NEW2月3日(火)節分

快晴

●今日は、暖かい。
●小峰書店の女性の編集者から、1月参考資料として送った句集『手袋の色』(髙橋句美子著)の返事をいただく。小峰書店が、『季節のことばをあじわう はじめての俳句歳時記』に私の「鉛筆を削る木の香の春めくを」を掲載するにあたり、この句について確認の電話をいただいた。私も子とも俳句を、砥部・松山時代十数年信之先生と一緒に指導したので、この企画を嬉しく思い、参考資料として、句美子の句集『手袋の色』を送っていた。こういう場合は、編集部門は大変忙しく、返事がないのが普通である。丁寧に読んでいただいたことのわかる、手紙で、ありがたくおもった。今日、句美子の家に子守りにいくので、持って行って句美子によませた。熱心に読んでいた。
さすが、歴史ある子供向けの本の出版社だけあって、編集者の女性の手紙は、よく子どもの成長過程など、児童文学に精通していると思える感想文をいただいた。おそらく、俳人よりも、句美子の句集の理解が深いと思えた。
ごちそうにさくらの花びらふってくる 句美子
千代紙のとんぼふすまの絵になった
海水浴手を引かれゆく幼き手
夜寒さを帰り秋刀魚の焼きあがり
の句を好きな句として挙げてくれた。

●余談ながら、句美子に手紙を見せたあと、ゆうまくんが手紙を持ちたがるので、持たせておいた。破らないで、手にじっともって、切手の柄をたしかめて、封筒をなめていた。大人の持つものをなんでも手にしたがる。
掃除用の粘着ローラーも使いたがって仕方がないので、ローラーを外して渡すと、大人がするとおりの仕草を一生懸命している。なかなか働き者。

2月2日(月)

晴れ
●晃さんから、有花さんの句集のための選句が届く。そろそろ返信がある事かと思っていたら、その通りになった。今日はゆっくり見れなかったが、明日から、じっくり読む予定。

●3日ぶりにゆうまくんの子守りに。ゆうまくんは、この3日の間に、言葉がよくわかるようになり、情緒的に急に成長しているので、驚いた。
よだれが出ているので、「おくち、きれきれいしようね。」とハンカチを渡すと、口に持っていって、ちょんちょんと押さえる。句美子が「まあ、上品でかわいい。おばあさんの孫だわ。」と笑う。かなり言葉が聞き取れている。自分のしたいことができないと、大泣きする。今日はよく泣くと言っていた。

●句美子の家に行く電車の中で編み物をする。ネックウォーマーを編んでいる。小さいものなので電車の中で編むに二ちょうどいい。行きは空いているので、こんなことができるが、帰りは通勤ラッシュ。びっしり立ち並ぶ人の間にいる。

2月1日(日)

晴れ
菜の花と鰺をそろえて買い戻る  正子
花屋いま薄桃色に春隣      正子
チューリップ数本仏花として束に 正子

●元希くんの誕生日祝いや、誰彼と言うわけではない、バレンタインの買い物を考えなくてはいけない。
センター北のユザワヤへ。毛糸を見たり、持っているモリスの柄で自分用のショルダーバッグを思いついたので、裏地やショルダー紐を探したり。

●昨日はリルケの『ヴァレの四行詩』のテキストを決めるのに、混乱した情報の惑わされ、ちょっとおもしろくなかった。こういう場合、チャットGPTの情報はかなり不正確。全然不正確。一晩寝て、昨日アマゾンに注文したドイツ語とフランス語併記の『ヴァリス(ヴァレ)の四行詩』は確かだろうと思えた。紀伊國屋書店に問い合わせたフランス語の『ヴァレの四行詩』については、いっこう返事がない。そのまま放っておくことにした。
●今日は、『ヴァレの四行詩』(片山敏彦訳)を22~24を書き写す。
●『詩を読む人のために』(三好達治著)に堀口大學の「夕ぐれの時はよい時」が口語自由詩として紹介されていた。いつか教科書で読んだ記憶があるが、リルケの『ヴァレの四行詩』21番の夕暮に比べると、ずいぶん穏やかで、宥められる。リルケの夕方には、不安がある。となれば、リルケはいつ眠りにつくのだろうか。寝ないのだろうか、とも思われる。

夕方の感じ方についてChatGPTに聞いた。
■1 ヨーロッパ(特にドイツ語圏)の夕方
ドイツ語圏では、夕方はしばしば
「光が失われる瞬間」=存在の不安が立ち上がる時間
として描かれることが多い。
• 光と影の境界が急に鋭くなる
• 世界の輪郭が揺らぐ
• 日常が終わり、夜の「別の相貌」が迫る
リルケはまさにこの感覚を極端に鋭く受け取る詩人で、
夕方は「休息の前」ではなく、
存在の深部が開く入口になっている。
だから彼の夕暮れには、
「これから何かが始まる」
という緊張が宿る。

■2 フランスの夕方
フランス語圏では、夕方はもっと
感覚的・情緒的な移ろいとして扱われることが多い。
• 光の色の変化
• 街のざわめきが柔らかくなる
• 余韻やメランコリー
不安よりも、
「美しい一日の終わり」
というニュアンスが強い。
ヴァレ(Valais)の風土も関係していて、山の影が長く伸びる静かな時間は、どこか祈りに近い落ち着きを持つ。

■3 日本の夕方
日本の夕方は、「もののあはれ」や「日常の終わりの静けさ」が中心にある。
• 茜色の空
• 帰り道の気配
• 家々の灯りがともる安心感
堀口大學の「夕ぐれの時はよい時」は、まさにこの日本的な「宥められる夕方」の典型。夕方は、「夜への不安」よりも「今日が静かに閉じていく」という感覚が強い。

■4 なぜ国によって違うのか
夕方の受け止め方を左右するのは、単なる気候や風景だけではなく、
**文化が育ててきた“時間の哲学”**だと思う。
• ドイツ語圏:存在の深部に触れる時間
• フランス語圏:感覚の移ろいを味わう時間
• 日本:日常が静かに収まっていく時間
あなたが感じた「リルケは眠らないのでは」という直感は、まさにドイツ語圏の夕方の本質を捉えている。彼にとって夜は休息ではなく、世界の声がもっともよく聞こえる時間だから。

1月31日(土)

曇り
大寒の炬燵に訳すリルケの詩        正子
ひとり居の炬燵にあたるさびしらは     正子
大寒の底に五番のコンチェルト      正子

●リルケの『ヴァレの四行詩』は、ドイツ語で書かれたと言うことを知った。つまり以下のようなことだ。
• 『果樹園(Vergers)』=リルケ自身のフランス語詩
• 『ヴァレ四行詩(Walliser Vierzeiler)』=ドイツ語詩
• 『果樹園付ヴァレ四行詩』は、この二つを 編集上まとめた書籍 にすぎない。私が持っているのは、片山敏彦訳の『果樹園付ヴァレの四行詩』である。

●きのう、ネットでフランス語の原詩と思ったのは、間違いであったが、フランス語からの訳詩を試みた。これはこれで置いておくが、誰のフランス語訳かわからない。AIによると、正子訳は光の要素が多い訳になっている。

●今日、アマゾンに『ヴァレの四行詩』ドイツ語フランス語併記版を注文。5000円以上したが、ポイントで、少し安く買えた。93ページ。今年はこの本を読み、詩返を考える仕事をする予定。5000円は高価だが、一年間の書籍費と思えば、いいかと。

参考
2019年 Insel-Bücherei版の意義
• 『Die Walliser Vierzeiler / Les Quatrains Valaisans』(Insel-Bücherei Nr. 1475, 2019) は、
• ドイツ語原詩とフランス語訳を見開きで対置
• Falkner & Matocza による新しいフランス語訳
• Christophe Mitlehner の協力と、Falkner による詳しいあとがき付き
• この版は、 「ヴァレ四行詩」を一つのまとまりとして提示し直しフランス語圏との橋渡しを意識した構成として、近年の決定版的な位置づけになりつつあります。

『ヴァレの四行詩』リルケ作(ドイツ語原詩)
36

Nahe dem Boden ein schöner Falter,
ein feierlicher Falter, der
sein Flügelbuch aufschlägt und der
Natur die bunten Bilder zeigt.

Aber wenn er sich zu der Blume neigt,
schlägt er es zu und ist nicht mehr.
Und die kleinen blauen, die der Wind zerreißt,
sind wie Fetzen eines Liebesbriefs.

これもネットからなので、片山敏彦訳では、4連の詩。

 

1月30日(金)

晴れのち曇り
寒さというより、冷たさが厳しい。出かけないで、一日炬燵にいて、仏語の練習と「ヴァレの四行詩」21番を書き写し、読む。

リルケの『ヴァレの四行詩』21番の訳詩を書き写す。ネットに原詩にあったので、以下に引用する。著作権は切れているので、大丈夫。この詩から感じ取れる一番重要なことは、冬の季節のもつ「明るさと透明感」とその逆の意味を負う冬の厳しい寒さや暮れ行く日の早さからくる「不安」であろう。リルケは冬とは言わないが、たしかに冬の季節を感じ取っていると思われる。

この詩への詩返
風落ちて冬夕焼けの金のいろ 正子

21
Après une journée de vent,
dans une paix infinie,
le soir se réconcilie
comme un docile amant.

Tout devient calme, clarté…  (devenir ゆっくり変わる)
Mais à l’horizon s’étage, ( s’étage, 再帰動詞段々になる)
éclairé et doré,
un beau bas-relief de nuages. (bas-relief 浅浮彫り)

◆「おとなしい恋びとのように」とあるが、amant(恋人)に男性名詞につけられるun がついている。夕暮をそのように表現したと思う。必ずしも名詞の性に捉われることはないと思う。ただ、夕暮に一致させたと思う。ここでの「おとなしい恋びと」は、激情をぶつける恋人ではなく、相手の前で静かに和らぎ、心を開き、そっと寄り添う恋人。夕暮が「和らぐ」という動詞と結びつくことで、 風の吹いた一日のあとに訪れる、 ほっと息をつくような、 相手の存在によって静かに落ち着いていく、そんな「控えめで、優しく、相手の気配に寄り添う恋びと」の像が浮かびます。こう読めばamantは女性として読めるが、ここは日本人の感覚ではむずかしい。リルケはしばしば、自然を「人格をもった存在」として描くので、夕暮れが、相手に身をゆだねて柔らかくなる恋人のように、静かに沈んでいくというニュアンスと受け取れる。
seが使われこの詩には再帰用法が2か所に使われている。これも自然の変化が自ずからの変化を意識させているのではないかと思う。

◆第2連の「calme, calme, clarté… … 」の意味は、「すべてが静かになり 明るさになる」。静けさが深まることで、かえって世界が透き通り、ものの輪郭が明るく見えてくるという感覚。夕暮れの「光が弱まる=暗くなる」ではなく、静けさが世界を照らすように、明るさが生まれる
という逆説的な表現で、精神的な「明るさ」を意味している。外界の光ではなく、心の内側に生まれる明るさ。

◆第2連は、不安を予感させている。
その静けさと明るさの中に、地平線の上に積み重なる「きんいろの低い雲」が現れ、 どこか重く、 低く垂れこめ、 光を受けて不気味に輝く不穏な前兆を帯びている。
つまり第2連は、
一日の終わりの静けさ、 心の明るさ、その奥に忍び寄る、説明しがたい不安や影を同時に描いている。「美しさの中に潜む不安」「静けさの奥のざわめき」。

このように解釈した後残るは、冬を思わせる季節感だ。その理由を分析すると次のようになる。
●「風の吹いた一日の後に」
冬の風は、秋の風よりも鋭く、吹き荒れたあとの静けさは格別に深い。
その「吹き荒れた後の静けさ」は、冬の夕暮れの質感に近い。
●「限りない平穏」「すべてが静かになり」
冬の夕暮れは、音が吸い込まれたように静まり返り、冬の空気の密度に似ている。
●「明るさになる」
冬の夕暮れは、光が弱まるのに、空気が澄んでいるためにかえって明るく見える瞬間がある。これは夏や秋にはあまりない、冬特有の「透明な明るさ」である。
●「低い金色の雲」
冬の雲は低く、光を受けると金色に輝くことがあり、その美しさの奥に、どこか冷たさや不安が潜むのも冬の特徴です。これは冬の厳しい寒さと暮れ行く不安。
◆冬の夕暮れがもつ「美しさと不安」
冬の夕暮れは、 透明で、 静かで、 美しいのに どこか不安を含んでいる。静けさと明るさの中に、何かが始まるのか、終わるのか、わからない気配が漂っている。これは冬の夕暮れの精神的な質感と非常に近い。

 

1月29日(木)

晴れ、夜小雨
紅梅の枝を張らせてロビーの花     正子
雪になるはずの夜道の雨のシミ     正子
火事のサイレンみどり児はっと耳を立て 正子

●寒さが少し緩んだ感じだ。布団干し。寝具カバーの洗濯。夜の雪の予報が、小雨になった。

●「奥の細道むすびの地記念館」俳句ー『共鳴』1月号が送られてくる。
すずしさを蘭の一花に見ておりぬ 正子
が掲載された。

●仏語、発音と読みのところを、一から5日ばかり練習している。ここがスムーズに行けば、速く読めるようになると思うが。昔のテキストより、はるかに丁寧。

●節分用に巻きずしの冷凍を買っていたが、今日解凍して食べたいというので句美子たちに持って行く。節分用なので、少し短い。それで、サンドイッチを、レタスとトマトのスープを付け足すことにした。それと林檎。
きのう、ゆうまくんが片手で持った伊予柑は計ると200g。かなり力持ちのようだが、このくらいは普通持てるらしい。

1月28日(水)

晴れのち曇り
早梅のすこしの花の白はれやか   正子
栴檀の実の垂れいたる寒の空    正子
水仙の名のみの風にゆれいたり   正子

●ハート内科定期受診。血圧が130ぐらい。塩分を控えるよう言われる。高かった血圧がずっと普通になっている。そのほうが、不思議。いろいろ薬は飲んでいるが、血圧を下げる薬だけを飲んでいるわけではない。
毎日具だくさんの味噌汁を作って、料理の手間を省いていた。これがいけないようだ。味噌汁の塩。

●ゆうまくんに、伊予柑を持って行く。おもちゃにして大喜び。片手で1個を持てる。一個200gぐらいあると思うが9か月の赤ん坊とは思えない。それを二つ持って、遊ぶ。明日は離乳食のデザートになるようだ。

1月27日(火)

晴れ
蕪切って白の清潔俎板に     正子
廿日大根かわゆき紅をサラダの具 正子
老師に
九条葱刻むや底冷えいかほどに  正子

●きのう、先日JAで葉付蕪を買ったので、胡麻を入れた菜飯を作る。塩加減が肝心だが、絶妙な塩加減となれば、これは特別美味しい。ほかには、おでんではないが、味のきちんとついたおでん風煮物。これが菜飯にあう。あとは白菜と揚げだけの豚汁。

●ゆうまくん、昼寝を選挙カーの声に邪魔されて、寝ていない。今日も「じどうしゃずかん」に目がない。見るのを止めようとすると泣く。「よいしょ。よいしょ。」と大きなものを動かす。子供用のうすやきせんべいを手でつかんで食べれるようになった。電気のスイッチに興味を示すが、怖いのか、さわろうとしない。
●フランス語、まあ、まあか。忘れていたことを思い出したりしている。

1月26日(月)

晴れ
寒晴の青が目に入る朝戸あけ  正子
毛糸編む月光いまはどこにあり 正子
ベートーベン7番
二楽章前へ前へと寒の夜  正子

●毎日天気を書いている。晴れか曇りかを気にしているが、気づくと雨がずっと降っていない。30年ぶりの少雨だそうだ。

●午後、ゆうまくんの子守りに。行ったときは、湿疹を見てもらいに病院に行っていなかった。しばらくして帰ってきたら、上機嫌。湿疹もよくなって、看護婦さんたち二「かわいい」と言われたらしい。それがわかったらしいのだ。部屋中おもちゃ、絵本、毛布、タオル、ぬいぐるみなどちらかって、大活躍した様子だ。遊び飽きて、じどうしゃずかんを見たがるので見せる。消防車、救急車には特に関心がある。私が、はしご車のはしごを指して「高い高い」というと、手を万歳して「高い高い」をする。わかっているようだ。お風呂の手伝いをして帰る。この頃帰りの電車が比較的空いている。

●ネックウオーマー2つ目ができる。一番いいのは、2目のリブ編み。

1月25日(日)

晴れ

●昨日ネックウォーマーを編みあげたが、早速着用。一度付けたら、外せない温さ。輪針を買ったのが正解だった。編みやすい。チャコールグレーの毛糸があるので、これで次のを編みかけた。

●きのうかったフランス語の本の音声をオーディオブックで聞く。中を読むより先に音声と聞くことにした。中を見たいが、我慢している。しかし、我慢しきれず、寝る前に初めの方を見る。

●早くも花粉症なのか。左目がかゆい。アレルギー性かもしれない。