★春ほのぼの棚にあげたる書の紙も 正子
晩春ともなれば山笑い野の花も咲き始めて大気に陽気がみなぎってまいります。日頃の暮らしの中にも次第にほのぼのと心の暖かさを感じます。棚にあげている書の紙にも春ほのぼのを感じられた作者は俳句を詠むことと同じ様に書も大切にしていらっしゃる気持ちが良く伝わってまいります。 (佃 康水)
○今日の俳句
春筍の先のみどりや土を割り/佃 康水
一見瑣末なことを述べているようであるが、そうではない。桜が咲き、散るか散らないうちに、竹やぶに筍の切っ先のみどりが土を割る。その「みどりの尖り」の強さ、みずみずしさが新鮮だ。(高橋正子)
○苧環(おだまき)

[おだまき/横浜日吉本町]
★おだまきや旅愁はや湧く旅のまへ/水原秋桜子
オダマキ属(オダマキぞく)は、キンポウゲ科の属の一つ。ラテン名のアキレギアやアクイレギア(Aquilegia)ということもある。本属の植物の総称がオダマキ(苧環)である。苧環は元来は機織りの際に麻糸をまいたもののことで、花の形からの連想である。日本、アジア、ヨーロッパに約70種くらい自生し、日本のものは山野草として愛好される一方、外国産のものには品種改良が行われ、園芸植物として広く市場に出回っているものがある。日本にはヤマオダマキ、ミヤマオダマキの2種が山地から高山にかけて分布する。ミヤマオダマキはむしろ山野草として栽培される。
花の外側の花弁のようなものは、じつは花弁ではなく萼である。花弁はその内側にあって、ややまとまって筒状になる。花弁の基部からは角状の距が伸び、萼の間から突き出る。根出葉は普通2回三出複葉で細かく分かれ、先端には丸っこい小葉がつく。茎が高く伸びるものでは、やや小型の茎葉が出る。全草が有毒。
◇生活する花たち「三葉躑躅(みつばつつじ)・葱坊主・繁縷(はこべ)」(横浜日吉本町)

★雉啼くや子二人育てつつ暮らす 正子
物の本によれば、雉はメスだけが子育てをするのだそうですね。うちもそうでしたが夫が仕事に忙しい間は妻一人で子育てをしなければならないときもあったでしょう。そんな時、雉の鳴き声はどのように聞こえたことでしょうか。(小西 宏)
○今日の俳句
水色のそらに連翹の明るい岸/小西 宏
感動のありどころを、論理的に詰めて表現するとリアルな句になる。水色の空であるから、真っ黄色い連翹の咲く岸がくっきりと眼前に見える。そのコントラストが美しい。(高橋正子)
○葵菫(あおいすみれ)
[あおいすみれ/東京白金台・自然教育園]
★山路来て何やらゆかしすみれ草 芭蕉
★骨拾ふ人にしたしき菫かな 蕪村
★菫程な小さき人に生れたし/夏目漱石
★すみれ咲く小さきゆえの濃むらさき/高橋正子
葵菫(アオイスミレ、Viola hondoensis)は、 スミレ科スミレ属の多年草。山野や路傍の湿地に生える。全株に細毛がある。葉は根生し、長い柄をもつ心臓形。早春一番早くに咲くすみれで、とても小さく草丈は10cm足らず。淡紫色の花を横向きにつける。別名:ひなぶき。
スミレ(菫)は、スミレ科スミレ属の植物の総称であるが、狭義には、Viola mandshurica という種の和名であるが、類似種や近縁種も多く、一般にはそれらを区別せずにスミレと総称していることが多い。
種名としてのスミレ(Viola mandshurica)は、道ばたで春に花を咲かせる野草である。深い紫(菫色)の花を咲かせる。地下茎は太くて短く、多数の葉を根出状に出す。葉は根際から出て、少し長めの葉柄があって、少しやじり形っぽい先の丸い葉をつける。花は独特の形で、ラッパのような形の花を横向きかやや斜め下向きにつける。5枚の花びらは大きさが同じでなく、下側の1枚が大きいので、花の形は左右対称になる。ラッパの管に当たるのは大きい花弁の奥が隆起したもので距(きょ)という。花茎は根際から出て、やや立ち上がり、てっぺんで下を向いて花のラッパの管の中程に上側から着く。平地に普通で、山間部の道ばたから都会まで、都会ではコンクリートのひび割れ等からも顔を出す。山菜としても利用されている。葉は天ぷらにしたり、茹でておひたしや和え物になり、花の部分は酢の物や吸い物の椀ダネにする。ただし他のスミレ科植物、例えばパンジーやニオイスミレなど有毒なものがあるため注意が必要である。
◇生活する花たち「いちはつ・藤・梨の花」(横浜市緑区北八朔町)

●小口泰與
雲もなき空へ白鳥帰りけり★★★
白鳥が空の青に染まらず帰ってゆく光景。白鳥の白、春空の青、ともに寂しい。(高橋正子)
さえずりや花屋いろどる花の数★★★
春深し小布施の町の水明り★★★
●河野啓一
園児らの声風に乗りゲンゲ畑★★★★
げんげ畑で遊ぶ園児たちが、うれしそうな声をあげ、吹く風に声が乗ってくる。牧草のような匂いがする牧歌的な句だ。(高橋正子)
畦道の向こう遥かに蓮華草★★★
うすピンク色に透けて今年の紫雲英かな★★★
●多田有花
霞桜すでに汗ばむころとなり★★
曇天に重たく咲いて八重桜★★★
チューリップヘッドライトに口閉じて★★
●桑本栄太郎
教師らの校門チェックや花は葉に★★★
子雀の地上の一尺翔ぶばかり★★★
暮れかねる畑の陽を透き柿若葉★★★
●小西 宏
花楓啄ばんで鳥陽を揺らす★★★
麗らかや少し色づく春紫苑★★★
たんぽぽの綿茎高く立ち空へ★★★
●小口泰與
風荒き郷にほぐれし牡丹の芽★★★
種袋振るや鳥達高く鳴く★★★
野ざらしの猫車あり鳥帰る★★★★
猫車はもう使われなくなったのか、野ざらしにされている。野畑には、若草が萌え出ているだろう。空高く鳥が帰ってゆく。さびしさの中にも、野は春の明るさを秘めている。(高橋正子)
●黒谷光子
購いて流しに小鮎跳ねさせる★★★★
獲れたばかりの小鮎を買う。流しに置くとまだぴんぴん跳ねる。山椒の葉や実と飴煮されるのだろうか。湖のほとりの暮らしが鄙びていながら風雅。(高橋正子)
飴色に煮ても小鮎の耀ける★★★
小鮎煮て明日の客へのもてなしに★★★
●多田有花
左右より来て春の川合流す★★★
九十九折れ木の芽の山の麓まで★★★
春筍鶴嘴を手に掘りにゆく★★★
●河野啓一
人の波牡丹桜のその下に★★★
重そうな色して牡丹桜かな★★★
散り初めと云えど嬉しき八重桜★★★
●桑本栄太郎
静もれる路地の狭庭や花蘇芳★★★
生垣の赤き芽吹きや古民家の★★★
乙訓の嶺から里へ花菜風★★★
●小西 宏
麗しきもの移りゆく春愁★★★
花蘂敷く道濃く淡く蝶の影★★★
薄日差す紫重し藤の棚★★★
★岩に滾る水にかがやく猫柳 正子
○今日の俳句
散らばって土手の土筆を摘んでる子/迫田和代
「散らばって」が楽しい。土筆があちこちに生え、子たちも互いに間隔をとって土筆取りに夢中。いい写生だ。(高橋正子)
○クレマチス(鉄線花)

[鉄線花/横浜日吉本町]
★鉄線を活けて有馬の筆作り/大坪景章
★クレマチス咲く中年は美しき/永井潮
★鉄線花みな平らかに空を向く/高橋正子
クレマチスはつる性植物の女王といわれるに相応しく、美しい大輪の花を咲かせる。しかも蔓は枯れることなく、毎年新しい枝を伸ばしては、その先に花を咲かせ続け、数年たつうちには、たくましく成長して大きな株になり、夥しい花を咲かせる。
クレマチスというと外来の花のようにも思われるが、今我々が普通に眼にしてい るものは、日本に自生していたものをベースにしている。日本人はそれを鉄線といって長い間愛でてきた。今日でもクレマチスの総称として、鉄線という言葉を使う人は多い。
詳しく言うと、日本のクレマチスには、鉄線と風車とがあった。鉄線は花びらが6枚で、風車のほうは8枚だから、容易区別できる。もっとも花弁に見えるものは、萼が発達したもので、本来の花弁は退化して存在しない。
風車の名は、その形状から来ている。八方に広がった羽のような花びらの形があたかも風車を思わせるのだ。一方鉄線は丈夫な蔓が鉄線のようだからだろう。こちらは中国伝来のものである。
クレマチスは北半球に広く分布している。欧米のものは花が小さい。そこで日本のように鉢仕立ては余り行われず、修景用に用いられることが多い。最近は日本のものとヨーロッパのものを掛け合わせて、多彩なクレマチスが作られている。
花言葉は美しさや高潔に関連したものが多い。花の持つ優雅さの現われだろう。
◇生活する花たち「あおいすみれ・錨草・山吹草」(東京白金台・自然教育園)

●小口泰與
千本の桜の蕾弾けたり★★★
野蒜摘む畦の十字に日の当たり★★★
山独活や山に囲まる風の郷★★★
●河野啓一
芽柳のきららと青み街明かり★★★★
街の芽柳は、街を明るくしてくれる。しなやかに垂れて揺れる若緑の枝は、「街明かり」というほど。街に芽柳はよく似合う。(高橋正子)
風吹けばステップ踏むよ柿若葉★★★
丘青し泳ぎゆくかな鯉二匹★★★
●桑本栄太郎
からし菜の土堤の一面花菜風★★★
天ゆ降る神の声とも揚雲雀★★★
山麓に赤き屋根見え山笑う★★★
●黒谷光子
山に入る金縷梅の黄を目じるしに★★★
谷川の小石光りて花馬酔木★★★
供花切りに入る山路や花馬酔木★★★
●多田有花
湯の音に鶯の声露天風呂★★★
ふるさとの家の庭には桃の花★★★
はくれんや陽にハンカチを振るごとく★★★
●小西 宏
八重桜風に揉まるる花も葉も★★★
雲流る険しき崖の藤の花★★★
春光の漏れ来る梢鳩高らか★★★
★欅若葉空をうずめて浅みどり 正子
青空に大きく箒状に枯れ枝を広げている欅の木。うす緑色の若葉が枝いっぱいに散らばって開くこの時季、空も若葉も一体となってきれいな浅みどりに。新緑の候が近づいてきた歓びを感じさせてくれる御句です。 (河野啓一)
○今日の俳句
蒲公英の種ふと浮び空の詩/河野啓一
野原の蒲公英の絮が、風が来て、ふっと空に浮かんだ。これから広い空を飛んでゆく、蒲公英の種子の旅がはじまる。その心は、「詩」と言える。蒲公英の種子の飛行は、「空の詩」であり、「空の歌」なのだ。(高橋正子)
○豌豆の花

[豌豆の花/横浜日吉本町] [豌豆の花/横浜都筑区川和町]
★花豌豆大学生の下宿せり/高浜虚子
★花豌豆定年までの右顧左眄/品川鈴子
★豌豆の花の白さを見つつゆく/阿部ひろし
★豌豆の白花ばかりなりしなり/堀志皋
★花豌豆渚に潮の満つる音/成智いづみ
エンドウ(豌豆、学名:Pisum sativum L.)は、マメ科の一・二年草。広く栽培され、食用となっている。一般に、エンドウマメとも。別名にノラマメ、グリンピース(未熟の種子を食用とする場合の呼び方)、サヤエンドウ(莢豌豆・絹莢、未熟の莢を食用とする場合の呼び方)。日本での栽培種には、ウスイエンドウ、キヌサヤエンドウ、オランダエンドウ、がある。
古代オリエント地方や地中海地方で麦作農耕の発祥とともに栽培化された豆で、原種は近東地方に今日でも野生している P. humile Boiss. et Noö. と推察されている。もともとは麦類の間で雑草として生えてきたこの原種の野生植物を、種実を食用にしたり、根粒菌による土の肥沃化に効果があるなどの利用価値を発見することで、麦類とともに混ぜ植え栽培するようになり、次第に栽培植物として品種改良が進んだと考えられている。この地域では農耕開始期に、カラスノエンドウもエンドウと同時に同様の利用が行われ始めたが、こちらの栽培利用はその後断絶し、今日では雑草とみなされている。また、同じ地域に起源を持つマメ科作物としては、ソラマメ、レンズマメ、ヒヨコマメが挙げられる。麦作農耕とともにユーラシア各地に広まり、中国に伝わったのは5世紀、日本へは9-10世紀には伝わった。 また、メンデルが実験材料としたことでも知られている。
さやの硬さにより、硬莢種(こうきょうしゅ) P. s. ssp. arvense Poir. と軟莢種(なんきょうしゅ)P. s. ssp.hortense Asch. がある。硬莢種はその名のとおり莢(さや)が固く、主として完熟して乾燥した豆を収穫して利用する。花は紅色である。軟莢種は莢が柔らかく、未熟な莢をサヤエンドウとして利用したり、成長を終えて乾燥前の生の豆をグリーンピースとして利用する。花は白いものが多い。スナップエンドウは軟莢種の中でも豆が大きく成長しても莢が柔らかく、豆と莢の両方を野菜として利用できる品種である。
原産地が冬に雨が多い地中海性気候の近東地方であるため、夏の高温期は成長適期ではなく、麦類と同様に基本的には秋まきして翌春収穫する。冬の寒さの厳しい東北北部や北海道では春まきして初夏に収穫する。連作に弱く、一度栽培した土地では数年間栽培が困難となる。また、原産地が土壌にカルシウムなどが多い乾燥地帯であることから想像できるように、酸性土壌にも弱い。
◇生活する花たち「三葉躑躅(みつばつつじ)・葱坊主・繁縷(はこべ)」(横浜日吉本町)

★キーを打つその間も蕗の香指にあり 正子
春を告げる鮮烈な香りの蕗のとう。調理する傍ら、蕗のとうならではの独特な香りが指に移ります。家事をこなして、忙しくパソコンに向かう作者。キーを打ちながらも漂う春の香りに、ふと心和み、季節の明るさを感じます。(藤田洋子)
○今日の俳句
春光につつまれし身のときめきよ/藤田洋子
この句を読むと、もの静かで明るい若い母親の姿が浮かぶ。うす紫の丸いヨークのセーターが、春光の中で、肩までの黒髪に映えていた。(高橋正子)
○藤
[藤/横浜日吉本町(2013年4月13日)]_[芹の花/横浜・四季の森公園(2010年5月1日)]
★草臥て宿かる比や藤の花 芭蕉
★月に遠くおぼゆる藤の色香哉 蕪村
★春の日の入所なり藤の花 一茶
★藤の花長うして雨ふらんとす/正岡子規
★天心にゆらぎのぼりの藤の花 沢木欣一
★藤房に山羊は白しと旅すぎゆく/金子兜太
★遠つ世へゆきたし睡し藤の昼/中村苑子
★勤めの途中藤の真下の虚空抜ける/堀 葦男
★藤房の中に門灯点りけり/深見けん二
★肩触れて肩かゆくなる藤の花/能村登四郎
★いちにちにゆふべのありて藤の花/鷹羽狩行
★杉あらば杉の高さに藤の花/朝妻力
★縄電車停車す藤の花かげに/増田富子
フジ(藤、学名: Wisteria floribunda)は、マメ科フジ属のつる性落葉木本。ノダフジ(野田藤)ともいう。ノダフジ(野田藤)の名は、この種が植物学者の牧野富太郎により命名されるきっかけとなった、フジの名所であった大阪市福島区野田にちなんでいる(同区玉川の春日神社には、野田の藤跡碑が建立されている)。
開花時期は、 4/15 ~ 5/ 5頃。花序は長くしだれて、20cmから80cmに達する。花は紫色。蔓(つる)は他の木などに右巻き(上から見て中心から外側へ時計回りに見える巻き方)に巻きつき、かなり太くなる。2mぐらいの長さの蔓になることもある。蔓はとても強く、古墳時代の巨大な石棺も、木ぞりに載せて、この藤縄で運んだらしい。夏になると新しい枝先からまた少し花が咲くことがある。これに似ている山藤(やまふじ)は左巻きに巻きつく。
日本原産、日本固有種。本州・四国・九州の温帯から暖帯に分布する。一才藤(いっさいふぢ)として園芸用に流通する鉢がある。樹高50cmくらいの、鉢植えや盆栽にして愉しむための一才物のフジ。花枝はしだれるが、支柱などは不要。
◇生活する花たち「いちはつ・藤・梨の花」(横浜市緑区北八朔町)

●小口泰與
初蝶や和紙のハガキの桜色★★★
永き日や今日は新聞休刊日★★★
青麦や午後を制する山の風★★★
●桑本栄太郎
葉陰より目のにらみおり豆の花★★★
堰堤の先は青空八重桜★★★
天を占めどつと降りくる揚ひばり★★★
●黒谷光子
自転車を止め次を待つ初音かな★★★
大川に沿いし竹林初音聞く★★★
届けらる切り口新し春の蕗★★★★
届けられたものが、採りたてであるのは特にうれしい。切り口が新しい,みずみずしい蕗の茎、匂いは、この季節ならではのもの。(高橋正子)
●小口泰與
逆らいて逆らいつつも揚雲雀★★★
白波の今日も起たぬや蝶の昼★★★
青空や岩を削りし雪解水 ★★★
●桑本栄太郎
それぞれの丈に陽を透きチューリップ★★★★
今年はいつまでも肌寒い日がつづくせいか、朝日に透けた葉や花だけでなく、昼の陽にも透けている。「それぞれの丈に」には、正確な観察と言えて、いつまでも春寒い空気感や日の光の感じがよく捉えられている。(高橋正子)
近づけば何か飛び込み蘆の角★★★
竹林の楽となり居り春の風★★★
●小西 宏
ふんわりと空に膨らむ八重桜★★★
芽吹きありてメタセコイアの白雲まで★★★
大の字に寝て雲やわらかや馬肥★★★
●黒谷光子
春の地震ためらいつつも京へ発つ★★★
春の能牛若丸の愛らしき★★★
駅を出て仰げば細き春の月★★★