6月16日(日)

朝小雨、午後晴れ
ぱっちりと目覚め朝(あした)の合歓の花   正子
泰山木白き花を葉が抱き           正子
咲きはじむ宗旦むくげは裾にのみ       正子

●本格的に暑くなってきた。わが家は角部屋なので、部屋の前を誰も通らない。玄関前を洗って、少しドアを開けていたら、北から涼しい風がよく入る。だからまだ今年はクーラーを使っていない。部屋の中はそれほど暑くない。

●夕方、いつもより遅く句美子が来る。Thanks Fatherの包み紙が可愛かったのでとユーハイムのテーゲベックを買って来た。今日は父の日だという。「包みを渡したとき、びっくりしてお母さん顔色が変わったよ」と句美子がいう。たしかに、少し驚いた。仏前に供える。信之先生はテーゲベックは好物で小さい箱なら次々手がでて一度でなくなっていた。柩にも入れてあげたし、好物中の好物になった。晩年はお酒が飲めなくなっていたなんて、だれが信じるだろうか。そんな具合だった。
●梅ジュースを仕込む。2日間冷凍していた青梅を取り出して氷砂糖と交互にいれて梅ジュースを仕込んだ。保冷バッグに保冷剤を入れて仕込んだ壜を入れた。こうしないとせっかくきれいなジュースがとれても、暑さで発酵する。疵のある梅は別の壜に入れて、おととい仕込んでいる。こちらは壜が小さいので冷蔵庫に。

6月15日(土)

晴れ
夏暁の空よりくぐもる鳩の声  正子
リンデの実青葉の寺の一樹なり 正子
夫の亡き夏となりけり何につけ 正子
●ほどんとの朝顔の蔓が伸びて巻き始めた。今朝は白いペチュニアだけが涼しそう。午前、センター北のJAの直販所へ野菜の買い出しに。葉つき人参、胡瓜、ブロッコリー、蕪、茄子、キャベツ、山芋。これでエコバッグにいっぱいになって、重い。トウモロコシと枝豆がおいしそうだったが、これらは来週に。
●信之先生の数珠の修理ができたと電話があったので、暑い昼下がりだが、仏壇店に取りに出かけた。京都の数珠屋さんで直すとのことだったが、予定より早かった。この数珠はもとは信之先生の父の数珠。十六の珠にそれぞれ違う仏様が彫られているが、紐が切れて珠がひとつ外れていた。仏壇店の人が良いものだと言う。数珠に合うよう相応の数珠入れを薦められた。見せられたのが、表が黒で裏が柿色。江戸初期の茶人、今井宗薫の愛用した裂の紋様で仕立てていると言う。確かに一目みていい。黒地に七宝つなぎの輪の中に梅の紋と八宝がそれぞれ織り込まれている西陣織。裏地の柿色と表地の黒は茶人好みと言えそう。この数珠は元に持たせる。
八宝がなにかよく知らなくて絵柄が判じがたいが、八宝とは仏教の経典に基づいた、仏教での吉祥を八種類の荘厳具などで示したものとのこと。それらには法螺貝や蓮華がある。

6月14日(金)

晴れ
胡瓜揉み若布と紫蘇と存分に   正子
切西瓜黄色も交え売られたり   正子
梅酒壜わが家を守るごと隅に   正子

●早朝、ネット短信No.420を出す。

●今日はデジカメに撮った去年と今年の写真をL版に印刷した。余分な印刷はしないよう、吟味しつつ。それでもかなりの枚数。去年は俳壇の原稿のために2月の四季の森の写真、信之先生の亡くなるほんの少し前の写真、葬儀や初盆、9月の七里ヶ浜、秋の里山ガーデン、今年の春の里山ガーデン、妹が来たので山下公園、5月の終わりの四季の森公園の菖蒲や睡蓮、翡翠など。スマホの写真はまたあとで。妹に写真を送るのに、L版用のお洒落なアルバムを売っていたので一冊購入。

写真を選びながら、自画自賛だが写真を撮るのが上手になっていると思った。いい写真機が欲しいなどは言わないが、ペンタックスを使っていたころが懐かしい。ペンタックスは何がいいかって、レンズがよかった。佐夜子さんご夫妻が松山に来られたときは、カメラマンのご主人からフィルムを入れるライカをもらった。時代は変わって、使わないうちにデジタルカメラになってしまった。でも大事にしている。

スマホにはこの前アオゲラの写真を撮っている。望遠レンズがあるわけではないので、拡大して見ないとよくわからない。それでもうれしいことに頭にベレー帽のような赤い色がはっきり見えた。これで目撃した鳥は啄木鳥に間違いない。スマホのチョイとが役に立つ。

6月13日(木)

曇り、夕方晴れ
青葉して啄木鳥笑うような声 正子
啄木鳥の頭に赤き色青葉の木 正子
夏空の光に口開けけらつつき 正子
●昼間閉めていた窓を開けると、夕方の空は晴れていた。差し芽をしたポーチュラカが一つずつ花を開いている。朝顔の蔓も伸び始め、一つは支柱に巻いている。
●午後、「俳壇7月号」が届いた。花冠の広告と合同句集『泉』の紹介記事が掲載された。7月号は、「虚子生誕150年」の特集。「ホトトギス」からは、今もって多くの問題が提起される。虚子は女性に俳句の道を開いたが、今の俳人の8割が女性という。昭和40年代、私が俳句を作り始めたころは、8割が男性だった。男性が多いとも思わなかった。
●今朝は5時すぎに散歩にでかけた。鯛ヶ崎公園の丘の道を歩いていると、啄木鳥が木を叩く音が聞こえる。音のするところを探すと、民家の枯れた木にいた。横向きで木を叩いている。そのうちもう一羽飛んで来た。幹をくるっと回っては枝を移る。コゲラのようだ。さらに歩いて、崖っぷちの公園まで来た時、アオゲラだろう、鳴く声が聞こえた。ケラの声はもう聞き分けられるようになった。公園の椎の大木にいる。そのうち近くの枯木に移ったので、よく見えるようになった。もう一羽がやってきて、今朝はここでも2羽になった。
ケラの鳴き声を何とか表すと「キョ、キョ、キョ」でもあるが、「ケケケケ」でいいかと思う。書き表わすと笑い声のようでもある。啄木鳥が笑う鳥に思えてきた。今日は4羽の啄木鳥を見たことになる。帰りにも同じ鳥なのだろうが、欅で「ケケケケ」とよく鳴いていた。
●興禅寺の菩提樹に手を伸ばして花をよく見ると、ミモザが枯れたような花は実に変わりつつあった。葉柄の根元から葉と花の茎が出て、花の下には一枚の細長い丸い葉がついている。デザインされたような小さな葉と実である。持ち帰った葉っぱは押し花にした。実はその辺において乾燥させる。

ご挨拶/6月月例ネット句会を終えて

■ご挨拶/6月月例ネット句会を終えて■

梅雨入りしたところもあるようですが、横浜の梅雨入りはもう少し先になりそうです。このところ暑い日もあって、私はいつ買った忘れた三社祭の団扇をだして扇いでおりますが、扇風機やクーラーが欲しい方もいらっしゃるでしょう。

6月月例ネット句会にご参加ありがとうございました。梅雨入りを前にして詠んだ句がたくさんあり、楽しませていただきました。入賞の皆様おめでとうございます。また、選とコメントをありがとうございました。コメントはまだ受け付けていますので、ご自由にお書込みください。
これで6月月例ネット句会を終わります。来月は7月14日(日)となります。楽しみにおまちください。
2024年6月12日
髙橋正子

6月12日(水)

晴れ
紫陽花は青ばかりなり木下闇  正子
古寺のあじさいか細く青き花  正子
●生協の配達で青梅が届いた。今年の梅は出来が悪いと聞いていたが、その通りで、疵や傷みがあるのが、10個ばかり見つかった。よく洗って笊にあげ、蔕(ヘタ)をつまようじでとった。バットに布巾を敷いて水気をとり、疵ものは、傷んだところを取って別に冷凍して、きれいなのは1kgずつビニール袋にいれ冷凍庫に。これで氷砂糖など準備ができたら漬ける。去年の梅は。春先、梅ジュースが欲しくなった時のために1㎏は冷凍庫に入れたままにして、年が明けてから梅シロップを作った。今年は梅が悪いので、夏に飲むのだけに。

●散歩コースは、楽なように、なるべく平坦な道を選ぶ。この町は丘の上まで家が建って、たとえ選んだとしてもずいぶん坂を上り下りする。今朝も一番平坦な道を選んで丘の上の方の興禅寺まで往復した。いつもの崖っぷちの公園までもどったとき、鳥のめずらしい鳴き声を聞いた。大きな声でなので、聞きそびれることはないが、しばらく聞いていた。もしかしたら、ケラかもしれないと直感した。姿を探して、鳴き声のする大木を見あげていると、枝に姿が見えた。そして急に飛んだ。飛ぶ姿を見て、ケラであることを確信した。さほど離れていない大木の枝に止まったので羽の色を見ることができた。枝を移り、ただ鳴いている。しばらく鳴いてすぐそばの小学校の校庭の木に止まった。そしてすぐまた、校庭の一番端の桜の木に止まった。この町にはケラがいる。これで三度目の目撃だ。

6月11日(火)

晴れ

●『人は成熟するにつれて(常に)若くなる』(Mit der Reife wird man immer ju?nger)(ヘルマン・ヘッセ著/岡田朝雄訳)は老いと死についての詩とエッセイの本。夕べ読んだ詩「八月の終わり」とエッセイ「秋の体験」は、ヘッセ75歳の時の執筆。今の自分に添っていると思えた。突然、ジョン・レノンの「イマジン」の言葉のない曲だけが耳底に響いた感じだった。

 八月の終わり
もうあきらめていた夏が
もう一度力をとりもどした
夏は、しだいに短くなる日に濃縮されたように輝き
雲ひとつない空に灼熱の太陽を誇らかに示す

そのように人間もその努力の終わりに
失望してすでに身を引いたのに
突然もう一度大波に身をゆだねて
命の残りを賭けて跳躍してみることがあろう
恋に身をやつすにせよ
遅まきの仕事を始めるにせよ
彼の行為と欲望の中に終末についての
秋のように澄んだ深い自覚が響きわたる

「秋のように澄んだ深い自覚が響きわたる」は言い得てる。「恋に身をやつすにせよ/遅まきの仕事を始めるにせよ」は友人たちにこのケースのどちらを選ぶか聞いて表情を見てみたいもの。
「秋の体験」は生まれ故郷のシュヴァーベンの同級生オットー・ハルトマンとの再会と、そのほどない死のエピソードが味わい深い。ヘッセは貧しい時もあり、ズボンの裾の擦り切れを肩身せまく思う日もあったようだ。そんな清貧のヘッセの写真はスマートだと思うが、本人の身になればそうではないようだ。ヘッセもオットーも幸福を目的にしなかった、とある。私も「幸福」とか「楽しさ」を人生の目的としたことはない(つまり、幸福になりたいとか、楽しく過ごしたいとか、願うことはない)ので、これはヘッセと同じ感覚かもしれない。また、ヘッセは賢明な言葉として「目立たず生きるものはよく生きる」(オクタビアヌス)を人生のモットーにしたというが、実際は、オットーもヘッセも、オットーは弁護士や故郷の市長に、ヘッセは知るとおり著名になった。そのせいでナチスにも目をつけられた。

■6月月例ネット句会/入賞発表■

■6月月例ネット句会入賞発表■
2024年6月10日

【金賞】
23.夏雲に海は青さを極めけり/吉田 晃
夏雲と海の青さのコントラストに力強さがある。「極めけり」がそのコントラストを強調し、夏雲と海とが双方を強め合っている。爽快で堂々とした句。(髙橋正子)

【銀賞/2句】
18.晴天や見渡すかぎりの抜き玉葱/柳原美知子
玉葱の収穫が晴天を見計らって行われた。見渡すかぎりの畑に抜き置かれた玉葱は大豊作を意味している。豊作の姿を眺め見るのもうれしいことだ。(髙橋正子)

07.参道の先で風鈴鳴り響く/高橋秀之
寺社の参道の先のほうで、風鈴市があるのか、風鈴が鳴る音が聞こえる。静かな参道に響くすずしい風鈴の音色に夏らしい生活を思う。(髙橋正子)

【銅賞/3句】
01.新調の靴をおろすや風薫る/桑本栄太郎
風薫る季節の心弾む気持ちを表すかのように新調した靴をおろす。風薫るの中を運ぶ足も軽く、はつらつと歩く姿が想像できて、気持ちが良い句。(髙橋正子)

20.茄子の花薄紫をうつむきに/多田有花
茄子は葉にも茎にも花にも紫の色があるが、花は特に薄紫で下向きに咲く。この「うつむいて」咲く花には、想いがある様子で、その控えめな咲き方に惹かれるものがある。(髙橋正子)

36.薔薇のブーケ抱えて入る写真館/髙橋句美子
薔薇のブーケを抱えて写真館に入ったと言う事実だけが述べられているが、その背景や薔薇のブーケをもって写真に映る様子など場面が想像できる。特に薔薇のブーケが季節を象徴してよい記念になっている。(髙橋正子)

【髙橋正子特選/7句】
01.新調の靴をおろすや風薫る/桑本栄太郎
新調した靴をおろし、気持ちも新たに風薫る戸外へと踏み出す心地よさと意気込みが感じられます。 (柳原美知子)

23.夏雲に海は青さを極めけり/吉田 晃
夏雲と青い雲がくっきりと、誰の目からも鮮やかな情景をよくとらえています。「極めけり」の言い切りが印象深い絵画のようで、飾っておきたくなります。(弓削和人)
青空に湧き上がる白い大きな雲は生命観に溢れ力強さか満ちています。それに対して大きな海は素晴らしい青さを誇っています。まさに夏の素晴らしい景ですね。(小口泰與)
白い雲との対比で海の青さが眩しい夏の爽快感を感じました。(西村友宏)

27.青空へ伸びやかに立つ立葵/西村友宏
伸びやかというのは立葵を表すのにぴったりの形容です。同時に詠者ご自身の心の持ちようもそこに投影されています。青空へ伸びやかに立つのはご自身でもあります。(多田有花)

36.薔薇のブーケ抱えて入る写真館/髙橋句美子
何か特別な記念日なのでしょうか。写真館で写真を撮影する機会は現代生活では稀なことと思います。高揚感は薔薇のブーケにも表されています。(多田有花)
写真館で写真を撮る、きっと特別な日なのでしょう。大切に胸に抱えた花束は、今が盛りの薔薇。「ブーケ」という言葉からも、背筋がすっと伸びる、華やいだ雰囲気が伝わります。(川名ますみ)

07.参道の先で風鈴鳴り響く/高橋秀之
18.晴天や見渡すかぎりの抜き玉葱/柳原美知子 
20.茄子の花薄紫をうつむきに/多田有花

【髙橋句美子特選/7句】
13.六月のドラセナに葉の新たなる/川名ますみ
ドラセナは葉が美しいですが、六月の光にまた新しく出てきた葉が映え、色合いを楽しませてくれます。季節の喜びが感じられます。 (柳原美知子)

17.夏海へ音わたらせて二両列車/柳原美知子
時間がゆっくり流れてのどかな雰囲気がかんじられます。(髙橋句美子)

21.紫陽花や縁より彩始まりぬ/多田有花
うすみどりの毬の紫陽花がいつの間にか縁に仄かな青や紅を帯び、日毎に彩を変えていくのを見るのは梅雨の時期の楽しみのひとつですね。 (柳原美知子)

25.日が射して青葉の透ける並木道/西村友宏
青葉が日に透ける美しい並木道、清々しい風に吹かれて歩けば、心も軽く弾むようです。 (柳原美知子)

29.菖蒲田の水のめぐりを飛ぶ蛍/髙橋正子
菖蒲田に水がさざめき、菖蒲の中から蛍が舞い上がって来る。菖蒲田に水がめぐり、蛍の光がめぐる。暗闇に体が溶け込んでゆく錯覚にとらわれたのだと想像する。(吉田晃)

11.喧騒の六角張りて鉄線花/弓削和人
23.夏雲に海は青さを極めけり/吉田 晃

【入選/11句】
04.水嵩の増し来る利根や鮎遡上/小口泰與
梅雨の時期を控えて上流のダムが水位調整を始めたのでしょうか。そんな水嵩の増えた利根川で鮎が遡上する光景も自然の一コマです。(高橋秀之)

06.利根川の波の遊びて夏の月/小口泰與
まだ暮れきらぬ利根川に波がたゆたい、紺色の薄闇に浮かぶ夏の月。ゆったりと刻が流れてゆきます。 (柳原美知子)

10.渓谷の滝のしぶきや甘味店/弓削和人
何処の渓谷の滝の光景でしょうか?その滝をのぞむ場所に、甘味店があります。景観を愛でながら頂く甘味は、得も言えないほど涼やかですね。(桑本栄太郎)

14.走り梅雨カット少なき映画みる/川名ますみ
誰の作品をご覧になったのでしょうか。長回しがひとつの作風になっている映画監督もありますね。今年の梅雨入りは記録的な遅さになりそうです。(多田有花)

16.朝明ける紫陽花の色ゆらす風に/柳原美知子
今頃の季節の雰囲気を美しく詠んでおられます。朝は最も早く明けるころです。紫陽花が色づきそれを早朝の風が揺らしていきます。(多田有花)

19.驟雨来る夕餉の支度しておれば/多田有花
夕餉の支度をしていると急にどっと雨が降りだして、支度が終わらないうちにやんでしまう。まさに驟雨です。(高橋秀之)

22.放たれしここを稚鮎はふる里と/吉田 晃
稚鮎の放流があった時の感慨なのでしょうか。ふる里への思いが目の前の鮎たちにも伝わるといいですね。(高橋秀之)

31.山道になだれ咲きたる額の花/廣田洋一
なだれ咲きたるに創られた秩序ではなく、自然の力強さを感じます。(高橋秀之)

05.風薫る垣穂に隠る野鳥かな/小口泰與
08.雲間から夏の日一条降り注ぐ/高橋秀之
09.夏の海吹き寄す風は温かく/高橋秀之

■選者詠/髙橋正子
29.菖蒲田の水のめぐりを飛ぶ蛍
菖蒲田に水がさざめき、菖蒲の中から蛍が舞い上がって来る。菖蒲田に水がめぐり、蛍の光がめぐる。暗闇に体が溶け込んでゆく錯覚にとらわれたのだと想像する。(吉田晃)

28.蛍火の十ほど飛べる蛍狩
30.暮れ兼ぬる空を蛍の生(あ)れて飛ぶ

■選者詠/髙橋句美子
36.薔薇のブーケ抱えて入る写真館
何か特別な記念日なのでしょうか。写真館で写真を撮影する機会は現代生活では稀なことと思います。高揚感は薔薇のブーケにも表されています。(多田有花)
写真館で写真を撮る、きっと特別な日なのでしょう。大切に胸に抱えた花束は、今が盛りの薔薇。「ブーケ」という言葉からも、背筋がすっと伸びる、華やいだ雰囲気が伝わります。(川名ますみ)

34.紫陽花の小さな花の青集う
35.向日葵の花束花屋よりあふれ

●互選最高点句(8点)
23.夏雲に海は青さを極めけり/吉田 晃
集計:髙橋正子

※コメントのない句にコメントをよろしくお願いします。思ったこと、感じたこと、ご自由にお書きください。

6月10日(月)

雨のち曇り
菩提樹の散華に古き興禅寺 正子
石仏に蛍袋に雨あがり    正子
梔子の香や三日月の円あおし 正子

●昨日四国が梅雨入り。朝起きた時は雨が降っていたが、9時ごろには上がった。隣町の高田八幡宮まで歩いて出かけた。90段の石段はうっそうとした木々の下で雨で十分に濡れていた。一度は一息ついて境内まで上ると意外と小さい社だった。ひとり拝んでいる人がいた。境内は周囲が囲われて行き止まりかと思ったが、左には道が、右には石段があった。境内から右手を見るとうっそうとした杜が見える。石段を下りていくと興禅寺に行きつく。五十メートルほどもない。八幡宮に来るのに石段を上る必要はなかった。興禅寺からならすぐだった。興禅寺も八幡宮も丘の頂上あたりにある。

興禅寺で芭蕉の句碑を見た。寺の掃除をしている女性が、句碑に覆いかぶさっている?梅の枝を鋏で切りはらってくれたので、句碑の字がかなり読めた。芭蕉の句「清瀧や奈三耳塵那起夏廼月 翁(清瀧や波に塵なき夏の月 翁)」があり、その下方に46名の俳句が彫ってある。俳号の横にタカタとか、ツナシマとか、カナ川とか地名が書いてある。おそらく句会の連中が自分たちの句碑を建てることになり、芭蕉の句と自分たちの句を彫り興禅寺の山門脇に建てた経緯なのだろうと想像できた。建てた年代は読めなかった。句碑の石は趣がある。寺の女性は芭蕉の句というが、書いていることはわからないと言って、句碑の石の良さをしきりに誉めた。女性が別の帰り道を教えてくれたが、その道を行くと、どのあたりにいるのかわからなくなった。スマホに「ここはどこ?」と聞いて、今いるところの地図を出してもらい、確認しながら帰った。
●「清瀧や波に塵なき夏の月」の句は芭蕉が嵯峨野の落柿舎で亡くなる年の夏に作った句と言われる。この句は大坂の園女亭での発句「白菊の目に立てて見る塵もなし」の「塵なし」に類想があると言う理由で、亡くなる3日前に大坂の病床で「清瀧や波に散りこむ青松葉」と改案されたとされる。芭蕉の俳句の推敲の経緯を知る句としてよく取り上げられる。興禅寺のは初案の句で、なぜ初案を選んだかはわからないが、初案の句のほうがいいと言う人がいるのは確かだ。

6月9日(日)

曇り、夕方小雨
蛍火に風のゆらぎのきりもなく  正子
蛍火の森の暗さをまだ越えず   正子
杣径の落葉にともる蛍の火    正子
●6月月例ネット句会開催
投句
28.蛍火の十ほど飛べる蛍狩       正子
29.菖蒲田の水のめぐりを飛ぶ蛍     正子
30.暮れ兼ぬる空を蛍の生(あ)れて飛ぶ 正子

●今朝も隣町の興禅寺へ行って、芭蕉の句碑と菩提樹の花をよく見た。菩提樹の葉っぱ2枚と花をひとつもらった。菩提樹の散華がおびただしい。寺を出てあたりを歩いた。この町一帯が丘になって涼しい風が、一望できる下の街から吹いてくる。たくさん道があり、帰る道に迷うが、どこからでも下れば街道に出れる見当はつく。無事帰宅。

●夕方句美子がめずらしくスーツで来た。秋にK国に出張になったという。大丈夫かなあと思っている割に、カレンダーにも書き込んでいる割に、先週そのことを聞いたのにすっかり忘れていた。もう準備は始めたという。その国の公用語が一言も話せないのでは困るからと言って、スペイン語の勉強をはじめたとも言う。政情は大丈夫かなあ、と思う。これまでK国は名前を知るだけの国。私は、この春にたまたまK国のノーベル賞作家の小説を読んでファンになったところ。