伊豆
★わさび田の田毎に春水こぼれ落つ 正子
水がきれいでなければ育たない、と知られるわさび。今、その段畑に流れる春水は、さぞまばゆいことでしょう。田の一枚ごとに、清澄な水が、満ちては「こぼれ落つ」。わさび田の生きている様が響きます。(川名ますみ)
○今日の俳句
梅ひとつ咲いて朝餉の一時間/川名ますみ
ゆっくりと進む朝餉の間、ほのかに香る一輪の梅の花。一輪の梅が咲いたよろこび、心が洗われる気持ち、それが意外にも大きい。(高橋正子)
○八朔
八朔は、晩柑類の代表といってもよかったが、最近は伊予柑におされてあまり人気はないようだ。食べた後、ほんの少し苦みが残るが、果汁が少なめで、果肉がしっかりして手を汚さず食べやすいのが取り柄。
子供のころ庭に一本八朔の木があって、ひと冬、家族、主には子供のおやつとして食べるだけ十分あった。驚くべくたくさんの実がついた。収穫した八朔は、りんご箱にもみ殻を入れたなかに保存し、蔵に入れられた。土蔵の冷暗所に保存されていたわけだ。もみ殻がつかないように、セーターの袖をたくし上げ箱に腕を入れて掴み出す。お菓子がほとんどない時代。(チョコレートは高校生になって友だちにもらって初めて食べたくらいです。)遊んでいる途中、喉がかわくと家に帰って八朔を持ち出し、友達と食べたりした。よその家には伊予柑に似た私たちが「だいだい」と呼んでいた果物があったので、友達が家から持ち出してきて食べた。これはどこの親たちにも内緒のことであったが。ところがある日、あれほど実を付けて元気だったのに、突然にこの八朔の木が枯れた。その一日で枯れたわけではないだろうが、「ある日突然に」という印象だった。根もとから掘り起こされて燃やされたが、家の没落がいよいよ目に見えて始まるかのようだった。八朔の味のように、いまだにかすかな苦さを覚える。
★八朔を蔵より出せば日が当たる/高橋正子
コメント
お礼とコメント
正子先生、「梅ひとつ」の句を掲載頂きましてありがとうございます。苛立ちがちな時でも、こうして、拙くも鎮まっていた折の句と、正子先生の美しい句評を読み返しますと、ほっといたします。
★わさび田の田毎に春水こぼれ落つ 正子
水がきれいでなければ育たない、と知られるわさび。今、その段畑に流れる春水は、さぞまばゆいことでしょう。田の一枚ごとに、清澄な水が、満ちては「こぼれ落つ」。わさび田の生きている様が響きます。