★わが母はわれに遠きや餅送り来 正子
お母様はもはや遠い人となられ、もう会う事も出来なくなってしまった。しかし、作者の心の中には今尚温かい優しいお母様は生き続けていらっしゃるのである。その懐かしい実家から此のたびお餅が届いた。送って下さったのは恐らく作者の実家を継いでいらっしゃるご家族からのものであろう。後を継がれたご家族の温かい気持と作者の感謝の気持も合わせ伝わる「家族」の心温まる御句です。(佃 康水)
○今日の俳句
牡蠣揚がる瀬戸の潮(うしお)を零しつつ/佃 康水
広島は牡蠣の産地として知られているが、牡蠣の水揚げを詠んだ句。潮を零しながら、しかも瀬戸の、と具体的な詠みに情景がくっきりと浮かび上がり、臨場感が出た。添削は、元の句の「季重なり」と「零しつ」の「つ」の使用間違いを直した。(高橋正子)
★水仙の香をすぎ山路急となり 正子
山裾の農家などで畑の片隅にによく水仙が植えられている。水仙の色や香を愛でながら山路にかかると水仙がなくなった辺りから上り坂が急になってくるという、誠に鄙びた田舎の情景がさらりと詠まれています。(河野啓一)
○今日の俳句
さわさわと光と影を水仙花/河野啓一
水仙に日の光りが当たると、花にも葉にも影ができる。日のあたるところはより輝いて、当たらないところは静かに深く影ができる。その光と影が「さわさわ」とした印象なのは、水仙の姿から受け取られるものであろう。(高橋正子)
★枯草を踏みおり人に離れおり 正子
集団でいた中から離れておられるのか、それとも最初からひとり出てこられたのか、いずれかはわかりませんが、人と離れて己の心と向き合っておられるように感じられます。枯草がすでに次の種を準備しているように、それは充実のひとときであるかもしれません。(多田有花)
○今日の俳句
髪洗う耳に木枯し届きけり/多田有花
髪を洗うときに耳の辺りが一番ひんやりするが、そこに木枯らしが吹く音が届いた。「耳に届く」は、リアル。季語は「木枯らし」。(高橋正子)
石鎚山
★雪嶺にこだま返すには遠き 正子
○今日の俳句
無造作に一輪挿しの野水仙/渋谷洋介
野水仙を、珍重がらず、「無造作」に一輪挿しに活けたところがよい。野水仙のあるがままの姿、野にある風情が見えて、句が生きている。(高橋正子)
★冬ばれの空の向こうに何もない 正子
冬晴れの日、どこまでも澄み切った空は、空のその先まで全てを見せてくれるようです。向こうに「何もない」ことを確信できるほどの透徹した空が快く、また、気持が引き締まります。(川名ますみ)
○今日の俳句
雪礫空に返したくて放る/川名ますみ
雪を礫にして、礫にしてみると、それを思いっきり空へ放りたくなる。あれほどに遠く高い空へ返してやりたくなる。そうすると、思い切り心が解放されそう。若々しい句。(高橋正子)
★火が焼ける餅のきよらを身に映す 正子
昔はよく火鉢の炭火で餅を焼いたものです。網の上の餅が焼けるさまをじっと見つめ待っている。ひっくり返された餅はやがてぷっくりと膨れ上がり、真っ白な、透明に光る餅質が姿を現す。この清く美しい餅の姿は、いつのまにか見る者の身に照り映え、心を清らかにしてくれます。(小西 宏)
○今日の俳句
追羽根の澄みたる響き青空へ/小西 宏
追羽根を打つ音が、響いて青空へ抜けるしずかで、のどかな正月。「澄みたる響き」が、よく晴れ渡った青空を思い起こさせている。(高橋正子)
★初旅にみずほの山の青を飛び 正子
青々とした山々を見下ろして初旅の気分をを満喫されたことでしょう。かつて米国テキサス上空を飛べども飛べども点在する森しかなかったことを思い出しました。 (矢野文彦)
○今日の俳句
出会いたる冬三日月の大きさよ/矢野文彦
思いがけずも冬三日月に出会う。冬の寒さに磨かれ、澄んで、ましてや大きな三日月であることの驚き。(高橋正子)
★七草の書架のガラスの透きとおり 正子
正月七日、ようやく日常に戻る七草のころ、きれいに磨かれた書架のガラスに、整然と並ぶ書物が見えるようです。年の始めの清々しさとともに、清潔感漂うお暮らしもうかがえます。(藤田洋子)
○今日の俳句
刻ゆるやかに七草粥の煮ゆるなり/藤田洋子
主婦にとって、正月はなにかと落ち着かなく過ぎるが、七草のころになると一段落する。ふつふつと煮える七草粥に、「刻ゆるやかに」の感が強まる。(高橋正子)
○七草を刻めば芹の香が立ちぬ 正子
七草のはこべはこべら春の香よ 正子
七草粥うましと食べて出勤す 正子
★餅を焼く火の色澄むを損なわず 正子
お餅は日本人にとっては特別な食べものです。お正月を迎えるために用意するのもお餅です。それを焼く火の色、「澄むを損なわず」に厳かさを感じます。食べるということ、それを用意する気持ち、双方に通じる厳かさです。(多田有花)
○今日の俳句
よく晴れて風の激しき寒の入り/多田有花
いい嘱目吟である。今年の寒の入りは、よく晴れて風が激しく吹いた、ということだが、自然は、刻々、折々に、さまざまの変化を見せてくれる。それに触れての嘱目は、自然への素直な観照として尊ぶべき。(高橋正子)
★独楽の渦記憶の底を回りたる 正子
独楽の渦が緩やかに回る。昔見た曲芸の記憶だろうか。あるいは、幼い友の自慢の独楽であろうか。いや、もっと深い謎がくるくると我が身を曳きつけているのかも知れない。 (小西 宏)
○今日の俳句
オリオンの僅かに傾ぐ峰雪へ/小西 宏
オリオンが僅かに傾ぐ時間は静寂である。その時間の峰の雪とオリオンの冷たい輝きが何にも増してよい。(高橋正子)