曇り
●今日の「自由な投句箱」の秀句のコメントで、言葉の象徴性について入れた。会員のコメントへ言葉の象徴性について書いたのは初めて。わかってもわからなくても、臥風ー信之の精神を言うには、ここは避けてとおれない。
●『詩よ読む人のために』――その詩論的考察の有明について書くのに、またも時間がかかってしまった。昨日。句美子の家から帰り、夕食後に取り掛かったが、書き終えたのは今朝の5時近く。それでも、今朝起きて、もう少し書き足さなければと思った。それは「霊の日の蝕」の「生(いのち)に局(とぼそ)」の「生(いのち)」の意味。これを書き忘れている。
なぜ、有明論に時間がかかるのか。私の詩論的考察は、自分の俳句の裏づけのための考察であることから、有明の象徴構造については最も吟味して書かなければ、それは自分に還ってくることになるからだ。2週間ぐらいで書きあげれそうだったが、1か月はかかりそうだ。目測の誤りに気付く。したがって出来上がるのは3月20日ごろ。
●原稿を書きながら、モーツァルトを書けた。その気分ではない感じだったので、ベートーベンにした。キーシンの2019年のヴェルビエ音楽祭のベートーベンリサイタルと、何度目かになるが聞いた。キーシンのクリアな重量感が今の心境にぴったりの気がする。
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