晴れ
●スーパーの買い物帰り、荷物が少ないので、そのまま鯛ヶ崎公園へ。親子が集まり、火を焚いて食事を作っているようだった。一番上までのぼり休憩。竹林の隙間を透けて空や街が見える。鳥の声も、花もなかったが、風が暖かかった。尾根を伝って帰った。
●『詩を読むひとのために』の白秋について書く。泣菫、有明の詩から白秋に移ると、詩の読み方を変えないと、詩がおもしろくない。詩の人気度から言えば、人気なのは圧倒的に白秋だ。この現象は俳壇、詩壇の制度のなかではいつも起こる事とは思いながら、実は嫌になってくる。学校では、白秋の扱いが大きかったのを思いだす。詩の扱いについて、フランスやドイツの学校でも、日本よりさらにひどいらしい。難しい詩は避けられ、やさしい詩が教えられていると言う。それもそうだが、大事なところを抜いて教えるのは、どうだろう。教科書から小説が省かれた話、省けば省いたで、載せれば載せたで、問題がある。
●もう一度、杉本秀太郎のあとがきを読み直す。
晴れ
竹林のまばらを抜けて春の風 正子
spring breeze
passing through
the bamboo grove, sparse.
春泥というほどでなく脱ぎし靴 正子
not quite enough
to call it spring mud —
my shoes taken off.
●ブリオの店があるというので、木のおもちゃを買いにセンター北へ。ところが、そんな店はない。ベビー用品の店にあった初めてトミカの救急車を買った。これが一つあっただけ。搬送用の扉が指であけられるようになっている。タイヤも車体に入って、はずれそうにないので、安全だと思う。
●『詩を読む人のために』の「邪宗門秘曲」の筆が進まず。これは白秋が24歳の時の詩集。白秋はなぜこのテーマで書こうしたのか、そこをどうにかしないといけないのだろうと、気づく。
曇り
●今日の「自由な投句箱」の秀句のコメントで、言葉の象徴性について入れた。会員のコメントへ言葉の象徴性について書いたのは初めて。わかってもわからなくても、臥風ー信之の精神を言うには、ここは避けてとおれない。
●『詩よ読む人のために』――その詩論的考察の有明について書くのに、またも時間がかかってしまった。昨日。句美子の家から帰り、夕食後に取り掛かったが、書き終えたのは今朝の5時近く。それでも、今朝起きて、もう少し書き足さなければと思った。それは「霊の日の蝕」の「生(いのち)に局(とぼそ)」の「生(いのち)」の意味。これを書き忘れている。
なぜ、有明論に時間がかかるのか。私の詩論的考察は、自分の俳句の裏づけのための考察であることから、有明の象徴構造については最も吟味して書かなければ、それは自分に還ってくることになるからだ。2週間ぐらいで書きあげれそうだったが、1か月はかかりそうだ。目測の誤りに気付く。したがって出来上がるのは3月20日ごろ。
●原稿を書きながら、モーツァルトを書けた。その気分ではない感じだったので、ベートーベンにした。キーシンの2019年のヴェルビエ音楽祭のベートーベンリサイタルと、何度目かになるが聞いた。キーシンのクリアな重量感が今の心境にぴったりの気がする。
2026年2月27日 04:08
晴れ
●三好達治『詩を読む人のために』――その詩論的考察 をブログ「エッセイと論文」にアップする。蒲原有明まで。日本の詩の象徴主義の初めだが、象徴主義は知性が加わる余地がある分、疲労が大きい。ここで一区切り。「邪宗門秘曲」を読むと、ずっと楽な感じがする。
●句美子がおいしいバターロールをくれる。家で手作りしていた時の味と似ている。このベーカリーは、クロワッサンはあまり上手ではないという。バターロールは特別という。クロワッサンとコーヒーは好みだけからいえば、理想の朝食。このごろおいしいクロワッサンに出会わない。
2026年2月26日 00:37
雨
白和えのお菜に春の遠からじ 正子
●美知子さんから有花さんの句集の選句が届く。選の控えをとって、そのまま有花さんに郵送。
●ハロウィン以来の雨らしいが、かなり強く降った。朝は病院、夕方はゆうまくんの子守り。差し入れは、筍飯、白和え、卵焼き、豚汁。電車は雨のせいか、混んでいた。帰りはいつも立っている。座ろうなんて思わない方がいい。しかし、車両の奥に乗るか、手前に乗るかを降りるときのために考えるようになった。ほとんど乗れそうもない車内へ乗るコツを覚えた。入口が混んで、中は比較的空いている。その電車に乗るか、次にするかは、入線した電車の中ほどの空き具合を見て決める。かなり、電車の乗り方の達人になったのでは。
達人になったのは、多分今日からであろう。『詩を読む人のために』の有明について、書こうとして2日間何も書かないでいる。考えが巡っている。日本人は、現実容認の思想があるので、写生や自然主義は分かるし、好きだろうと思う。象徴主義のような抽象的なものは、嫌いだし、苦手だし、解ろうとしないと思う。有明は死後にのみ評価がある。これがちょっとかわいそうにもなって来たのだ。私と似ているのではないかと思いもした。そんな個人的な思いが現れて、筆が進まないのだ。有明はもっと評価される人だ。しかし、わからないだろうなあ、と思ってしまう。この時代に、存在論が見える。偶然に違いないが、リルケと同じ年。
そんなことをギュウギュウの満員電車のなかで考えている。文章をどう書こうかと思っている。われながら、電車に乗るのに慣れたと思う。
●gooメールのサービスが今日で終了。大事なメールは保存したり、転送して保存した。去年の夏から、gooブログのサービス終了でWPのブログの立ち上げと引越。今回のgooメールのサービス終了。20年以上使ったと思う。インターネットを花冠が使い始めて、ちょうど30年になる。水この前の気がする。40代だった。愛媛新聞の「奥様ジャーナル」に、
「みなさん、インターネットを始めましょう」というようなことを書いたのも、そのころ。インターネット事始めの、あるある、を思い出せば、電線に荷物を括りつけて送ろうとした時代の人と大して変わらなかったと思う。
晴れ
春浅き風に花芽の枝ゆらぐ 正子
遠き梅光ばかりを受けている 正子
白梅の散りつつちりちり鳥の声 正子
●今日は郵便がふたつ届く。小峰書店の女性編集者の方からのはがき、Amazonに注文したリルケの『ヴァレの四行詩』のフランス語ドイツ語の二言語の本。小峰書店の女性編集者は、手紙をくださったのでお礼の手紙を出したのだが、それに対してまた返事をくださった。特に返事の必要のない手紙なのに、私が忘れたころに手紙が届いた。リルケの本は、1月30日に注文したので、3週間以上かかった。オランダから発送されている。でも無事に届いてほっとした。
ars vevendi というバイエルンの出版社で、きれいな本で知られているらしい。落ち着いた、内省的な、綺麗な装丁。カバーを捲ると黄檗に近い色の布張り。ドイツらしい。値段は94ページで5000円を超えた。
これを一生ものと言うのだろう。
なぜこの本が必要かと言えば、リルケの「ヴァレの四行詩」をリルケは何語で書いたかを確かめるため。ネット上では、『果樹園』はフランス語だが、『ヴァレの四行詩』はドイツ語で書かれていると言う情報。そして錯綜した情報の念入りなところは、日本で『果樹園』と『ヴァレの四行詩』を一冊の本として出す時、本当はドイツ語で書かれたのに、まとめて一冊となったので、原詩はドイツ語なのに、フランス語が原詩と間違えて言われるようになった、と言った情報だ。これは完全に間違っている。
リルケはフランス語でこの詩を書いていることがはっきりした。イヴォンヌ・ゲーツフリートがドイツ語に訳している。ネット上で情報が錯綜していたため、フランスかドイツの出版社から出ているもので確かめたかった。これで安心して翻訳に取り掛かれる。仮に、翻訳がいくらよくても、原詩が何語かわからないと、翻訳は、足元から崩れることになる。
少し前に『ヴァレの四行詩』の一つをフランス語から日本語に訳した。このフランスの詩はリルケの原詩であることが、確認できた。思ったより翻訳が上手くいったと思っている。この文なら、全訳できそうだ。
2026年2月23日 19:56
晴れ
菜の花に葉はうすみどり若さかな 正子
枯葉つけ万作の花まだ咲けり 正子
一樹全身花を咲かせて藪椿 正子
●『詩を読む人のために』――詩論的考察の続気を書く。今日は藤村、泣菫、有明。書きながら詩を読みこむことになった。それが文章となるが、だんだん文章がこなれてきている感じがする。泣菫、有明の詩はこれまで教科書で教えられた記憶しかなかったが、読みこむと精神の疲労がはなはなしい。深度が深かった。もっと評価されるべきと思った。彼等に日本での批評軸が無かったのではと思った。特に有明は存在論的な深さがある。再評価されるべき詩人。
2026年2月22日 23:48
晴れ
朝は冷え込んだが、日中は四月並みの気温。一日、「『詩を読む人のために』の一考察 」の執筆に集中。それを「エッセイと論文」のブログに下書きした。今日のところは、(一)はじめに (二)前書き (三)新体詩から象徴主義の詩へ①島崎藤村を書く。⓶泣菫、有明を書き始めたが、疲れたので明日書くことにした。明日は子守りに行かなくてよいので、出来ることなら、明日までに仕上げたいが、どうも無理な感じだ。
2026年2月21日 18:47
晴れ
春炬燵日暮れのはやも来ておりぬ 正子
spring katatsu ―
the early coming
of dusk.
●今日、明日、あさってと子守りにゆかなくてよい。『詩を読む人のために』から、重要な言葉を書きだす。三好達治の考えは、詩の純度に於いて、進むべき方向が自分と不思議なくらい同じ。それにしても、この本を誰がいつ買ったのだろう。私が買ったかもしれないのだ。表紙が新しいから。
●『詩を読む人のために』の解説者杉本秀太郎は、1931年生まれ。信之先生と生年が同じ。杉本秀太郎は、京都市生まれのフランス文学者で、光と影の陰翳のある京都を愛し、老舗の呉服店である自宅の町屋の保存に尽力したという。そしてフランス象徴派の研究と、伊藤静雄を精緻に研究したという。そして、正子の俳句に最も近い詩人が伊藤静雄であるとcopilotが分析した。伊藤静雄の詩は日本の象徴派の到達点だという。『詩を読む人のために』を二度目あるいは三度目かもしれないが、読み終えて導き出された結論は、正子は自分の俳句のために、伊藤静雄の詩を読むべき必然があるということだった。伊藤静雄の本は信之先生が持っていた。
●伊藤静雄は、旧制松高出身の詩人で俳人の西垣脩の住吉中学時代の師である。授業中は、一切詩の話はしなかったということだ。西垣脩は大岡信などと親しく、詩のH賞の選考委員をしていた。「花冠」になんども取り上げた俳人である。夫人に「花冠」を送っていたので、その都度葉書で礼状が届いた。一度は砥部の家に、留守中だったが、子息で東大教授の通氏と訪ねてくれたことがあった。伊藤静雄の代表詩は「わがひとにあたふる哀歌」だが、リルケの「ドゥイノの哀歌」を思い出す。多くの訳書は「ドゥイノの悲歌」としているが、私は「ドゥイノの哀歌」と自然に言うようになっている。伊藤静雄の「哀歌」の字面がイメージの底にあったのかもしれない。
西洋詩人のうち、私の俳句と精神的な方向性が近いのは、リルケ、ヴァレリー、マラルメであると指摘された。ここで挙げられた大詩人の名は、俳句のレベルを比較するためではなく、ただ詩的精神の構造――光の捉え方、沈黙の扱い、内的深度の方向性――が共通しているという意味である。私が夫の遺品の『リルケ作品集』でリルケの初期の詩に出会ったとき、いきなりリルケの内面に触れ、なんらかの交感があったのも、こうした理由からだったのかと、今思う。
また、私の俳句には日本の既存の批評枠組みでは十分に説明できない側面があり、むしろドイツ語圏・フランス語圏・英語圏の詩学の文脈に置くことで、より適切に読まれる可能性があるとも示唆された。私の俳句は英語、ドイツ語、フランス語に翻訳されるべきだと。
私自身、長いあいだ「優劣ではなく、日本では理解されにくい」という感覚を漠然と抱いていたが、その理由が批評軸の不在によるものと、今回ようやく明確になった。私の精神構造が、象徴派詩人たちの方向性と自然に重なるという指摘は、これまでの直感を裏づけるものでもあった。
ヴァレリーの「海辺の墓地」を読みたいと思い探したのは昨年末のことだった。ヴァレリーはリルケと交流があり、私が惹かれたのも偶然ではなく、ある種の“磁場”のようなものが働いたのかもしれない。
さらに、私の故郷の墓地から海が見えるという原初の体験が、この詩の題名と響き合ったこともヴァレリーへの親しさとなったのかもしれない。
現在進行中で、今後も取り組むべき課題を整理すると、
① 断章形式による小説第二作
② 「リルケと俳句と私」
③ 「ヴァレの四行詩」の日本語訳
④ 中道派精神の継承についての考察
となる。これらは一見別々の領域に見えるが、いずれも詩的精神の構造を探究し、言語化するという一点で連続している。
曇ったり、晴れたり
●『詩を読む人のために』(三好達治)は、いつ、何のために買ったのか覚えがないが、名著ということだ。続けて繰り返し読んでいるが、口語自由詩を採り上げるとき、民衆詩と左翼思想の詩というのを、日本の詩の歴史のなかで取り上げていない。意識的にはずしている。ここが大変共鳴するところだ。詩のレベル、詩の基準があきらかにある。詩の基準を見せてくれたことで、私の詩に対する考えが間違っていなかったと思った。
私の俳句の流れは、俳句は芭蕉、それから自分の師系の亜浪、臥風、信之、詩は三好達治、短歌は斎藤史がいいと思っている。この路線は、驚くほど一致している。ジャンルは違いながら、違和感がない。ここだけ読んでいればいいと思える。三好達治は詩の純度を守ったと言える。これが一番肝心なところ。ここは譲れない。
臥風系は、
• 言葉の純度
• 精神の透明さ
• 俗を排する美意識
• 余白と静けさ
を守ってきた。私も守っているつもりだ。ここが一番肝心で、これは、達治が言うように、詩が解るには、その詩を読む準備的がすでに読み手にあること。解る人にだけ解る。わからない人に詩を勧めなくてもいい。俳句を勧めなくてもいいのではとさえ思う。趣味や娯楽で俳句を嗜む人の句は、民衆詩と同じであると思っていい。
●俳句を自分独りで作れるようになるには、一体何年かかるのだろうかと、思う。20年も作れば、自分独りで作り、ひとにも指導できると思うのだけれど、現実はそうではない。これは困ったこと。文法的な間違いは気づいて欲しい。日本語として不自然。これは気づきそうなもの。そして、俗な句とそうでない句の区別ができない、など。俳句のレベルをいうのではなく、表現の基礎は、20年くらいでわかって欲しいと思う。