9月22日

●河野啓一
病室の窓の眺めや秋彼岸★★★
箕面山秋深まりてせせらぎに★★★
澄み渡る大気や富士のご来光★★★

●小口泰與
山風にざわっと走る稲穂かな★★★★
山からの風が稲穂をざわっと走らせる。「ざわっと」に山風らしい、少々の粗さも見える。それが稲穂のある場所をよく想像させてくれる。(高橋正子)

秋の田や暁雲駆ける赤城山★★★
遠山の先のさきなる秋の雲★★★

●小川和子
銀杏の実熟れしが弾みつつ降りぬ★★★★
もう、銀杏の実が熟れて落ちる季節になったのかと思う。「弾みつつ落ちる」には作者のうれしさも込められているのだろう。銀杏の実も熟れて落ちるのがうれしいようだ。(高橋正子)

法師蝉森の空へと鳴き尽くす★★★
群れて咲く一本ずつの彼岸花★★★

●桑本栄太郎
路地を抜け秋の風鈴鳴るを聞く★★★
垣間見る庭の小径やみむらさき★★★
初孫の吾の故郷へ秋彼岸★★★

●佃 康水
煉り塀を越えし紫苑へ蜆蝶★★★ 
山裾へ飛火するかに彼岸花★★★
人参を撒きて袋を畑に挿し★★★

●高橋秀之
星空は明るく遠く秋の夜★★★
秋彼岸供花の水挿し満杯に★★★★
秋の彼岸は、暑さもまだ残る。供花の花入れ、水挿しに、水をなみなみといれる。花も生きいきとし、故人の喜びも一層であろう。(高橋正子)

貨物列車ゆく間鳴きやむ虫の声★★★

9月22日(日)

★パイプ椅子天の川へと向け置かれ  正子
夜も更け暮しの灯も落ちて来た頃、漆黒の夜空に輝く天の川をゆっくり眺めようと持ち運びし易いパイプ椅子を用意されたのでしょうか。澄み渡った今宵の空への期待と作者の心のゆとりまでも感じられる涼やかな御句です。(佃 康水)

○今日の俳句
ゆきあいの空へコスモス揺れどうし/佃 康水
「ゆきあいの空」がなんともよい。出会った空にコスモスゆれどうしている。そんな空に明るさと夢がある。(高橋正子)

○曼珠沙華

[曼珠沙華/東京白金台・国立自然教育園]  [曼珠沙華/横浜・四季の森公園]

★曼珠沙花あつけらかんと道の端 漱石
★木曾を出て伊吹日和や曼珠沙華 碧梧桐
★駆けり来し大烏蝶曼珠沙華 虚子
★彼岸花薙がば今もや胸すかむ 亞浪
★悔いるこころの曼珠沙華燃ゆる 山頭火
★曼珠沙華無月の客に踏れけり 普羅
★崖なりに路まがるなり曼珠沙華 石鼎
★葬人の歯あらはに哭くや曼珠沙華 蛇笏
★曼珠沙華五六本大河曲りけり 喜舟
★投網首に掛けて人来る彼岸花 汀女
★曼珠沙華茎見えそろふ盛りかな 蛇笏
★曼珠沙華傾き合ひてうつろへり 泊雲
★むらがりていよいよ寂しひがんばな 草城
★考へても疲るるばかり曼珠沙華/星野立子
★曼珠沙華今朝咲きぬ今日何をせむ/林翔
★青空に声かけて咲く曼珠沙華/鷹羽狩行
★水に水ぶつかり勢ふ曼珠沙華/能村研三

 曼珠沙華は、稲が熟れるころになると、突然に咲く。花が咲くころは、葉も茎もないから、ある日赤い蝋燭の炎のような蕾がついて、蕾があるな、と思うともう開くのである。稲田の縁や小川のほとりに数本のこともあれば、群れて咲くこともある。彼岸のころ咲くからだろう、学名がヒガンバナである。やっと気候がよくなって旅をすれば、車窓から真っ赤な曼珠沙華が稲田を彩って咲いているのをよく見かける。日本の秋には欠かせない花だ。曼珠沙華には毒があるから、さわったらよく手を洗うように言われた。摘んで帰っても、家に活けてはだめと言われた。
 毒があると知りながらも、こどもたちは曼珠沙華を折って、茎を2センチほど、茎の表皮を残してに繋がるように折り、首飾りを作った。つくったけれど、首にかけたことはない。野原の草で遊んだころだ。

★旅すれば棚田棚田の曼珠沙華/高橋正子
★曼珠沙華日暮れの空の青きまま/〃
★起きぬけの目にりんりんと曼珠沙華/〃

 日本には北海道から琉球列島まで見られるが、自生ではなく、中国から帰化したものと考えられる。人里に生育するもので、田畑の周辺や堤防、墓地などに見られることが多い。特に田畑の縁に沿って列をなすときには花時に見事な景観をなす。また、日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、三倍体である。故に、種子で増えることができない。中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと考えられる。学名のLycoris(リコリス)とはギリシャ神話の女神、海の精:ネレイドの一人、Lycoriasの名前からとられたもの。

◇生活する花たち「女郎花・葛の花・萩」(四季の森公園)

9月21日(土)

  阿蘇
★丈低きりんどう草に澄みてあり  正子
丈低きりんどうと雄大な阿蘇の自然の対比も鮮やかに、りんどうの咲く草原の、爽やかに澄みわたる秋を思います。広々と大きな風景の中で、よりいっそう可憐で美しいりんどうの存在感です。(藤田洋子)

○今日の俳句
窓越しの鳴き澄む虫と夜を分つ/藤田洋子
「夜を分かつ」によって、窓の外の虫音と内とが繋がって、しっとりと落ち着いた虫の夜となっている。「鳴き澄む」虫の声が透徹している。(高橋正子)

○茶の実

[茶の実/東京白金台・国立自然教育園]

★元日やお茶の実落ちし夕明り/渡邊水巴
★初秋の森にお茶の実の確と/高橋信之

 茶の花は9月から11月にかけて咲きます。昆虫などによって花粉受粉し、ほぼ1年後の秋に種子が熟し、地面に落ちます。1つの実の中に1粒から5粒くらいの種子が入っています。翌年の春に発芽しますが、種子が乾きすぎると発芽しにくくなります。種子が落下した後、すぐに取り、直まきにするのが簡単です(秋まき)。なお、現在では茶の繁殖は、ほとんどが挿木によって行われています。昔は茶の種子から油を採り、食用や洗髪に利用していた地域がありました。また、家紋としてデザインされ、40種類以上の茶の実紋が生み出されるなど、茶の実は、日本人の生活と密接に関わってきました。
 チャノキ(茶の木、学名:Camellia sinensis)は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹である。チャの木、あるいは茶樹とも記される。単にチャ(茶)と呼ぶこともある。原産地は中国南部とされているが確かなことは分かっていない。
中国や日本で栽培される1m前後の常緑低木(学名 : Camellia sinensis)。インド・スリランカなどで栽培される変種のアッサムチャ(学名 : C. sinensis var. assamica)は8 – 15mにも達する高木になる。ここでは基本変種を中心に記述する。
栽培では普通は1m以下に刈り込まれるが、野生状態では2mに達する例もある。幹はその株からもよく分枝して、枝が混み合うが、古くなるとさらにその基部からも芽を出す。樹皮は滑らかで幹の内部は堅い。若い枝では樹皮は褐色だが、古くなると灰色になる。
葉は枝に互生する。葉には短い葉柄があり、葉身は長さ5-7cm、長楕円状被針形、先端は鈍いかわずかに尖り、縁には細かくて背の低い鋸歯が並ぶ。葉質は薄い革質、ややばりばりと硬くなる。表面は濃緑色でややつやがある。その表面は独特で、葉脈に沿ってくぼむ一方、その間の面は上面に丸く盛り上がり、全体にはっきり波打つ。花は10-11月頃に咲く。花は枝の途中の葉柄基部から1つずつつき、短い柄でぶら下がるように下を向く。花冠は白く、径2-2.5cm、ツバキの花に似るが、花弁が抱え込むように丸っこく開く。果実は花と同じくらいの大きさにふくらむ。普通は2-3室を含み、それぞれに1個ずつの種子を含む。果実の形はこれらの種子の数だけ外側にふくらみを持っている。日本の地図記号で茶畑を表す記号はこの果実を図案化したものである。

◇生活する花たち「露草・なんばんぎせる・玉珊瑚(たまさんご)」(東京白金台・自然教育園)

9月21日

●迫田和代
朝早く十六夜の月西の空★★★
思いがけず道の向こうの芒かな★★★
ホームには師のない句会女郎花★★★

●小口泰與
秋なすや朝の赤城の紫紺色★★★
雨上がり赤城榛名や秋すみぬ★★★
黄金田へ日のたわむるる里の秋★★★

●桑本栄太郎
ぬすびとと云われ草間や萩の花★★★

垣根越え萩は日差しにこぼれけり★★★★
垣内の萩が垣根を越えて枝垂れる様子は、生活の中にみられるいい風情だ。「日差しにこぼれ」には萩の小さな一花一花をいつくしむ気持ちがよく表れている。」(高橋正子)

散策の路地や垣根の白木槿★★★

9月20日

●小口泰與
あさがおの終の一花のうすき紺★★★★
暑いさかり、涼を呼んで咲いてくれた朝顔も終の花ひとつになった。寂しくも命の終わりのうすい紺色が気品を感じさせてくれる。(高橋正子)

日を受けて雀と和する稲穂かな★★★
たむろする明の鴉や秋の風★★★

●桑本栄太郎
十五夜の向かいの人と窓に会う★★★
十五夜の雲の狼藉なかりけり★★★

月今宵三つ日つづきの明るさに★★★★
今年は、台風のあと落ち着いた天気が続き、三日続いてよい月が昇っている。夜ごと地上を照らしてくれる明るさは嬉しいものだ。「三つ日つづきの明るさ」が新鮮。(高橋正子)

●河野啓一
月愛でる心を盛りしご膳かな★★★

病棟の上に輝く丸い月★★★★
病棟の上に満月を昇らせて眠れる夜は、さぞかし、よい眠りに就かれたことと思う。(高橋正子)

もちをつくウサギ嬉しき月今宵★★★

●小西 宏
薄みな風ななめなり崖の上★★★
子ら駆ける丘に振り子の秋桜★★★
青団栗帽子ずれたるあどけなさ★★★★

●佃 康水
師の快気祝う座敷や満月光★★★
子規句会果てて大きな窓の月★★★
朝の日を弾き煌めく式部の実★★★★  

●黒谷光子
川の水澄むを如雨露に植木鉢★★★

大根の芽畝の歪みを明らかに★★★★
大根が黒々とした畝に芽生えると、畝の歪み具合が明らかになってくる。その通りのことなのだが、歪みは大根の双葉のかわいらしさを印象付けるようだ。(高橋正子)

東は何処の窓も月を入れ★★★

9月19日

●河野啓一
秋野行くよき草花を求めつつ★★★★
秋の野を行く爽やかさは、これまでの暑さを思えば代えがたいもの。よい草花を見つけながらゆく楽しみも加わる。秋の草花はどれも優しい。(高橋正子)

庭隅に植えらる無花果実を結び★★★
曼珠沙華今年は見ざるまぼろしに★★★

●小口泰與
書肆の灯や秋の新刊高々と★★★★
読書の秋を迎え、新刊書を高々と積んだ書肆が明るく灯を点している。新刊書の匂いがこちらまでしてきそうで、読書意欲を誘われる。(高橋正子)

川えびの定かに見ゆる葉月かな★★★
くさのほをうばいあってるあかとんぼ★★★

●桑本栄太郎
秋出水引いて下流へ草の向き★★★
月白や月のまぼろし青空に★★★
待宵の明日も晴れたる夜待ちぬ★★★

●多田有花
タンカーが連なり進む秋の海★★★

播州平野日ごと刈田の増えてゆく★★★★
播州平野も、見渡せば日々刈り入れが進み、刈田の部分が増えている。稔田と刈田のまじり具合が変化するのが面白い。「刈田が増える」の発想が新鮮。(高橋正子)

小窓から乗り出して見る今日の月★★★

●小西 宏
若魚の揺らぐ堤の彼岸花★★★
名月や丘に優しき家灯り★★★

月今宵無地の茶碗の五穀米★★★★
無地の茶碗に盛られた五穀米が古代を思わせる。今宵の月は古代と同じように澄み輝いている。それほどに照り輝く今宵の月である。(高橋正子)

9月18日

●小口泰與
秋冷や彫深くせり赤城山★★★
新涼の赤城雲だく朝かな★★★
単線の貨物列車や秋の暮★★★

●河野啓一
秋暁の光芒空にどこまでも★★★
秋高し日本列島限りなく★★★
収穫の響き一途にコンバイン★★★★
季語を入れるとよい。取り入れの時期になると稔田にコンバインが「一途」にエンジン音を響かせる。刈り入れに精を出すコンバインが実りの秋を象徴する。(高橋正子)

●下地鉄
吾亦紅場末の店のうす灯り★★★
荒磯や吹かれて飛沫く暮秋かな★★★
白衣から花野心にと血圧計★★★

●桑本栄太郎
<四条大橋~祇園~高瀬川界隈>
秋日照る一力茶屋の弁柄塀★★★
唐国(からくに)の軽ろき言葉や秋澄める★★★
せせらぎの小橋いくつや彼岸花★★★

●黒谷光子
今年藁井桁に積み上ぐ畑の隅★★★
新藁を抱え香りを運びけり★★★

藁塚の仕上がりわずか傾きて★★★★
愛嬌のある藁塚である。まっすぐに心棒を立てたにも関わらず、藁を積み上げてみれば藁塚は少し傾いている。田んぼの土の柔らかさ、藁のあたたかさが伝わる。(高橋正子)

●多田有花
台風や海の濁りを残し去る★★★
雲すべて吹き払われし野分晴れ★★★
秋の雲ふわり流れて川の上★★★

●小西 宏
筋雲が秋の絵を描く丸い丘★★★
乾く風に池かがやかせ群れ蜻蛉★★★
老妻の我に飯盛る良夜かな★★★

9月20日(金)

★吹き起こり風が熟田をさざめかす  正子
青田のころの風は軽やかな青田波をつくって田を吹き抜けていきます。黄金色に田が熟すころともなれば風を受けた稲穂は重そうにゆらゆらと揺れます。稔りの秋の感触です。(多田有花)

○今日の俳句
虫の音を聞くころとなり新所帯/多田有花
結婚後の新生活も虫の音を聞くころになると落ち着いてきた。虫の音は、静かで落ち着いた生活の中でこそ聞きたい。時の経過がさりげなく表現されている。(高橋正子)

○郁子(むべ)の実

[郁子の実/東京白金台・国立自然教育園]

 ★郁子の実のまだ青けれど薄みどり/高橋正子

 ムベ(郁子、野木瓜、学名:Stauntonia hexaphylla)は、アケビ科ムベ属の常緑つる性木本植物。別名、トキワアケビ(常葉通草)。方言名はグベ(長崎県諫早地方)、フユビ(島根県隠岐郡)、イノチナガ、コッコなど。
 日本の本州関東以西、台湾、中国に生える。柄のある3~7枚の小葉からなる掌状複葉。小葉の葉身は厚い革質で、深緑で艶があり、裏側はやや色が薄い。裏面には、特徴的な網状の葉脈を見ることが出来る。
 花期は5月。花には雌雄があり、芳香を発し、花冠は薄い黄色で細長く、剥いたバナナの皮のようでアケビの花とは趣が異なる。
10月に5~7cmの果実が赤紫に熟す。この果実は同じ科のアケビに似ているが、果皮はアケビに比べると薄く柔らかく、心皮の縫合線に沿って裂けることはない。果皮の内側には、乳白色の非常に固い層がある。その内側に、胎座に由来する半透明の果肉をまとった小さな黒い種子が多数あり、その間には甘い果汁が満たされている。果肉も甘いが種にしっかり着いており、種子をより分けて食べるのは難しい。自然状態ではニホンザルが好んで食べ、種子散布に寄与しているようである。
 主に盆栽や日陰棚にしたてる。食用となる。日本では伝統的に果樹として重んじられ、宮中に献上する習慣もあった。 しかしアケビ等に比較して果実が小さく、果肉も甘いが食べにくいので、商業的価値はほとんどない。
 茎や根は野木瓜(やもっか)という生薬で利尿剤となる。

◇生活する花たち「葛の花①・葛の花②・木槿(むくげ)」(横浜日吉本町)

9月19日(木)

★糸瓜忌の空に高さの戻り来ぬ  正子
子規の忌は9月19日、その日前まではお天気が悪かったのであろうか。今日はよく晴れて天高く秋が戻ってきている。(祝恵子)

○今日の俳句
子規の碑を覆いつくして萩は白/祝恵子
折しも白萩が真っ盛りのころ子規忌がある。子規の碑を覆い尽くす白萩がこの上なくやさしい。(高橋正子)

○稲刈

[稲刈/横浜市緑区北八朔]          [稲干す/横浜市緑区北八朔]

★世の中は稲刈る頃か草の庵 芭蕉
★みるうちに畔道ふさぐ刈穂哉 杉風
★稲刈れば小草に秋の日のあたる 蕪村
★落日が一時赤し稲を刈る/青木月斗
★稲を刈る夜はしらたまの女体にて/平畑静塔
★月の水ごくごく飲んで稲を刈る/本宮哲郎

早苗取り、田植え、田草取り、稲刈り、脱穀、籾干しなど、一連の稲作の仕事は、小学生から中学生ぐらいまではすべて手伝って経験した。稲刈りは、今よりもっと遅く、日暮れが早かったと思う。子どもは、手が小さいので、刈り取る稲も少しずつしか刈り取れない。鎌で指を切ったこともあるが、それでも猫の手よりましだったのだろう。子供の主な仕事は、大人が束ねた稲を運んで稲架(はざ)架けることだった。稲を刈ったあとの田んぼは広くなり、虫も飛び出し、自由に遊べたので、稲刈りは結構面白かった。夏の田草取りは、手ではなく、小さい回転刃のある農具を稲株と稲株の間に入れてざぶざぶと押して田草の根を切るものだった。暑い盛りだったが、田んぼを吹く風が気持ちよかった。大人は苦労だったろうが、子供には、田草取り以外は楽しいものだった。親類が集まって、早苗を植える間隔を決めるコマのついた綱を張り田植えをした。稲は鎌で刈る。脱穀も足踏み式のものだったが、ごりんごりんと調子よく稲穂が藁から離れていった。籾干しは、筵に広げて干すが、籾干し用たの農具があった。グランドを均すような溝のある道具だ。庭に干すので、籾を干した傍で遊ぶのは厳禁。ボールが飛んで行ったときは、ひやひやして筵の端を踏んで取りにいった。小石が籾に入ったのでは大変だから。そのほかにも籾と玄米を風を起こして振り分ける大げさな農具もあった。50年ほども前のことで、今なら農具資料館などに展示されてあるようなものだ。

★田の土の匂いが強し稲を刈る/高橋正子
★稲を刈りバッタ飛びたる弧が澄みぬ/〃

 稲刈り(いねかり)とは、熟したイネを収穫するために切り取る農作業で、普通は根元からその穂ごと切り取る。古代には穂のみを切り取ったと考えられるが、現在では株の基部で切り取るのが普通である。刈り取った稲は、普通はその基部で縛って束ね、ぶら下げて乾燥させる。実際の米の収穫はこれ以降の脱穀の過程で行われる。人力のみで行われていたころは、大きな人数を要し、集中して行う必要のある作業であった。稲刈りは古来より、日本の農村部における秋の代表的な風物でもある。秋祭りは、その年のイネが無事に収穫されたことを祝い、来年も豊作であることを祈願する祭りである。日本では第二次世界大戦後も久しく、鎌を用いて手作業で稲刈りが行われた。稲刈りに使用する鎌は、刃先が鋸になった特殊なもので、イネの茎の切断が容易に出来るよう工夫されている。稲刈りの実際の作業は、近年のコンバインの登場によって大きく様変りした。
 コンバインは1940年代に初めて登場し、徐々に普及した。稲刈りから脱穀までの作業を一貫して行えるのがコンバインの特徴である。稲刈りから脱穀をまとめて行うが、その間籾の乾燥工程がないので、脱穀された籾は直ちに専用の穀物乾燥機にかけられる。現在でも、山間地や棚田など大型の農業機械の導入が困難な田んぼ(圃場整備が行われていない千枚田など)では、バインダーで刈り取り、稲架にかけて乾燥、ハーベスターで脱穀するという組み合わせで収穫するか、もしくは鎌を用いた従来通りの作業方法が採られている。
 コンバインの普及により作業時間は大幅に短縮されたが、車両後方に排出される藁のくずが皮膚に付着すると、比較的大きな痒みや(人によっては)肌荒れが起きる為、コンバイン搭乗者以外の作業従事者は作業時の風向きに十分注意する必要がある。稲刈りを行っている農家が顔を覆うようにタオルや手ぬぐいを着用しているのは、その痒みを事前に防ぐ為である事が多い。近年は高価ではあるがキャビン(操縦席が密閉されているもの)付きの車両も登場しており、エアコンが搭載されている事も含め、搭乗者の負担は大幅に減少しているようだ。
 刈り取られた稲は水分が多いので、稲架にかけて天日干しされ、十分乾燥した頃に脱穀を行う。人力のみに頼ったころは、多人数が必要であったから、当然のように子供も動員された。そのため農村域では学校でも休暇を設定しているのが普通であった。農繁休暇と呼ばれたが、一般には稲刈り休みと呼んでいた。
 神社で神に捧げる少量の稲を神職や氏子などの手により作られている場合もあり、この場合、稲刈りはだいたい手作業で行われる。皇居でも生物学御研究所脇に御田があり、毎年9月下旬頃に天皇が自ら手作業で稲刈りをする。この行事は昭和天皇が始めたもので今上天皇にも引き継がれている。収穫した稲は伊勢の神宮に納めたり、皇居内の神事に使うほか、天皇一家の食事にも使用されている。

◇生活する花たち「犬蓼・吾亦紅・チカラシバ」(横浜下田町・松の川緑道)

9月18日(水)

★たっぷりと雲湧く台風過ぎしより  正子
台風一過、空気も澄んで、晴れ晴れとした大空に真白い雲が豊かに湧きあがっている様子は爽やかな秋の到来を実感させてくれます。「たっぷりと」に一層の爽快感が感じられます。(柳原美知子)

○今日の俳句
稲の香の風に放たれ刈られゆく/柳原美知子
熟れ稲の香が田に満ちて、刈るたびにその香が風に放たれてゆく。一株一株鎌で刈り取られているのだろう。爽やかな風の吹く晴れた日の稲刈りが想像できる。(高橋正子)

○稲穂

[稲穂/横浜市緑区北八朔] 

★旅人の藪にはさみし稲穂哉 一茶
★草花と握り添へたる稲穂かな 一茶
★稲の穂の伏し重なりし夕日哉 子規
★稲の穂に湯の町低し二百軒 子規
★稲熟し人癒えて去るや温泉の村 漱石
★稲の穂の向き合ひ垂るる小畦かな 風生
★握り見て心に応ふ稲穂かな 虚子
★子を抱いて乳飲まし来る稲の道 虚子
★我が思ふ如く人行く稲田かな 汀女
★稲孕みつつあり夜間飛行の灯 三鬼
★中学生朝の眼鏡の稲に澄み 草田男
★稲負ふや左右にはしる山の翼 楸邨
★ゆふぐれの溝をつたへり稲の香は 静塔
★熟れ稲の香のそこはかと霧は濃き 亞浪
★小作争議にかかはりもなく稲となる しづの女
★わがこころ稲の穂波にただよへり 青邨
★稲の香におぼれてバスのかしぎ来る 秋櫻子

稲は、その伝播の経路や、日本文化の形成過程に寄与した点など、ほかの農作物とは比べ物にならないほど、重要な作物となっている。春の苗代作りから秋の収穫まで、天候を睨み、水を測り、労力と忍耐を惜しまず、手塩にかけて育てるのが稲だ。その稲が稔りのときを迎えると、何にも増して、喜びがわく。一年の食生活の基本が保障される。稲穂に実が入り熟れてくると、次第に垂れさがる。稔った穂が風にさらさら鳴る音は、心地よい。そうすると、日に暖められた稲穂が、ほんのりといい香を放つ。稲が熟れるころは、葉も透き通るように黄緑いろから黄色になってくる。神聖なまでの色合いだ。子供のころは、「稔るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」と、謙虚が大事いう意味でよく言われた。今はこんなことを言う時勢ではないようだ。日本も随分アメリカナイズされたと思う。

★通勤の道の左右に稲穂垂れ/高橋正子
★稲の穂に朝露白く置いてあり/〃

 イネ(稲、稻、禾)は、イネ科 イネ属の植物である。稲禾(とうか)や禾稲(かとう)ともいう。 収穫物は米と呼ばれ、世界三大穀物の1つとなっている。本来は多年生植物であるが、食用作物化の過程で、一年生植物となったものがある。また、多年型でも2年目以降は収穫量が激減するので、年を越えての栽培は行わないのが普通である。よって栽培上は一年生植物として扱う。属名 Oryza は古代ギリシア語由来のラテン語で「米」または「イネ」の意。種小名 sativa は「栽培されている」といった意味。用水量が少ない土壌で栽培可能なイネを陸稲(りくとう、おかぼ)と呼ぶ。日本国内に稲の祖先型野生種が存在した形跡はなく、海外において栽培作物として確立してから、栽培技術や食文化、信仰などと共に伝播したものと考えられている。稲を異常なまでに神聖視してきたという歴史的な自覚から、しばしば稲作の伝播経路に日本民族の出自が重ねられ、重要な関心事となってきた。一般に日本列島への伝播は、概ね3つの経路によると考えられている。南方の照葉樹林文化圏から黒潮にのってやってきた「海上の道」、朝鮮半島経由の道、長江流域から直接の道である。3つの経路はそれぞれ日本文化形成に重層的に寄与していると考えられている。現在日本で栽培されるイネは、ほぼ全てが温帯ジャポニカに属する品種であるが、過去には熱帯ジャポニカ(ジャバニカ)も伝播し栽培されていた形跡がある。
 稲の食用部分の主 成分であるでんぷんは、分子構造の違いからアミロースとアミロペクチンに別けられる。お米の食感は、両者の含有配分によって大きく異なる。すなわちアミロース含量が少ないお米は加熱時にやわらかくモチモチした食感になり、アミロース含量が多いとパサパサした食感になる。日本人の食文化では、低アミロースのお米を「美味しい」と感じる。この好みは、世界的には少数派となっている。通常の米は20%程度のアミロースを含んでいるが、遺伝的欠損によりアミロース含量が0%の品種もあり、これがモチ性品種で、モチ性品種が栽培されている地域は東南アジア山岳部の照葉樹林帯に限定されている。その特異性から、その地域を「モチ食文化圏」と呼称されることがある。日本列島自体が西半分を「モチ食文化圏」と同じ照葉樹林に覆われており、またハレの日にもち米を食べる習慣がある(オコワ、赤飯、お餅)ことから、日本文化のルーツの一つとして注目された。

◇生活する花たち「女郎花・葛の花・萩」(四季の森公園)