11月17日(木)

★落葉ふる空の青さのどこまでも  正子
落葉ふる森の中をゆっくりと散歩しておられるのでしょうか。目を上げると枝越しに見える空の色はあくまでも青く深い。初冬の広く透き通った青空を称える素晴らしい御句かと存じます。(河野啓一)

○今日の俳句
作品を提げ行く冬の車椅子/河野啓一
「作品」がいい。一つの作品となった画か、書。それを自分で車椅子の膝に載せて、搬入しようとしている。作品は自分自身ともいえる。作品はそうでありたい。

○八つ手の花
八つ手は、手をぱっと開いたような形をして、新しい葉はつやつやとして、梅雨どきには、蝸牛を乗せたり、雨だれを受けたりする。夏が過ぎ秋が来て冬至のころになると、球状に花火が弾けたような白い花を咲かせる。八つ手の花を見ると、冬が来たと思うのだ。瀬戸内の温暖な気候のなかで長く暮らした私は確かに冬が来たと感じてしまうのだ。

高村光太郎の詩に「冬が来た」がある。厳しくきりもみするような冬だ。そんな冬は、八つ手の花が消えたとき来る。冬をどう感じとるかが、その人の力そのものであるような気がする。

「冬が来た」
      高村光太郎

きっぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹の木も箒(ほうき)になった
 
きりきりともみ込むような冬が来た
人にいやがられる冬
草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た
 
冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ
 
しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のような冬が来た

○生活する花たち「花八つ手・山茶花・さくら落葉」(横浜日吉本町)

11月16日(水)


★うす桃の菊の日差しも写し撮る  正子
淡いピンクの菊の花、その繊細な花弁は、秋の日差しを細やかに映します。陽だまりと影、朝日と夕映えの差を、菊の「うす桃」に見つけ、一枚の景に写し撮る。おそらく俳人ならではの撮影でしょう。(川名ますみ)

○今日の俳句
一棟をきらきらと越す落葉風/川名ますみ
落葉を連れて風がマンションの一棟を越えていった。きらきら光るのは、落葉も、風も。明るく、高みのある句だ。

◇生活する花たち「石蕗の花・水仙・南天」(横浜日吉本町)

11月15日(火)

★眩しかり渚に並ぶゆりかもめ  正子

○今日の俳句
まっすぐに道路明るき夜学の灯/高橋秀之
まっすな道路に沿いゆくと、夜間学校の灯があかあかと道を照らしている。その灯に寄り添うように、また励ますように歩く作者の姿が見え、あたたかい句である。

◇生活する花たち「菊・花八つ手と山茶花・千両」(横浜日吉本町)

11月14日(月)

★鴨泛かぶ池の青さのまっ平ら  正子
漸くやって来た寒さと共に、日毎に鴨の数が増えて来ました。初冬の大きな池の青空をも映す穏やかな水面の光景が想われ、素敵な一句です。
(桑本栄太郎)

○今日の俳句
木の実降るそのひと時に出会いけり/桑本栄太郎
木の実が降るのに出会うことは、だれにでもあるだろう。それを「そのひと時に出会いけり」と、「その時」を切り取ったのが鋭い。降る木の実との一期一会の思いが強い。

○「タリン再訪」を読んで。

日経2011年11月13日(第45181号)の文化欄にある「タリン再訪」(中村和恵記)を読む。末文あたりに至って興味深い文となった。タリンはバルト三国のもっとも北の国エストニアの首都で人口が40万人ほどだが、そのことは知らなかった。記事を末文まで読んで魅力的な文ながら、いまひとつよくわからない。ネットで「タリン」を検索して、タリンとエストニア共和国について調べた。そうしてもう一度読み直すと、記事が光ってきた。著者は詩人で比較文学者。主に英語文化圏の研究者である。ロシア文学研究者の父の仕事で家族がモスクワに住み、日本人学校の学校旅行でタリンを訪問したことがあったとある。中学三年生ぐらいのときかであろうと思う。

タリン旧市街は世界文化遺産に登録され、写真で見ると絵本のような街である。感嘆をあげ写真を撮る観光客も少なくないそうだ。この中世の街タリンをもつエストニアは、いまやデジタル電話ソフト「スカイプ」発祥の地として、IT先進国となっている。この点に関心が向くのである。辛酸をなめた国を、何がそうさせたか。記事を引用する。

「暗い石の壁の内側で押しつぶされそうになりながら耐えていたバルト海の真珠は、再び輝いている。おめでとうエストニア、心から独立二〇年のお祝いを申し上げたい。あなたたちのように長年多言語、多民族で共存しながら自分を保つすべを見出してきた国民であれば、抑圧された民の夢としての愛国心を、周辺民族や少数派の悪夢に変えずに保つことも可能かもしれない。」エストニア人は、自分たちをタフで厳しく、自
立心のつよい、「最後のヴァイキング」とみなしているということである。「頑固」こそがほめ言葉であると。

1991年、ソ連崩壊を目前に独立を再確立し、今年でちょうど20年とのことだ。五年に一度の合唱祭も国民意識確認の場として特別な意義があるとのこと。独立前の四年間は140万人全国民の四分の一の大群衆が集まり、愛国の歌を歌う独立運動が自然に起こったということ。歌う市民が戦車を追いやり、世界でも稀な「歌う革命」があったこと。140万人ほどの国民のうちのエストニア人は100万人。街の本屋はエ
ストニア語書籍で占められていること。いうなれば、100万人でこれができる力があるということ。いまエストニアは発展中である。学ぶべきことが多くありそうだ。

◇生活する花たち「菊・山茶花・とくさ」(横浜日吉本町)

11月13日(日)

★たて笛の音色幼し冬初め   正子
幼稚園生か小学校の低学年生が、たて笛を一生懸命練習している姿とまだ晩秋の感じが残るが、寒さに向かう引き締まった感じとの対比が素晴らしいですね。絶対にたて笛を吹けるようになろうとする姿が素晴らしいですね。(小口泰與)

○今日の俳句
木枯しや対岸の灯の明らかに/小口泰與
木枯しが吹くと、空気中の塵が吹き払われて空気が澄んでくる。対岸の灯が「明らかに」なる。この灯の美しさに、人は魂のふるさとを思いみるだろう。

○FB日曜句会投句
たて笛の音色幼し冬初め        正子
柚子の木に柚子はいびつな柚子ばかり  〃
レモンの香飛ばせば灯ちらつけり    〃

○後記
(平成24年花冠1月号)
★あけましておめでとうございます。平成二
十四年の幕開けです。日本の産業も金融も農
業も、世界と連動して動き、われわれ庶民の
生活も多かれ少なかれ影響を受けざるを得な
い時代になりました。
★文化に関しては、昨年十一月十二日の日本
経済新聞文化欄に、「欧米古典詩新訳に新味
」と見出しがありました。「現代の言語感覚
」「原文のリズム感」を生かした訳詩が相次
いで出版されるというのです。欧米の名作小
説の多数が新しく訳しなおされているのに、
詩に関しては新訳が後れていると指摘してい
ます。なぜ遅れるかは、自明のとおり詩が言
葉そのものを鑑賞するものであること。先人
の名訳は名訳として大切に残しておくべきで
しょうが、やはり、現代の言語感覚で、原詩
のリズムを生かしたものを読みたいのは、詩
の創作に携わっている人には強い要求でしょ
う。詩における「リズム」は、詩のもっとも
重要な生命と思います。訳文は、二十年も経
つと古く感じるそうですから、グローバル化
に伴い、世界中の情報が手に入る世になった
昨今、たとえば、「フード」は、「頭巾」と
訳さなくてもむしろ「フード」の方が今の言
語感覚にあっていると言えます。そして、訳
は訳者の「自分」を出さない、原文にない言
語は削る、抒情を排する、リズムを生かすた
めに体言止めにするなど、工夫がされていま
す。旧訳に比べれば、イメージが鮮明な印象
です。ここまで述べて、お気づきのかたもお
られるかと思いますが、詩の訳の方向は全く
私が考える俳句の方向と同じなのです。四十
年ほど前に日本語俳句を熱心に英訳していた
ときに、同じような問題にぶつかりました。
ただこれは、信之先生と私だけが俳句英訳に
利用していただけで、公に言う人はいません
でした。大学教授や詩人たちが今この方向で
訳を進めているのをなるほどと思っているわ
けです。また、詩の訳には、もっとさまざま
な人の参加が必要だと言っています。それが
文化をゆたかにするからです。訳詩や訳文に
よって、日本文化は随分豊かになりました。
ここで思うのです。
★芭蕉の言葉に「俳諧は俗語をただす」とい
うのがあります。世間で使われている言葉を
正しく、詩の言葉として生命をもたせること
を意味していると思います。「自分の言葉に
自分の命を正しく与える」作業を今年は特に
意識しておきたいと、年頭に当たって思いま
した。
★ネット上では、フェイスブック日曜句会が
順調です。どなたにもの楽しみになるように、
信之先生ともども努めたいと思っています。
今年もよろしくお願いいたします。(正子)

◇生活する花たち「千両・茶の花・白椿」(横浜下田町・松の川緑道)

11月12日(土)

 松山持田
★入学せし門は閉じられ冬紅葉  正子

○今日の俳句
花土を購いおれば冬ぬくし/黒谷光子
花を植えようと、花土を買っていると、冬なのに暖かいことよ。ふかふかの土に花もよく育つことであろうと、思いが走る。「冬ぬくし」の温かみがよく伝わってくる。

◇生活する花たち「りんごの花・山茶花・柚子」(横浜・四季の森公園)

11月11日(金)

★夜は軒陰に白菜星をほしいまま  正子
白菜が軒陰に並べて干されています。夜になればそこに月光、星あかりが差します。まるでその光を楽しみながら白菜たちが眠っているように思えます。(多田有花)

○今日の俳句
一樹立つおのが落葉に囲まれて/多田有花
樹は動かないから、自分の落した落葉に囲まれることになる。その落葉のあたたかさの中にすっく立つのも本来の樹の姿に違いない。

◇生活する花たち「山茶花」(横浜・四季の森公園)

11月10日(木)

★枯蓮となりつつ水に傾ぎゆき  正子
蓮が枯れ、大きな葉の重みに耐えかねて傾いてゆきます。やがて茎が折れるように曲がり、水面に接するようになります。そんな季節の移り変わりがスローモーションのように思い浮かびます。(小西 宏)

○今日の俳句
欅立つ落葉きらめく陽の中に/小西 宏
情景がよく整理されている。陽を受けてきらめきながら散る落葉。その中心に黄葉した大きな欅の存在が示されている。

+ + + + + + + + +

帰り咲く
高橋正子
あかるさは林檎の花の帰り咲く
草分けて柚子の熟るるを撮りにゆく
柚子の木の柚子にいびつな柚子ばかり
レモンの香飛べば灯ちらつけり
うす桃の菊の日差しも写し撮る
 慶大グランド
サッカーの練習熱帯ぶ野菊咲き
咲き残る紫苑寄り合い傾き立つ
りんどうに日矢が斜めに差し来たり
白樫の落葉多かり里山は
菊の香に座りていまだ死が見えず

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◇生活する花たち「千両・茶の花・白椿」(横浜下田町・松の川緑道)

11月9日(水)

★木曽三川ひとつは鴨がいきいきと  正子

○今日の俳句
大根を手に余らせてすりおろす/高橋秀之
大きな水気たっぷりの大根がすぐさま思い浮かぶ。手に余るほどの大根を摩り下ろすのは、ちょっと大変だが、それも大根らしいところ。

◇生活する花たち「四季生り苺」(横浜日吉本町)

11月8日(火)/立冬

★冬はじめ富士の裾野の長く長き  正子
富士裾野、「長く長き」のたたみかけに、より美しい裾野の広がりが強調され、初冬の富士の秀麗な山容を感じさせてくれます。その悠然たる富士の全景に、心澄み、心広がる冬のはじまりです。(藤田洋子)

○今日の俳句
しんとある鵜船の河畔冬初め/藤田洋子
「しんと」の擬態語がこの句のよさ。鵜飼の季節を終えた鵜舟が置かれている河畔の風景に、初冬に対する作者の気持ちが良く出ている。

○山茶花
山茶花が咲き始めると、もう、冬が近いんだぞと思う。冬物の服を早めに出したり、炬燵は、ストーブは、と冬支度が始まる。焚火の煙がうすうすと上って匂ってきたりすると、暖かいところが恋しくなる。椿と山茶花の違いはとよく効かれるが、山茶花は花弁が一枚一枚分かれて、咲き終わると散る。赤や白だけでなく、ほんのりピンクがかったものから、また八重のものまでいろんな花があるようだ。椿ほど改まってなくて、親しみやすい花だ。山茶花の垣根からいい匂いがこぼれると、そこを通るのがうれしい。

◇生活する花たち「帰り花(りんご)・山茶花①・山茶花②」(横浜・四季の森公園)