂
早春の砂の風紋駈けてあり
鈍行の列車に剥ける春卵
◇生活する花たち「菜の花」(横浜日吉本町)

★梅の香を息に吸い込みあるきけり 正子
清らかな梅の香りを「息に吸いこみ」、あゆむ一歩一歩に、心も澄み浄化されるようです。心身ともに感じる、早春の心地良いひととき、季節の喜びが伝わります。(藤田洋子)
○今日の俳句
春光につつまれし身のときめきよ/藤田洋子
この句を読むと、もの静かで明るい若い母親の姿が浮かぶ。うす紫の丸いヨークのセーターが、春光の中で、肩までの黒髪に映えていた。(高橋正子)
○河津桜

[河津桜・朝/伊豆河津(2011/02/23)] [河津桜・夜/伊豆河津(2011/02/22)]
夜桜は紅かんざしのごと灯る
夜桜にオリオン星雲浮いてあり
重なりて透けることあり朝桜
菜の花に蛇行の川の青かりし
春浅き湯に聞くばかり波の音
春朝日海にのぼりて海くらし
2011年2月23日(水)
河津の桜まつりは朝九時から屋台が揃う。ホテルのマイクロバスで、二人だったが、河津駅まで運んでもらう。きのう来るときに桜は見たのでもうよいような気がしたが、朝の川岸の桜と菜の花がすがすがしい。河津川の水のきれいなこと。鮎が釣れるようだ。川の鴨が泳ぐ水かきまでもがよく見える。鶺鴒がいくらでもいる。桜や菜の花を見ながら歩く。途中のさくら足湯というところで、足湯をたのしむ。修善寺の独鈷の湯よりもぬるい。桜まんじゅう、さくらえびせんべい、栗ぽん、おやき、桜の苗木、吊るし雛などを売る屋台が続く。黒眼がねをかけ、黄色い服のイタリア人夫婦の屋台もある。つぶあんのよもぎのおやきをほおばる。桜海老せんべいを買う。川岸を上流へ、人がまばらになるところまでずいぶん歩いた。河津桜の絵を描いて売る人もいる。買う人もいる。「踊り子温泉会館」まで来た。近くに峰温泉という温泉がある。三十メートルほど温泉が噴きあがるのが売りもの。次の噴き上げは十二時三十分だという。三十分ほど待つ間、篭に卵を入れて、温に浸けて温泉玉子を作る。待ってる間も少し寒いので足湯をする。東洋一という温泉の噴き上げを見てそこを出る。バス停近くの店でケーキとコーヒー。来たバスに乗って、河津駅まで。見事な桜の原木がバスの窓から見えた。二十分ほど乗ったろうか、河津駅に着くとさすがにお腹が空いている。これから電車で帰途に着くわけだが、残っている駅弁は、この時間では、さざえ弁当だけ。わっぱ風の折に入って、さざえとひじきが載せてある。それを持って普通電車に乗る。三時間あれば帰れるので、踊り子号にも、スーパービューにも乗らないで、鈍行で帰る。二時四十六分発の熱海行。熱海からは、JRの快速アクティ東京行で横浜まで。相模湾が見える方、つまり行き手右側に席をとった。
◇生活する花たち「福寿草・菜の花・紅梅」(横浜日吉本町)

伊豆
★わさび田の田毎に春水こぼれ落つ 正子
わさび田に水が満たされ、それぞれの田から水がこぼれ落ちる。春になり、わさびの栽培にも本腰が入ってきます。 (高橋秀之)
○今日の俳句
水鳥の羽ばたきの音春空へ/高橋 秀之
冬の間も生きいきと暮らしていた水鳥が、北へ帰る日も近いのか、羽を広げ羽ばたきの音をさせる。春空へ向けて力強い羽ばたきである。(高橋正子)
○梅林

[梅/伊豆修善寺梅林(2011/02/22)]
○修善寺梅林10句/高橋正子
野に飛べる春鶺鴒や修善寺へ
修善寺の街のこぞって雛飾る
蕎麦に摺る山葵のみどり春浅し
春浅し川に突き出す足湯なり
紅梅がかすみ白梅がかすみ
梅林の丘をのぼりて伊豆連山
鮎を焼く炉火に手を寄せ暖をとり
梢より富士の雪嶺に風光る
わさび田の田毎に春水こぼれ落つ
天城越ゆ春の夕日の杉間より
2011年2月22日(火)
修善寺駅に到着してから、修善寺梅林へすぐ向かう。修善寺駅から東海バスの「もみじ林行」に乗る。この終点となっているもみじ林に梅林がある。梅見に行く老婦人たちが乗っているが、途中、梅林ではないところで、なんども降りようとする。運転手は、観光案内も兼ねて、そのたび、ここは違う、終点で降りると案内する。立てば、よろけないように注意する。もみじ林で下車。入り口の蕎麦屋と、四十八ヶ所の札所の小さい菩薩の石碑を一つを過ぎて山道を梅林へ。三ヘクタールあるという梅林。歩くと落葉樹が葉を落として、日がよく降り注いでいる。もみじ林の名の由来がわかる。若楓のころは、美しいことだろうと思いながら歩く。ほどなく、右手に西梅林の入り口がある。数歩入れば、漂う梅の花の香り。ここの梅の木はどれも古木。幹はウメノキゴケが覆っている。百年の古木もある。樹のかたちも写真家が喜びそうな形が多くある。梅林の中の竹林は竹の秋。紅白の梅の花の後ろの竹の秋は色がつやつやとしている。梅林は丘となったりしている。丘に登れば、何か見えそうだ。登って見る。伊豆の高い山々が見える。
丘を降りて谷を下ると東梅林へ。こちらは、修善寺温泉へ通じる道らしい。文人の句碑もある。石の鳥居を潜ってさらに下り、温泉への分かれ道のところから、また登る。すると、戸外に太い薪を組んで、大きな炉をつくり、鮎を串刺しにして焼いている。一匹が六百円。一本ずつ食べる。腸までがおいしく食べれる。寒いので炉のほとりに近寄りたいが、火の粉が散って服に穴が開くのでいけないという。食べ終われば、ポリタンクのお湯で手が洗える。鮎を食べて、また梅林を。今度は、雪どけのあと、ますます葉の色が青くなった水仙の小道がある。ここを辿り、もとの西梅林へ。だれか少し上から不意に現れ驚くが、写真を撮っていたらしい。気づくと富士山の山頂が見えている。ちょうどその人がいた場所が富士見には一番良いところだ。写真はもっぱら句美子が撮っているが、富士を収めて来た道をバス停まで下る。バスが来るまで二十分ほど。山すそにパンジーや菜の花の花壇があって、三椏の花が咲いている。咲いているものは、黄色い花簪のようで、かわいらしい。
◇生活する花たち「紅梅・赤花満作・山茱萸(さんしゅゆ)」(横浜・四季の森公園)

★賽銭を放りて拝む梅の寺 正子
寺の梅を観に出かけられたのでしょうか。寺の梅は樹齢が古く苔むした幹が多いようです。古ければ香りもよいものです。梅の開花は春の到来を知らせてくれるものであり、それを観るのはなんとなく心を豊かにしてくれます。本堂にある賽銭箱に向かって賽銭を投げ、祈ることはわが子の幸、連れ添いの健康でしょうか。(古田敬二)
○今日の俳句
★春植えの畝の支度や鍬光る/古田敬二
春に植えるものには、じゃがいもなどがあるが、その畝の支度に余念がない。振り上げる鍬も早春の光に光るという耕しの楽しさがある。(高橋正子)
○雲間草
[雲間草/横浜・四季の森公園] [雲間草/横浜日吉本町]
★春浅き庭の一角雲間草/杉竹
★夏の暁け目覚め早きや雲間草/百茶庵
★駅前の花屋に雲間草を買う/高橋信之
本種の雲間草(くもまぐさ、学名:Saxifraga merkii var. idsuroei)は、ユキノシタ科ユキノシタ属の日本原産の多年草で、北アルプスと御嶽山に自生する珍しい高山植物。標高3000m付近の雲の切れ間に咲くため「雲の合間の花」からクモマグサ(雲間草)と名づけられたと言われている。生花店などで栽培に販売されている品種は、ヨーロッパ、北欧を原産とするクモマグサの原種を品種改良した、ピンク色の花などの園芸品種で、西洋雲間草(せいようくもまぐさ、学名:Saxifraga rosacea)、または洋種雲間草(ようしゅくもまぐさ)と呼ばれる。日本種と比べ花の色や形状、開花時期などが異なる。開花時期は、雲間草が 7月~8月、西洋雲間草(洋種雲間草)が3月~5月。2月27日、3月22日の誕生花で、花言葉は活力、自信、愛らしい告白。
◇生活する花たち「福寿草・節分草・榛の花」(東京白金台・自然教育園)
★二月はや雛の鼓笛を持たさるる 正子
早春、春浅しと言った気分の頃で、寒さはなお厳しい。季節風も強いが、次第に日は永くなり春らしくなつていく。ひな祭りも近くなり三人官女も鼓笛を持って春のおとずれを楽しんでいる。(小口泰與)
○今日の俳句
榛名富士むらさきに明けクロッカス/小口泰與
榛名山が紫色に明ける。雄大な山にも、小さなクロッカスが咲いて足元にも春が来ている。クロッカスも紫色であろうか。(高橋正子)
○雪割草

[雪割草/横浜・四季の森公園(左:2013年2月10日/右:2012年3月22日)]
★雪割草雲千切れとぶ国上山/朝妻 力
★雪割草佐渡がもつとも純なとき/中嶋秀子
★雪割草垂水の滝は巌つたふ/山口草堂
★雪割草風透き通るこの辺り/高澤良一
★日に飢ゑし雪割草と灯をわかち/軽部烏頭子
★森の空高し雪割草に吾に/高橋信之
★雪割草の色いろいろに咲く日向/高橋正子
国営越後丘陵公園(新潟県長岡市)の雪割草まつり
○2013年3月16日(土)から4月7日(日)開催
○主なイベント:展示会講演会花苗・資材販売
平成20年3月1日に「新潟県の草花」に指定された雪割草。長い冬を耐えて可憐な花をつける雪割草の魅力を屋内展示や群生地にてご鑑賞いただけます。4月上旬には約9万株の雪割草の群生地が見頃を迎えます。「新潟県の草花」雪割草。
「雪割草」は、キンポウゲ科ミスミソウ属( Hepatica )の園芸名で、北半球に9種類の分布が知られています。日本にはその中の1種類( H.nobilis )から分かれたミスミソウ・スハマソウ・オオミスミソウ・ケスハマソウが自生しています。これら雪割草の中で最も注目される「オオミスミソウ」。自生地は新潟県を中心とする日本海側にあります。このオオミスミソウは、雪割草の中でも最も変異の幅が広く、さまざまな色や形が楽しめ、しかも性質が丈夫であるため交配に熱中する愛好家も増えています。また、個体もさることながら色とりどりの群生の素晴らしさも言い尽くせません。早春、木立の中で愛らしい花々が咲き乱れ、互いを引き立てながら調和しあう美しさは、出会った人々にすばらしい思い出を与えてくれることでしょう。
http://echigo-park.jp/guide/flower/hepatica/index.html
◇生活する花たち「シナマンサク・マンサク・ハヤザキマンサク」(東大・小石川植物園)

★ヒヤシンスの香り水より立つごとし/高橋正子
春まだ浅き今頃になりますと、冬の乾燥していたころろより雨や霙、あるいは春の雪が降るにつけても、とにかく水の匂いがします。ヒヤシンスの水耕栽培を行ったことがありますが、まさに香り立つごとく花が咲きます。浅春の今頃の時季にぴったりの素敵な一句です。(桑本栄太郎)
○今日の俳句
海苔掻や潮目沖へと流れおり/桑本栄太郎
沖へと流れる潮目を見ながらの海苔掻きに、春の磯の伸びやかな風景が見えて、素晴らしい。(高橋正子)
○孫橋元希誕生
元希は2013年2月19日生まれ。
○節分草

[節分草/東京白金台・自然教育園]
★雨光る節分草の咲く日より/後藤比奈夫
★節分草つぶらなる蕊もちゐたる/加藤三七子
★節分草渓の水引く村の風呂/鈴木政子
★大峰の秘湯ゆたけし節分草/竹内美登里
★節分草よき木漏日のありにけり/渡辺玄子
★たまゆらのもれびこもれび節分草/大堀柊花
★節分はおとといなりき節分草/高橋正子
セツブンソウ(節分草)Shibateranthis pinnatifida (Maxim.) Satake et Okuyama は、キンポウゲ科セツブンソウ属の多年草。関東地方以西に分布し、山地のブナ林など、落葉広葉樹林の林床に生え、石灰岩地を好む傾向がある。高さ10cmほど。地下の1.5センチほどの塊茎から、数本の茎を伸ばし、不揃いに分裂した苞葉をつける。花期は2~3月で花茎の先に2センチほどの白色の花をつけるが、花弁に見えるのは、実は萼片である。花弁自体は退化して黄色の蜜槽となり、多数のおしべと共にめしべの周りに並んでいる。めしべは2~5個あり、5月の中ごろに熟し、種子を蒔いた後で地上部は枯れてしまう。和名は、早春に芽を出し節分の頃に花を咲かせることからついた。可憐な花は人気が高く、現在は、乱獲や自生地の環境破壊によって希少植物になっている。 節分草の自生地として有名な場所は、埼玉県小鹿野町(旧両神村地区)、栃木県栃木市(星野の里)、広島県庄原市(旧総領町地区)などがある。
千曲市戸倉のセツブンソウの群生地は地域の人達が丁寧に守り保護して来ました。千曲市では昨年の2006年に「珍奇または絶滅にひんした植物の自生地」などとして、戸倉の1万2000平方メートルと倉科の約2000平方メートルを市の天然記念物に指定。両地域では2006年11月以降、市民らによる下草刈りや遊歩道の整備をして、一般公開に踏み切った。戸倉地域では2007年2月に発足した「戸倉セツブンソウを育てる会」(会員約60名)が毎日群生地を見回っている。地域では「群生地は地域の誇り、貴重な花への理解を深めてほしい」と呼び掛けている。
◇生活する花たち「福寿草・菜の花・紅梅」(横浜日吉本町)
