NEW3月28日(土)

チェロ
髙橋正子

チェロが背負われて行く。
革靴がきゅっきゅつと
同じテンポで
春の夜道を歩いていく
チェロは背負われて
帰っていく

チェロは背中で
光っていた。
チェロケースのプラスチックが
紺いろに光っていた。

夜の道を
男に背負われて
帰っていく。

ああ、ここは都会だ。
田舎では チェロさえ見なかった。
見たとしても、
いや、見たことはなかった。

セロ弾きのゴーシュが
ほんとうに下手なのか、
知らない。

チェロがどんなものなのか、
それが男のものなのか、
女のものなのか。

ときどき見る
電車のなかに運び込まれる。

へえー と思って見る。
田舎では見なかった。

ここは都会なのだ。

 

NEW3月27日(金)

晴れ
●きのうご夕方には雨が小降りになっていた。今朝は晴れた。

●ゆうまくん、きょうは、産後ケアをする人が来て世話をしてもらったのがいいが、私が行ったとき、すこし拗ねているような感じ。赤ん坊にしてこれかと思う。帰る頃になって、笑い声がでるようになった。いつもなら、バイバイが言えて手を振るが、今日は帰ろうとすると泣いた。

3月26日(木)


●昨日の夜は、疲れて椅子でうたた寝をし、翻訳は休んだ。もしも具合が悪くなってはと思い12時前には就寝。疲れ具合は自分で判断しないといけないのがひとり暮らし。ひとり暮らしに慎重さは欠かせない。

●鯛のムニエルと春キャベツの洋風煮びたしを夕食の差し入れに。今日はハート内科の受診日だったので、これに3時間かかったので、それでもいつもよりは、患者が少なくて早く終わったのだが、夕食はすぐにできるものにした。

3月25日(水)

●帰りの電車は、立ち通しだったが、目の前の男性が席を譲ってくれた。「いいですよ。」と断ったが、その男性は、黙って立って譲ってくれた。
お陰で、席に座ってすぐに、考えることもなく浮かんだ詩を手帳に書き止めた。こういう場合は、すぐに書かないとその詩は消えてしまい、後で思い出しても、微妙に言葉がちがってくる。詩の前半は、電車の中でかいたが、家に着いてすぐにパソコンに書き込み、後半を創作して書いた。題名は「帰還」。私の一生のうちのただ一篇の詩。

3月24日(火)

晴れ
たんぽぽを手に持つみどり児あやうかり 正子
みどり児の頬に触れさす花さくら    正子
桜の花束ねるときはひややかに     正子

●今日は信之先生の月命日。桜のお香を焚く。花は家に咲いた金魚草とおてらでもらった小さいアレンジメントフラワー。はやり、家の花の方がどことなく、しっとりしている。

●今日は仏独版『ヴァレの四行詩』の「読者とヴァレの四行詩」の第4パラグラブまで訳す。ちょっと震撼するような箇所もあって、先を読みたいが、なにしろ、そんなに速く読めるドイツ語の力はない。少しずつ、じっくりという感じ。それでも3日頑張れば、12ページの論文は読めそうだ。

●ゆうまくんに、たんぽぽ、つくし、さくら を摘んでもっていった。一番のお気に入りはたんぽぽ。桜をほおにあてるとにっこり。たんぽぽは、茎をもってよろこぶ。土筆は見向きもしない。さくらも、たんぽぽも口にあてて、あわや食べそうになった。

3月23日(月)

曇りのち晴れ

●『ヴァレの四行詩』のあとがきと解説の「読者とヴァレの四行詩」を訳す。あとがきと解説はリルケ研究者のドイツ人学者ウルリッヒ・フュレボルン。最後にドイツ語への訳者イヴォンヌ・ゲーツフリートの短い謝辞(2002年)がある。これを途中まで、「少しずつ、根気よく」をモットーに訳している。まだ途中。今日訳したところまでは、読み方指南であるが、私が取った方法論は、フュレボルンの先取りとなっていて、納得した。『ヴァレの四行詩』はリルケの他の詩と区別して読まなければいけない。一篇一篇独立させて読む。これは句集に、何句も並んででいるが、全体を円環して読まないのと同じである。私が臥風先生から伝授した句集的読み方でよいということ。だたし、今の俳壇でこの読み方ができる人は、ほとんどいないと思う。だから、俳人はリルケの詩は読めないと思う。

●ゆうまくん、『こいぬのくんくん』(ディク・ブルーナ著)の二羽の小鳥の絵にわたしが「チュンチュン、チュンチュン」と雀の鳴き声を真似ると大笑い。よだれを本にこぼして笑う。それを私がティッシュでぬぐうと、その様子にまた大笑い。これにドはまりしている。あと1週間ほどで満1歳になるが、赤ん坊にしては、面白がり過ぎる。自分ひとりで「ないない」とものを隠し、ポーカーフェイスで「えっ!」と言って、間をおいて「あった!」と言いながら自分が隠したものを取りだす。これを何度もくりかえして遊んで、これにもドはまりしている。遊んでいて、気が移るとほかの遊びになり、隠したものを忘れて、そのままになって、いろんなものが見当たらくなっているらしい。

 

3月22日(日)

晴れ
春田道田の広がりを真っ直ぐに 正子
寺屋根の緑青ゆかし春田萌え  正子

●朝,線香をあげると、煙がまっすぐ立った。本当にまっすぐ立って、あるところで解けるように消えた。

●お寺で、午後1時からの彼岸法会に息子と出席。真言宗なので、大日如来様の話がはじめにあった。わが家の宗旨の守護仏は大日如来様なので、よくお参りして、守っていただくようにということだった。お経はいつもより少し長かった印象。信之先生の墓域は日本小桜が満開だった。桜の木も少しずつ大きくなっている。染井吉野ではないので、大きくはならない木だが、墓域の小桜はどこも満開で、鶯が小さい声で鳴いていた。染井吉野は3分咲き。辛夷が満開だったが、花が少ない感じだった。小さいアレンジメントフラワーの鉢をもらった。これは仏壇にあげた。ポンポン菊やスターチス、小菊、トルコ桔梗と、小さい葉ものがまとめられている。

●お寺から帰って、寺の行事と気持ちを切り替えるために、休憩しながら、N先生の手紙をワードに転記した。これを私の返事との往復書簡として花冠に掲載したいので、許可をお願いする手紙を出した。先に出した返事と同じ日に届くかもしれない。掲載許可依頼の手紙を書いて、なにか
落ち込んでしまった。先生に迷惑がかかったらどうしようと、など。
このように、落ち込むのは、これまでの経験の生らしい。N先生への依頼で落ち込むことはなにもないのであるが。トラウマが・・

●『ヴァレの四行胃』の二か国版の「あとがきNachwort」を辞書とパソコンを頼りに読む。ここはドイツ語。ドイツ語をかなり苦労して読んだ。その結果、大変重要なことが書かれていて、驚いだ。5000円で買った値打があった。ちょっと興奮するようなこと。

3月21日(土)

晴れ
●明日は、お寺で彼岸法会があるので、出かける準備。長男も出席できるとのこと。義務と思っているのか、少々面白がっているようでもあるが。墓地の数メートル近くまで車で行けるのだ。

●N先生に手紙の返事。中にますみさんからのお礼のメールと、『ヴァレの四行詩』の21番の詩の翻訳と、詩返を入れ、今朝投函。届くのは、25日になるだろう。

3月20日(金)春分の日

雨時々曇り

●横浜高島屋の伊東屋にプリンター用の和紙を買いに行った。原稿用紙15枚くらいの手紙になったので、キーボードで売って印刷しようと思って、適当な紙を探しが見つからない。ようやく伊東屋にしかないとわかり、横浜へ出かけた。店でかなり探してようやく、伊東屋特性の越前和紙のB5の紙を見付けた。店員に聞いたが、そんなの改まったもの用しかないという。たしか紙専門の店員がいたと思うが、私が探し出したのだ。

夜中、手紙の返事を印刷したが、いい感じに仕上がった。これなら、失礼にならないだろう。

●ついでにおもちゃ売り場で、ゆうまくんの誕生日プレゼントを買った。ドイツ製で木製の木の人形が一つ乗っている赤い乗用車。これは、誕生日の4月1日に持って行く。

●ゆうまくん、ガーゼのタオルケットにある動物の模様のなかで、ライオンが気に入っている。私が「がぉー」というからかもしれない。ライオンの顔の風船もお気に入りのようで、よく遊んでいる。
絵本のお気に入りは、こいぬのくんくんが走っている絵。「たった tった」といいながら、体を動かす。私の膝にいるときは、体を跳ねさせ、脚とバタバタさせる。走っているつもりらしい。20秒ぐらい一人で立っていれるようになっている。
それとおなじえほんの女の子が泣いている絵。そこを見て「あーん、あーん」と言う。
それに別の本に載っている白いたまごの絵。窓に貼ってあるアルファベットのポスターのたまごの絵を指す。カーテンで隠れていると開けて見せろという。すぐに真似をするので、気をつけている。